吉田悠軌の怪談一服~マウンテン・スピリット~【アメリカン・スピリット】

幽霊・妖怪・呪い・祟り……いつの時代にも絶えることがない「怪談」

そのなかでも、フィクションではない誰かの実体験=「本当にあった怖い話」を「実話怪談」と呼びます。

その実話怪談に日本でもっとも精通しているひとりが、怪談・オカルト研究家吉田悠軌さんです。
大人のホッとする時間をテーマにするメディア「ケムール」では、吉田さんに、あえて「一服」と「煙草」にまつわる実話怪談の提供を依頼しました。今回は、どんな怪奇を呼び寄せてしまうのでしょうか。

 

それでは、怪談を一服いかがですか。

マウンテン・スピリット

 マセキさんはグラフィック関係の仕事を20年以上も続けている。
 2000年代後半には、VJの仕事も請け負っていたそうだ。
「もちろん有名VJと渡り合ってた訳じゃないですけどね」
 2000年代前半はサイケデリック・トランスが流行っており、山梨や長野などで大規模な野外レイヴがたびたび催されていた。
 また数年経つ頃には、東京近郊でも手軽な小さい野外パーティーがぽつぽつ開催されるようになる。そうなるとマセキさんにも、VJの依頼が多くなってきた。
「グラフィックにまつわる仕事ばかりしてましたから、視覚情報に関する洞察力とか観察力は、人よりずっと優れている自信があるんですよ」
 これは、そんな時代の話。

 当時、関東の某キャンプ場で、毎週のようにレイヴを開催しているところがあった。
 マセキさんにもVJの仕事がまわってきたので、まずオーガナイザーと事前打ち合わせをすることに。設定されたのは、午前中の現地ミーティングだった。
 「前日は早めの22時に床につきましたよ。しっかり睡眠をとった後、そのキャンプ場へ車で向かったんですが」
 会場現場にて、当日はどこにブースを置くか、スクリーンとプロジェクターの配置をどうするか、客の動線はどうなるか……などなどについて話し合う。
 一通りの作業を終えても、時刻はまだ午前十時を過ぎたところだった。

「じゃあ、後は当日。よろしくお願いします」
 帰りは、同イベントのステージ・デコレーション担当であるA君が運転してくれるという。以前からたびたび付き合いのある、後輩のような存在だ。自分は助手席に乗り、市街地への山越えを頼むことにした。
 マセキさんにとっては、何度か通ったことのある峠道である。しかし、その日は勝手が違った。
 ものすごく眠い。たっぷり睡眠をとったはずなのに、まだ午前中だというのに、あらがえないほどの眠気に襲われてしまったのである。
 仕事仲間に運転を任せているのに、隣で寝てしまうのはさすがに気まずい。しかし、目をつむったらさぞ気持ちよかろう、という気持ちがどんどん頭を支配していく。
「……ごめん……ちょっと寝るわ」
 そう言ったか、言わなかったか。
 マセキさんの意識は、暗いまどろみにひたされていった。
 ところが次の瞬間。
「起きてください!」
 いきなり、暗闇の向こうから怒声が響いた。
「ちょっと! 起きてくださいって!」
 運転席のA君が発している声だ。
 ……なんだよ……まだ一秒しか寝てないじゃんか……せっかち過ぎるだろ……
 ぼんやりとした頭で無視しつつ、ふたたび惰眠につこうとしたところで。
「お・き・て! って言ってるでしょ!」
 ぐらんぐらんと体を揺さぶられた。
「……ちょ、ちょ、わかった。なんだよ……」
 しぶしぶ目を開くと、A君の青ざめた顔がこちらを覗き込んでいた。
「帰れません!」
「は?」
「さっきから、同じところグルグルまわって帰れないんです!」
 A君は、涙声を震わせた。しかし分岐などしない一本道なので、迷いようがないし周回するはずもない。
「マセキさん、いくら声かけても揺さぶっても起きないし! もう一時間近く、同じ道ばっか走ってますよ!」
「え、俺そんなに寝てたの?」
 確かに、車内のデジタル時計を見れば、すでに十時半を過ぎている。それだけ時間がかかっているのに、おおよそ数分ほどの周期で、ぐるぐる同じ景色を巡り続けてしまっているらしいのだ。
「……いやいや、そんなわけねえだろ。山なんだから、同じところいるように見えて実際は下りてるんだよ」
「絶対に違います!」
「わかったわかった。ちょっとスピード落としてみてくんない?」
 マセキさんは車窓の外を眺めると、ぐっと意識を集中した。
 先述したとおり、マセキさんは視覚情報については絶対の自信を持っている。そんな彼の自慢できる特技が、「映像の細部記憶」であるらしい。
 今見ているような風景についても、それは応用できる。木々の配列、それぞれの樹皮の模様、枝についている葉の茂り具合、地面の土の具合などなど……。視界に映る全体像をいわば「模様」として捉え、画像データを保存するように、脳に焼き付けておけるのだという。
 画像データと同じくメモリ容量はあるものの、おおよそ十枚くらいの静止画なら、ほぼ完璧に記憶することができる。
 ゆっくり流れていく山道の景色を、注意深く脳に焼き付けていく。そのメモリ容量がちょうどいっぱいになった、まさにそのタイミングで。
「え、戻った!?」
 一枚目と十枚目の風景の「模様」が、完璧に一致してしまったのだ。二枚目、三枚目……と、さきほど記憶したばかりの風景が続く。ずっと一本道を進んでいることも、確かに確認していた。
 自分の特技に絶対の自信があるのだけに、これはもう認めざるをえない。
「……道が、ずっとループしてるな……」
 そこでふと、2ちゃんねるオカルト板で読んだことのある知識が頭をよぎった。
「ごめん、車停められるポイントあったら停めて」
 昔の人も、通い慣れた山道をなぜか堂々巡りしてしまう怪現象に見舞われることがあったという。そんな時はタバコを一服すると、とたんに元の道を発見できて助かるのだとか。
 山道がふくらんだところで停車し、二人で外に出る。そしてマセキさんの「アメリカンスピリット」を一本ずつくわえ、二人同時に火をつけた。燃焼剤が無いため、そもそも燃えるのに時間がかかるタバコである。しかしこの時はさらにゆっくり時間をかけ、心を無にしながら、煙を吹かしていった。
 タバコの葉を燃やし切ったところで車に乗り込んで、ふたたび前進してみる。
 すると、わずか二、三分で、あっさり別の広い道路へと出たのである。
「え、なんすか! なんで!?」
 驚くA氏に、マセキさんは諭すように言った。
「変な体験だったね。でも人には言わない方がいいよ。変人だと思われるから」
 ……こりゃ狐か狸に化かされたな
 そう思ってはいたのだが、A氏が思ったよりも臆病な性質だったので、口に出さずにおいてあげたらしい。
 ただ、不思議なことはもう一つあった。
「すごく疲れたんで、コンビニで一休みしましょう」
 国道に出たところの、大型駐車場があるコンビニに、A氏が車を乗り入れた。そこで車のエンジンを切ったとたんである。
 またも、恐ろしいほどの眠気が襲ってきた。しかも今度はA氏も同じ現象に見舞われているようで、既にこくんと頭をだらしなくうなだれている。
 ……おいおい、なんで今日はこんな……
 そこでまたブラックアウト。
 次に目覚めたのは、フロントガラスをノックされた音によってだった。
「大丈夫ですか? 起きてください」
 コンビニ店員が心配そうに覗きこんでいる。
 この車が長時間にわたって動かないので、スタッフたちが大丈夫かと騒ぎ出し、確認しにきたのだという。そう説明する店員の背後の空は、すでに真っ暗になっていた。
 駐車場に着いたのが十一時だったが、その時はもう、夜の二十時を過ぎていたのである。

「で、その某キャンプ場のレイヴですけどね。もうさんざんでした」
 まずイベント前日に、キャンプ場付近を土砂崩れが襲った。幸い直撃は受けなかったが、川の近くのため地形が変わってしまい、機材の配列や動線も全て変更せざるをえなくなった。
 さらに当日は、泥棒による荷物の置き引きが多発。それとは別に、敷地内での交通事故まで起こってしまう。警察が大がかりに出動する事態となり、元々少なかった客たちは、あらかた早めに帰ってしまった。
「このイベント、最初からやらない方がよかったよな……」
 皆で愚痴をこぼしているうち、多くのスタッフが、自分と同じ体験をしていたことが判明した。キャンプ場から里に下りようとしても、ぐるぐる同じ道を巡ってしまう、という例のループ現象だ。
 これまでキャンプ場として経営しているぶんには、そんな苦情が来たことはない。ここ最近、野外パーティーを催すようになってから、おかしなことが続いているそうなのだ。
 ……狸か狐の仕業だとしたら、ずいぶん大がかりな化かし方だなあ……
 ともあれ、この会場の仕事はもう受けないようにしておこう、とマサキさんは思った。

 その二カ月後。
 今度は静岡で開かれるレイヴに呼ばれた。
 こちらはかなり大規模なイベントで、会場内には、数多くの飲食店が出張屋台を並べていた。中にはマッサージ屋まで軒を連ねていたので、マサキさんも休憩中に体をほぐしてもらっていたのだが。
「あ、あなた、最近変なことなかったですか?」
 担当の女の子が、こちらの体に触ったとたん、そんな質問をぶつけてきたのである。
「わたし、そういうのわかるんですよ。山で不思議な目に遭ったでしょ」
「え、すごい。その通りだけど」
「山の神さまが凄く怒ってますけど、なんかやりました?」
 驚いたマサキさんが二カ月前の出来事を説明すると、女の子は納得したような声をあげた。
「そこ、場所が悪いんですね。キャンプ場ならいいけど、気軽に儀式めいたことをやるな、って神様が怒ったんですよ」
 彼女いわく、トランスのレイヴは宗教儀式と同じだ。そのキャンプ場のように毎週ペースで催したりすれば、さすがに山の神も怒ってしまうだろう、と。
「宗教って、そんな。皆で好き勝手に遊んでるだけじゃん」
「いやいや、考えてみてください」
 太鼓をドンドコ叩くのがDJ。光を操るVJは、松明や大がかりな焚き火の役割だ。それに合わせて、トランス状態の人々が踊る。酒を飲んで、タバコをふかして、その煙に光が反射して……。
「遊びでも、やってることは古代の儀式と同じですよ。そこがたまたま神様のいる霊地だったら、ヤバいと思いませんか?」
 確かに、その通りだ。マセキさんは背中を揉まれながら、静かに頷いた。

 とはいえ、そのキャンプ場では今でも時折、レイヴパーティーが開かれているそうだ。

 

次回もお楽しみに。また一服の時間にお会いできますことを

吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『恐怖実話 怪の残滓』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。

・・・・・「怪談一服の集い」募集のお知らせ・・・・・

ケムールでは、「一服の時間」にまつわる怪奇な体験談を募集します。お寄せいただいた怪談は、「怪談一服の集い」として随時掲載させていただきます。

「怪談一服の集い」

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