アイナ・ジ・エンド新曲と手話をめぐる炎上【3月のSNS炎上ニュース】〜たいへんよくもえました

みなさんこんにちは、炎上ウォッチャーのせこむです。

みなさん、どうですか? 辛くないですか?

え、何がって?……人生じゃないですよ、花粉ですよ花粉。目をこすりすぎて毎日泣きはらしたかのようになっています。

けして世の中の実情に絶望しているわけではないです。

花粉は辛いけど、少しずつ春の気配が感じられる爽やかな時期となりました。

でもネット上では相変わらず炎上が続いていて穏やかではないのが残念なところ。

今回取り上げるのは、アイナ・ジ・エンドさんの新曲『宝者』PVをめぐる炎上です。

一体何が起こった?

・2月5日、アイナ・ジ・エンドの新曲『宝者』がYoutube上で公開される

©アイナ・ジ・エンド Official・アイナ・ジ・エンド – 宝者 [Official Music Video](TBS系 日曜劇場「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」主題歌)

・2月27日、アイナ・ジ・エンド自身がパーソナリティを務めるラジオ番組「SCHOOL OF LOCK! アイナLOCKS!」で、PVのサビ部分に使われている手話の話題が出る。
・東京FMのサイトにその時のアイナの言葉が掲載される。yahooニュースに転載されたこともあり、この記事が拡散。
・3月2日、該当記事を見て、人気写真家で自身もろう者である齋藤陽道氏が苦言に近いコメントを出す。
・この発言が多数RTされたことをきっかけに、さまざまな意見が飛び交う状況に。

こんな流れです。齋藤氏の該当ツイート自体は5000RTほどですが、引用では非常に『賛否わかれる意見』が見られること、そしてこの発言に関連して聴覚障害を持つ当事者たちが多数発言しており、非常に興味深い状況になっています。

齋藤氏がコメントしたのは、アイナさんの発言した

「手話は、振り付けと同じ感覚でほぼほぼダンスでした」

「今って、みんなTikTokで踊るじゃないですか。あの画面の中で踊る感覚。なんだかちょっと奥ゆかしくて、可愛らしくて。そんな中でも、ちゃんと届けようと思うと、表情とかが勝手についてくる。それが楽しかった」
(※インタビューより要約)

このあたりのくだりに反応したものと思われます。

要は「手話を使用しているろう者からすると何を言っているかわからなかった」という事実と、ヒット音楽に手話が利用されているという現状。

この状況に苦言を呈している、という内容です。

少し説明しておくと、この曲は人気ドラマ『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』のテーマソング。

上記のようにPV公開後はそこまで目立った炎上はありませんでしたが、ラジオの発言とニュースをきっかけに手話使用者やろう者の間から「これは……」という意見が散見されていて、影響力のある齋藤氏のツイートをきっかけに拡散された、という流れでしょう。

炎上の現象としてはある意味類型的な「可燃性の高い火種が幅広く存在していたものの、ずっと可視化されていなかった」パターンですね。

齋藤氏の発言に対する引用ポストやリプライを見ていると

・「わかる」「このPVのスタンスはどうかと思う」という、健常者ながら齋藤氏に肯定的な意見


・「自分も言ってることがわからなかった」「よく言ってくれた」という聴覚障害者当事者や手話使用者の意見


・「これをきっかけに手話に興味を持つ人がいるのだからいいのでは」「そんなことを言ったら表現の弾圧になる」という齋藤氏に否定的な意見。中には「被害者仕草」というニュアンスを使う人も


この3つに概ね分かれる模様です。

ただ、3番目に関してはアイナ・ジ・エンドのファンゆえこういった反応をしている人も多い模様で、この「ファン心理で一方的にかばう」というのも炎上で度々見られますが、まああまりいい方向には向かわないですよね……。

齋藤氏の引用を見て貰うとわかるのですが、この炎上に関しては「文化の盗用」や「搾取」という言葉が非常に多く見られるのが特徴です。

でも「手話を使うだけでどうしてそんなふうに言われるのかわからない」という人たちとのギャップが炎上を生んだ、とも言えるでしょう。

炎上の背景説明

実はこの炎上、「手話」そして「手話歌」というものをめぐる昨今の状況が大きく関係しています。

そもそもこの曲、テーマソングとなったドラマは特に聴覚障害者が出てくるわけでもなく、手話がテーマとなっているわけでもありません。

ですが昨今の背景を知ると「なぜ手話がこのPVに取り入れられたか」が見えてくるのですが、ここからご説明しましょう。

手話・聴覚障害者が出てくる作品が近年増えてきた

もともと、聴覚障害者がメインとなるドラマや映画等はこれまでも何度か登場しています。

1995年の『愛してると言ってくれ』のヒットは覚えている人も多いことでしょう。しかし近年、ある意味このテーマの〝ブーム〟とでもいうような状況が起こります。

きっかけは2022年のアカデミー賞作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』。そして目黒蓮と川口春奈の主演で爆発的なヒットを記録した2022年のドラマ『silent』であることは間違いないでしょう。

ドラマ界はその後『星降る夜に』、『デフ・ヴォイス〜法廷の手話通訳士』と立て続けに手話が登場する作品が放送され、特に『デフ〜』はろう者・難聴者・コーダ(聞こえない親のもとで育つ聞こえる子ども)を当事者が演じている、ということでも話題となりました。

TikTok等で「手話歌」が流行っている

上記の時勢に加え、今TikTokやInstagramのショート動画では「手話歌」というものが流行しているのをご存知でしょうか?

手話歌とは、歌のサビなどで手話を使い、歌詞を表現したもの。よければ、TikTokで「#手話歌」で検索したら多くの動画が出てくるのを見ることができます。

こちらはyoutubeに掲載されている卒業式ソング『ビリーブ』の手話歌バージョン。80万回再生と、非常に多くの人に見られていることがわかります。

©保育士バンク!チャンネル【公式】・ビリーブ【手話ダンス】 手話振りと歌詞、音楽付き♪

該当のPVを見ればわかるのですが、手話が使われているのは歌のサビ部分のみ。

おそらくその理由は、「TikTokやショート動画でこのサビ部分が手話つきで流行ってほしい」という作り手側の意向が入っていたからでしょう。

実際、近年のヒット曲はこのTikTokでの流行というのが必須になっており、「みんなが真似して踊りやすい振り付けと、動画の秒数に収まるサイズのサビをセットにする」というのが仕掛ける側には必須オーダーだったりします。

縦サイズの動画ゆえ、TikTokヒットを狙う曲の振り付けは左右の移動を少なくするなどの配慮をするのはもはや音楽業界では常識のようなのですが、この流行の条件に手話歌はぴったりハマった。それゆえミーム化した、という状況です。

「手話歌」が浸透している背景がある

実は、これまでも手話歌は存在していました。

古くは酒井法子『青いうさぎ』、虎舞竜『ロード』などを思い出した人もいたのではないでしょうか?(年齢がバレますよ!)

そういう意味で手話を使った曲はこれまでも存在し、そしてヒットしたのですが、問題にならなかったのは時代的に「声が届かなかっただけ」という意見も。

では、それ以降は目立ったヒットが無かった手話歌がなぜ今またヒットしたのか? それは「教育現場で使われてきたから」なのです。

理由として、学習指導要項で小学校4年生の単元に「障害理解」が入っていることが主な原因と指摘する声があります。

手話歌は、学校としてもこの「障害理解」の授業で取り入れるのに非常に適した題材であり、今の若い世代には「学校で手話歌を習った」という人たちがすごく多い。

前述の『ビリーブ』が幼稚園や小学校の学芸会で手話歌で歌われたというポストも多数見受けられました。

その世代が成長し、今のTikTokの流行にもつながっているのですが、問題は大半の場合「当事者不在」でこの授業が進んでいること。

それゆえ、聴覚障害者・ろう者の多くが「手話歌を嫌だ」「できればやめてほしい」と思っていても、それが伝わらなかった……というのが今回の炎上の「火種」でもあります。





ちなみに現在、来年開催される聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」に向けて『しゅわしゅわ☆デフリンピック!』といういわば「手話歌」が作られ拡散されていますが、これは東京都聴覚障害者連盟が監修しているので比較的スキの無いものとなっている模様です。

©スポーツTOKYOインフォメーション・しゅわしゅわ☆デフリンピック!

手話歌がなぜ問題なのか?

多くの聴覚障害者やろう者がこのPVや今流行している「手話歌」に苦言を呈している状況を見ると、一般の健常者で手話を日常的に利用していない人と、聴覚障害者の中に多くのギャップがあり、それが「健常者が障害者の大切なものを〝消費している〟と思われても仕方がない状況」だと思われます。

もちろん、聴覚障害者やろう者の中にも様々な意見はありますが……。

ではなぜ、〝消費〟とまで言われてしまうのでしょう? その理由はこちら。

①そもそも、手話歌で使われている手話が当事者のものとは違う

皆さんは、日本の手話には「日本手話」と「日本語対応手話」があることをご存知でしょうか?

この2つは文法や単語の表現方法も違う、いわば「違う言語」。

なぜこの2つがあるかというと、日本手話は生まれつき聴覚に障害を持つ人がろう学校や周囲の環境の中で体得することが多いのに対し、日本語対応手話はベースが日本語のため、中途失聴者や難聴者が体得、利用するのに適しているという背景があります。

そして、今回の『宝者』、かつ多くの手話歌に使われているのは「日本語対応手話」。

だから聴覚障害者、ろう者の多くには伝わらない、という理由があるようです。

この問題に関しては、下記の日本財団サイトのインタビューが非常にわかりやすいのでぜひ一読を。

参考:なぜ手話歌にモヤモヤする? 手話文化の前提を知るため、ろう者に聞いた

②間違った手話が伝わっている現状がある

この「手話歌」の流行に関し、「別に手話利用者を増やすならいいのでは」「健常者は手話を使ってはいけないの?」という意見が今回の騒動で多数見られますが、問題は「手話が誤って広まってしまう」危険性があること。

実際、見ていて何を言っているのかわからないという当事者たちの意見をよく読んでいくと、前述の手話の違いだけではなく「正確な手話になっていない」ケースが多数あることが見受けられます。

日本手話は単なる「身振り手振り」ではなく、手の高さや動かし方すら1つ1つの意味を持ち、全身を使っての表現のため、ダンスに混ぜ込んでしまうと根本的に意味が違ってきてしまうのですよね…。

最大の問題は、誤った手話が伝わってしまった場合、それを訂正する労力を払うのは「聴覚障害者・ろう者当事者である」ということなのです。


③手話は「保護すべき少数言語である」という認識の欠如

近年は「手話はそれ自体が〝独立した言語〟であるという認識がようやく広まってきています。

説明したように、日本手話に関しては健常者が通常話している日本語とはまた違う文法を持つ「言語」。

日本手話の利用者はいわば「少数言語話者」とも言えます。

そしてこの日本手話は、今さまざまな事情から「公式に取り扱う学校が少ない」状況になっています。


しかし、そういった少数言語に関して誤った認識が当事者以外に拡散されたらどうでしょうか?

健常者が当事者不在で一方的に広めるのは、マイノリティ言語話者に対して配慮が足りなさ過ぎると思いませんか?

おそらく、今回の火種となったラジオの発言は「手話を正しく理解しているものと思えない」ないため、この炎上につながったものと思われます。

まとめ

最近の炎上では、「それは差別では?」という意見に対してに対して「考えすぎ」「それは逆に理解を阻めているのでは?」「言論の弾圧だ」という意見が多数出てくるのが特徴です。

しかし、それらは当事者の意見や背景をよく見ると理解できるものが大半ではないでしょうか?

「マイクロアグレッション(自覚なき差別)という言葉があります。

これは、無意識の偏見や思い込み(アンコンシャス・バイアス)が言葉や態度に現れ、否定的なメッセージとなって伝わり意図せず誰かを傷つけてしまうこと。

自分が当事者でないものを取り扱ったり触れるときには、「マイクロアグレッションに該当しないか」を慎重に見極めておきたいものです。

まあ、これって本当に本当に難しいんですけどね……だから自戒を込めてといいますか、常に自分の認識もアップデートしていきたいなと。

あと、いい機会なので。こういったマイノリティとマジョリティ、障害にまつわる炎上において、X(Twitter)収益化により「逆張り」の意見を言って炎上を煽る人たちが本当に多いんですよね。

ああもう嫌だインプレッション稼ぎ。炎上ウォッチャーとしては本当に邪魔でしかないのですが、みなさんもそういう意見には安易に乗らない、見ない、クリックしない!

どんどん魔窟化しているXですが、もう少しまともな炎上(!?)が見られる状況に戻って欲しいなあ……とぼやいているせこむでした。