奇才紳士名鑑〜㉔ぶどうを愛し、ぶどうの魅力を広めたい奇才紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

数ある果物の中で、なぜ「ぶどう」なのか

みなさん、「ぶどう」お好きですか?
……これまでもさまざまな「食べものにハマった」奇才紳士を紹介してきたこの連載。

今回は「ぶどう」マニアの奇才、少年Bさんがご登場です。

ぶどう好きが高じて、農業評論系サークルを主催し、ぶどうに関する同人誌を作っている少年Bさん。

ケムール編集部もとあるイベントで少年Bさんの同人誌を見かけ、少しお話してみたところ、その溢れんばかりの知識量と、そして何よりも「ぶどうへの愛情と情熱」に圧倒された次第。

なぜ「ぶどう」だったのかという話から、「ぶどう業界」が抱える現状、そして「意外なぶどう購入スポット」「おすすめぶどう」まで。

これを読んだら、あなたの「ぶどうへの知識と愛」が少し深まる、そんな今月の「奇才紳士」です。

■プロフィール
少年B
少年B
ポップな音楽とおいしいもの、阪神タイガースを愛するライター/編集者。農産物評論同人サークル・花マル農園主宰。ぶどうマニアとしてぶどうの食べ比べや農園めぐりを初めて早や11年、現在はぶどうに関する同人誌を発行するまでに。
X(Twitter):@raira21
食べたぶどうをアップしているインスタグラムアカウント「今日のぶどう」
Instagram:https://www.instagram.com/today_grapes/

きっかけは「勝沼でのぶどう狩り」!そこからぶどうの多様な世界へ

ーー一体、どういう経緯でぶどうにハマったのでしょう?

もともとドライブとか旅行は好きで、旅先で温泉に入ったり、B級グルメを食べたり……とかそういうことはしていたんですね。

そんな流れで当時お付き合いしていた彼女と、山梨県の勝沼市にぶどう狩りに行くことになったんですよ。

そこで、どうせだったら「ここでしか食べられない品種」とかやってるぶどう園に行きたくない?となり、調べたら当時50品種を栽培しているという農園さんがあったんですね。

これが久保田園さんというところで、じゃあそこに行こうと。

実際に行ってみたら、その時食べられる品種は4〜5種類くらいしかなかったんですけど、その中にサニールージュという品種がありまして。

大きさは小粒の巨峰くらいで、味はデラウェアに近い。デラウェアって美味しいけれど、食べるの面倒くさいじゃないですか。

ーーわかります。粒が小さいですしね……。

こんな、デラウェアみたいな味で食べやすいぶどうがあるのか!と衝撃を受けまして。

そして久保田園さんに「なんで50品種って銘打ってるのにこれしか食べられるのがないんですか?」と聞いたら、ぶどうには品種によってそれぞれ旬の時期がありますから、当然といえば当然なんですよ。

「1週間後にはまた違う品種が出てますから、あなたの〝マイベストぶどう〟を探しにまた来てください」という言葉をいただき、なるほどなと。

サニールージュの衝撃もあり、その年に4回久保田園さんには通いました。2012年のことですね。

ーー1年に4回!随分通いましたね。

「また来たの!?」とか言われるようになりまして。

いや「また来てください」って言ったじゃないですかと(笑)。

でもその出会いがきっかけに、ぶどうの奥深さにハマっていった感じです。

ぶどう狩り
久保田園さんを訪れている様子。出会いから12年、今でも定期的に訪れているとのこと。

ーー10年以上ぶどうを追い続けても飽きなかった、その理由は何だったんでしょう?

まず、調べ始めてすぐに種類の多さを知って、すごい世界だなと。かつ、色々食べていくと同じ「ぶどう」なのに色も形も、味も食感も香りも、種類ごとに全然違うんですね。

こんなに個性がある世界なんだなということに気付かされまして。

ーーメジャーな品種以外にも美味しいものがある、ということに気づいてしまったと。

それまで、巨峰とピオーネ、マスカット、デラウェアくらいしか知らなかったですしね。

シャインマスカットももう出てたけど、まだ今ほどメジャーじゃない頃かな……。とにかく、「巨峰に見えるけど違うの!?」みたいな品種がたくさんあるんですよ。

だから久保田園さんで知った品種以外にも他にも知りたくなって、ネットで調べたり、日本全国のいろいろなぶどう農園を回ったりするうちに「こんな品種もあるのか!?」とどんどんハマっていってしまい……。

ぶどうの苗屋さんのカタログ見たり、ついには県の農業試験場のpdfを見たりとかするようになってしまいまして……。

ーー完全にマニアの行動ですね……。そうやってぶどうマニア道を極めていくなかで、市場の変化などは感じられますか?

それはあります。まず、品種自体はすごく増えましたね!

今はシャインマスカットが人気なので、「シャインマスカットの子供」的な品種がどんどん出てきています。

あと、ぶどう売り場でシャインマスカットがメインになると、巨峰やピオーネのような「黒いぶどう」の売り場が減ってくる。

でも黒いぶどうも食べたいよね、というニーズが生まれて、ぶどう全体の価格が上がっているような気がします。これは農家さんにとってはいいことではありますね。

ぶどうの同人誌
少年Bさんが現在販売されている〝ぶどうの同人誌〟。イベントや通販等で購入可能。写真提供:少年B

ーー確かに今って、「ぶどう=シャインマスカット」みたいな状況になりつつありますよね……。

そうすると、緑のぶどうはシャインマスカット、黒はピオーネと巨峰がありますから、今最後の「赤いぶどう」の代表枠の争いが激しくなっている感じです。

いろいろなところが赤ブドウを作っていて、これまで見たことがないような品種がどんどん出てきてますよ。

ーーそういうぶどう界の流れに感じることはありますか?

これはもう仕方がないんですけど、昔ながらの品種というのがどんどん作られなくなっていっているのを知ってるんですよね……「今はもう作られていない、消えた品種」とかも当然ありまして。

でもぶどうの多様性という意味では、古い品種に面白さもあったりしますし、でもシャインマスカットを栽培すれば売れるわけです。

正直、ぶどう農家自体は作物としての単価が高いという点もあり、農家の中では割りときちんと売り上げているジャンルですし、栽培人口も減ったりはしていないんですよ。

だからその「古い品種」が消えていくのは、個人的には悲しいけれど、仕方ないよなあ……という。

ーーそれは、詳しくなってしまったからこそのジレンマですね……。

だからこそ、皆さんにぶどうの多様性を知ってほしい、ぶどうってこんなにいろんな種類があるんだよということを知ってもらいたい。その思いで同人誌活動を始めたというところがあります。

誰かが記録に残したり、こういうことをやらないとダメだなと思いまして。探して生産者さんに連絡をしたら「もう切りました」と言われた品種もたくさんあるので、もう遅いかもしれないんですけど……。

レア品種との出会いがあるかも!?近所のスーパーがあなどれないワケ

ーーちなみにぶどうにハマったからこその辛さ、大変さってありますか?

ありますね。というのも僕自身、実はすごく面倒くさがりなんですよ。

だから農園をめぐったり、スーパーで珍しい品種を手に入れたら食べる前に記録を残しておかなければいけないんですけど、それが面倒でつい冷蔵庫にぶどうが溜まりがちです(笑)。

今日のぶどう
少年BさんがInstagramで更新している「今日のぶどう」。この量をすべて一人で消費されていると考えるとなかなかすごいものがあります。

ーーぶどうって一房あたりも結構量がありますよね?消費も大変じゃないですか?

それもあります(笑)。

でもつい買っちゃうんですよ、しかも一度食べた品種でも「あ、これ久しぶりに見たな」とかでまた買っちゃったり。

一応、味の記録とかも文章にして残してはいるんですけど、ぶどうって農作物なのでその時の出来の良さ悪さもあれば、農園によっても味の差があったりするわけです。

だから自分が一度食べたときの印象が果たして品種によるものなのか、それとも農園や季節の差なのかも確かめたくて……。

多いときは一日6房とかありますよ(笑)。

ーーそれはなかなかの量ですね!ちなみに買うのはどんな場所が多いんですか?

農家さんに直接行ったときはそこで、あとは地方の直売所とか通販とか。

岡山、広島、名古屋、愛知……ぶどうにハマった当時はまだライター業はやっていなかったんですが、今はフリーライターになったので、仕事柄いろいろと行きやすくなりました。

あと、都内のスーパーでも買いますよ。

ーーそうなんですね!せっかくなので、東京都内の店でぶどうを買うならここ!というのを伺ってもいいですか?

一番のおすすめはスーパーのチェーン「スーパーマーケット オオゼキ」です。

もしも近くにオオゼキがある人はぜひ果物売り場を定期的にチェックしてほしいんですが、本当にマニアックなぶどうの品種をよく仕入れてるんですよ。

スーパーって基本的にはどのお店でも同じものを売らなくてはいけないので、チェーン店だとある程度まとまった量でないと仕入れないのが普通なんですけど、どうやらオオゼキは違うらしくて。

東京の果物の仲卸さんの間でも「珍しい品種が入ったらオオゼキに」と言われているらしいです。下北沢店とかは特に面白いですね。

スーパーマーケット オオゼキ
オオゼキのHP。東京都内をメインに43店舗を展開、編集部メンバーもお世話になっています。

ーー果物の高級専門店とかの名前が挙がるかと思っていたら、まさかの庶民的なスーパー!意外です。

ロピアやヤオコー、アール元気……このあたりは多分、果物の担当バイヤーさんが力を入れているんだと思います。ぜひ定点観測してみてください。

あと、銀座にある長野県のアンテナショップ、「銀座NAGANO」。

ここはシーズンになると長野県内で作られているぶどうを買うことができるんですが、オリジナルの品種を作っている農家さんのぶどうが売られていたりしまして、都内ではここでしか買えない品種というのも多いんです。おすすめですよ。

ーーすごい、実は意外なところにレアなぶどうを手に入れられる場所があったりするんですね。

この先期待のニューカマーから超高級品種まで!オススメは?

ーーではここで、せっかくなので少年Bさんの「オススメぶどう品種」を3種、お伺いできますでしょうか?

まず1つ目は「サンシャインレッド」ですね。

さっきお話した「シャインマスカットの子供」の1つなんですが、この名前がついたのが今年の8月という本当に新しい品種です。

これが、本当に出来のいいものに当たると香りが本当にすごい!噛んだ瞬間に香りのカプセルが弾けるような感じで、初めて食べた人は衝撃を受けると思います。

今年あたりは都内のスーパーでもチラホラ見かけたので、来年はもっとメジャーになっていくのではないでしょうか。ぜひ試してみてください。

サンシャインレッド
サンシャインレッド。「赤いぶどう」の覇権を制すのも近い!?見かけたらぜひ試してみて下さい。写真提供:少年B

2つ目は「ちちぶ山ルビー」

これは埼玉県の秩父市でしか作っていない品種なんですけど、少し尖った形といいますか、いわゆる普通のぶどうとはビジュアルがちょっと違います。

でも食感も良くて美味しいんですよ。秩父に旅行に行って、お土産としてぜひ買って帰ってほしい品種ですね。

ちちぶ山ルビー
かなり独特な形のちちぶ山ルビー。ロシア産の「リザマート」と米国産の「ピアレス」を交配してできた品種とのこと。写真提供:少年B

3つ目は「美夕果」

これは長野県にある飯塚果樹園のオリジナル品種で、そこでしか作られていないんですけど、まずこの飯塚果樹園自体が「日本一のぶどう農家」と言われているところなんです。

いろいろな農家さんで「ぶどう名人といえば?」と伺うと、まず飯塚さんの名前が出てくる。そしてこの美夕果は、そんな飯塚さんの作るぶどうの中でももうダントツに美味しい。

僕、定期的にぶどうを食べ比べる会みたいなのを催してるんですね。

みんなにいろいろなぶどうを食べてもらい、「一番美味しかったぶどう」に投票をしてもらうんですけど、この美夕果がラインナップに入ったときは2位に2倍以上の差をつけてダントツトップでした。そのくらい美味しいんです。

美夕果
こちらが美夕果。500円玉と比べても、1粒の大きさが段違いなのがわかります。写真提供:少年B

ーー聞いているだけで食べたくなってきました……。

ですよね。ただしネックがありまして、「高い」です。高級果物店だと一房20,000円とか。そういうレベルのお値段になります。

ーーひゃー!すごいですね……。

また、飯塚さんをもってしてもかなり栽培が難しいらしいんですよね。

なのでそのお値段も納得かなと……興味がある方は、何人かで食べ比べ会みたいな形で購入して食べてみるのをおすすめします。

他のぶどうも知ることができますしね。

まとめ

「自分が活動していくことで、ぶどうに興味を持つ人が少しでも増えたら嬉しい」と少年Bさん。ちなみにぶどうの旬は大体7月末〜11月くらい、それ以外の季節に出ているものは冷蔵されていたものか、加温ハウス栽培なので価格が高いか……というパターンなのだそう。なので本格的に楽しめる(!?)のは来夏からになりますが、ぜひこれを読んで興味を持った方は、まずは身近なスーパーに並んだぶどうをチェックしてみてはいかがでしょうか。

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