一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。
いろいろな物の「食べ方」を研究する紳士
さまざまな才能や、「こだわり」を持った方を多く紹介しているこの連載。
その「こだわり」は、本当にいろいろな形で現れる……というのは当連載を毎回読んでくださっている方なら、よくご存知のことと思われます。
ところでみなさん、「シウマイ弁当」をご存知でしょうか?
関東にお住まいの方、特に神奈川県在住の方は「当たり前!」と即答するかもしれません。
1908年創業の老舗、崎陽軒が誇る名物弁当であり、本当に多くの人に愛されているシウマイ弁当。
シウマイ弁当に限らず、こういったお弁当を食べるときには「何をどういう順番で食べるか」というのをつい頭の中で考える人は多いのではないでしょうか?
しかし。中にはこのシウマイ弁当の「食べ方」を同人誌にしてしまった人(サークル)、というのが存在します。
この連載でもこれまで、「情報・評論系同人誌」と言われるジャンルで活動している方々は多々紹介してきましたが、実はこの食べ方学会「食べ方図説」シリーズは、そんな「情報・評論系同人誌」の中でもかなりの人気作品として知られる存在。
今回は、そんな人気シリーズがなぜ生まれたか? という話をお伺いしていきます。
市島晃生
テレビ演出家、プロデューサー、放送作家。サークル「食べ方学会」会長。『料理の鉄人』や『カノッサの屈辱』など数々の人気番組に関わる傍ら、2017年より同人誌活動をスタート。番組スタッフとしてケータリングを担当してきた経験などからロケ弁やケータリングに関するコメントでメディア出演することも。食べ方学会 X :@tabekatagakkai
同人誌の委託通販一覧:https://lit.link/tabekatagakkai
地元民の愛着と「ゲーム性」がシウマイ弁当の魅力
ーー「情報・評論系同人誌」の数多ある同人誌の中でも、「食べ方図説」シリーズ、特に1冊目の「崎陽軒シウマイ弁当編」は、最初拝見したときにとても衝撃を受けたのを覚えています。どういうきっかけで誕生したのでしょうか?
理由としては、大きく2つあるんですよ。まず僕自身が神奈川県の生まれ育ちなんですけど、崎陽軒のシウマイ弁当って神奈川県民のソウルフードなんですね。
本当は「横浜市民のソウルフード」って言いたいところなんですが、僕自身は横浜市ではなく大和市の出身でして(笑)。
でも、神奈川県内……特に横浜市やその周辺部では子供会の行事とかで出されるお弁当がシウマイ弁当だったりして、子供の頃からとても馴染み深いものなんですよ。
僕自身もそうで、食べるときに大人が「あんずはデザートだから最後に食べるんだよ」と言っていたり、子供同士でも「あっ、シウマイから食べるんだ!」とか、そういうやりとりが文化としてある中で育ったんですね。
また、自分自身がテレビ業界に就職しまして、そうするといろいろな地方から来た人たちが「初めてシウマイ弁当に触れる瞬間」というのも目の当たりにしたり、自分も「こうやって食べるんですよ」みたいな話をしたり。
そうこうするうちに、ネット上でもシウマイ弁当についていろいろな「食べ方」を語っている人を目にするようになって、これを収集したいな……と思ったのが1つです。
もう1つは、「コミケに出たい!」というのが理由です。
実は40歳を超えてからなぜか深夜アニメにハマりまして……最初のきっかけは『涼宮ハルヒの憂鬱』だったんですが(笑)それでコミケに通うようになったんですよ。
そうこうするうちに「評論・情報系同人誌」の存在を知りまして、これは面白いぞ! といろいろと買い漁るようになり、だんだんと自分も買うだけではなく「テーブルの向こう側」に行きたい、「同人誌を作る側」になりたい……と思うようになりました。
自分だったらどんな同人誌が作れるかな? と考えたときに「シウマイ弁当の食べ方の本」だったら作れるな、と。
とりあえず本も何もできてないのにまずは申し込んでみたら通ってしまい、作ったのが「食べ方図説 崎陽軒シウマイ弁当編」の1冊目なんですよ。2017年の夏でした。
ーーなるほど! でもそれで「同人誌を自分で作る」という形を選んだのが面白いな、と思いました。
もともと、本業のテレビの仕事の方でも「食べ物」にまつわる仕事は結構得意なほうではあったんです。
昨今のテレビ業界といいますか、メディアってなかなか「自由にできる」ことが少ないというか、難しくなっているんですね。
自分が仕事を始めた頃の80〜90年代のテレビ業界なんか、それこそ結構めちゃくちゃ……じゃないな、自由にできたんですよ(笑)。でもだんだんそういうものや、マニアックなものの企画書が通りづらいという現実がある。
それこそ、「シウマイ弁当の食べ方」みたいな企画書を出したこともあるんですけどね……。
そんな思いを抱えている中でコミケという場所を知ると、そこには「自由」があるんですよ。そういうところに憧れたのかもしれません。もちろん、最初に本を作って参加するまでには勇気も必要でしたけど。
同人誌を作るのも初めてだったので、「こういうことをやろうと思うんだけど」とFacebookで呼びかけたところ賛同する仲間が集まってくれて、それで出来上がったのが「食べ方図説 崎陽軒シウマイ弁当編」の1冊目です。
ーー1冊目の内容を拝見すると、『孤独のグルメ』で知られる久住昌之さんや『味の手帖』のマッキー牧元さんをはじめ錚々たる有名人が登場していますし、崎陽軒さんは広報の方や当時の代表取締役社長(3代目)まで登場されていますよね。同人誌らしからぬ内容とクオリティにびっくりしました。
こんな言い方をしていいかわからないのですが、仕事柄〝人脈〟はあるんです(笑)。なので登場いただいた方はみなさんこれまでお仕事をしたことがある方ですし、崎陽軒さんも一度取材でお世話になったことがあるので、これは連絡しておいたほうがいいな……と。
ですので、「きちんとオフィシャルのチェックを受けている同人誌」なんですよ(笑)。でもありがたいことに、事実関係で間違っている部分はきちんと指摘していただけるので、そういう意味でも見ていただいて良かったと思っています。
ーーオファーした方たちの反応はどうだったのでしょうか?
みなさん面白がってくださいましたね。1冊目にお願いした方々はみなさん「シウマイ弁当の食べ方」に関して何らかの発信をしている方というのもありましたし、「崎陽軒の社長も登場する本」というのもありまして、皆さんノッてくださいました。
ーー同人誌が完成し、いざコミケに出たときの反応はいかがでしたか?
事前にSNS等で「こういう本が出ます」という情報がある程度拡散されまして、興味を持ってくださった方が多かったみたいなんですね。
最初のときは「ついに出展だ……!」と高揚感とともに参加したのですが、なんと午前中で完売しまして。
ーーすごいですね!
ただ、そのときは頒布するものが1冊しかなかったですし、もう1冊並べて出したいな……というのがあったので、次のコミケにも申し込んだんですよ。そうしたらなんと壁に配置していただきまして……。
ーー2回目で壁サークル!
噂によると、コミケの準備会のお弁当に崎陽軒のシウマイ弁当が出るとか。
それもあり面白がっていただけたのでは……? と思っています。あと実は、シウマイ弁当って販売しているエリアがとても限られているんですね。
神奈川県と東京都を中心とした駅や百貨店のロードサイドですから、地方から来られている方だと意外とシウマイ弁当の存在を知らない方も多くて、「こんなお弁当があるんですね!」という反応をいただけたのも新鮮でした。
ーー「シウマイ弁当の食べ方」が多くの人の心を引き付けた理由は何だと思いますか?
やっぱり、崎陽軒のシウマイ弁当って「何かを語りたくなる」お弁当だと思うんですよ。よく言うのが、「ゲーム性」ですよね。
シウマイを中心としたおかずのバリエーションもありますけれど、ごはんが俵型で別れている。これがまた、詰将棋のようなゲーム性を作ってくれているんだと思います。
今、なかなかこういうお弁当って少ないんですよ。
ーーたしかにそうですね……! あとおかずが変わるなど、なにかが起こったときのネット上の反応を見ると、普段は自覚しにくいものの「シウマイ弁当への愛情」を持っている人は実はとても多いのだなと。
そうなんですよ。普段はおおらかに構えていますけど、何かがあったときには神奈川県民は立ち上がる。それが崎陽軒のシウマイ弁当です(笑)。
「食べ方」の題材はまだまだたくさん!?
ーーその後はシウマイ弁当だけでなく、たまごサンドやカツカレーなどいろいろな食べ物の同人誌を出されていますよね。これはどういった経緯だったんですか?
せっかく「食べ方学会」と名乗っているので、シウマイ弁当以外でもやりたいなと。他に何だったらできるかな? と考えたときに、最初に思いついたのがコンビニで売っている「たまごサンド」でした。
たまごサンドって、表面は卵たっぷりに見えても、後ろ側には全然入っていない……ということがよくあるじゃないですか。
ーーめちゃくちゃわかります。
かじり方を間違えると、全くたまごが入っていないところが最後に残ってしまう。そういう失敗を犯さないための本が必要だなと。
基本的には、「切り口がきちんと面白い本」を作りたいなということは心がけています。
カツカレーに関しても、カレーはスプーンで食べるけどカツはフォークや箸で食べるのか、でもそうすると持ち変えるこのタイムラグが許せないなとか。
ちなみにカツカレーはイギリスでカツカレーが流行っていると聞いて英語版も作成したのですが、コロナ禍で渡航が難しくなってしまいなかなかお披露目ができず……
海外にも同人誌イベントがあるようなので、いつかこれで参加したいなと思っています。
ーー今言われた「許せない」の感覚が面白いといいますか、同じように思う人の共感を呼んでいるのかなと思うのですが、そういった感覚というのは元々お持ちだったんでしょうか? それとも食べ物に関わるお仕事をする中で得たものですか?
元々でしょうね。
シウマイ弁当だけでなく、例えば子供の頃からカレーライスを食べていても、ルーとご飯のどちらかが余るのが嫌で、最後にピッタリ着地させたい。
食事を見るとまず「どうゴールに持っていくか」を考えるタイプです。
久住昌之さんが原作を手掛けられたマンガに『かっこいいスキヤキ』という作品があるのですが(編集注:1983年に青林堂より出版。現在は扶桑社から単行本が発売中)、大学生のときにこの本を読んで「自分がいつも思っていることを具現化している人がいる!」と大きな衝撃を受けました。
それもあり、最初に同人誌を作ったときにはぜひ久住昌之さんに登場していただきたくて、コメントをお願いしたんです。
ーー「食べ方」に関しては、「今後こういったものを取り上げたい」というのはありますか?
いろいろ考えてはいるんです。例えば「峠の釜めし」だったり、山梨の桔梗信玄餅も面白そうだなとか。何でもできるといえばできるんですよ、コンビニのおにぎりだってできますから。
ーー昨年の冬コミで頒布された新刊は「超能力」をテーマにした『超能力スプーン曲げ50周年 前夜』でしたが、またなぜこのテーマを?
もともと、「食べ方学会」というのはコミケに申し込むためにサークル名を付ける必要があり、それで付けた名前なんですね。今となっては「食べ方以外」をやりたいときに首を締めているな……と思っているんですが(笑)。これまでもベトナムにある「ココナッツ教団」という教団の本とか、食べ物以外の本も作ってはいるんですよ。
超能力に関しては、ある日「2024年は、ユリ・ゲラー来日から50年だな」ということに気づいたんです。
最初に来日したのが1974年なんですね、つまり2024年は「超能力ブームから50周年」なんです。
実はテレビの仕事で20年ほど前に超能力関係の番組を作ったことがあり、いわゆる「超能力者」の方たちとも関わったんですね。
マジックは「種も仕掛けもある」、でも超能力は「種も仕掛けもない」。
僕はそれを取材の中で目の当たりにしたので知っては居るんですが、でも彼らはずっとそれをインチキと言われたり、人体実験をされたりということが続いていた。
その歴史をきちんと若い世代に伝えないといけないな、と思って作った本です。
ーー「スプーン曲げ少年」として一斉を風靡された清田益章さんも登場されていたり、これもまた同人誌ながらかなり本格的な内容ですね。
「50周年」と最初に言いたくて、なんとか2023年中に出さないと、と思って頑張りました(笑)。
自分がやりたいというよりは、多くの人にこの「超能力ブーム50周年」を知って欲しいですね。
ユリ・ゲラー再来日とか、当時の映像が再放送されるとか、そういうことが起こるといいな……と思っています。
まとめ
実は崎陽軒のシウマイ弁当、2022年の8月に原材料調達の関係から「鮪の漬け焼」が「鮭の塩焼き」に変更された時期がありました。ほんの一週間ほどだったとのことですが、このレアなお弁当をゲットせねば! と市島さんは発売初日の早朝からシウマイ弁当が入荷されるであろう駅に駆けつけ、最も早く売店が開く場所で「おそらく一番乗り(ご本人談)」でこのシウマイ弁当を手に入れたとか。
お話を伺っていると、やはり面白いコンテンツが人を惹きつける理由は生み出している人の「情熱」なのだな、としみじみ実感させられました……。同人誌片手にシウマイ弁当の攻略、近々やってみたいと思います!