石山蓮華の電線目線~第四回 電線目線で特撮を見る

最終回のテーマは”特撮”

超ニッチな趣味の世界「電線」を探究する電線愛好家・俳優の石山蓮華さん。古今東西の作品から電線を発見していく本連載も今回で区切りを迎えました。
1回目は「マンガ」、2回目は「美術」、3回目は「映画」。そして今回“電線目線”のターゲットになったのは――「特撮」です。
向かったのは東京都現代美術館。『ウルトラQ』シリーズ、『ゴジラ』など不朽の名作を手がけた伝説の特撮美術監督の回顧展に突撃します。果たしてどんな「いい電線」に出会えるのでしょうか。

■石山 蓮華 (いしやま・れんげ)
電線愛好家としてメディアに出演するほか、日本電線工業会コンテンツ監修、オリジナルDVD『電線礼讃』プロデュース・出演を務める。
俳優として映画『思い出のマーニー』、短編映画『私たちの過ごした8年間は何だったんだろうね』(主演)、NTV「ZIP!」、旭化成「サランラップ」C Mなどに出演。文筆家として「RollingStoneJapan」「月刊電設資材」「電気新聞」「ウェブ平凡」などに連載・寄稿。読書とジェンダーと犬をテーマにした初の書評エッセイ集『犬もどき読書日記』(晶文社)を刊行。
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■ゲスト
三池 敏夫 氏 
(特撮美術監督)
森山 朋絵 氏 (東京都現代美術館 学芸員) 
壊されるための模型」の歴史

ミニチュアで作られた電線の演技に見入ってしまうのはなぜだろう。
特に、大好きな電線が火花を散らしてちぎれる様子を観ると、自分が引き裂かれるような痛ましさと、頭からシャワーを浴びた時のような開放感があってくらくらする。壊されるために作られた特撮模型はあまりにかっこいい。
特撮でしか触れられない心の琴線があるのだ。
特撮映画に継承された技術と文化を、電線目線でたどってみる。

生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展
2022年3月19日(土)-6月19日(日)
東京都現代美術館
【展覧会ページ▶】

 

特撮界の巨人が登場

井上泰幸(1922〜2012)は、円谷英二のもと「ゴジラ」(1954年)から特撮美術スタッフとしてのキャリアを開始し、デザイナー/特撮美術監督として、多くの作品に関わり、特撮の歴史に貢献した。
特撮美術監督・井上泰幸が生涯で取り組んだ作品の資料(スケッチ、デザイン画、絵コンテ、記録写真や資料、完成映像、撮影で使用したミニチュアやプロップ)をはじめ、「空の大怪獣ラドン」(1956年)で知られる西鉄福岡駅周辺の巨大なミニチュアセットの再現などおよそ500点が展示される。
特撮ファンはもちろん、特撮にあまり馴染みのない人まで、特撮文化の歴史に触れられる。

井上泰幸の愛弟子であり、展示の監修にあたった特撮美術監督の三池敏夫さんと、本展を担当した東京都現代美術館の学芸員・森山朋絵さんにお話を伺った。

森山さんは2012年の展覧会「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」も担当され、同展は特撮文化を美術の分野から盛り上げる契機となった。
以前から特撮をテーマにした展示を望む声は多かったものの、実現までには高いハードルがあったという。

そんななか10年前に開催された「特撮博物館」が、美術館で特撮を扱うことのターニングポイントになり、出品作家だった井上さんの今回の展示にも繋がった。

担当学芸員・森山朋絵さん

森山「今回の展示では、特撮作品を作るためにいくつもの領域を横断していた井上さんのお仕事に触れ『これは現代美術』という縦割り的な見方でない受け止め方ができるのだと、あらためて感動しました。
一人の作家として井上泰幸さんの個展を開き、特撮の美術監督としての仕事にスポットを当てられたのは、特撮を見て育ったかつての子どもとしても嬉しいです。」

展示室に入ってまず目に飛び込んでくるのが、方眼紙に描かれた巨大なメインビジュアル(作・樋口真嗣)だ。
第一章「特撮美術への道」では、本人のスケッチや学生時代のノートなどを通じて、いかにして井上泰幸がその人になっていったかを知ることができる。

「ゴジラ」をてがけた巨匠の軌跡

井上泰幸は1922年に福岡県で代々続く医師の家系に生まれ、1944年、揚子江で佐世保海兵団に従軍中、アメリカの戦闘機P-51ムスタングの機銃掃射を受け左膝下をなくし、義足での生活となる。
戦後、小倉の傷痍軍人補導所で家具や工作技術を学び、上京。
28歳で日本大学藝術学部美術科に入学する。ドイツのバウハウスで学んだ建築家・山脇巌(やまわきいわお)・道子夫妻からデザイン/造形教育を受けた。
山脇の「誰も作ったことのないものを作れ」という言葉は晩年まで井上の指標となった。

三池「井上さんは、本当に仕事一途な人でしたね。
特撮そのものにほぼ前例のないなか、ミニチュアセットの中に空気の層まで取り込むほどの緻密な仕事をしていました。それまでとは違う次元のセットを井上さんが作ったことで、日本の特撮映画が世界的に認められるようになったんです。
本来、怪獣映画における主役は怪獣です。地上にある電柱や看板はいくらでも省略してもいいはずなんだけど、細部をおろそかにしないからこそ、一際クオリティの違うセットが出来て、作品世界の存在感が生まれる。
井上さんがいなかったら、日本の特撮の歴史は違っただろうと思います。」

森山「技巧を自分の中に取り込み、作ったものに魂を込め一体化する感覚は、海外からもリスペクトされるところだと思います。
2001年、コンピュータグラフィックスの世界最大の大会SIGGRAPHロサンゼルス大会の記念講演で『2001年宇宙の旅』を作ったCG界の巨匠ロバート・エイブルが、『木星から見た日の出ならぬ“地球の出”シーンは、CGではなく日本の特撮映画へのリスペクトでミニチュアで撮った。』と語ったんです。
それを聞いた時、会場中がどよめきました。」

特撮美術監督の”電線目線”

続く第2章「円谷英二との仕事」にも、電線目線で見逃せない展示がいくつもあった。

「空の大怪獣ラドン」(1956年)のために描かれた福岡・天神のイメージボードには木柱が描かれ、福岡・西鉄電車周辺、福岡ロケハンのスケッチには、電線とトロリ線、ミニチュア採寸メモにも電柱のサイズや位置関係に関する記述がある。
「フランケンシュタイン対地底怪獣」団地シーンの場面写真にも、セットに実装される電線の姿を見られるほか、「倒れる電柱」と記載のある台本なども展示されている。

三池「ミニチュア特撮は、目で見たものの縮尺を変えてセットに実装していく技術です。
だから、私も常にカメラを持ち歩き、記録して、どこにいてもロケハンしているような意識でいます。全体の構造でも、細部のディテールでも、人って自分が見たいところしか見てないから、写真は何かと頼りになるんです。
たとえば電柱一つ取っても、天気や光の当たり方によって、同じ角度から見ても全然違って見える。
特に、電柱の密度がやけに高い場所や、高速道路が上下にクロスしているところ、コンビナートなど、特撮的なシチュエーションはすごく好きです。
ミニチュアは壊すために作るので、街を歩いていてもこのビルはこの部分に重心がかかるからこう壊れるだろうとか、逆に家を建てる時には半地下を作って頑丈な構造にしようとか考えてしまいます。職業病ですね。
セットにミニチュアを飾った後、俳優さんの入った怪獣がお芝居をして、物が壊れたり爆発したり、燃えたりする『壊し』のシーンが、特撮美術技術者の手腕の見せどころです。
心血を注いで作ったものが壊れる瞬間は楽しいですよ、カットがかかると拍手喝采が起こるんです。」

平成ガメラ、シン・ゴジラ…傑作の電柱はこう作った

ゴジラシリーズや平成ガメラシリーズをはじめ、「巨神兵東京に現わる」「シン・ゴジラ」(B班美術)など、多くの特撮作品に携わる三池さんは、カプセルトイでリリースされた1/25スケールの電柱模型の監修も行っている。
以前、金属製電柱の布設工事で、電柱が三つのパーツに分割された状態で運び込まれ、根元から順番に組み立てられるのを見たことがある。
ガチャガチャのカプセルに収まるよう設計された電柱模型と、現実の電柱の工法にも、小さな共通点があったのだ。電線を軸に、現実とフィクションが交差していると思うと面白い。
「井上泰幸展」の目玉となる「空の大怪獣ラドン」岩田屋周辺の再現セットと元になった風景の写真、そしてスクリーンに上映されるダイジェスト映像を見比べてみると、全てセットだと知っているのにもかかわらず、重さや空気感には説得力があり、映っている街が本物でないのが信じられなかった。

特撮映画には、写っているものの全てに魂が込められている。
もちろん、電柱模型から伸びる細い電線も例外ではない。

三池氏が監修したガシャポン「1/25スケール 電柱」

三池「僕が業界に入った1980年代は予算的に厳しい時代でした。
電柱って、本当は先端に向かって細くなっているんだけど、木の丸棒に横棒を2本くらいくっ付けて、碍子などの部品も省略したミニチュアを使うことを良しとされていたんです。記号的には電柱に見えるかもしれないけれど、現実の景色とは全然違う訳ですよ。
僕はそれが大嫌いで、ちゃんとやろうと思っていたんだけれど、そういうところに力を入れると上司から怒られるんです。お客さんは観てないし、主役はそんなところじゃないって。助手時代は細部に時間をかけるなと言われていました。」

その後、三池さんは「ゼイラム」(1991年)で精巧な電柱模型を作った。使用されるのはワンカットのため紙を丸めて使い、碍子などの細かな部品にもこだわったそうだ。

三池「平成ガメラシリーズの一作目『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)でも、樋口真嗣特技監督の意向で地上の小物もきちんとしたいというのがあって、木の丸棒をカンナで削って先細りにして、精巧な電柱の模型を作りました。そのうちの一本は今開催されている『庵野秀明展』で飾ってあります。
電線でいえば、従来の東宝特撮映画では、金属でできた糸状のヒューズを電線に使っていました。金属だから、線が自重でいい感じに垂れるんです。
ただ、色は銀色なので黒く塗る必要がある。作品によっては手間をかける余裕がなくて、そのままギラギラしている電線が出ることもありました。
けれど、実際の景色に剥き出しの電線があったらおかしいですよね。
だから『ガメラ 大怪獣空中決戦』の時には、黒い被覆の単線コード(中に電気を通す導体が入っていて、被覆がされている)を張りました。
ただ、中に入った銅線によってコードによれが出るので、まず両側からギュッと引っ張ってよれを取ってから、いい感じでたるませる…という作業があり、時間はかかりましたね。
屋外撮影の時は太陽光でセットがリアルに見えるんだけど、風の強い日は電線が揺れてしまって、途端にミニチュアっぽくなってしまうこともありますし、電線が繋がっているので、どこか一か所でも引っ掛けちゃうと全部倒れてしまいます。だから、電線や電柱は一番最後に飾るんです。」

電線は”特撮の原風景”

2012年の「特撮博物館」で初公開され、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」と同時上映された「巨神兵東京に現わる」の撮影では、本庄早稲田のスタジオに日本中のミニチュアを集めたそうだ。

三池「ミニチュア特撮がほとんど撮影されていない時代だったから、東宝とかミニチュア制作専門の会社とか、あちこちの倉庫から借りてきました。
電柱のミニチュアってパーツが多くて、時間が経つと色々なものが取れたりもするから、あまり古いものは残っていないんですよ。
時代によって電線の布設の仕方が変わるので、使い回しに向いていないこともある。最近は金属製の電柱もあるし、時代によって様変わりしていくものだなと感じます。」

「シン・ゴジラ」のために制作された電柱
(写真提供:
三池氏提供)

三池「実は『シン・ゴジラ』(2016年)でも、電柱が折れる画を撮っていたんです。
石膏や柔らかい金属で作った電柱を上からギュッと曲げて、バラバラと破片が落ちるという映像で、最終的にはカットになりましたが、撮影自体はうまくいきました。」

三池「僕にとって、電柱・電線は特撮映画の原風景です。
特撮映画のセットは一応背景ではあるけれど、電柱・電線は怪獣やキャラクターより手前に来るんですよね。電線や電柱って実際に街を歩いたり、見上げたりしたときにあるものだから、ないと違和感があるし、電線があるとやっぱり画が引き締まります。だから、脇役だけど大事です。」

展示室内に再現された
「空の大怪獣ラドン」ミニチュアセットより

 

電線がつないでいくリアル

展示を観ながらふと、私たちが特撮作品を通じて、子どもの頃から破壊と復興のイメージに触れ続けているのに気付いた。
ゴジラは放射能の、ヘドラは公害の象徴だ。特撮映画における電線は、景色の要素の一つであると同時に、市井の人々の暮らしの象徴になっているのではないだろうか。
現実に災害が起こった際、電気は他のインフラと比べて早い復旧が行われ、人々の生活を戻すための大きな足がかりにもなる。
そう思うと特撮で描かれる電線は、何度壊されても立ちあがる人々の生活を文字通りつなげてきた希望の証に見えるのかもしれない。

「電線目線」の連載は今回で最終回だ。
現実とフィクションをつなぐ電線について、二つの作品と一つの展覧会を通じ考えてきたこの連載の区切りとして、特撮に触れない訳にはいかないだろう。
しかし、私はファンというほど特撮に明るくない。だからこそ、そんな私がこの領域に踏み込んでもいいのだろうかとも思っていた。

そんななか、「井上泰幸展」の図録を読んでいてはっとした。
1922年生まれの井上泰幸氏が、90年代に入ってから関わっていた作品のいくつかと、子どもの頃に出会っていたからだ。

1992年生まれ、今年で30歳の私が見ていたのは「忍者戦隊カクレンジャー」(1994年)「超力戦隊オーレンジャー」(1995年)「激走戦隊カーレンジャー」(1996年)から「未来戦隊タイムレンジャー」(2001年)などのスーパー戦隊シリーズに、平成ガメラ、ゴジラの映画といった井上泰幸がキャリアの後半に手掛けた仕事だ。
「ウルトラマンティガ」(1996年)や「ウルトラマンダイナ」(1997年)は、小さな弟の背中越しに見た。戦う正義のヒーローを前にして目も口も開きっぱなしの横顔や、その後に挑まれる戦いごっこ(私は残忍なので、弟を泣かせるまでやった)は今でも覚えている。
着せ替え人形や、魔法少女のステッキなど、色とりどりのプラスチックが詰め込まれたおもちゃ箱の中には、キングギドラやモスラのソフビもたしかにあった。
超合金ロボは弟のものだったけれど、怪獣は私のものだった。

戦いごっこ(という名の姉弟喧嘩)がなくなっても、怪獣やロボットや、フィクションの中の爆発や街の破壊シーンは今でもやはり好きだ。
それは、特撮が架空の街の姿を借りて、傷ついた土地の物語をあたらしく語り直し、どこか励ますような役割を持っているからではないだろうか。
ミニチュア特撮は、物語を通じて人々の傷を認め、表現できるものだからこそ、時代の変化を何度も乗り越え受け継がれてきた。

それに、映画の中で電線のミニチュアを見つけると、やっぱり嬉しい。
電線に向ける熱い視線も、知らぬ間に特撮作品から継承していたものかもしれない。


ご愛読ありがとうございました。ぜひ過去回もお読みください!

▶石山蓮華の”電線目線” 一覧

▶「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」(展覧会ページ)

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