吉田悠軌の怪談一服~ノースモーキング~

幽霊・妖怪・呪い・祟り……いつの時代にも絶えることがない「怪談」

そのなかでも、フィクションではない誰かの実体験=「本当にあった怖い話」を「実話怪談」と呼びます。

その実話怪談に日本でもっとも精通しているひとりが、怪談・オカルト研究家吉田悠軌さんです。
大人のホッとする時間をテーマにするメディア「ケムール」では、吉田さんに、あえて「一服」と「煙草」にまつわる実話怪談の提供を依頼しました。今回は、どんな怪奇を呼び寄せてしまうのでしょうか。

 

それでは、怪談を一服いかがですか。

 


 

 どうやらタバコは「魔除け」になるようだ。
 昔の日本人はそれを心得ており、山道にて奇妙な迷い方をしたり、怪しげな気配を感じた時には、タバコを一服くゆらせていた。
 既に起こっている異常事態を打破するためというより、怪現象に巻き込まれないための事前の予防策として、タバコの魔除け効果を期待していたように思える。
 そうした感覚が現代にもわずかながら残っているのは、この「怪談一服」で語った幾つかの体験談を見ても明らかだ。
 となるとその逆、「タバコをすわなかったために、怪現象に巻き込まれる」体験談もあるのではないか?
 今回は、タバコをすえば良かったのに……という怪談を二話、紹介していこう。

セブンスター

 1981年8月、お盆の夜だったという。
 竹下さんは軽トラックを運転し、愛媛県宇和島市の海岸沿いを走っていた。助手席では赤ら顔の夫が眠りこけている。同級生の家での飲み会にて、さんざん酔っぱらった亭主を迎えにいった、その帰り道である。
 深夜に近い時刻、周りには民家もまばらで、一台の車も通っていない。
 車道の右側は崖になっており、その下は真っ黒い海が広がっている。左側はすぐ山の斜面だ。海上の空にのぼっているのは、大きくて丸い月。
 通い慣れた道の、見慣れた景色である。
 しかし、なぜだろう。
 竹下さんは急に、ひどく淋しい気持ちに襲われた。前触れも心当たりもないのに、胸の奥がしぼられて、泣き出してしまいたくなる。
 それにつれて、フロントガラスの向こうの景色がどんどん暗くなっていった。もちろんライトをつけているのだが、その光がどこにも届いていない。墨汁が広がるようにして暗闇があたりを包み、ついにはなにも見えなくなった。
「やだ、ちょっと、どうして」
 意味もわからず、ハンドルを左へと切った。とにかく右側の海に落ちるわけにはいかない。
 車は滑るように暗闇を走る。アクセルペダルは離しているが、ブレーキペダルに足が届かない。
 ハンドルを握っている自分の意志とは関係なく、なにものかに手繰り寄せられるがごとく、車はとにかく左の方へ、左の方へと吸い寄せられていく。
 突然、大きな衝撃が走った。
 続いて轟音が響き、視界が一気に真横へと傾いた。
 トラックが横転してしまったのだ。
 混乱しているうちにエンジンが停まる。するとだんだん外の景色が明るくなってきた。
 どうやら山の斜面にタイヤが乗り上がり、そのままひっくり返ってしまったようである。
 すぐ目の前には、山のずっと奥へと続く細い林道があった。
 横転していなければ、そのままあの道に入っていくところだったろう。
 誰かが自分たちを、山の中へ誘いこんでいたんだな、と竹下さんは感じた。
「……なんだこれ、もう家ついたのか?」
 助手席から、夫がろれつの回らない声をあげた。

 トラックはそのままにしておき、夫婦そろって徒歩にて家まで帰った。
 事情を聞いた竹下さんの義母は、たいそう悔しげな顔をして
「それはタヌキの仕業に違いないよ」
 と言い放った。
 このあたりでは昔から言い伝えられている。夜道を歩いていると、自分の意思とは関係なしに、ふらふらと山奥に連れていかれることがある。それはタヌキの仕業なのだ、と。
 義母も昔、怪しげな少女に山へと誘いこまれそうになったことがある。しかしその時はすんでのところで少女の正体に気づき、難を逃れることができたという。
 義母を連れて山入ろうとした少女が、倒木をまたぐため、ひょいと跳び上がった。着物の裾がめくれ、少女の足がふくらはぎまで見えた。
「その足が二本とも、毛むくじゃらだったからね」
 たとえ車で走っていようと油断してはいけない。いつのまにかトラックの荷台に乗り込んだタヌキが、竹下夫妻を化かそうとしていたのだろう。
「イリコを積んでおけばよかったんだ」
 タヌキはイリコが大好物だから、そちらに気を取られる。荷台にイリコを積んでおきさえすれば、悪さをしてくる暇はなかったはずだ。
「いやいや、それよりもあんたが起きてさえいればねえ」
 義母はまた、自分の息子を指さした。
 夫はヘビースモーカーなので、空いた時間には途切れることなくタバコをすっている。もし眠ってさえいなければ、車中で必ず、愛飲しているセブンスターをふかし続けていただろう。
 タヌキはタバコを嫌う。
 強めのタバコの煙で充満したトラックなど、近づきもしなかったはずだ。
 ……というのが、義母の主張だった。
 しかし、なぜタヌキが人を山奥へと迷い込ませるのか。山の中へ連れていき、なにをしようとしているのか。その理由や目的は、誰も知らないそうである。
「畜生のたくらみなんて、わかるはずがないでしょう」
 義母は、そうつぶやいた。

 

 

ピアニッシモ

 まったく別の人から、こんな話も聞いた。
 場所は横浜市港南区。2000年代半ば、夏江さんが女子高生だった時の体験談。
 不良少女だった彼女は当時、たびたび仲間たちとの夜遊びを重ねていた。といっても、夜の公園でタバコをすいながらおしゃべりする程度のものだったが。
 その日もいつも通り、悪友二人とピアニッシモをふかしながら、ベンチに座って談笑していたそうだ。
 気がつけば、時刻は22時を回っている。
 そこで夏江さんは、どこからか鋭い視線が刺さってくる気配を感じた。
 きょろきょろ周囲をうかがってみると、公園の入り口あたりに、複数の人影が立っている。といっても姿かたちはよくわからない。街灯の明かりが逆光となり、黒いシルエットを浮かび上がらせているだけだ。
 一、二、三……五つの人影が、横一列に並んでいる。背丈からして、すべて女のようである。
 顔つきや服装までは見えないのだが、こちらをギロリとにらみつけている様子は感じ取れる。
「……ねえ、あそこにいる奴ら、なんだろ」
「うちらとトラブったグループ、あったっけ?」
 どこかの不良少女たちが、自分たちを威嚇しているのかとも思った。
 ただ、それならそれで、なぜ公園の中に入ってこようとしないのかが不思議だ。五つの人影は入り口の柵の手前、手狭なスペースに立ちつくし、こちらの様子をうかがっているだけ。
 不良グループでないとしたら、その他に都合の悪い存在といえば……。
「誰かが通報して、お巡りが来たのかも!」
 婦警たちが、自分たちの喫煙の決定的証拠をおさえるため、遠巻きに監視しているのではないか。
やばいやばい、と三人はあわててタバコをもみ消した。
「反対側から逃げるべ」
 いきなり動くと呼び止められそうなので、座ったまま目くばせする。相手と反対側の方にも公園の出入り口があるので、そちらを目指そうと打ち合わせたのだ。
 しかしその時。
 黒い人影が五つそろって、すうっと前に歩き出した。
 音もなく、滑るように、すっ、すっ、とこちらに近づいてきたのだ。
 公園内の街灯に照らされて、五人の姿が次第に浮かび上がってくる。
 全員、女だ。
 しかし、やけに派手な格好をしているような……。
「ぎやあああっ!」
 そこで友人二人が、悲鳴を上げて走り去っていった。一人残された夏江さんは、しかしその場に立ち止まって、近づいてくる五人の女をじっと見つめたのである。

「……なんかさ、友だち二人は幽霊だと思って逃げたみたいなんだけど……。私は逆に、テレビの撮影かなって思っちゃったんだよね。ほら、ドラマの『大奥』って、観たことある? あれとそっくりの格好だったのよ」
 かっちり結った髪に、きらめく髪飾り。色とりどりの振袖は、裾が驚くほど長く、地面に大きく広がっている。そんな「お引きずり」を着た女たちが、無言で歩いてくる。
 あまりにも豪華絢爛で凛とした様子に、夏江さんは思わず後ずさった。
 すっ、すっ……。
 五人の女は、ただ黙って前へ前へと歩き続ける。
「そこでもう圧倒されて、私も逃げちゃったんだけど……」
 やっぱりあれ、幽霊だったのかなあ?
そう、夏江さんはつぶやいた。

 念のため、彼女から公園の具体的な住所を教えてもらった。
 しかしそのあたりは昔から田畑しかなく、近年になって住宅地として開発されたエリアである。いくら土地の歴史や古地図を調べてみても、なぜ『大奥』めいた女たちが現れるか、皆目見当もつかなかった。
 ともあれ気になるのは、タバコの煙が出ているあいだは近づかなかった女たちが、ピアニッシモをもみ消したとたん園内に入ってきたことだ。
 あたかもタバコを嫌うタヌキのような行動パターンだが……。
 まあ、そのあたりの解釈は読者各自に任せることとしよう。

 

次回もお楽しみに。また一服の時間にお会いできますことを。

吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『現代怪談考』(晶文社)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『恐怖実話 怪の遺恨』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。

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