落合陽一 分煙化による思考時間の減少傾向について|特別寄稿「#たばこのことば」

愛煙家の方々がけむりを通して見えたもの・考えたことを綴る特別寄稿です。今回の愛煙家は、落合陽一氏(メディアアーティスト)です。

私は2019年からnoteで連載を書いているが,2021年に記事を書いたときから1.5年の時間が経って考えたことを加筆して記事としたい.分煙化は私にとっての大きな問題であることは相変わらず変わっていない.

2020年4月からの強制的な生活習慣の変化はいくつかある.リモートワークが中心になったおかげで飛行機移動などで担保されていた長い思考時間が減ってしまった.これは書籍の出版が滞る原因になったのだが,この辺はうまく調整しながら今に至る.まとまった時間を確保するためのタスクを構築するようになった.

私には七人の秘書がそれぞれ違う組織にいるのだが,秘書さん同士が予定を調整するうちに(マスターの秘書さんというものを立ててはいないので)気づかないうちに1日が30分刻みのリモート会議で埋まってしまう.大体朝7時半くらいに予定が始まって,大体24時過ぎに予定が終わる.そんな生活が週7日くらい続く.

そんな生活を見直している中で,ポストコロナで最も大きな変化は朝のルーチンが大幅に変わったことであることに気が付く.自分の朝の生活は決まってルノアールに行ってブレンドコーヒーを飲みながら葉巻を吸いつつ考えごとをするのが常だった.紙巻きタバコは吸わない主義者なのだけれど,葉巻とパイプはかれこれ12年くらい愛用している生活の友である.カフェインは血液,ニコチンは空気,と言いながら徹夜していた日々が懐かしい.30代になると意気込みをSNSに書き込まなくても徹夜で作業できる.他人に見えないだけで働き方の実態は20代の頃と変わっていない,いやむしろポストコロナの方が厳しくなった.とにかく隙間がない.

隙間があった頃の時間,2020年より前の私は,朝葉巻を吸いながら原稿仕事を片付けつつ,自分にとっての重要な問題に頭を向ける.物化する計算機自然,日によってアートなのか研究なのかビジネスなのか変わるけれど,質量の輪郭を探しながら姿かたちから自由になる都合の良い自然を考えている.喫茶店で淹れてもらう苦いコーヒーが目を覚まし,煙が緩やかに立ち上がるパイプや葉巻を眺めては,思考の浅瀬と深海を行ったりきたりする.

そういった緩やかな時間がどこに行ったのか.分煙によって喫煙所に消えていったのだ.もちろん健康云々と周囲のご迷惑などについては理解するものの,これは思考しながら生きる自分にとっては身体性を伴う大問題だと思う.私は喫煙という文化が好きで,そしてそれと共にあった思考時間を大切にしてきた人間なのだ.

そもそも機会喫煙者(数時間に一回ニコチンが吸いたくて喫煙所に行くわけではない人間)の自分にとっては,喫茶店の喫煙席は喫煙行為と思考が習慣で結びついた書斎のようなものだ.バーで考えごとをする人もいるだろうし,お風呂で読書する人もいるだろう.自分にとっては,そういう場所の一つだった.定期的にニコチンを摂取するということとは違う.その意味で分煙化した世界ではじっくり考え思考する場所そのものがどこかに行ってしまった.喫煙所にコンピュータを持ち込んで文章を書くのとは違う.コーヒーと葉巻でケミカルに脳を刺激しながら生まれる何かを探している.そんな中で苦肉の策を探しながら生きている.

結論から言えば自分の書斎を喫煙可能スペースにするほかなかった.部屋が臭くなるとかそういう問題は仕方がない.空気清浄機をたくさんおいて,消臭力を配置しまくって緩和するしかない.そういった不快さに目を瞑っても十分に足るものは,思考時間の確保だと思う.そんなことを考えながら時間を使っている.
2022年になってからさらにタスクは増え,風呂に入る時間もなくなってしまって,最後に残った思考時間が喫煙する時間になった.葉巻を吸いながらリモート会議に出ることはできるが,風呂に入りながらリモート会議に出ることは難しい.私の体が求めているものは考えながら過ごす豊かな時間なのだ.そんな時間を葉巻とともに過ごしている.


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落合陽一(おちあい・よういち)

©中川容邦/KADOKAWA

メディアアーティスト。1987年生まれ、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センターセンター長、准教授・JSTCRESTxDiversityプロジェクト研究代表。IPA認定スーパークリエータ/天才プログラマー.ピクシーダスト テクノロジーズ代表取締役.
2017年 – 2019年まで筑波大学学長補佐,2018年より内閣府知的財産戦略ビジョン専門調査会委員,内閣府「ムーンショット型研究開発制度」ビジョナリー会議委員及び内閣府ムーンショットアンバサダー,デジタル改革法案WG構成員,2020-2021年度文化庁文化交流使,大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーなどを歴任.
2015年WorldTechnologyAward、2016年PrixArsElectronica、EUよりSTARTSPrizeを受賞。LavalVirtualAwardを2017年まで4年連続5回受賞、2017年スイス・ザンガレンシンポジウムよりLeadersofTomorrow選出、2019年SXSWCreativeExperienceARROWAwards受賞、2021年MIT Technology Review Innovators Under 35 Japan ,2021 PMI Future 50、Apollo Magazine 40 UNDER 40 ART and TECHなどをはじめアート分野・テクノロジー分野で受賞多数。
個展として「ImageandMatter(マレーシア・2016)」、「質量への憧憬(東京・2019)」、「情念との反芻(ライカ銀座・2019)」など。その他の展示として、「AI展(バービカンセンター、イギリス・2019)」、「計算機自然(未来館・2020)」など多数出展。著作として「魔法の世紀(2015)」、「デジタルネイチャー(2018)」など。写真集「質量への憧憬(amana・2019)」など。メディアアートを計算機自然のヴァナキュラー的民藝と捉え、「物化する計算機自然と対峙し、質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」をステートメントに、研究や芸術活動の枠を自由に越境し、探求と表現を継続している。

Kemur PICK UP:落合陽一さんが愛用する葉巻

画像出典:nextcigar

COHIBA CLUB(コイーバ・クラブ)

葉巻(シガリロ)
原産国:キューバ(ハバナ葉100%)

煙草と時間
「COHIBA」は、「Montecristo」「REMEO Y JULIETA」と並ぶ、キューバシガー3大メーカーのひとつです。葉巻を吸ったことがない人でも、映画や小説のなかでコイーバの葉巻を何度も見かけているかもしれません。
葉巻の代名詞ともいえるコイーバは、1966年にフィデル・カストロが設立した葉巻工場をルーツに創立されました。けれどその葉巻が一般の人でも買えるようになったのは、1982年のこと。16年間、政府高官や国賓のためだけに葉巻を製造していた”幻の葉巻”だったのです。
『コイーバ・クラブ』は、紙巻きたばこのような細く・コンパクトな葉巻=シガリロ。バーに腰を下ろし、1時間程度をかけてゆっくりと愉しむことのおおい葉巻のなかで、シガリロの特徴はその軽快さです。常温保存ができ・カット済みで・加湿も不要。さまざまな場所に持ち歩ける身軽なシガーとして多くの愛用者を持ちます。
タイプはクラブサイズ(「ミニ」ではありませんのでご注意を)。紙巻きたばこより長い10センチほどで、10~15分ほどの時間のなかで香りが変化します。シガレットより深く、太巻きのシガーよりも機敏な一服の時間を与えてくれるでしょう。
(文・編集部)

私は喫煙という文化が好きで,そしてそれと共にあった思考時間を大切にしてきた人間なのだ.ーー 落合陽一


次回の#たばこのことば

▶つぎの愛煙家は、鈴木涼美 氏(作家・文筆家)

鈴木涼美(すずき・すずみ)
1983年生まれ。日本経済新聞記者を経て文筆家・作家。著書に『「AV女優」の社会学』『ニッポンのおじさん』『娼婦(しょうふ)の本棚』など。『ギフテッド』『グレイスレス』で芥川賞候補。

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