怪談の達人が選ぶ映画とは
幽霊・妖怪・呪い・祟り……いつの時代にも絶えることがない「怪談」。
そのなかでも、フィクションではない「本当にあった怖い話」=「実話怪談」の専門家であり、昨今の怪談ブームの立役者と言えるのが、ケムールで「怪談一服」を連載する吉田悠軌さんです。
その膨大な知識と取材力は、「タバコで実話怪談」というケムール編集部のムチャなお願いに毎月極上の怖い話で応えてくれていることからもわかるとおり。
そんな吉田さんに今回は「怪談映画」を10作選んでいただきました。
怪談を突き詰め、生き抜いてきた怪談の達人が語る映画ラインナップは、単なる「怖い映画」とは一味違う、吉田さんの怪談論に満ちています。
吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『恐怖実話 怪の残滓』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。
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「怪談映画」のオススメを選ぶというのは、なかなか難しい。
ホラー映画でもオカルト映画でもなく、怪談映画だ。ちゃんとしたジャンルとして確立されているものではない。どう定義すればよいのか悩んでしまう。
『13日の金曜日』シリーズや『エルム街の悪夢』シリーズみたいな映画とは違うだろう。
かといって『リング』(監督・中田秀夫)のようなJホラー作品の代表作を出しても、
「じゃあホラーと怪談ってどう違うの?」
と混乱させてしまう。
もちろん、新東宝や大映などで制作された、往年の怪談ものをピックアップするのは簡単だ。『東海道四谷怪談』(監督・中川信夫)、『牡丹灯籠』(監督・山本薩夫)、『怪談雪女郎』(監督・田中徳三)あるいは『怪談』(監督・小林正樹)などなど……。
う~ん、でもなあ……それもちょっと違うんじゃないかなあ……。
もちろん、それら映画のテーマがまさしく怪談であることに間違いはない。一般の映画ファンにも「そのあたりの作品群こそが、いわゆる“怪談映画”でしょ?」と捉えられているだろう。
しかし現代怪談に親しむ私のような立場からすると、やや違和感が生じてしまう。それは「怪談」というジャンルの捉え方が、1960年代あたりと現在とで、かなり状況が異なっているからだ。
「70年代オカルトブーム」を経て、「都市伝説」や「学校の怪談」が世間に受容され、そして「実話怪談」が確立されていった現在。「怪談」についての視点が、昔とはちょっと変わってきていると思うのだ。
とまあグダグダ言葉を重ねたが……「怪談映画」の定義も、そのオススメ作品も、あくまで私・吉田悠軌の個人的好みによるものですよ~という言い訳に過ぎない。
「怪談映画ってなんなんだろう」と興味を持ってもらえる、ひとつのキッカケになれば幸いです。
①『エクソシスト』
©️ワーナー・ブラザーズ
のっけから「怪談」じゃなくて「オカルト映画」の代表格じゃねえか、と思われるかもしれない。しかしこの作品、意外と「もしかして怪現象なんてなにも起こってないんじゃないの?」と匂わせているところも特徴なのだ。はたして少女は本当に憑霊されているのか? 悪魔は本当にいて、それに対する信仰の力は本当にあるのか? そして神は?
それら「本当」への揺さぶりは、我々が生きる現実世界の揺さぶりとなり、それこそ怪談の真髄でもある。同作続編『エクソシスト2』と比べれば、こちらがいかに怪談めいたストーリ―かわかるだろう。『リング2』と同じく、なぜか大ヒットホラーの続編は、怪現象を科学的に検証しようと頑張ってしまう方向へと行きがちだ。
②『学校の怪談』
©️東宝
こちらも怪談ど真ん中というより、むしろ「ホラー映画」に近い作品かもしれない。ただ、本作の子どもたちが出くわす「学校の怪談」は、自分たちがひそひそ噂していた話そのものである。語った人の前に語られたものが現れる――それが怪談の持つ力なのだ。夏の夜の子どもたちの冒険というジュブナイル要素も込みで、長きに渡って愛されてほしい映画である。
③『キャンディマン』
©️プロパガンダ・フィルムズ、ポリグラム・フィルムド・エンターテインメント
こちらも怪を語れば怪いたる型のストーリー。都市伝説であるはずのキャンディマンの名を鏡に向かって唱えれば、彼が本当に現れる……。日本の都市伝説の大ボスが「カシマさん」なら、それに匹敵するのはこのキャンディマンではないか。『学校の怪談』と比較して、作品内ににじむ「闇」の違いを考えてみるのもよいだろう。※ちなみに新作(2021年版)の方は未見です……!
④『叫』(さけび)
©️ ザナドゥー、エイベックス・エンタテインメント、ファントム・フィルム
黒沢清作品が十選に入るのは当然としても、『回路』と『叫』どちらをオススメするか迷った。『回路』も私にとってはすこぶる「怪談的」と感じるのだが、それがどう「怪談的」であるかの説明が難しい。なので、よりわかりやすく「怪談的」である『叫』をチョイスした。黒沢清がずっととりつかれている「赤い女」のイメージ。それがど真ん中に据えられた映画でもある。そしてなぜ「赤い女」に呪われてしまったかの理由が、すこぶる怖い!
⑤『仄暗い水の底から』
©️東宝
中田秀夫監督のフィルモグラフィー中、どの作品が怪談映画といえるのだろうか。国民的ホラー『リング』も怪談要素はあるのだが、じゃあ怪談映画なのか!? というと少し違う。『事故物件 恐い間取り』もやはり違う(むしろ怪談要素からどんどんズレていくところにこそ、あの映画の面白味がある)。
しかし『仄暗い水の底から』と『女優霊』はずばり怪談映画といってよいだろう。例えば、怪物が積極的に襲ってくるのがホラーだとしたら、登場人物が勝手に自滅していくようにすら見えるのが怪談、とか……? なんとも微妙な違いなのだが、全作品を一気に視聴してもらえれば、私の言わんとすることはわかってもらえると思う。
⑥『ノロイ』
©️ザナドゥー
心霊ドキュメンタリー『ほんとにあった! 呪いのビデオ』出身の白石晃士監督が、その独自のキャリアを歩み始めた初期ホラー作品。心霊ドキュメンタリーのひとつの到達点であり、逆に言えばここから心霊ドキュメンタリーの多種多様な模索が始まった。
また白石監督自身にしても、ここから『オカルト』『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』というフェイクドキュメンタリーの革新へ、あるいは『ある優しき殺人者の記録』のような(本来の意味での)オカルトへ、『貞子VS伽椰子』のようなアクション・ホラーへ……と、この後の作品は全て「怪談映画」とは異なる様々な方向に振り切れていく。そんな白石ワールドが、まだ怪談というジャンルにしっかり足をつけていた頃の作品。
⑦『残穢 住んではいけない部屋』
©️松竹
『ほんとにあった! 呪いのビデオ』の立役者でありながら、劇場映画についてはほとんどホラー作品を撮っていない中村義洋。そんな彼が怪談というテーマをストレートに扱ってくれた一作。小野不由美の原作が、まさしく実話怪談とホラー小説の融合であるため、こちらも怪談的おぞましさが満載。
⑧『回転』
©️20世紀フォックス
ここでちょっと古い映画も入れておこう。19世紀末に発表されたヘンリー・ジェイムズの小説『ねじの回転』。現代怪談の出発点ともいえる本作を、1961年に映画化したのがこちら。Jホラーにも影響を与えた幽霊描写は、今見ても色褪せずに怖ろしい。突きつけられたラストカットには、単なる後味の悪さを超えた、底知れぬ戦慄が走るだろう。ちなみに原作には存在しない前日譚を描いた『妖精たちの森』という映画もある。
⑨『ジェラルドのゲーム』
©️Netflix
また逆に、新しめの配信作品も一本入れておこう。スティーブン・キング原作の映像化は数多いが、そのほとんどはホラー映画であって、「これは怪談映画だな!」と堂々主張できる作品は少ない。怪談とは個人的な一回性の体験(談)であり、体験者が触れる怪現象――幽霊の出現など――も、あくまで体験者本人と世界との関係性から生じるものだ。本作で展開する怪現象は、やはりどこまでも主人公の個人的体験であり、彼女に潜んでいた様々な関係性から生じたものだ。
Netflixオリジナルは他にも『呪われし家に咲く一輪の花』『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』など、かなり怪談的なホラー作品が揃っている。
⑩『エクソシスト3』
©️20世紀フォックス
最後も「エクソシスト」です。同シリーズは全て監督が異なるのだが、本作は原作者のウィリアム・ピーター・ブラッディによるもの。原作者がメガホンをとるといい結果にならない……とのジンクスを見事に覆した。虚実の危うさ、荘厳な恐怖感が「1」と共通していながらも、「3」はまた独自の怪談的世界を展開している。もう一本の監督作品『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』も怪談映画といってよいが、ややマイナーで視聴しにくいのでリストから外した。しかし『エクソシスト3』にしても、まさか配信で気軽に観られる時代がくるとは思わなかった。
古今東西の映画を通して「怪談」的なるものについて考えさせる、吉田さんならではのセレクション。映画を観終えた後は、ケムールの「怪談一服」をどうぞ。
選:吉田悠軌 Twitter:@yoshidakaityou