【五十嵐大介×現代魔女】描かれる魔女◉そこにいる魔女【スナック魔女:出張編】

■魔女を描く人

今回の「スナック魔女」はいつもの「道頓堀」から「鎌倉」へ出張。漫画『魔女』の作者である五十嵐大介さんに会うためです。
『海獣の子供』『ディザインズ』、現在連載中の『かまくらBAKE猫倶楽部』などでマジカルな世界観を描きつづける五十嵐さんに創作の秘密を聞くはじめての“魔女によるインタビュー”です。

『魔女』©五十嵐大介/小学館

memo:”現代魔女”とは?

中世、「魔女狩り」によって絶えたかに思われた「魔女=WITCH」の力強い精神を現代に受け継ぐ人々。その活動は占いや儀式といったスピリチュアルな営みだけでなく、エコロジーなどの社会的発信、チャリティ活動、ファッション・料理まで多岐にわたる。なお、「WITCH」に性別は関係ない。

■ゲスト:五十嵐大介

1969年埼玉県生まれ。多摩美術大学卒業。1993年「月刊アフタヌーン」で四季大賞を受賞しデビュー。代表作に『魔女』(文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞)、『海獣の子供』(日本漫画家協会優秀賞)『ディザインズ』など。講談社「BELOVE」にて『かまくらBAKE猫倶楽部』連載中。

■現代魔女 マハ/マグまぐ

左【マハ】 生きものから食べものへ 育み刈り取り繋ぐ者として「食」を通して母なる大地との循環を伝える者。大阪道頓堀の川沿いにある隠れ家Restaurant&BAR 魔女の厨房CAULDRONのオーナー兼シェフ。
右【マグまぐ】 ケムールで「魔女占い」毎月1日/15日に連載。占いをご希望の方は、魔女の厨房CAULDRONへ。

■五十嵐さんの「魔女」は別格です

「うたぬすびと」…『魔女』第2集より ©五十嵐大介/小学館

ーー 『魔女』(2004~05年/小学館)は、不思議な力に目覚めた女性をさまざまな設定で描いた連作です。文化庁メディア芸術祭優秀賞など高い評価を得ているだけでなく、現代の魔術と魔法を考えるうえで重要な作品ですね。現代魔女のふたりの超・愛読書でもあります。

現代魔女・マハ いきなりですけど、私「うたぬすびと」(『魔女』2集)を読んで鹿児島から与論島までのフェリーに乗ったことがあるんですよ。
五十嵐大介 行かれたんですか。
マハ あのフェリーの上で「風に撫で回される」って描写を体験したくて。たしかにすごい風圧でした(笑)。
現代魔女・マグまぐ 実はまぐも風が強い橋の上でやってみたことある(笑)。

「うたぬすびと」…『魔女』第2集より ©五十嵐大介/小学館

ーー 今回は『魔女』をはじめとした五十嵐さんの作品について、現代魔女さんと語らっていただこうと。ディズニーからジブリまで、あらゆるジャンルの作品で“魔女”が描かれ続けてきましたが、そのなかで五十嵐さんの『魔女』の魅力とは?

マグまぐ 一言でいうと「体」の感覚の描かれ方がすごいんよ。
マハ そうね。この「うたぬすびと」がわかりやすいけど。五十嵐さんの『魔女』のなかには一般的にイメージされやすい「魔法」が出てこない作品も入っていますよね。
五十嵐 そうですね。
マハ それでも「魔女が描かれている」と思えるのは、そこに言葉にならないものとの交流が描かれているからだと思うんです。
まぐ 『魔女』だけじゃなくて、五十嵐先生のマンガはどの作品も言葉に頼ってないという感じがあるんよね。フィールドワークを重視しているというか、身体的な経験がベースになっているのがすごく伝わります。

『リトル・フォレスト』©五十嵐大介/講談社

五十嵐 そう、自分の体験をもとにすることが多いですね。岩手で自給自足をした経験が「リトル・フォレスト」を描くきっかけになったり。料理も自分で作ってみたものを描いてみる。

現代魔女術では「食事」も儀式の重要な要素。昨年12月のユール(魔女のクリスマス)では食材と器を選び、太陽の再生を願う儀式を行いました。

■「呪文」が描かれていない理由

マグまぐさんは使い魔のネコの見守りのため、リモートで参加しました

ーー 「魔女」がこのような連作集になったのはなぜなんでしょうか。

五十嵐 『そらトびタマシイ』もそうですけど、私がいままで描いてきた主人公は全員女性で、特別な感覚を持っている。これを全員「魔女」というくくりにできないかなと思ったんです。「悪女」とか広い意味も含んで。

『五十嵐大介作品集 そらトびタマシイ』
©五十嵐大介/講談社

マハ たしかに男性が主人公の話はあまりないですね。
五十嵐 そう、それでせっかくだから世界中の魔女が出てくる連作にしようと。
マハ 私は西洋のわかりやすいものだけじゃない「魔女」が描かれていたのが嬉しかったんです。私たち現代魔女も黒いローブを着てホウキに乗って……という魔女とはぜんぜん違いますから。
マグまぐ だよね。現代魔女は見かけもみんな違うし、でも在り方は通じてるっていう。弾かれたもの、異教(ペイガン)的な部分が共通しているんですよね。

『魔女』第一集より(©五十嵐大介/小学館)
ケルト聖書の名作『ケルズの書』(7世紀末)
ローマの正統なキリスト教美術とは異なり、地中海のケルト文化の中で発達した異色の聖書。
『魔女』のなかにはメインストリームでない信仰へのオマージュが多く登場する。

マハ あとこれはふつうの読者の方はあまり気付かないことかもしれないけれど……『魔女』の作中には「呪文」がひとつも描いていないんですよね。
五十嵐 そうですね。
マハ 「音」や「歌」はたくさん出てくるけれど、頭の中に何かの意志がいきなり降りてくるという描写が多くて。

ーー 五十嵐さんは魔術をどうとらえていますか?

五十嵐 たとえばですが「言霊」と言われるものはある、と思います。詩の言葉もそうだけど、何か人に特別な作用を与える言葉がある。
マハ 発するときに人間の精神状態を引き出すきっかけになるような言葉ですね。呪文にもそういう側面があります。
五十嵐 そうです。でもそれは人間の世界にしか作用しないもので、「呪文で岩を割る」ということはたぶんできない。
マグまぐ たしかに日本語の呪文は日本語がわかる人にしか効かないです(笑)。あと、現代魔女がする儀式(サバト)のときの呪文は、誰か他人に向けるんじゃなくて自分に自己暗示をかけるために使う場合が多いんですよね。精霊が人間の言葉を理解できるなら、こう動いてね、って感じで。

「SPINDLE」…『魔女』第1集より ©五十嵐大介/小学館

ーー 精霊に働きかける言葉とは?

マグまぐ 説明は難しいんやけど……まじないの言葉って、すごく多重な意味を持たせた言葉ってことなんよ。そこが日常的な言葉と違うねん。たとえば「労働歌」ってあるじゃない? リズムを繰り返してしんどい気持ちをまぎらわせながら、動きの効率を上げるやん。あの感じが呪文ぽいっていうか。

ーー 言葉にもさまざまな目的と作用があるということでしょうか……?

■言葉を超えるには

五十嵐 なるほど。「言葉」については僕も作品でよく考えることなんですよね。

五十嵐 「動物言語学」という学問がありますね。たとえば鳥はさえずりを組み合わせて言葉のようなものをつくっているらしい。
マハ きっとそうですね。私が経営しているレストランのテラスに、よくカラスが来るんですよ。最近その鳴きかたがなんとなくわかるようになってきたんです。甘えたり威嚇したり。
五十嵐 そう。そのカラスにも言葉らしきものがある。でもそれは人間のように「言葉で考えている」ということとは違うんじゃないか。コミュニケーションはとっているけれど、たぶん思考はしていない。
マグまぐ 動物は「音」で言葉を作っているってことなんですか?
五十嵐 音だけでなく仕草なども組み合わせると思いますが…。いずれにせよ人間はすべての情報を一度言葉にしないと理解できない。化学も数学も世界を言葉で解き明かす方法ですよね。逆に言えば、言葉にできない情報はどう表せばいいかわからないということになる。

マハ 言葉にできる範囲は限られていますよね。そして言葉の限界もあると思うんです。私が思い浮かべている「青」とあなたが思っている「青」はたぶん違う、というように。沈黙して寄り添っていたほうが伝わることがあるし、さまざまな「香り」を使って精霊に働きかける魔術もあります。

ーー 「魔法」は一種の超常的な力ととらえるより「言葉を使わずに伝えあう方法」と考えたほうがわかりやすいのかもしれません。

「SPINDLE」…『魔女』第1集より ©五十嵐大介/小学館

マハ 「SPINDLE」(『魔女』1巻所収)の魔女ニコラのように、誰かが切り出した知識だけを集めて、自分が世界の秘密を手にしたように思い違いしている状態を私たち魔女は「Hubris(ヒュブリス)」と呼ぶのですが、まさにその顛末が作品に描かれています。言葉で考えて見つかるものもあれば、見失ってしまうものもあるという。
マグまぐ 二コラの場合は復讐のために本質が見えなくなってるんやね。

■「考えない」ことは可能か

ーー 「言葉」というテーマで話を広げますが、五十嵐さんはもともと美大で絵を学んでいらっしゃいますよね。どうして言葉が必要になる「マンガ」を描きはじめたんでしょうか。

五十嵐 最初は言葉というより「時間」の経過を描くためにマンガという手段を選んだんですよ。だから言葉はエンタメ的な要素として入れていて、作品の世界に読む人が入り込みやすいからかな。うまくやれば言語がなくても漫画が描けるんじゃないかと思うけど。

五十嵐 それから、絵画は言葉が要らないと思われていますが、それは思考が要らないというわけじゃないんですよね。特に西洋の宗教画にはかなり複雑な意味があります。
マハ そうですね。
五十嵐 絵画自体が言語の一種だという考え方もできると思います。読み解くことができて、見る人が好き勝手に解釈できる。でも作っている人の本当の気持ちはわからない。

ーー 絵を描いているとき、どんなことを考えていましたか。

五十嵐 あえて言えば私は何も考えてなかった。漫画を描いているときも、なるべく何も考えずに描こうとしている。
マグまぐ つまり動物のような感覚なんですか。
五十嵐 うん。動物というか「野性」に憧れるところはありますね。

マハ 五十嵐さんの作品には動物が多く登場しますね。魔女もネコなどの動物が使い魔になっているので、動物的な感覚はすごく重要です。
マグまぐ 動物の目線って面白いですよね。サバトで瞑想に入るときも動物の目線を想像することがあるんですよ。自分という核があるだけじゃなくて、違う視線がほしいときはある。植物として、動物として、風として世界を認識したいっていう。

現代魔女の儀式で使われる手づくりの「祭壇」。

マグまぐ たとえば蛇って視力がすごく弱いけど、匂いと温度で世界を認識してる。その感覚とか。鳥は何で自分の帰る場所がわかるんだろうとか。何かを感知しているんやけど、それは何を見ているんやろうと。
マハ 『ディザインズ』だね。

『ディザインズ』©五十嵐大介/講談社

ーー 遺伝子操作によって生み出された異形の生物の戦いを描いた作品で、命の意味を問うようなテーマです。どのような発想から生まれたのでしょうか。

五十嵐 じつは『ディザインズ』の遺伝子のテーマはけっこう後付けなんですよね。
マハ そうなんですか。
五十嵐 『ディザインズ』を描こうと思ったのは、怪物をたくさん描きたいなと思って。神話とかに出てくる半人半獣が好きなんですよ。

ーー マハさん、マグまぐさんと話していても異形のものの美しさはよく話題になりますが。

マハ そんなに難しく考えるものでもないと思うよ(笑)。昔から宗教画にもたくさん出るし、猫娘とか狼男とかみんな好きじゃん。野性と知性のハイブリッドね。
五十嵐 うん、造形的に良いんですよね。
マグまぐ じゃあ描きたいものが先にあって、それを描きまくれる設定やテーマを考えていく……ってことですか?
五十嵐 そうそう、そういう感じですね。基本的にはストーリーより先に描きたいことが見つかる。『海獣の子供』でいうと「地球のような生命のいる星は宇宙にとって子宮みたいなものじゃないか」っていうテーマがあるんだけど、それはモチーフであってマンガの目的というわけではないんですよ。あの作品で私がやりたかったのは「魚を描くこと」なんです。

『海獣の子供』
©五十嵐大介/小学館

五十嵐 あるときすごく良い魚の図鑑を手に入れたので、描きたくなっちゃって。本当、単純な欲求。その結果できたマンガなんです。
マハ クジラを描きたい……その周りの魚が描きたい……と広げていくと海を描くということになるのね。描きたい欲求を詰め込んでいくと地球になる。

■『魔女』誕生の秘密

マグまぐ じゃあ『魔女』の場合はどうだったんですか?
五十嵐 「魔女」で最初に描いたのは「SPINDLE(スピンドル)」という短編なんですけど、これは中東のほうのどこかの国の話という設定で、特定した舞台はないんですが、もともとはトルコの料理の本があって……すごくおいしそうで(笑)。
マハ 「魔女」の発端はトルコ料理だったんですか(笑)。たしかにトルコの食材でよく使われる「羊の頭」が重要なアイテムになっていますよね。

「SPINDLE」…『魔女』第1集より ©五十嵐大介/小学館

五十嵐 はい。遊牧民のチーズやソーセージの作り方とか、食から民族を見るという本がすごく良くて。
マハ 機織りもバザールもチーズも、陸続きだからまわりの文化と繋がっていきますよね。

五十嵐 そういうわけで、はじめは取材でトルコ行けないかな、と。色んな国の魔女が出てくれば、取材費を出してもらってあちこち行けるんじゃないか…? という目論見ではじめました。
マグまぐ それはいいですね(笑)。
五十嵐 でも、一度も取材に行けなかった(笑)! 取材より先に原稿を書くことになっちゃって……。
マグまぐ 魔女の舞台でどこでも行けるならどこが良いですか?
五十嵐 やっぱりトルコかなあ。パンがうまいらしいんですよね。

「SPINDLE」…『魔女』第1集より ©五十嵐大介/小学館

マハ カイマックもおいしいですよ。生クリームが凝固したもので、あれとパンだけでいくらでも食べられる。私はトルコに行ったとき、カイマックのおかげで5kg太ってきました。
五十嵐 それでトルコに興味を持って、魔女のことを文献で色々調べて描いていったんです。

ーー 『魔女』が文化を限定しない多国籍な連作になったのは、そんな背景があったからなんですね。

■そこにいる魔女

『KUAPUPU』…『魔女』第一集より
©五十嵐大介/小学館

ーー 五十嵐さん、きょう魔女さんと話してみていかがでしたか。

五十嵐 じつは意外なことはあまりなかったんです。ただ一度会ってみたいな、と思ったんですよ。私の周りにも魔女っぽい人がいて、シンパシーを感じるほうが近かった。
マグまぐ 魔女っぽいって、どんな人ですか?
五十嵐 たとえばクラフトワークの作家さんとかね。私の知り合いに野生の植物を使って染色をする織物作家の方がいるんです。有名な作家ではなく、本当に知る人ぞ知るという方なんですけど、独学で染織を追及して、その人の葛布は常識を超えた美しさです。

五十嵐 その人が数年前に趣味でダイビングを始めたんですが、いきなりものすごく深くまで潜れたりするんです。山の中で草を傷めないように歩く体の使い方がわかっているから、海の中でも……。
マグまぐ そういう人の感覚ってすごく鋭いんですよね。
マハ 私の友達に酒蔵で働いている人がいるんです。その人があるとき「酵母の声がきこえるようになった」らしくて。それって聴こえない声を聴いているでしょう。言葉を発さないものがわかる。
五十嵐 ええ。でも超自然的な出来事かというと、そうではないんですよね。
マハ はい。酵母は声を出さないけど、温度や湿度の微妙な変化がサインのように感じているんでしょうね。人間はそういう能力があって、目覚めるときがある。
五十嵐 植物を育てたり、畑をする人もね。そういうところが通じるんじゃないかと思ってきょうは会ってみたかった。
マグまぐ 五十嵐先生にもそういう感覚があるんですか。覚醒したっていうか。
五十嵐 私はそこまでいったことはないですよ。でもね、そんな人は実はたくさんいると思うんです。現代魔女さんも同じ感じがした。
マハ そうなんですよ。魔女と名乗っていなくても、魔女のような生き方をしている人たちが。


■出演

ゲスト:五十嵐大介
X:https://twitter.com/igadaioshirase
現代魔女・マハ
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現代魔女・マグまぐ
X:https://twitter.com/gagaga0888

■作品情報

『魔女』など▶(小学館・著者ページ)
https://www.shogakukan.co.jp/author/446
『ディザインズ』など▶(講談社コミックプラス・作品一覧)
現在連載中▶かまくらBAKE猫倶楽部(BELOVE/講談社)

 

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