奇才紳士名鑑〜㉕テンションが上がって、ひたすら「タコちゃん」を編み続ける淑女

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

ひたすら「タコちゃん」を編み続ける淑女

毎回いろいろな「奇才」を持った方をご紹介しているこの連載。

突然ですが、皆さんは、「あみぐるみ」というのをご存知でしょうか?

「ぬいぐるみ」は縫って作るもの。「あみぐるみ」は、編み物の技術を使い作られたぬいぐるみ、とでも言いましょうか。

手芸好きの中でも一ジャンルとして確立されており、作り方を紹介した本も多数出版。

また、自作のあみぐるみをSNSにアップしたり、販売する人も数多くいます。

そんなあみぐるみ。とある作家さんの、この作品を御覧ください。

タコちゃん赤(冒頭)
ちだこちゃんたち

はい、タコです。タコちゃんです。

見てください、このリアルさと可愛さの絶妙なバランス!

今回は、「あみぐるみ」でひたすらタコちゃんを作り続ける方が登場です。

■プロフィール
ぱら
プロフィール
またの名を「たこを編む人」。2020年からタコなどを編んではCreemaなどに出品する活動をスタート。作品はCreemaのほか、西荻窪のニヒル牛(箱No.F)にて委託販売中。
X:@knitting_tako
Creema:https://www.creema.jp/c/suga_para/item/onsale
編んだものの記録はこちらにも。
https://togetter.com/li/2242871

なぜ「タコちゃん」のあみぐるみなのか?

ーーまず、タコちゃんをはじめこういった作品を編み始めた経緯をお伺いしたいのですが、もともと編み物はお好きだったのでしょうか?

そうです。高校生、大学生ぐらいまでは普通にマフラーとかセーターとかを編んでたし、途中まではちゃんとしてたんですよ、途中までは。

でもあるときから、急に様子がおかしくなりまして。

ーー様子がおかしくなった……?

新型コロナウィルスの流行でステイホーム期間がありましたよね。そうなると、もう編み放題なわけです。

でもマフラーや帽子をたくさん編んだところで、首は1つしかないんですよ。

実はそれまでにも息子にメンダコの帽子を編んだりはしていたので、何か動物を編もうと。それで最初に編んだのは金魚、ランチュウだったんです。

メンダコ帽子
こちら、息子くんに編んだというメンダコ帽子。チューリップハットのアレンジで編めるな、と思ったのがきっかけだったとか。ちなみに息子くんは後述の「うみたかマルシェ」でもお店番として大活躍。

ーーなるほど、ステイホーム期間がきっかけ!

しかしどんどんランチュウが家に溜まっていき、捨てるのも忍びないなと思って「Creema」で売ることにしたんですね。

同時に、金魚だけだと何だなと思って蜘蛛とタコを編んで足してみたんです。

すると、売れたんですよその蜘蛛とタコが!しかも、「かわいい」という感想をくださって、テンションが上ってしまい。

気がついたらタコばかり編んでいる人になっていた、というのが経緯です。

ーーもともと水族館とかはお好きだったんですか?

そうですね、行くとオープンからクローズまでいるくらいには好きです。

ーーそれはかなりお好きな方ですね(笑)。タコを好きになったきっかけはあるんですか?

20年近く前の話なんですが、新江ノ島水族館にタッチングプールがあった頃に、1回だけなんですけど、マダコがいるのに遭遇しまして。

アクリル6面の箱に穴をちょこちょこっと開けたものの中に、マダコがちょこんと入ってるんです。

で、穴のところに人間が指を入れると、タコがその気になれば手を出して触ってくれると言うんですよ。タコ握手会です。

平日だったので空いていたこともあり、30分くらい粘っていたらタコちゃんが「仕方ねえなあ」みたいな感じで私の手を握ってくれたんですよ!

その感触がもうたまらなくて、一発でやられてしまいました。

ーーなるほど、なんだか納得はします。

先程お話したメンダコの帽子とかは、実は社会人学生で大学院に通っていたときに編んだものなんです。

修論しんどいな……と思ったときの心のよりどころが「編み物」だったんですよ。

しかも「ちゃんとしたもの」も作るのがつらいな……と思ったときに、ふと「メンダコ、編めるんじゃないか?」と

タコもそういった発想なんですよ。「これ、編めるぞ?」と。

他の方の編むリアルめなタコを見ていると、おそらく一番メジャーな編み方は足を8本編んでから頭を作っていく、みたいなやり方だと思うんですけど、私の場合はメンダコスタートだったので、頭のてっぺんから放射状に編んでいくというやり方で、この方法はあまりいないかな……と思います。

ーー他の動物とかも編まれるんですか?

動物も好きなんですけど、多分無脊椎動物、特に軟体動物や甲殻類と編み物の相性がいいんですよね。

軟体動物だと自由度がありますし、甲殻類もパーツを作って継ぐっていうあみぐるみ独自のやり方はかなり向いてるなと。

どうしても哺乳類などの脊椎動物はあみぐるみよりもぬいぐるみのほうが向いている気がするんですよ。

そういう意味では、編んでいるときに「すげえ楽しい……!」を味わいやすいのは軟体動物や甲殻類なのかな、と思っています。

ちなみに、そういう意味ではウミウシとかも結構向いている気がします。

ーー実は編集部がぱらさんの作品を知ったきっかけは、togetterで作品のまとめを作られていて、そこで東京海洋大の学園祭(海鷹祭)で開催される「うみたかマルシェ」に参加されるということを書かれていたからなんです。かなり反響が大きかったようですが、参加の経緯は?

海鷹祭自体を知ったのはコロナ前ですね。本当に楽しくて、Creemaでタコちゃんを売り始めたときに「もし買ってくれる人がいたら、いつか『うみたかマルシェ』に出よう」と思っていたんです。

『うみたかマルシェ』自体は2020年、2021年は中止になってしまい、2022年には復活したんですが、私が昨年はうっかり募集を見逃してしまいまして……なので今年が念願の初参加でした。

※編集注:うみたかマルシェ……東京海洋大学の学園祭「海鷹祭」で開催されている海や水棲生物をモチーフとした作家だけを集めたハンドメイドイベント。2023年は11月4日〜6日に開催。「海鷹祭」自体幅広い年齢層の「魚好き」「生き物好き」が楽しめるイベントを多数用意していることもあり、子供の来場者も非常に多い。

ーー実際に参加されてどうでしたか?

タコを編み始めて4年目になるわけですが、実はこれまでは本当に売れなかったんですよ。ときどきぽつぽつ売れるくらいで……。

でも、「うみたかマルシェ」は凄かったです。引くほど売れました。参加する前、家族で「このくらい売れたらいいね」ということを話してたんですけど、その予想の10倍売れました。

3年間で編んだタコちゃんを計100匹以上持っていったんですが、殆ど売れてしまって、最後に残ったのは4匹ぐらいでした。

うみたかマルシェ
「うみたかマルシェ」でのブースの様子。タコちゃんだけでなく、ウツボやイカ、テトラポッドなどさまざまな作品がお目見え。

実はそれまでにも、2回ほど普通のハンドメイドマルシェみたいなものに出たことが会ったんですね。

「うみたかマルシェ」に出たときのためにオペレーションの確認をしようと思って……でも、お客さんの反応が「うわっ……」なんですよね。

あとは2mくらい遠巻きに眺めるとか。誰も「タコであること」を喜んでくださらないんですよ。

でも、「うみたかマルシェ」は全然違いまして。

もう、タコであることに誰も何のリアクションもないし、みなさん当然のようにタコで喜んでくださるし、「これ何ですか」と聞かれることもない。

ーーさすが「海鷹祭」という気もしますが、やはり「場」の違いは大きいですね。

びっくりしたのが、「メガロパ」というカニ類の幼生がいるんですけど、1個だけズワイガニのメガロパを編んで置いておいたんですよ。

するとお子さんが寄ってきて「わあ、ゾエアだ!」と言って手に取り「なんだ、メガロパかぁ」と。凄い、説明がいらない……!

※編集注:カニの幼生は段階により名称が違い、ゾエアの次がメガロパ。

メガロパ
こちら、ぱらさんが作ったズワイガニのメガロパ。これをひと目で見抜く子供も、それが普通の光景になっている「海鷹祭」もすごいです。

ーーお客さんの質が高すぎますね(笑)。

もう、夢のようでした。気持ち悪いという反応は全く無くて、かわいいかわいいと言ってもらえて、「デフォルメ感がちょうどいい!」というお褒めの言葉もいただいて……。

私にとっては、それまでタコのあみぐるみはストレスが溜まったときに〝ご褒美で編むやつ〟ポジションだったんです。あんまり溜まると捨てなきゃいけないし。

多分他の人における「仕事の後にちょっといい入浴剤とか本を買って帰ろう」くらいのポジションだったんですけど、「うみたかマルシェ」以降はおかげさまで、出品したらお買い上げいただける状況です。タコフィーバータイムです。

「この世で一番かわいいタコちゃんのあみぐるみ」が目標

ーーちなみに、お仕事をされながらの作家活動とのことですが、いつ編まれてるんですか?

一日のスケジュールだと、うちは小学生の息子が朝宿題をやるシステムなんですね。6時に起きて息子を起こし、息子が宿題をやっている横でまず編みます。

その後朝ご飯を作って食べさせて、時間があったら出勤前にもう20分ぐらい編みますね。

帰宅後は子供の寝かしつけや持ち帰りの仕事とかもあったりするので、寝る支度をしてから眠くなるまでは好きなだけ編んでいいという自己ルールがありまして。

忙しいときは15分ほど、調子が良ければ4時間ほど編んでいる感じです。

息子には「お母さんだけじゃなくて、よそのお母さんも言わないだけで、実は家ではタコちゃんをひたすら編んでいるんだよ」と伝えていたんですが、去年「聞いてみたら他のお母さんたちはタコちゃんは編んでないみたいだよ?」と言われてバレました。残念です。

ーーバレましたか……(笑)。ところで先程言われていた「デフォルメ感」についてお伺いしたいんですけど、生き物をテーマにしたあみぐるみやぬいぐるみは、どこをどうデフォルメするかが作家さんとしての個性だなと思います。ぱらさんが今の形に行き着いたのは?

例えば、記号としての「タコちゃん」がいますよね。よくたこ焼き屋の店頭ではちまきとか巻かされてるやつです。

あれはあれでかわいいと思うんですけど、私はタコちゃんはデフォルメしなくてもあの姿のままでかわいいと思っているんですよ。

でもどうしても怖い、気持ち悪い枠に入れられてしまうことが多いんですけどね……。多分、Creemaで売り始めたときも、他の動物でも良かったかもしれないんです。

でも、きっとクマちゃんやウサギさんは私よりももっと可愛く作る人がたくさんいる。だったら私は、「この世で一番かわいいタコちゃんのあみぐるみを見せてあげよう」と思ったんですよ。

実は……私の中では、タコちゃんはまだ完成形に至ってないんです。

ーーそうなんですか!?

個人的にはタコちゃんがちょこんと座っているときの曲線のライン、それが出したいんですが、どうしてもうまくいかなくて……。

だから実は、一体一体微妙に試行錯誤をしているんですよ。

「うみたかマルシェ」でお買い上げいただいた子たちも、タコちゃんに関しては「まったく同じ作り方」をしている子はほとんどいないんです。

つまり、「試作品を有料で引き取っていただいている」のとほぼ同じといいますか……それが次の材料費に回る、というサイクルです(笑)。

進化系
目の周りが少し出っ張っらせるようになったり、マイナーチェンジさせながらタコちゃんらしさを追求しているぱらさんの作品。糸はアクリル糸を使うことが多いものの、基本的には「タコ色かどうか」で選ぶことが多いとのこと。

ーーなるほど、タコちゃんはまだまだ発展途上……!それ以外の生物はどうですか?

以前かぎ針で1.5mくらいのリュウグウノツカイを編んでいまして、それも「うみたかマルシェ」に持っていったんですね。

その瞬間は私は編み物をしていて見ていなかったんですが、向こうの方から〝全身リュウグウノツカイコーデ〟で決めたお姉さんがブースに向かって真っすぐ歩いてきて、値札も見ずに「これをください」とお買い上げいただいた……という出来事がありまして。

その後その方からは同じリュウグウノツカイをもう一匹オーダーいただき、マフラーで勘弁していただいたという経緯があるのですが……もともとのリュウグウノツカイ自体が作り始めたのを途中で後悔する大物だったので……。

ーーかぎ針で1.5mのあみぐるみ、なかなかですもんね……。

編んでも編んでも終わりが見えなかったですね……。

あと最初に編んだリュウグウノツカイは初めて作ったものだったのもあり、綿を詰めたら思ったより丸くなってしまったんですね。

でもその出来事をきっかけにちょっとリュウグウノツカイの仲間といいますか、アカマンボウの仲間が楽しいなと思いまして。

ぺらっしていて、色もパンチが効いていてデフォルメしやすい。そういう特徴的なお魚も練習してみようかな?と思っています。

リュウグウノツカイ
こちら、オーダーされたリュウグウノツカイのマフラー。「リュウグウノツカイ強火担」の方に無事お迎えされました。

まとめ

現在、タコちゃんを中心としたぱらさんの作品はCreemaのほか、西荻窪にある「ニヒル牛」というお店で販売中。できればお買い上げいただく方には実際に手にとって見ていただきたいので、今後は「いきもにあ」などの関西で開催される生物イベントなどにも出店したい、とのことでした。来年の「うみたかマルシェ」にも参加したいとのことでしたので、気になった方はぜひSNSなどで出店予定をチェックしてみてください!

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