奇才紳士名鑑~④「ラーメン店のロゴ」に人生を賭ける紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士」をご紹介していく連載です。

大注目の”教養本”

2022年の1月18日に発売されて以来、Amazonの「グルメエッセー」カテゴリで長らく一位をひた走っていた『教養としてのラーメン』(光文社)という本をご存知でしょうか? ちなみに2022年3月7日現在も2位。

光文社公式サイト(リンク▶)

この本、よくあるラーメン店のガイドブックではありません。ラーメンに関する幅広い体系的な「知識」を、エッセイ形式で紹介してくれる1冊なのです。見出しから一部抜粋しますが……。

「麺を『丼のどこから抜くか』で味が変わる。すべての料理同様『そのラーメン』をより美味しくさせる食べ方はある」
「店主はロックスター、調理はライブ、カウンターはアリーナ席。ラーメンは店主の娘。」
「真の常連とは、『たんに店に頻繁に来ている人』ではなく、『店のことを第一に考えて行動できる人』のこと」

何でしょう、この独特の比喩表現。端々に込められた、過剰とも思えるラーメンへの情熱と愛情、そしてこだわり。いや、納得はできます、できますけど……ちょっとこの本を書いた人、面白すぎませんか?

というわけで今回、奇才紳士名鑑にご登場いただくこととなりました。
作者は、いわゆる「グルメライター」や「ラーメン評論家」ではありません。実は筆者・青木健氏は「ラーメン店のロゴデザインを専門に手掛けている人」なのです。

■今回の「奇才紳士」青木健 (あおき けん)
1969年、埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ラーメン業界を専門に、デザイナー、イラストレーター、漫画家、エッセイストなどとして活躍中。
有名ラーメン店のロゴデザインを、これまでに50店舗以上手がける。2021年、テレビ番組「レベチな人、見つけた」(テレビ東京系)に出演し、司会のビートたけしから「もっとも気になったレベチさん」に選ばれ、絶賛される。
なぜ「ラーメン専業」に?

聞きたいことは山ほどありますが、まずは「この本を書いた人は、はたしてラーメンをどんな風に楽しんでいるのか?」という興味から、青木さんと一緒にラーメンを食べに行くことにしました。

待ち合わせたのは煮干しラーメンで知られる「ラーメン凪」、新宿ゴールデン街店本館です。
実はこの「ラーメン凪」こそ、当時イラストレーターとして活動していた青木さんが“たまたま”開店祝いにロゴをデザインしたことから、ラーメン業界へと足を踏み入れることになったというきっかけの店。そのロゴデザインがいつしか評判を呼び、口コミなどでいろいろなラーメン店から依頼が集まってくるようになったのだそうです。

足を踏み外して落ちるお客さんも多いという、急な階段。これもゴールデン街ならでは。

細長い店内で、青木さんとラーメンを待ちます。「凪」の創業者である生田智志さんは開業前にゴールデン街のバーで週イチの間借り営業でラーメンを提供しており、その頃からのご縁だとか。

到着しました! この店の代表的メニュー、「すごい煮干ラーメン」980円。煮干しのいい匂いが漂ってきて美味しそうです! 早く食べなきゃ……と、ふと横の青木さんを見てみると。

撮影しています。
随分と低い位置から撮っていますが、これは……?

縦位置にしたり横位置にしたり、そして手慣れた様子でいわゆる「麺リフト」も。しかしけっして時間をかけることはなく、ササッと撮影を終えて食べ始めます。その一連の身のこなし、さすがと言いますか。

青木さんはラーメンを食べる時、ほとんどの場合でスープを最後まで飲み干す「汁完」するのだそう。
「ラーメンって、食べていくと時間の経過とともにスープの温度も変化しますし、スープの脂の部分とそうでない部分が混ざることによって味が変わったり、ネギやチャーシュー、麺がスープと馴染むことによってまた変わってきたり……それを最後まで楽しみたいんですよ」
今回もきれいに完食。丼の底からは青木さんがデザインした「凪」のロゴが現れました。

 

こだわりのレベルが違う

おいしく食べ終わったところで、青木さんにいろいろと聞いてみることにします。

――もともとはラーメン関係のお仕事はしておらず、ただの「ラーメン好き」だったと伺いましたが……あんな本を書けるだけの知識があるということは、今もいろいろな店のラーメンを食べ続けているんですよね? 

実は、量自体はそんなに多くないんですよ。だいたい1年に300〜350杯という感じでしょうか。

――……それって、ラーメン好きのなかでは少ないほうなんですか?

もっと食べている人はたくさんいると思いますよ。ただ、僕の場合は数というより、他の部分にこだわったりします。例えば累計杯数のカウントがズレていかないよう、年末にはその年に食べたラーメンの杯数の下一桁は「0」になるよう調整したり。あと、「毎月26日は二郎を食べることにする」とか……。これはやっている人は結構多いんですけど、毎年年始に1年間続けようと決意するものの、スケジュールの都合で途中で途切れてしまうともうやる気が無くなる。そして次の年からまたスタート、というのをもう随分10数年は繰り返しています。

――ごめんなさい。これはあくまでも褒め言葉なんですが、とても「面倒くさい」人の臭いがします。

大丈夫です、この性格で一番不自由さを感じているのは僕自身ですから(笑)。あと、誕生日の前の1週間は自分の好きな店を巡る期間と決めてるんですけど、理想の順番で巡るために入念な計画を立てますね。この店の味はこうだからこの店の後にして……とか考えながら。だから大変なんですよ。

――確かに、途中で会食の予定とか入れられないですよね……。青木さんが出演されたテレビ番組を拝見したのですが、食べたラーメンもすべて記録しているとか。どんな感じで記録されているんですか?

青木さんから提供してもらったラーメンの記録メモ(累計6000杯以上を記録)誰にも見せる予定のない個人的なメモだが、1枚目はすべて文字数を合わせているのがおわかりだろうか……

これも、その時の自分の中でのブームみたいなものがあって。一行で必ずまとめていたときもあれば、店によって書く分量が違う時期もあったり。でも何らかの形で必ず記録していますね。

――そういえばラーメンを食べる前、ちょっと低い位置から撮影していたのが印象的でした。普通はもう少し高い位置から撮りますよね?

あれは、ラーメンが自分の目の前にやってきたときの目線を再現した撮り方なんです。だから高さのあるタイプの盛り付けのラーメンだと、向こう側が全然見えなくなっちゃう(笑)。でも、あの撮り方をしたいんですよね。資料としても使うことがあるので、今はもう少しバリエーションも撮っていますが。ちなみに『教養としてのラーメン』の巻頭カラーページで使われている写真は、全部僕が個人で撮影していたものです。

「ラーメンが自分の目の前にやってきたときの目線」で撮った写真がこちら

見事なアングルの一致。一部ラーメンマニアの中では「青木撮り」として知られているそうです。ちなみに青木さんが見た目でチェックするポイントは「食欲をそそるルックスかどうか」とのこと。

ラーメン店の世界観をロゴに込める仕事術

このまま話が続くと、「単なるラーメンマニア・オタク」と青木さんが思われてしまいそうなので、本業のお話を伺いましょう。最初に説明したように、青木さんは今「ラーメン店のロゴデザイン」を手掛けるお仕事がメインとなっています。

例えば、よく知られているこちらのお店。

ラーメン店として、2015年に世界で初めてミシュランの星を獲得した「Japanese Soba Noodles 蔦(つた)」のロゴデザインです。
コンビニでカップ麺として売られている有名ラーメン店も数多く手がけているので、みなさんもどこかで必ず青木さん制作のロゴを見かけたことがあるはずです。

――ラーメン屋さんのロゴって、そのお店の看板になるものですよね。その後の展開を考えるとなかなかプレッシャーもあるかと思うんですが、どうやって作っていってるんでしょうか?

まずは打ち合わせから入ります。最初の打ち合わせではなんとなくの先方の要望やイメージを聞きつつ、ほとんどはロゴ以外の話をしていることが多いですね。大抵はラーメンの話が中心ですが。最低でも2時間くらいは話します。というのも、その店主さんの人となりや考え方を知る時間がとても大切で。もちろん、ラーメンも食べられれば試食させてもらいつつ、そのイメージを持ち帰って形にしていきます。

――途中でラフ案を送ったり、意見を聞いたりするんですか?

いや、あまりしないですね。最終的に3案ほど作ってお見せして、その中から選んでもらうという感じが多いです。ただ、ロゴにはいろいろと意味を込めているので、その説明をさせていただきつつ……ですね。例えば最初に作った「ラーメン凪」のロゴ。

創業者の生田悟志さんは「一風堂」の河原成美さんを敬愛しているんですが、一風堂のあの筆文字のロゴには 「歴史」を表現するという意味があるらしいんですね。
そこで「凪」は、歴史にとらわれず常にイノベーションを起こしてほしいという意味で「一切歴史を感じさせない」デザインに。丸で囲んでいるのは、生田さんがいろいろな人をつなげていく人なので「縁(円)ができる」という意味です。ただ、左の払いの部分がはみ出しているのは「ラーメン凪」が常にラーメンの枠からはみ出していてほしい、という思いが込められています。

――そんな意味があったとは。

お店の名前を決める部分から相談を受けることもありますね。この「雅楽」というお店もそうです。

「雅」と「雅楽」で悩まれているとのことで、検索のしづらさや、文字のイメージから「雅楽」の方がいいのではとご提案しました。あとこの店は角野さんというご夫婦がやられてるんですが、「角」と言う文字はどうしても「角が立つ」とか「角を出す」とか、そういうネガティブなイメージがある。そのため、ロゴはせめて……と思い、このロゴデザインをよーく拡大すると、1つも角張ったところがないようにしてあります。手書きの文字をスキャンした後、細かい部分のパスを全部自分で調節していきました、かすれて点になっているところもすべて。誰もそんな拡大して見る人はいないんですけどね(笑)。

――……あの、この凄さが分かる人は限られると思うんですが、途方も無い作業ですよね?

そうですね。正直、手書きのものをライブトレースすれば3秒で終わる作業かもしれませんが、手書きロゴに関しては必ず細かい部分は自分が調整しますよ。自分がせっかく手書きで書いたものを最終的にデジタルに任せてしまうみたいな矛盾を解消したいんですよね。ただまあ、その作業が3日とか4日とかかかったりするんですけど。

求道の旅は続く

お話していて思ったのは、ラーメンの食べ方も、感じ方も、ロゴデザインに対する向き合い方も、青木さんの中に流れているすべてが一貫しているということ。ちなみにこの日、あまりにもココには載せきれないお話を大量に聞いたのですが、その全てがこの調子で非常に面白かったことだけお伝えしておきます。

あと、冒頭でお話したように今非常に話題になっている青木さんのご著書『教養としてのラーメン』ですが、発売した後に「入れ忘れた!」と気づいたことも多々あったとのこと。
例えば「『一番美味しい店はどこ?』と聞かれた時にどう答えるべきか問題」、「閉店するというラーメン店に行ってもいいのか問題」……いや気になりますって。
青木さん、個人的にこれらを今書きためているようなので、いつか本の第二弾が出るかもしれません。ぜひ、その日を心待ちにしたいと思います。

次回も、あなたの隣にいるかもしれない「奇才紳士」をご紹介します。

取材・文 ケムール編集部

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