吉田悠軌の怪談一服~それなら違う(銘柄不明)~

幽霊・妖怪・呪い・祟り……いつの時代にも絶えることがない「怪談」

そのなかでも、フィクションではない誰かの実体験=「本当にあった怖い話」を「実話怪談」と呼びます。

その実話怪談に日本でもっとも精通しているひとりが、怪談・オカルト研究家吉田悠軌さんです。
大人のホッとする時間をテーマにするメディア「ケムール」では、吉田さんに、あえて「一服」と「煙草」にまつわる実話怪談の提供を依頼しました。今回は、どんな怪奇を呼び寄せてしまうのでしょうか。

 

それでは、怪談を一服いかがですか。


 今回はいつもと趣向を変えて、私自身の体験談を語ってみようと思う。
 ただしこれは実話怪談と呼べるかどうか曖昧な話なのだが……まあ番外編ということでご容赦願いたい。
 そもそも私・吉田には霊感などいっさいない。幽霊を目撃したことも皆無だと断言できる。 とはいえ、そうとう奇妙な人を見かけたことならある。言動やファッションが変わっているといったレベルではなく、ちょっとありえない姿かたちをしている……そんな人だ。 ただしその件についても、私はひとまずこう結論づけている。
「自分の見たものは幽霊や化け物ではない」
 なぜそう言えるかの理由は後述するとして、まず状況を説明することにしよう。

 その夜遅く――おそらく深夜1時は過ぎていただろう――私は自転車に乗って、東中野の友人宅から、当時住んでいた阿佐ヶ谷の自宅を目指していた。
 現在のように、簡単にスマホの地図アプリを参照できる時代ではない。ただし中野区や杉並区に馴染みある人なら、このあたりの地理の簡単さはわかってもらえるだろう。
 東中野から立川までのJR中央線は、ひたすらまっすぐの直線ラインが続く。だから線路に沿って進むのが、いちばんの最短ルートとなる。
 また高円寺から阿佐ヶ谷にかけては、線路沿いどころか線路の下部、つまり高架下が通行できるようになっている。現在はしゃれた店舗が並んでいるあたりも、当時はせいぜい駐車場や駐輪場として使われているだけ。ひたすらコンクリートの天井と柱だけが続く、殺風景な空間だった。
 内部には申し訳ていどの照明も設置されていたが、それが高架下全体を照らせるはずもない。むしろあちこちに沈む暗がりが強調されて、完全な暗闇よりもずっと不気味に感じるような……そんな通路だった。
 道幅は狭いし、コンクリートの柱の陰から人が飛び出すかもしれないので、スピードもそれほど出せる場所ではない。私はペダルをこぐ足をゆるめ、惰性で自転車を走らせていたのだが、そこで。
 ――おや、と思った。
 百メートルほど先に人がいた。身長が低めの、男らしき影である。まあ深夜とはいえ飲み屋が多いエリアなので、通行人がいること自体は珍しくもなんともない。
 不自然なのは、そのシルエットだった。
 その小柄な人影は、右手をぶんぶん振り回している。
 その腕が、あきらかに長すぎる。常人の2倍ほどはあろうかという長さだ。
 木刀を振り回しているのだろうか。
 最初は、そう思った。
 ゆっくりと近づいていったところで、それがランニングを着た、初老に近い風貌の男だとわかった。
 そして男が右手になにも持っていないことも、また見て取れた。
 その腕は生身のものとして異様に長かったのだが、それだけではなく。
「三つ」に曲がっていたのだ。
 肩から延びた腕が肘で一度折れ、その先、もう一つの関節でまた折れる。
 カンフー映画の三節棍さながら、男は腕をあらゆる方向へ動かしていた。だから私も最初、木刀だか棒だかを振り回していると思ったのだ。
 お互い正面に相対しているものの、男の視線は私に向いていない。あらぬ方をぼうっと見つめている。
 しかしおそらく、相手も自分の存在を認識したかと感じる瞬間があった。
 右手の動き方が、いきなり勢いを増したのだ。
 ぶるんぶるんと振り回される腕は、縦横の回転に加え、長短もまた自在に変化していく。
 明らかに、腕が伸び縮みしている。
 こうなるともはや三節棍どころか、ゴムホースではないか。
 ――ぶるん、ぶるるん、ぶるるるるん
 激しい右手の動きに比して、男の顔は力が抜けた、無気力な表情をしている。
 ――ぶるるるん、ぶるるるるん
 私は必死に頭を働かせた。
 この自転車は、そろそろ停止に近づいている。この場でストップすることだけは避けたい。しかし次の行動はどうする。Uターンして引き返すべきか、それとも男の横を駆け抜けるべきか。
 ただしすれ違うのであれば、通路の狭さからして我々はかなり近い距離まで接近することになる。
 もちろん男の右側には向かわない。絶対に左側を通り抜けるのだが、そう動くにせよ。
 もし男があの右手で私の肩を思いきりつかもうとしたら。
 あの長さと自由自在な動きをもってすれば、それは簡単に成功してしまうだろう。
 そうなったらもう、絶対に逃げられない。
 どうする。どうしよう。
 わずか二、三秒のあいだに、脳神経が焼き切れるのではないかというほど思考が回転する。
 そして結局、私はペダルを踏み込んで。
 男の左側のすぐ脇を、すうっと通り抜けていった。
 男は特にこちらを目で追うこともなく、ただ変わらず右手を振り回し続けるだけだった。
 私は後ろを振り返らず、そのまま自転車の速度を上げていった。

 つまり冒頭で述べたように、私は「自分の見たものは幽霊や化け物ではない」と判断したのだ。
 目の前にいる男は、右手が異様に長い体質の、ただの人間である、と。
 後で調べたところ、関節が複数ある長い腕を、自由自在に伸縮させることのできる人がいるといった事例は見つからなかった。
 しかしそれでも、私は彼をただの人間と判断した。
 なぜなら、確かに見たからだ。
 ぶるんぶるんと振り回された腕の先、右手の親指とひとさし指のさらに先に。
 火のついたタバコがつままれていたのを。
「それなら違う」
 と私は直感的に判断した。
「タバコをすっているのなら、人外のものではないだろう」
 と。
 後から冷静に考えれば、これが理屈になっているのかいないのか、よくわからない。
 とはいえ現在でも私は、タバコをすう化け物などいるはずないだろう……と根拠もなしに、なんとなく、そう考えている。

 この話にはまた後日譚がある。
 数年後、すでに私は阿佐ヶ谷から新宿方面へと引っ越していた。その頃に短期間ではあるが、好きな作品が多数連載されている『週刊少年チャンピオン』を毎週購読していたのだが。
 ある日、その中の一作に、驚くべき描写を見つけた。
 中山昌亮『不安の種+』である。
 同作は無印の『不安の種』時代から愛読していた。体験者への取材とその再構成を匂わせる作風で、明らかに実話怪談が意識されたホラー漫画だった。
 私が思わず誌面を凝視したのは、その第65話「高架下」。
 夜、女性が線路高架下を通っている最中、奇妙で怖ろしい初老の男と出会う体験談だ。『不安の種+』第二巻に収録されているので、詳細はそちらで確認していただきたい。
 同話のラストには「2005. 某線高架下」との(シリーズ共通の)テロップが示されている。ここでは地名が明言されていないものの、作中でリアルに描きこまれた背景を見れば一目瞭然だ。
 コンクリートの柱が並ぶ、高円寺から阿佐ヶ谷にかけての、あの中央線高架下で間違いない。
 作者の中山氏は現在、北海道在住だが、確か以前には杉並区に住んでいたはずだ。実際、不安の種シリーズでは杉並エリアが舞台となる話が突出して多い。
 また次作『不安の種*』第4話「遠回りのわけ」では、ほぼ同じ背景での怪奇譚に「1994.~ 中央線高架下」と、より場所を特定したテロップが挿入されている。
 とはいえ、ただ高円寺から阿佐ヶ谷にかけての高架下が舞台となっているだけなら、私もそれほど驚きはしなかっただろう。
 なによりも慄いたのは、中山氏が描いた初老の男のビジュアルなのだ。
 そのヒョウキンともとれるような顔、こちらを見ているのかいないのか不明な視線、そして無気力にも感じる乏しい表情。
 私が目撃した、あの男にあまりにも似ている。
 また作中の男は、上半身が裸、ひょろ長い手足という体躯で描かれている。これもランニング姿の上半身や右手以外の手足と照らし合わせれば、私の記憶と酷似しているのだ。
 そして「2005年」という年代も、まったくもって自分の体験と重なってしまう。

 ――あの男は、他の人にも目撃されていたのか。
 
 念のために注釈すれば、『不安の種+』の同話においても、男が超自然の存在だとは明言されていない。近所の住民、それも若い女性を脅かす不審者が出没していた……という可能性はある。
 実在する人物ならば、杉並区になじみ深い中山氏の取材に、あの男の目撃譚が出てくるのは不自然ではないだろう。そう、ここまでなら私も、無理やりではあるが納得することは可能だ。
 ただどうしても腑に落ちないのは……。
 なぜ中山氏は、ここまで私の記憶とソックリに、あの男の姿かたちを描けたのか?
 誰かしらへの取材を経て執筆したのかと思われるが、どうしてあそこまで顔や体つきが似せられたのだろう?
 さらにまた腑に落ちないのは……。
 あそこまで酷似した姿かたちでありつつ。
 また高円寺から阿佐ヶ谷へかけての中央線高架下という、ピンポイントで同じ場所であるにもかかわらず。
 異様に長い右手と、その先につまんでいたタバコについては、私の見た男と一致していない。
 さてこれは、どう考えるべきなのだろうか?
「それなら違う」
 違う人間なのだと判断すべきなのか?
 ただそうなると、中央線高架下には奇妙な男が二人いることになってしまうのだが……。
 顔も体つきもソックリだが、ただ右手の長さとタバコを持っているかどうかが「違う」だけの、あの男が二人いることに。

 

次回もお楽しみに。また一服の時間にお会いできますことを

 

吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『現代怪談考』(晶文社)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『恐怖実話 怪の遺恨』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。

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