HR 東コレ=日本のファッションの最先端
デコラ、グランジ、サイバー、裏原、エトセトラエトセトラ……。
鳥居服装学院ではこれまで、90年代のファッショントレンドをキーワードごとに掘り起こしてきた。
さぁ~て、今月は……といきたいところですが、今回は過去ではなく、現在の最先端を見てみよう。
というのもですね。
なんと我らがみゆき学長が「東京コレクション(Rakuten Fashion Week TOKYO)」のランウェイを歩くという噂を聞きつけました!!
ブランドは「ToriM」でも親交のあるデザイナー・朝藤りむさんのブランド「pays des fées」(ペイデフェ)。
そこで、ファッションメディアでもなんでもないケムール編集部も、厚かましくショーにご招待いただき、裏側にまで密着取材を敢行!!
慌ただしいリハや、怒涛のメイク……普段絶対に見られないファッション業界の最先端とその裏側を覗き見していきましょう!!!!
1限目 世界初(たぶん)! 北園克衛の詩から生まれた洋服たち
担当編集(以下「編) どこか機械的で静謐さのある素晴らしいショーでした。今回のコレクション「●in■」はどういったコンセプトのコレクションなんでしょう?
朝藤りむ(以下「りむ」) 無機質で直線的なデザインをやりたかったんです。
思春期の時期に肉体を無機質化したい気分ってあるじゃないですか。第二次性徴において男性性や女性性みたいなものが出来上がっていきます。それによって有機質なのか無機質なのかという自覚の外にいた自分が、そういう変化を通じて有機質になっていってしまう。
そのことを嫌悪し、否定して、無機質なガラス片やプラスチック片になりたいって。
そういう思春期の気分と、大正時代くらいの日本のダダイズムにある直線的なデザインが私のなかでとてもシンクロしているのを感じていました。北園克衛の詩や写真っていうのがまさに無機質で直線的なディテールを持つ作品で、それをオマージュするかたちで今回のコレクションが生まれました。
■北園克衛(1902-1978)
三重県出身の詩人。代表的な詩集は『白のアルバム』『黒い火』など。モダニズム詩人の代表的人物であり、日本初のシュルレアリスム宣言に始まり、バウハウスの造詣理念を視覚的に享受した影響を感じさせる作品を多く発表している。
今回のコレクションに主なインスピレーションを与えた代表作「単調な空間」(1959)はコンクリート・ポエトリーと関連付けることができる日本では数少ない言語詩とされている。
また、詩作の一方、グラフィックデザイナー、イラストレーターとしても活躍した。(が、本人は頑として”詩人”という肩書で通し続けた)
鳥居みゆき(以下「鳥居」) すごいよね。”無機質になりたい”っていうのがもう「有」じゃん。
無への欲望って有でしかないから、りむさんの言う思春期の気分って、そもそもが相反していて、矛盾するものなわけですよね。その生々しいもがきがコレクションで表現されているわけでしょ。すごくいいです。
りむ そういう葛藤だったり、作りたくなるエネルギーはすごく大きかった。
編 そもそも令和の今、北園克衛をイメージソースにして服を作ろうとすること自体が稀ですよね。デザインの歴史のなかで見ると偉大なことは間違いないのですが、あんまり最前線に名前が出てくるような人物ではない気がします。
りむ そうですね。北園は詩っていう言葉や平面の表現を突き詰めていた人だから、それを立体にしたりショーにしたりっていうのは非常に自由度が高いんですよね。誰もやっていない分、自由な解釈の余地が残されている部分だったと思います。
鳥居 りむさんはいつごろ北園の詩をいいなって思うんですか? ずっと昔から?
りむ 私はそれこそ思春期のときから『VOU』(ヴァウ)が大好きだった。
鳥居 『VOW』(バウ)? 周りの芸人みんな読んでましたよ。
編 惜しい(笑) そっちじゃないです(笑)
■「VOU」と「VOW」
「VOU」は1935年、北園が主宰したサロン的同人による同名の機関誌。以後、北園の生涯において作品発表の主たる場となった。一方の「VOW」は、宝島社が発行する雑誌に連載されていた読者投稿コーナーおよび同コーナーの投稿をまとめた書籍。80年代~90年代に一世を風靡し、単行本の発行部数は930万部に及ぶ。現在も『sweet』で連載、またWeb版が存在する。
りむ 今回は北園の「単調な空間」(1959)をけっこう服にしています。硬派なポエムで、「白い四角のなかの白い四角」みたいな抒情性を極限まで排したとてもソリッドなものなんですよ。
大きい目玉クリップがついている服なんかは特に分かりやすいと思います。
鳥居 ほんとだ! 胸元なんかイメージそのままですね!
編 北園の詩やデザインからの飛躍でいくと、今回の洋服は随所に色が入っている部分も印象的でした。pays des féesらしい”かわいらしさ”の表現なのかと思ったんですが……。
りむ 実はこれも「VOU」の表紙から色の使い方の影響を受けています。
編 はぁ~ほんとだ。こんなの絶対誰も気づけないよ……(笑)
2限目 理想は”浮遊”――歩きたくなかったランウェイ
編 モデル1人1人が風船を持ってランウェイを歩く演出も印象的でしたが、あれはどういう狙いでされた演出なんでしょうか?
りむ 人を物質化するための試みです。普通に立っているとどうしたって人間すぎるから、もっと軽いものにしたかったんです。
本当は重力通りに歩くのも嫌で、浮いたまますーっていけたらよかったんですけど、ヒカリエ重力あるじゃんって気づいて。
なので浮いている風船を使いました。
鳥居 私は、ちょうど風船と同じ赤い色の帽子をかぶっていたので、どっちが風船でどっちが人間かなって思ってもらえたらいいなと思って歩きました。
あれ、軽いのに錘があるから重いんですよね。意外と重いっすねってみんな言ってた。
りむ そのおかげでぎこちない動きになるからよかった。
鳥居 私、最後に風船を置いて整列するときに前のモデルさん(ユウスケさん)のサポートしてあげました。フルフェイスのマスクをつけていて、リハーサルのときも「無理っすわ」「見えないっすわ」「普通に歩くのだって難しいのに」って言ってて、途中で私が風船もらって置くよ~って(笑)
編 そんなアドリブ利かせてたんですね(笑) あれは最初のリハでみんな初めて合わせるものなんですか?
りむ そうです。
編 じゃああの1回で、上手くいかなくなったところを本番までに修正なんですね。
りむ そうそう。でも事前にオーダーみたいなものは出しています。歩き順から逆算してこれをこうしたらこうなるだろうって考えて、1人1人に違うことを伝えてます。あなたはガラス片になってください。あなたはトリアディッシュバレエになってくださいとか。
なので前日までやり取りを繰り返しながら、人によっては図で首や腕の角度を書いてきてこれでどうでしょうって聴いてきたり、実際に歩いている動画を送ってきてくれたり。
鳥居 え、私そんなこと言ってるの全然知らなかったです。私、自由でって言われてた(笑)
編 (笑)
りむ みゆきちゃんは、私が何か言うよりも自由のほうが面白いものが出てくるかなと思って(笑)
編 そこは鳥居さんの表現力への信頼みたいなものがあったんですね。
りむ その人のタイプがあるじゃないですか。役者みたいに私が投げたお題に忠実にやってくれる人もいれば、すでに自分の世界観が出来上がっていてそこから面白くできる人もいるから。
編 でも本音は歩くんじゃなく、浮いててほしいんですよね。
鳥居 どうやったら浮けるんだろうね。風船みたいにヘリウムで身体のなかパンパンにしたらいけるんかね。
りむ それちょっと考えたの。でも面白い声出るだけだわ(笑)
鳥居 ほんとだ。そうじゃん。家でやってみる前に気づけてよかった(笑)
3限目 ファッションショーは贅沢の極み?
編 鳥居さんは、こういう本格的なランウェイを歩くのは初だったと伺ったんですが、歩いてみてどうでしたか?
鳥居 モデルさんってすごく真面目なんだなって思いました。ちゃんとルール守るし、秩序がすごい。
りむ 当たり前だけどね?(笑)
鳥居 私、モデルさんってもっと自分を前面に押し出す人たちだと思ってたんですよ。
りむ あ~、それは逆なの。読モとかだとそういう華やかな人が多いけど、こういうショーのモデルってデザイナーの理想を体現する人たちだから、自分自分って感じじゃないんだよ。
鳥居 本来はそうだけど、どこかで変わったじゃん。
編 おそらく90年代くらいのスーパーモデル時代ですかね。モデルが洋服を魅力的に見せるマネキン的な立ち位置から、華やかなスターへ変わっていきましたね。
■スーパーモデル
1980年代のイネス・ド・ラ・フレサンジュのシャネルとの独占契約を皮切りに、広告契約をネームバリューによって勝ち取るようになったモデルたちが映画スターや人気歌手のように、富と名誉と美貌を象徴する存在となった。
90年代に入ると”スーパーモデル黄金期”とも呼ばれるようになり、ナオミ・キャンベル、ケイト・モスらスーパーモデルたちはメディアを席巻した。
鳥居 そうそう、私を見てっていう時期ありましたよね。だから今回ご一緒して、そういう感じじゃないんだって思いました。
あと、りむさんとモデルさんだけじゃなくメイクさんも衣装さんも、みんな全力で準備するのに10分ちょっとの1公演で終わっちゃうのもったいないなって思っちゃいました。
りむ 演劇の人なんかはけっこうそう思う人多いですね。たった1公演でこの尺で終わってもったいないって。でもただ歩くだけなのにずっとやってたらくどいでしょ(笑)
鳥居 私、芸人なのに歩くだけでいいのかなと不安にも思っちゃうし、モデルさんってすごい仕事だなって思いました。
編 入りのときは緩い雰囲気でしたけど、リハ終わったあたりからの集中力というか、自然と空気が引き締まる感じは肌で感じているとすごかったですね。
鳥居 そこだと、どの職業もエンジンのかけ方は一緒なんだなって思いました。
5分くらい前まではお菓子食べて「ふへへ~」って感じでいても、呼ばれるとみんなスイッチが入る。私も出囃子がかかったらスイッチ入れますね。それまでは「やだなぁ、出たくないなぁ、なんでこの仕事選んじゃったんだろ……」ってとにかく落ち込むんですけど、出囃子かかったら「どうもーっ!!」って。
りむ すごい落差(笑) 今回もそうだった?
鳥居 今回も同じだった。モデルじゃないヤツ帰れって生卵投げつけられたりしたらどうしよう……って。
4限目 みゆき学長、静かなショーに不安…?
鳥居 だから気持ちの入れ方とかは変わらなかったんですけど、感覚は違ったかもしれないです。
全然”笑い”が起きないんですよ。私の前まで誰もウケてないから、すごい不安になりました。これ会場重いんじゃない?って
りむ&編 (笑)
鳥居 みんな滑ってるって焦ってたら、これはこういうもんなんですよって教えてもらいました。
りむ 東コレで初じゃないかな(笑) みんなウケてないんだけどって思ってたモデル(笑)
鳥居 前まで行って戻ってくるとき、みんなウケなかったって落ち込んでるんじゃないかなって心配にもなりました。
あれを淡々とこなせるのすごいなって思いました。何も反応がないの怖いじゃないですか。
だからスマホとか向けて写真撮ってくれる人とかはちょっと意識しちゃいましたよね(笑)
編 実際はすごく盛り上がってましたね。
りむ あれはかなり湧いてた。会場に消防法で入っていい人数ぎりぎりまでお客さんも入ってました。
鳥居 そう、最後りむさんが出たときにすごい盛り上がったじゃん。それで、あ、こういう感じなんだって(笑)
5限目 次回のToriMは”都市の迷彩”
編 今回、pays des féesの2024 Autumn/Winter collectionでしたが、鳥居さんが着ていたのは「ToriM」の新作なんですよね。
りむ そうです。先行で今回のコレクションに間に合わせました。
他はまだ内緒だけど、テーマ自体は前回の”Trush”からブレることなく進んでいて、今回は私たちが暮らしている都市とか生活空間での迷彩をコンセプトにした洋服です。
鳥居 生きながらに見えなくなる方法を模索しました。なので、今回のpays des féesさんの有機質と無機質ともちょっと近いかもしれません。存在はしているけど見えていたくないときって、あると思うんですよ。
編 これは横断歩道なんですよね。パッと見だとボーダーにも見えるし、肋骨にも見える。コンセプト自体が迷彩しているっていうメタな面白さもある……。
りむ そうなんです。前回のゴミコラージュのセットアップにあったみたいなブランドネームでの遊びも顕在です。
鳥居 今はまだ他のルックはどうしようかなって迷ってるところです。
りむ 全部の案がよすぎてね。決めるのが大変なんだよね。
夏くらいまでにはToriMも色々と発表できるかと思います。
編 続報も要チェックと……。他のルックも楽しみにしてます!
HR 無機質なだけじゃなかった13分7秒
ショーに向けて、デザイナーやモデルはもちろん、メイクや照明などの裏方まで、一丸となって駆け抜けていく緊張感と熱量は凄まじいものがあった。
時間にすればたった10数分。
しかしそこには、たくさんの人たちの生々しくて熱い気持ちが詰まっている。
みんな無機質で涼しい顔してるけど、そんなことを知りながら眺めるショーはまた一味違って面白いかもしれない。
みゆき学長とりむさんのコラボブランド「ToriM」の続報もお楽しみに!!
(詳細はケムールにも秘密だったけど、あらゆることが確実に前回よりパワーアップしてる様子です!!)
1981年生まれ。2001年に芸人デビュー。「ヒットエンドラーン」のネタでブレイクする。映画・ドラマ・舞台出演のほか、小説・絵本の執筆も。発達障害をテーマにした番組『でこぼこポン!』(Eテレ)に出演中。
Instagram:@triimiyukitrii
YouTube:「鳥居みゆき地獄」
■pays des fées
ADDRESS:東京都中野区中野5-52-15中野ブロードウェイ4階464-1
OPEN 12:00 / CLOSE 17:00
営業日 金・土・日( 年末年始 お盆 不定休あり)
Instagram:@paysdesfees_nakano_broadway
HP:https://pays-des-fees.com/
Twitter(X):@korekore_koume
ケムール編集部員。前は古着屋。潰れたソフトケースのなかにあるしわしわの煙草がすき。担当連載は「鳥居服装学院」「Talk at Fillers」「ネオホームレス-自由と稼ぎの流儀-」。
株式会社STSデジタル所属。
HP:https://sts-d.com/