奇才紳士名鑑〜㉗ダムの魅力を伝えるために全国を飛び回る紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

ダムの魅力を伝えるために全国を飛び回る紳士

今回の奇才紳士名鑑、テーマは「ダム」です。

「大雨か渇水の時しか気にしないかも」という人も多いかもしれませんが、人知れず私たちの生活を支えてくれている存在のダム。

実は、ダムをめぐる人たちというのは意外に多いのをご存知ですか?

人は、ダムのどこに惹かれるのか。

ひょんなことからダムにハマり、ダムライターとして20年以上活動を続ける、ある意味「ダムマニア」の第一人者に、その魅力をお伺いします。

■プロフィール
萩原雅紀
プロフィール
1974年、東京生まれ。偶然たどり着いた宮ヶ瀬ダムに魅了されて以来、ライフワークとして「ダムめぐり」を続けている。2007年に配布開始されたダムカードの発案にも携わる。メディアへの出演も数多く、毎年末に開催されているダムアワードを創設
X(Twitter):@damsite(https://twitter.com/damsite)
YouTube:SiphonTV

ドライブ途中に出会った宮ヶ瀬ダムから「ダムマニア」に

――そもそも「ダム」にハマったきっかけをお伺いできますか?
車の運転が元々好きで、あちこちドライブしてまわっているうちにたまたまダムの工事現場に行き当たった、というのが最初です。

それが神奈川県の宮ヶ瀬ダムだったんですが、それも実際のところ、当時付き合っていた彼女が「そういえば、この辺にダムを作ってるみたいだよ」とドライブ中に言い出して、だったら行ってみようと訪れたら工事中でした。

でも僕はなぜかその工事中のダムが気になって、そこから1年くらいにわたって何度も繰り返しその工事現場を訪れたんですよ。

ある日突然、今まで通行止めだったところが開通していて、気がついたら新しい駐車場ができていて……そこを歩いていったら、関東地方で一番大きいと言われる巨大ダムの下に出ました。

宮ヶ瀬ダム
これが萩原さんをダムの世界へといざなった宮ヶ瀬ダム。写真提供:萩原雅紀

宮ヶ瀬ダムは高さが150mくらいあるんですが、その150mのコンクリートの壁の真下に出たんですよね。

普通、ダムって水をたたえているところを上から見下ろすことはあっても、「真下から見上げる」ことはなかなかないと思うんですよ。

でもそのときに、150mの壁と、その向こうにはものすごい量の水が溜まっている……という状況を体感できた。

「これは凄いな」と思い、そこからダムの魅力にハマっていった……という経緯です。

それが2000年頃の話なんですけど、当時は一般家庭にもインターネットというものが普及し始めた頃で。

いろいろな人が自分でホームページを作り出していて、中でも好きだったのが今はWEBサイト「デイリーポータルZ」の編集長になっている林雄司さんによる「ガスタンクの写真ばかり集めているサイト」(ガスタンク2001)。あと、水門の写真がアップされているサイト(Floodgates)ですね。

でも、当時はまだ「ダムの情報を集めたサイト」というのは無かったんですね。だったら自分でやろう、とウェブサイト運営を始めました。

――なるほど! ウェブサイトという形で「アウトプットできる場ができた」というのは大きいですよね。

実は僕がウェブサイトをスタートしたあと、半年間くらいの間でポコポコっとダムマニアのサイトがいくつか登場したんですね。

そういう人たちとはすぐに繋がっていきましたし、あと「こんなサイトがあることに感動しました」「実は私も好きなんです」という反応を最初の頃はかなり頂いて。

「ようやく同士が見つかった」的な人たちが多かったのが、当時とても印象的だったのを覚えています。

――ダムが好きな方というのはどんな方が多いんですか?

これが、年代によって結構分かれるんです。

僕と同じくらいの世代、インターネット黎明期にウェブサイトを始めたような人たちは、車やバイクの運転が好きで、たまたまダムに行き当たって……という人が多い。

今でこそダムカード(※1)ダムカレー(※2)があるので「カップルや家族連れでダムに行く」という人は割と多いのですが、あの頃のダム好きは基本的に「移動距離の感覚が麻痺している」人たちですね。

1日で数百km移動するのが全然平気な人たちと言いますか。

※1)ダムカード……国土交通省および独立行政法人水資源機構が管理するダムなどで配布されているカード型式のパンフレット。表面にダムの名称と写真、裏面にダムの所在地、型式、貯水量などの情報が記載されており、ダムの管理事務所で配布されているため現地に行かないと入手できない。

※2)ダムカレー……ご飯をダム、カレーをダム湖に見立てて器に盛りつけたカレーライス。街興し的にメニューが作られたものが多く、ダムの周辺自治体や道の駅、SAなどで食べることができる。

――ああ、ダムが主目的ではなく、むしろ「移動」が主目的……!

ダムって、そういう人たちには「ちょうどいい」んですよ。

大体山の中にありますから、長時間山道を走ることもできますし、大体駐車場やトイレもあって、大きなダムになると売店もあったりする。一休みして帰る場所としてベストなんです。

ただ、ダムにハマると今度はドライブよりも「次のダムを観に行くこと」が目的になっていきますね。

あと、土木建築のジャンルで言うともともと「橋梁マニア」みたいな人たちも結構いたんですよ。新しく橋をかけるときに工事現場を観に行く、という人たちもいて。

そういう人たちとダムマニアたちが「土木建築クラスタ」みたいな感じになっていった、というのを感じます。

実はダムマニアが多くなった背景には、「中の人たち」がダムマニアの盛り上がりに「乗っかった」ことが大きいと僕は思っています。

僕たちダムマニアがサイトを作ったり、ダム好き同士でいろいろとやっていると、例えば見学会が開かれたり、ダムカードが作られたり。

そういう「中の人たちの動き」もあり、さらに盛り上がっていったんじゃないかなと。

ダムカード
こちらがダムカード。このダムカードの登場で、「カード収集目的でダムを巡る」人たちも増えるように。写真提供:ケムール編集部

――確かに! ダムカードは2007年から登場したみたいですが、そう考えたら結構もう歴史も長いですね。中の人というと、国土交通省になるんでしょうか?

そうです、あともう1つ「独立行政法人水資源機構」、この2か所ともがダムファンに対する理解が最初からすごく高かった。

これは僕の推測でもあるんですが、ダムというのはもともと「冬の時代」がとても長かったんです。1990年代から2000年代にかけて、ダムは自然環境破壊の原因や「税金の無駄遣い」という目線でしか見られてこなかったんですね。

そんなダムを好きだと言ってくれる人たちがいるというのは、向こうの人にとっても発見だったみたいなんです。

「ダムの放流」、実は意外と見られない?

――萩原さんにとって、ダムを観に行く中で一番「アガる瞬間」はいつですか?

下流の方から車で走ったり、歩いたりして登っていって、その先に巨大なダム本体がぬっと現れた瞬間ですね。

ダムって、本当に1つ1つ形が違うんですよ。

作られている地形も違えば、大きさも違う、役割も違う。放流する設備がどうついているかも全然違う。

だからこそ巡っていて楽しいんですよね。

――でも基本的に山の中ですから、訪れるのも大変なのでは?

そうですね。あと、交通費が大変なことになります。

僕は本業が別にあるのですが、そちらの方ではまず出張とかがない職種なので、飛行機はダム巡りでしか乗らないという……しかも大体現地でレンタカー借りることになりますから、レンタカー代とガソリン代がかなり辛いです。

土日休みの仕事ではないので、平日にダム巡りを調整しやすいのはメリットなんですが、逆に見学会とかは土日に行われることが多くて、そうすると行けないこともあるのはジレンマですね。

――確かに、一般の方向けの見学会は休日!

この間、熊本県・阿蘇村に立野ダムという新しいダムが完成したんですけど、ダムが出来上がると本格的な運用前に一度「試験湛水」といって水を一度満タンまで溜めて、設計通りの放流ができるかどうか確認をするんですね。

そのイベントが2月4日の日曜に行われていて、全国からダム好きが集まってSNSにたくさん報告が上がっていたんですけど、僕は仕事で行けず悲しい思いをしていました……。

――それは確かに切ない……ちなみに「ダムを観に行くならいつ行くのがおすすめ」とかはあるんですか?

4月、5月くらいは関東から東北当たりのダムは放流していることが多いので、その時期はそっちに行こうかなと思うことはあります。

というのも、ダムの放流って「観に行こうと思って行けるものではない」んですよ。

丸山ダム
こちら岐阜県の丸山ダムの放流風景。写真提供:萩原雅紀

――えっ、そうなんですか?

ダムの構造にもよるんですが、いわゆるみなさんが想像しているような放流というのはまずめったに見られない。

そもそも放流は、大雨のときに上流から流れ込む水を調節しながら放流する場合や、さらに短時間の大雨などでダムの水がいっぱいになって「もう無理!」とあふれる「緊急放流」などで出るものなので……春先は雪解け水が多くなる場所は放流の可能性が高まりますが、そうでない時期の放流というのは基本的には「大雨が降っているとき」なんですよ。

そうなるともう、見学どころではないですよね。

――確かに、行くだけで危ない……。

それ以外だと、先程お話したような完成時の試験湛水しか基本的にはチャンスがないんですよ。

ここは見てほしい&ビギナーにもおすすめのダムは?

――選ぶのは難しいと思うんですが、萩原さんの中で「ここは印象に残っている」というダムはありますか?

うーん、難しいですねえ……でも皆さんご存知の場所ではありますけど、やっぱり、富山県の黒部ダム(※3)は別格だと思うんですよ。

※3)富山県東部の立山町を流れる黒部川水系の黒部川に建設された水力発電専用のダム。1956年着工、7年の歳月をかけて1961年1月に送電を開始し、1963年6月5日に完成。171人もの殉職者を出した壮絶な作業は「世紀の難工事」と言われ、トンネル工事の苦難を描いた小説『黒部の太陽』は映画・ドラマ化もされた。
黒部ダム
こちらが黒部ダム。つい脳内で中島みゆき『地上の星』が流れる人も多いのでは?写真提供:萩原雅紀

――そうですか!

歴史等のバックグラウンドもそうですし、見た目、背負っているもの……そういうもの全て含めて、ですけれども。

ただ、観光客が常に多いので、ダムと一対一で孤高の対峙をする……という雰囲気にはなれないのはネックではあります。

あとは個人的に迫力が凄いな、と感じたのは岩手県の湯田ダムや鹿児島県の鶴田ダム。これはどうも言葉にはし辛いんですけど、アイドルグループ

笹流ダム
一見ダムに見えない!? 古城のような個性的な外観の笹流ダム。写真提供:萩原雅紀

でもメンバーの一人を見た瞬間に「あ、この子がセンターだな」ってわかる瞬間があるじゃないですか。あんな感じです。

――的確な例え、ありがとうございます(笑)。では、この記事を読んでダムに興味を持った方に、オススメしたいダムを選ぶなら?

また難しい(笑)。例えば北海道・函館市の笹流ダムなんかはヨーロッパの宮殿みたいな特殊な形をしていて、すごく雰囲気がありますよ。

東北だと先程の湯田ダムと、あと宮城県の鳴子ダムはすごく美しいアーチダムです。毎年GWに放流もしていてすごくきれいな景色が見られるのでおすすめですね。

僕がハマるきっかけになった宮ヶ瀬ダムは万人におすすめできますし、あと群馬県の利根川上流にある矢木沢ダムと奈良俣ダムもいいです。

矢木沢ダムは黒部ダムのようなアーチ型ダム、奈良俣ダムはロックフィルダムという岩を積み上げて作ったもので、この2つは近くにあるんですが形がぜんぜん違う。

見比べると面白いですよ。長野や岐阜はとにかくダムがたくさんあるので、地図で大きなダムを探せば見どころはたくさんあります。

鳴子ダム
アーチが美しい鳴子ダムは、ライトアップなどでも一時話題に。写真提供:萩原雅紀

――たしかに、地形的に大きなダムが多そうですね。

関西の方に行くと兵庫県にある千苅ダム。大正期に立てられたすごく古いダムなんですが、放流している姿がとても美しいです。

美しいと言えば岡山県にある苫田ダム。僕はもうここは「デザイナーズダム」と呼んでいるんですが、ダムのデザインもモダンですし、管理事務所の建物や湖岸を通る道などがすべて統一されたデザインになっていて、とても風景として完成されています。

香川県の観音寺市にある豊稔池ダムは形としては日本に2つしかない、「マルチプルアーチ」というアーチ式ダムを横に複数並べている形。これもぜひ見ていただきたいですね。

苫田ダム
幾何学的な造形が美しい苫田ダム。写真提供:萩原雅紀

――いや、聞いているだけでめちゃくちゃ観に行きたくなりました!

ただですね……ダムは巨大なだけに、そのダムをどこから観るかというのが結構重要でして……いわゆる「視点場」というのでしょうか。

そしてダムのスペック自体は凄いんだけど、視点場がいまいちよくないので魅力が伝わりづらい、というダムもあるので、悩ましいところです。

――確かに、観光用に作っているわけじゃないですもんね……。

「ダムマニア」としての変化と使命感

――ダムを回っていくことで、ご自身の中の「ダムに対する思い」に変化が生まれたりはしましたか?

最初こそ「巨大建築物」を楽しむ感覚といいますか、でかくてかっこいいなぁ……みたいな感じで、見た目の印象が大きかったんです。

だからお寺や神社、古いお城巡りのような感覚だったんですよね。でも回るうちにだんだんと、ダムには実は役割があることに気づいていくんですよ。

洪水を防いだり、渇水を防いだり、農業用水だったり、発電だったり……そういう〝ダムの役割〟が自分の中でも重要になってきまして。

最近は台風が来たとき、今回はこのコースだからこの辺の川とダムが危ないぞ、みたいな感じで気になって仕方がない。

無事に何事もなく台風や大雨が去ったら「頑張ってくれたな」と。

むしろ今はこちらの方が自分の中では重要になってきています。

――なるほど、確かにダムは人の生活や命を守っている存在ですよね……。そうなるとだんだんと、ご自身の活動に使命感を帯びたりはしないですか?

実はそれもあり、最近少し肩書を変えたんですよ。

これまでは「ダムライター/ダム写真家」と名乗っていたんですけど、写真も別に本格的にやっていたわけではなく、たまたま黎明期からダムの写真をたくさん撮っていたおかげで、写真集を出させていただいたりしたので名乗っていただけで。

でも特に「写真家」という肩書にこだわりがあるわけでもないし、それより最近は動画でダムの魅力を発信したい、という思いが強いんですね。

それもあり、最近は「ダムライター/インフラ見学YouTuber」と名乗っています。

SiphonTVサイフォンTV
萩原さんのYouTubeチャンネル、「SiphonTVサイフォンTV」

――確かに、近年はYouTubeでの発信をかなり精力的にされていますね。

僕がウェブサイトを始めてからもう20年くらい経つんですが、僕らと同じくらいのいわば「第一世代」のダムマニアたちが家族を持ったり、みんな足腰が弱って(笑)なかなかフットワーク軽く活動できなくなっていて。

でもやっぱり、この知識は次の世代に継承していかなくてはいけないな、と思うんですよ。

僕も子供ができたことがあり、子供たちや若い世代にダムの魅力を伝えられるのは何だ? と考えたらやっぱりYouTubeだなと。

今後はこの形で、動画をメインにダムについていろいろと伝えていけたらな、と思っています。

まとめ

「スイスでダムを巡っているときにレンタカーがパンクして誰もいないところで一人ぼっち」「ダムマニア、基本的に移動が大変なのでダムカレーを食べている暇が無い」など濃ゆいエピソードが山のように飛び出した今回の取材。しかし萩原さんの熱量から、お話を伺ったあとはダムへの見方がぐっと変わった気がします。これからの季節はダム見学にもうってつけの時期、みなさんもドライブがてら「ダムめぐり」に訪れてみてはいかがでしょうか? 

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