奇才紳士名鑑〜㉘人生を賭けて桜を追い続ける紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

人生を賭けて桜を追い続ける紳士

3月も終盤に近づき、本格的に春、到来です。

さてみなさん、春、そしてこの季節といえば何を思い浮かべますか?

まず最初に思い浮かべるのは「桜」という人は多いのではないでしょうか。

卒業式や入学式シーズンを彩る花であり、お花見など楽しいイベントにも欠かせない、日本人の象徴とも言える花、桜。

開花シーズンになるとどこかに桜を観に行くのが恒例……という人は少なくないでしょう。

しかしその、桜を〝追いかける〟ために「会社を5回辞めている」人がいるとしたら?

今回はそんな「花追人」、中西一登さんが登場。「花を追いかける」という風流な言葉からは想像がつかない、なかなかに壮絶エピソードが満載ですよ。

■プロフィール
中西一登
プロフィール
1964 年愛媛県生まれ。気象予報士、総合旅行業務取扱管理者、 宅地建物取引士。
会社を辞めて 5 回、九州から北海道まで桜前線を追いかける旅を実行。これまでに見た桜は日本 約 1850 か所、アメリカ 11 か所、ネパール 29 か所。『マツコの知らない世界』『激レアさんを連れてきた』『出没!アド街ック天国』『ヒルナンデス!』などにも出演。公式サイト:http://nakanishi.net/
X(Twitter):https://twitter.com/nakanishikazuto

失恋をきっかけに「桜前線を追う旅」へ

――もともと、桜を追いかけるようになったきっかけは何だったんでしょう?

7年半付き合った彼女と別れたことですね。傷心旅行といいますか、人生の気分転換をしたくて旅に出たのがきっかけです。

当時ちょうど30歳だったということもあり、心機一転しようかと。

でもせっかく旅に出るなら何かネタがないと寂しいなと思い、考えているうちに「桜前線を追いかけたらすごく良い旅ができるのでは?」と思ったんですよ。

桜の開花は南から北に動くから、それを追いかけていくのはどうかなと。

ただそのときはまだ、桜は〝旅のネタの一つ〟ぐらいにしか思ってなかったです。

――でも、会社を辞めて行かれたんですよね?失恋旅行にしては日本縦断はなかなかの規模だと思うのですが……。

今でこそ格安航空券などがありますし、地方に行ってレンタカー借りて1泊2日で戻って来る……みたいな人はたくさんいますけど、当時は1995年ですからまだそんな状況ではなく。

インターネットも普及していないので、情報を調べるのも難しい。

せっかく地方に行くならその周囲にも行きたい、だったら辞めて長期で行ってしまえ……という思いでしたね。

――旅行自体はそれまでもお好きだったんですか?

鉄道は割と好きでしたよ。旧国鉄の路線は大学生時代に全部乗りましたね、2万kmぐらいですが。

――全然「ちょっと好き」レベルではない気がします!!なるほど、それで「日本縦断」という発想が腑に落ちました。そこで人生を変える「桜」との出会いがあったと。

フェリーと陸走でまずは鹿児島に行き、そこから桜の開花に合わせて北上していったんですが、意識が明確に変わったのは青森県の弘前城ですね。

これはあとで知ったんですが、弘前城というのは桜の育成が日本一レベルで高いんですよ。

桜が美しくて、そして〝濃厚〟なんです。

それまで「デートのネタ」くらいにしか思ってなかった桜を、人生で初めて「凄いな」と思えた。それがきっかけです。

弘前城_青森
こちらが中西さんの人生を変えることになった弘前城。夜間はライトアップもされ、多くの人でにぎわいます。

――そこから桜を追いかける人生が始まった。

最初の旅のときは、弘前城のあとは北海道に行ってある程度桜を追いかけて戻ったんですけどね。

その後運良く就職もできたんですが、やっぱり桜をできる限り追いかけたいなという思いはあり、春になったら土日に桜を観に行く……というのをしてたんですよ。

ところが、2年後に就職した部署の事業が廃止されることになり、無職になってしまいまして。

98年から第2回の「桜を見る旅」のスタートです。

連続記録が途切れないための「修行」

――サイトで拝見しましたが、その後桜を追いかけるために合計5回会社を辞めていると……まさに「桜=人生」ですね。

そのうち、秋にも桜が咲くことを知りまして、2001年からは「毎月桜を見る」ということを続けています。

今271ヶ月連続で、ギネスブックに申請できるものならしたいなと思ってるところです。

――271ヶ月!記録が途切れそうになったことはないんですか?

しょっちゅうあります。1年の中で一番難しいのは8月で、なぜかと言うと、桜前線は1月の沖縄からスタートして半年以上かけて北上するんですね。

6月くらいまでは北海道でも寒い方に行けばなんとかなりまして、7月もギリギリ。ちなみに7月の「海の日」に桜を見られたのは今のところ3勝11敗です。

9月になると今度は「秋の桜」が中旬頃から見られます。ですが、8月が厳しい。

大体は夏の暑さの影響で返り咲き(狂い咲き)した桜を見ることになるんですが、これがいつ、どこで咲くかが確定しない。

2009年のことですが「宮古島でカンヒザクラが咲いたらしいですよ」と教えていただいて、すぐにチケットを予約し、翌日朝一番の飛行機で飛んでいったこともありました。

かかった飛行機代が、115,600円。夏の宮古島なんて一番楽しいはずなのに、仕事の都合もあり日帰りで、桜を見るためだけに115,600円ですよ。

宮古島カンヒザクラ
こちらがその宮古島のカンヒザクラ。2009年撮影。

――11万円……それ、情報を頼りに見に行っても、咲いてなかったり散っていることを考えると大博打ですよね……。

何度かそういう目には遭ってます。

立山の黒部アルペンルートのある山で7月に咲いたという情報があり、行ったんですけどどうやら咲いている場所が一般人が立入禁止の場所で、遠目では咲いているようには見えるんだけど確認できず……。

そのときは諦めて帰ってきました。往復交通費が35000円とかです。

――「俺は何をやっているんだろう」と我に返ったりしませんか?

ありますよ。僕の友達で温泉を追っかけている人がいるんですけど、彼は「温泉は修行だ」と言ってるんですよね。僕も「桜=修行」かもしれない、と思っていたりします。

水戸偕楽園
現在はご家族の介護のため、茨城県周辺で連続桜記録を更新している中西さん。こちらは2022年8月に撮った水戸偕楽園の二季咲桜(四季桜)。たった1輪だけ咲いていたとか。

――大変なことが多そうですね。

例えば、山の上に登らないと見られない桜もありますからね。

北海道の斜里岳、羅臼岳を登ったときなんか、なんで登山は嫌いなのに10何キロの荷物を背負ってこんなところを登っているんだろう、と思う瞬間はありました。

それでいて、せっかく登ったのに見られなかったことも1〜2回はあるんですよ。心が折れますよね。

――それは本当に〝修行〟……。

北海道はヒグマも怖いんですよ。300m先にヒグマがいるとか、登山者から「さっき通ったから気をつけなよ」と言われるとかも経験しています。

それで言うと沖縄のハブも怖いですね。

1〜2月はそんなに活発な時期ではないんですけど、山の中に入る時には2mくらいの棒を持って、足元を叩きながら歩かないと危ないです。

突然出てきたりしますからね、ハブ。

――命がけじゃないですか。

奄美大島行ったら「奄美大島のハブは毒が強力だから甘く見ちゃダメだよ」って言われたり。そんな事言われてもどうしようもないですよね。

あとネパールも辛かったなあ。

今まで2回、ネパールの桜を見る旅をやってるんですけど、現地の油がどうやら合わないらしく、2回とも滞在3日目くらいで凄い下痢が来るんですよね……。

――アジア旅あるあるではありますが、きついですね。

桜を見に行くためにはバスがろくに通ってない山の中に行くことになるので、歩くしかないんです。

片道4時間くらい、標高差500mくらいのトレッキングですよ。

狭い山道を荷物運びのロバを避けながら歩いていくけど、お腹を壊してるからろくに物も食べられてないし、体力的にとにかくきつかったです。

ネパール
ネパールの桜は日本のものとはまた少し違った趣が。大変な思いをしつつも、7000m級の山と桜が共存する風景はネパールならではのもの。ちなみに現地でぼったくりタクシーとの攻防話&運転手がなぜか途中で助手席に自分の彼女を乗せだしたなど、特濃エピソードが満載でした。2012年撮影。

――思った以上に「桜を追う旅」が壮絶なことに今びっくりしてるんですが、それでも「やめよう」と思わなかった理由は何でしょう?

やっぱりそれは、桜というものの魅力です。それしかないですね。

桜はきちんと手入れされているから美しい

――せっかくなので中西さんがおすすめの「桜の名所」をお伺いしたのですが……。

これが、実は僕のおすすめは「全国的にも有名な場所」になってしまうんですよね。よく「まだ人が知らないオススメの場所を」とか言われるんですが、やっぱりいい場所は人が集まってしまうので……。

――もちろん大丈夫です!ではまず挙げたいのはどこでしょう?

なんといっても、僕の人生を変えた青森県の「弘前城」ですね。ここは先程も言いましたが、桜が「濃い」んです。

具体的に言うと、桜、特にソメイヨシノは一つの枝にある花芽から大体4本くらい花が出ているイメージですよね?

ところが、弘前城の桜は「7つ咲き(七桜)」といって、1本の花芽から最大で7本の花が咲くんですよ。

――なるほど、だから花が〝濃い〟んですね!

弘前市はりんごの出荷が市町村単位では全国1位なんですが、りんごも桜も同じバラ科で、「弘前方式」といってりんごの木の管理のノウハウが桜に活かされているらしいんですね。

弘前城の桜というと、お掘に桜の花びらが落ちてピンク色になるいわゆる「花筏」も有名ですが、花の数が多いからこそあの濃厚な花筏を見ることができるんです。

弘前城2
弘前城の花筏。2014年撮影(天守閣の移設前)。

――2位はどこでしょう?

奈良県の吉野山ですね。谷間の山に3万本のシロヤマザクラが咲くんですが、圧巻ですよ。

山の麓から標高順に「下千本・中千本・上千本・奥千本」と名所に名前がついていて、順番に咲き上がるんですが、ピークのときだと大体ひと目で一万本くらいは見えるんじゃないでしょうか。

――桜の季節は宿の争奪戦が凄い、というのを聞きます……。

いやもう、取れないですよ!だからこそ僕は基本は桜旅は車中泊メインです。

一度吉野に行ったときに駐車場で寝ようとしたら、車の上に桜の木があって、その上には満天の星空が見えて。

いや贅沢な車中泊だなあ……と思ったこともありましたね。

吉野山
こちらが吉野山の桜の風景。右奥に見えるのは国宝・世界遺産の金峯山寺。

――桜の名所を探すときのコツはありますか?

みなさんがよく知る「桜の名所」は、「日本さくら名所100選」に選ばれているものが多いと思うんですよ。

ただこれは1990年に制定されたものなので、実はそれ以降に桜の名所になった〝新しい場所〟は入っていないんです。

だからそういう場所は意外と年輩の方は知らなかったりしますし、穴場かもしれないですね。そういう観点で探してみるといいかもしれません。

喜多方しだれ桜1105012
中西さんが言う「比較的新しい桜の名所」の1つ、喜多方のしだれ桜散歩道。こちらは2011年に撮影されたもので、現在はもっと桜が育っていて名所として人気が上昇中。

――日本全国に桜の木は植えられていますが、中西さんから見て「きちんと管理されていないなあ、もったいないなあ」と思う場所はありませんか?

それは、残念ながらありますね。

桜って、きちんとお金と手間をかけないと人に見てもらえるクオリティは維持ができないものなんです。

地方でよく見かけるのが、樹齢30〜40年のソメイヨシノが病気になっていたり、枝が絡まっちゃっているパターン。

そのくらいの樹齢のソメイヨシノを移植しようと思うと、めちゃくちゃお金がかかるんですよ。だったら今ある木を大切にして欲しいなあ、と思います。

特にもっと古い、戦後復興の時期に植えたソメイヨシノは、管理されていないために木としてダメになりつつあるものが少なくないです。

――温暖化や気候変動は中西さんの活動に影響していませんか?

個人的には、ここ3年ぐらいは桜前線が早すぎるのは実感しています。

桜の開花時期が全国的に早すぎるんですよね、去年と今年は特に早い。

実は温暖化という観点でいうと、今のままだと、2100年ぐらいから西日本ではソメイヨシノの花見ができなくなるのでは?という話があるんですよ。

――そうなんですか!?

AIによる計算結果らしいんですけど。桜が開花するには開花に適したラインに気温に蓄積していくだけでなく、その前にしっかり寒さを経験していることが重要なんですよね。

このまま平均気温が上がると、開花に必要な低温が足りなくなってしまう。

いつまで今のような桜が見られるかわからないよ、というのはお伝えしておきたいなあと。

まとめ

「桜の名所もいいけれど、自分の通っていた学校だったり、家の近所だったり、それぞれの思い出の中にある桜も〝かけがえのない1本〟ですよ」と中西さん。中西さんのように旅を楽しむもよし、近所の桜を愛でるもよし。それぞれの形で、ぜひ桜を楽しんでみましょう。

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