ダンディズムを演出する パイプの魅力

もくもくと立ち込める白煙に包まれ、趣味や仕事に没頭する― パイプというとこんなシーンを思い浮かべるのではないでしょうか? ただの喫煙具ではなく美術品としての価値、紙巻たばことは比べるまでもないほど芳醇な味わい。 ただし、それを堪能するには経験とテクニックが不可欠。まさしく大人の嗜好品といえます。 そんな奥深きパイプの世界へ足を踏み入れてみましょう。

パイプとは

宗教的儀式から嗜好品へ パイプの歴史

正確な年代は明らかになっていませんが、メキシコのインディオや北米のインディアンら先住民族の遺跡からパイプが出土しており、古代から喫煙されていたことが分かっています。古い記録としては16世紀初頭にアステカ族のパイプ喫煙が記されています。これら先住民のパイプ喫煙は宗教儀式としての意味合いが強く、現在のように嗜好品として扱われるようになったのは、渡来人によって欧州に伝えられてから。16世紀後半にはイギリス、18 世紀にはドイツを中心に広まっていきました。

味わいは桁違い パイプの魅力

まず、パイプと紙巻たばことの違いについて。パイプは吸った煙を肺まで入れず、口の中に留めるのが一般的です。唇でくわえるのではなく、リップと呼ばれる部分を歯で噛んで吸います。パイプ用の葉は燃焼材が入っていないので、吸うのをやめると酸欠状態になり消化してしまいますので注意しましょう。また、葉巻は火を消して、時間をおくと味が落ちますが、パイプは時間を空けてもあまり風味が落ちません。 パイプの世界は奥深く、さまざまな魅力がありますが、その筆頭がおいしさ。燃焼材など余計な薬剤が入っていないので、たばこ葉本来の豊かな甘味や旨味を楽しむことができます。また、葉を1回詰めると少ないものでも30分、多いものだと数時間吸うことができます。灰が落ちることもないので、趣味の時間などの「ながら吸い」にも適しています。

探す愉しみも パイプの形状

パイプは複雑な構造で各部にそれぞれ名称があります。大きく分けると先から順にボウル、ステム、マウスピース、リップの4つになります。ボウルは葉を入れて着火する箇所、ステムは煙をマウスピースへ伝える箇所、マウスピースは吸い口全体、リップはくわえる部分です。素材は実に多種多様ですがブライヤー(エイジュの根)という植物が主流です。パイプの魅力のひとつである木目もさまざまなパターンに分かれています。ほかにはメシャム(海泡石)、コーンコブ(トウモロコシ)、クレイ(素焼き陶器)などが使用されています。自分の好みに合ったオンリーワンを見つけるのもパイプの醍醐味です。

パイプのたしなみ

大切な相棒だから メンテナンスが重要

パイプを長持ちさせて、風味を満喫するにはメンテナンスが欠かせません。 ブレイクイン 新品のパイプは使用前にブレイクインという準備作業が必要です。クルマでいう慣らし運転のようなもので、風味を楽しむのではなく、適切なカーボン層を作るのが目的です。カーボンは葉の油脂と灰が混ざったもので、ボウルを熱から守り、葉の水分を吸収し、風味をマイルドにしてくれます。ブレイクインの方法はボウルの半分程度に葉を詰め、「吸いきり乾燥させる」を数回繰り返します。 喫煙後のクリーニング パイプが冷え切らないうちに分解すると破損する可能性があります。完全に冷めてからクリーニングしましょう。まずボウルに溜まった灰を除去します。次にマウスピースを丁寧に外して、クリーナーでヤニや水分を除去します。 普段のメンテナンス パイプスモーキングを重ねると、ボウルにカーボンが溜まってきます。カーボンはボウルを守ってくれる役割もありますが、厚くなりすぎるとひび割れなどの原因になるので、余分なカーボンは除去する必要があります。2ミリ程度の厚みを維持するように心がけましょう。

吸い方や消し方も パイプの愉しみ

パイプでの喫煙時は、葉が盛り上がったり、灰で燃えにくくなったりするので、「タンパー」や「コンパニオン」といった専用の道具を押し付けながら調整します。 まずは葉を詰めるところから。葉をよくもみほぐしてボウルに詰めます。葉の量はボウルの8割程度を目安に。ここで気を付けたいのが詰め方と通気の関係です。堅く詰めすぎると酸素不足で火が消えてしまいますし、柔らかすぎると、燃えすぎて風味が悪くなってしまいます。 次はいよいよ着火。パイプをくわえて吸引しながら火をつけましょう。葉が盛り上がってきたら、タンパーなどで軽く押さえて火の調整をします。オイルライターは風味が変わってしまうため、ガスライターやマッチの方が無難です。表面全体に満遍なく火が行き渡ったらOKです。 喫煙は呼吸をするように、ゆっくり優しく「吸って、吹く」を繰り返します。強く吸ったり、吹いたりすると口の痛みや、火の偏り、ボウルの損傷など良いことはありません。喫煙中はタンパーなどで軽く押さえながら通気の調整をします。その際も消火しないよう、息を吹いたまま行います。 最終的には葉がなくなると酸欠により自然と消火します。途中で消す際も放置すれば勝手に消えます。

好みを探そう タイプ別たばこ葉の特徴

いくつもの葉をブレンドすることで風味に特徴がでるのもパイプの魅力。愛好家は自らブレンドを楽しんだり、メーカーにブレンドを依頼したりすることもあります。 ブレンドには大きく分けてイギリスタイプ、ヨーロピアンタイプ、アメリカンタイプの3種類があります。 イギリスタイプ 水分が多めで穏やかな燃焼。着火性や火持ちはあまりよくありませんが、深いコクとうまみがあります。 ヨーロピアンタイプ 水分は少なめ。着火性や火持ちが良いです。香料が強調されながらも、クセのないソフトなうまみです。 アメリカンタイプ 水分が少なめで燃焼スピードが早い。着火性や火持ちがよいです。香料が効いたまろやかな味です。

頑なに守り続ける伝統 パイプの世界

おさえておきたい パイプメーカー

世界にはさまざまなパイプメーカーがありますが、その中のほんの一部をご紹介します。 ダンヒル 1900年代初頭にアルフレッド・ダンヒルによって創設されたイギリスのブランド。ファッションのハイブランドとして有名ですが、もともとは馬具専門製造卸売業からスタートし、たばこやパイプなどを取り扱っていました。 ピーターソン 1800年代後期にアイルランドのダブリンで創設されたブランド。ジュース溜めを設けた「ピーターソン・システム」、吸い口の穴が上を向いた「ピーターソン・リップ」など、独自の仕組みで特許を取得しています。 サビネリ 1800年代後期に創業されたイタリアのメーカー。安価なパイプが溢れていたことを嘆いたサビネリが立ち上げました。小さなたばこ店から始まり、今や世界に名を馳せるパイプメーカーとなっています。 柘製作所 1936年創業の日本を代表する老舗メーカー。戦後にパイプブームが到来して急成長。パイプのみならず、喫煙具のライナップが豊富なメーカーとしても有名です。 ローランド 日本の喫煙具メーカー「フカシロ」のパイプブランド。 1930年の創業以来、社内一貫生産を貫いており、高いクオリティが評価されています。

みなさんご存じ パイプを愛した偉人たち

ダグラス・マッカーサー サングラスをかけて厚木基地に降り立ち、コーンパイプをくわえていたマッカーサー。そのモデルは現在も米国ミズーリ州の「ミズーリメシャムカンパニー」で作られており、マッカーサーパイプとして販売されています。 アルバート・アインシュタイン 1922年の訪日の際、パイプ道具でいっぱいになったトランクを持参したという逸話が残る。 煙を肺まで入れる肺喫煙者であったといわれています。 藤子・F・不二雄 ベレー帽とパイプがトレードマーク。作中に登場する本人の似顔絵にも描かれています。 国産初のパイプたばこ「桃山」を吸っていたことでも有名です。 開高健 パイプをこよなく愛した文豪の一人。ロサンゼルスの葉とニューヨークの葉を1対1でブレンドしていました。西と東の融合という意味からヘレニズムと名付けたのが有名です。

せっかくなので パイプを燻らせてみた

たばこを始めて約30年になるが、未だかつてパイプというものを吸ったことがない。それどころか手に触れたことも、たぶん数回しかない。道具選びの時間もパイプの愉しみのひとつであることは重々承知だが、右も左も分からないので某巨大通販サイトで初心者用のスモーキングキッドをポチっと。パイプや葉からクリーナーまで一式揃って約10,000円。もっと高価なものにしようかとも思ったが、まだ価値が分かっていない青二才なので…。 届いたパイプを手にしてみるとなんだか楽しい。財布の新調時などに感じる「相棒」感といったところ。咥えてみると、これまたなんとなくイイ気持ち。火を付けていなくても「刑事コロンボ」になったみたいだ。 早く煙と戯れたくなったので葉っぱを詰めてみる。詰め具合はよくわからないので、まあ適当でいいだろう。競走馬のように、ややカカり気味に着火。普通のライターを使ったが、なかなか火が付かないし、パイプ本体が燃えそうなのが怖い。そこで点火棒を使ってみたところ、なかなか具合が良い。着火できたはできたが、紙巻たばこに火を付けるような容易さではない。これもパイプの醍醐味なんだろう。 あとは呼吸のようにゆっくり優しく。味はたばこよりもコクがあるというか、深いというか。一言でいうと「豊か」だ。なにより、なぜか気持ちに余裕が生まれ、心が落ち着く感じが心地いい。これがパイプの力なのか? せわしない日々を過ごす中で、こんなにもゆったりとした時間を愉しめるのは魅力だ。次はバーボンをちびちびやりながら燻らせてみたいと思う。