吉田悠軌の怪談一服~実話怪談を『書く』技術【guest:高田公太】

はじめに

本記事はYoutube連動です。
お急ぎの方は、まずは「目次」を開いていただき「原文」「現代語訳」「リライト」をお読みいただいたあと「動画」をご視聴ください。
※「テーマ」を読み飛ばしていただいても、動画はお楽しみいただけます。

ーーでは、怪談を一服いかがですか

▼目次▼

■テーマ:怪談を「書く」ということ

怖い話、不思議な話、怪しい話。
”怪談”
テレビ番組やYoutubeでさかんに怪談コーナーが組まれ、芸能人・お笑い芸人・Youtuberなどが、幽霊に会った・不可解な写真を見た、不気味な物音を聞いた「怪異の体験談」を披露している。
これらは怪談の中でも、怪異に実際に遭遇している(=作り話ではない)ため「実話怪談」と呼ばれる。
(※よく番組内などでセットにされる「都市伝説」との違いは”体験者が特定”できているかどうかによる。都市伝説は内容にかかわらず”うわさ”である)
実話怪談はいまや広範囲のエンタメに浸透した使い勝手のいいジャンルだ。
それを生活の糧とする特殊な職業がある。

ーー”怪談師”

聞く・話す・読む・書く…怪談師の仕事を当連載の著者である怪談師:吉田悠軌さんとともに実践的に明らかにする動画&記事連動シリーズ。

第一回はテーマ「怪談の語り」を扱った。

吉田悠軌の怪談一服~怪談師ふたりが同じ怪談を語ったら?【guest:木根緋郷】

吉田さんとゲスト怪談師:木根緋郷(きね・ひさと)さんにより、ある不可解な体験談を「怪談としてしゃべる」技術の一端が実践された。
ひとつの「体験談」から心理描写・背景描写・間・オノマトペ・身振り手振りを使い「怪談」が演じられた。もとは同じ体験談なのに、ふたりの語りはかなり異なる。その違いからそれぞれの怪異への感性とスタイルが見えた。
つまりこう言えるはずだ。実話怪談師の仕事とはその多くが「ある体験談を怪談にリメイクする」仕事だと。

ーー では、しゃべるでなく書くときはどうだろう?

今回の「怪談一服」は怪談作家をゲストに迎える。
高田公太(たかだ・こうた)さん。

青森在住。県内外での怪談イベントに出演するほか様々な、企画で怪談の形を模索している東北を代表する怪談師だ。
木根さんは若手のホープといえる存在だが、高田さんはデビュー10年を超え著書多数のベテラン怪談作家である。吉田さんとは同年代で戦友のような関係だ。Youtubeチャンネル「オカさん」を持っている。(動画はハードコアだ。見ればわかる)
そして、超・愛煙家だ。赤マル派。最高だ!
それだけではない。高田さんに吉田さんとのコラボをお願いした最大の理由はこれだ。

煙鳥怪奇録 足を喰らう女(怪談提供・監修:煙鳥 共著:高田公太/吉田悠軌)竹書房

怪談師・煙鳥さんが取材した怪談を吉田さんと高田さんがテキストで書く。「怪談作家による、怪談のリライト」といえる企画で、煙鳥さんの怪談を知ったうえで読むと、まるでジャズのアレンジやカヴァーアルバムを聴き比べるような楽しみかたができる。すでに三冊も出ている人気シリーズだ。
音楽の世界ではよほど腕に自信がないとカヴァー盤は出せないし、売れない。怪談界の矢野顕子なのか?エルトン・ジョンか?
このふたり、ガチすぎる。「怪談を書くこと」に一家言ないはずがない!
そして「怪談一服」は実践企画である。高田さんに「何でも結構なので実話怪談のリライトを一篇」とお願いしてコラボスタートとなった。

何を書くのか? やっぱ吉田さんの怪談になるのか?
怪談の「しゃべり」を「書き直す」のか? その場合どんなアレンジが起こる?
「シグルイ」(原作:南條範夫・作画:山口貴由 秋田書店)みたいにめちゃ長くなったらどうしよう?

ーー ふたりがお題に決めたのは、意外な怪談だった。
大昔の実話怪談。

「タバコの怪談」はいつから存在するのか 【吉田悠軌の怪談一服】

 

「怪談一服」の考察回。「タバコが怪異と絡む話の起源」をつきとめるという、もう吉田さんしかムリ、みたいな知識全開記事(あとでぜひ読んでください)だったが、そのなかに登場する1795年寛政7年出版の見聞録『譚海(たんかい)』(著者:津村正恭)の一篇。

煙草を運ぶ商人が ”ウワバミ”=大蛇 に襲われる

という話だ。
これを記事の中で吉田さんが現代語訳している。さらに高田さんがリライトするという。
いや、江戸時代ですけど。作者、もういませんけど。
というよりも…これ、”実話”怪談か???
内容は原文からリライト含めてこのあとたっぷり読んでいただくが、結論から言えば「実話」性があった。本書は明らかに「聞き書き」であり「また聞き」なのだが「体験者本人」とかなり距離が近い。そして寛政3年(本書出版の4年前)に起きた「最近の話」を記している。いまの怪談師がやっていることとかなり似ている。

すごいことになったな…と思っている間に高田さんのリライトが開始された。
「原文」「現代語訳」「リライト」とお読みになり、228年前の実話怪談が現在にドライブをかけながらよみがえってくる過程を体験してほしい。

そのあと吉田さんと高田さんによる「怪談を書くこと」のトークを存分にどうぞ。

■原文:津村正恭『譚海』巻之七

上總の加納山には、人(ひと)とり有(あり)て每年人うする事(こと)有、ひゝといふけだ物の所爲(しょい)なりなどいひ傳(つた)へて、人々恐るれども、往來によけぬ道なれば、人のとほる所なり。寛政三年の夏、ある村の商人、たばこを壹駄(いちだ)買(かい)得て、背に負(おい)て麓を退けるに、夥(おびただ)しく山鳴りければ、何事ぞと見あげたるに、すさまじきうはばみ、山のかたより出て、此人をめがけて追來(おいきた)りければ、おそろしきにいちあしを出してにげけれども、うはばみやがて追(おい)かゝりてせまりければ、今はかなはじとおもひて、かたへの木の大成(だいなる)うつろの有けるに、にげ入らんとするに、うはばみ追付(おひつき)てのまんとす。其人ははふはふうろたへかしらさし入(いれ)たれど、足はまだ外に有けるに、此うはばみ大口(おおぐち)をあきて、負(おい)たるたばこ荷を一口にのみてさりにけり。商人久しくうつろのうちにありて聞(きく)に、やうやう物の音しづまりければ、をづをづはひ出て跡も見ずはしり歸(かえ)りつゝ、しかじかの事、あやうき命ひろひつなどかたるに、さればとし頃(ごろ)人とりのあるは、此うはばみ成(なり)けりなど、人々もおのゝき物がたりあひしに、日ごろ經(へ)てある人此(この)山を過(すぎ)たるに、大成(なる)うはばみ谷あひに死してあるを見て、驚きはしりかへりて人に告(つげ)ければ、みなうちぐして行(ゆき)て見るに、はやう死(しに)たる事としられて、體(たい)もやうやうくちそこなひ、くさき香(か)鼻をうちてよりつくべうもなし。かしらは四斗樽ほど有(あり)けるとぞ、其丈(たけ)もおもひやるべし。さればたばこ蛇のたぐひにきわめて毒なるものなれば、此うはばみたばこの荷をのみたるに、あたりて死たる成(なる)べしといへり、めづらしき事に人いひあへり。

所蔵:国立国会図書館
※原文ルビ:ケムール編集部

■現代語訳:吉田悠軌

 寛政3年(1791年)の夏、上総(房総半島あたり)でのこと。
 とある商人が、鹿野山の麓の道を通り抜けていた。
 炎天照りつけるなか、背中には大量に買い入れたタバコの荷を負っている。
 暑さと重さで汗だくになりながらも、商人はとにかく歩を早めていた。少しでも早く、この山道を抜けなければならない。
 いつの頃からだろうか。ここ鹿野山では毎年数名もの旅人が、謎の失踪をとげるようになってしまっている。
「ヒヒの化け物にさらわれたのではないか……?」
 皆そう噂し、怖れていた。しかし鹿野山を避けて交通するルートなど他にありはしない。
 化け物に襲われる危険があろうとも、商売のためにはこの道を通らざるをえないのだ。
 と、商人の急ぎ足が止まった。
 頭上から、低く大きな山鳴りが響いてきたからだ。
 なにごとかと山の斜面を見上げたところで、我が目を疑う。
 あまりにも巨大な蛇――“ウワバミ”が、滑り落ちるようにこちらへ迫ってきているではないか。慌てて逃げる商人だったが、ウワバミの追跡は猛烈で、またたく間に追いつかれてしまう。
 商人は死にものぐるいで大木の根本に開いた穴へ飛び込んだ。その足の先を、ウワバミの大口が吞み込まんとする。
 間一髪、蛇が口にしたのは、背中のタバコの荷だった。
 そのまま穴の中で震えていた商人だったが、しばらくして物音がぴたりと止み、ウワバミの気配も感じられなくなったことに気づく。
 とっさに外に出た商人は、後ろを振り返りもせずに走り出し、なんとか逃げおおすことができたのだった。
 さて、それからしばらく経ち、また別人が鹿野山を通りがかったところ。
 谷あいに、大きな蛇の死骸が落ちているのを発見した。
 体はほぼ朽ちており、あまりの腐臭のため誰も近づくことができない。なので正確なサイズはわからないが、頭部だけで四斗樽ほどもあったのだから相当な巨体であろう。
 しかしこれほど怪物じみたウワバミでさえ、蛇の天敵たるタバコには勝てなかったのか……人々は、そう噂したということだ。

■リライト:高田公太

 ──おうおう。聞いたかい? あの山の話だよ。あの山の話……。
 ──なんだい? あの山ってえと、あの山かい? 

 寛政3(1791)年。
 夏の上総国(現千葉県中南部)でこんなことがあった。

 陽光が照りつける上総最高峰、加納山(現鹿野山)の頂に見下ろされながら、ひとりの商人が麓の道を歩いていた。
 最早首からかけた手拭いはおろか、各所を捲った小袖の中、ふんどしまでも汗でぐっしょりと濡れている。
 山道には慣れているとはいえ、その息は荒い。
(早いとこ、ここを抜けねえとなあ……)
 商人は歩みを止めずに顎を大きく引き、ぐっと肩を上げて背負った連雀の位置を整えた。
 「あの山はよお、ときどき行商人や旅人なんかを食っちまうらしいぜえ」
 「そいつは俺も聞いたな。なんでも、とんでもなくでけぇヒヒがあの山にいるってな。人の味を覚えちまったんだとよ」
 いつからか、そんな噂が町を巡っていた。
 連雀の中には、仕入れたばかりの一駄の煙草が詰まっている。
 馬でもいればちょうど良い重さなのだろうが、こちとらしがない商人だ。韋駄天足も持ち合わせていない。
 自分以外に人の気配はなく、通らねば売買もできぬ一本道がまだまだ続く。
 鬱蒼と茂った緑の間を睨みつけても、目に入った木々の先の先に何がいるかは到底図り知れない。
(ヒヒの化け物なんて、勘弁してくれよ……)
 まだ陽が落ちるまでには時間がある。逢魔時にはまだまだ早い。
 いつも通り、家に帰ればいい。
 仕入れた煙草は後で小分けにして売るつもりだった。
 最近、目新しい洒落た煙管を仕入れたばかりだ。
 帰ったら、味見をするのも悪くないかもしれない。
 ただでさえ煙草の重みで疲れるというのに、山に怯えて心まで疲れてしまってはたまったものではない。
 キセルでも持って来ていたら、今こそ一服つけたいところだというのに。

 バキバキバキッ。
 ガサガサガサッ。

 突如大きな音が響いた。
 地が震えたかというほどの轟音が間近で鳴ったことに驚き、商人は足を止める。

 ボキボキボキボキ!

 其れを目にすると音の質感が生身に伝わり、何より其れとの距離がどんどん縮まってきていることが分かった。
(おいおいおいおいおい!)
 噂通り、其れは途轍もなく大きかった。
(待て待て待て! こんな所で死んでたまるかよ!)
 噂と違うのは、其れがヒヒではなかったことだ。
 現れたのは如何にも人を丸呑みしそうな大蛇──ウワバミだった。
 開いた口からは何本もの鋭い歯が覗き、刺し殺されそうなほど先の尖ったこれまた大きな舌が口内から出たり入ったりしている。
 ウワバミの眼は明らかに商人だけを見ていた。
 障害物のない一本道では、絶対に追い付かれると判断した商人は慌てて森に入る。
 何処に向かうと決めたわけでもなく、兎に角逃げることしかできない。小枝が頬に当たり、地面の凹凸が草鞋を通して痛みを与える。
 足を止めるわけにはいかない。
 ウワバミは相変わらず喧しい音を出して、まるで森羅万象を薙ぎ倒さんばかりに背後から迫って来ている。
 このままでは、いずれ追い付かれる。こちとらちっぽけな人間風情だ。あんな化け物に勝てるわけがない。
 たとえやられちまうとしても、丸呑みされてしまうその時まで足掻かなくては。
 死に物狂いで山中を駆け、そろそろ体力の限界を感じようかという頃、一本の大木が商人の目に入った。
 大木には大きな洞が開いていた。
(このうつろに入れば、取り敢えずあいつの大口から逃れられるかもしれねえ!)
 商人は頭から思い切りうつろに飛び込んだ。
 が、その体勢ではまだまだ無防備。はみ出た足から腰、背にかけてが、どうにも隠れきれない。
 必死の防御も虚しく、いよいよウワバミは大口をあけその両足を今にも飲み込まんとする。
(おおお! 終わりだ! 食われちまう!)
 そう覚悟した商人だが、ウワバミがごくりと丸呑みしたのは背負った連雀──大量の煙草のみだった。
 しばらくうつろの外からガタゴトガサガサジャワジャワとウワバミが動く音が聞こえたが、半身を大木で隠した商人には何が起きているのかは分からない。
 そうする間に段々と音が遠のき、また山に静寂が戻った。
 呆然としたままうつろから出ると、ウワバミの姿は消えていた。

 後に加納山の谷間で、ウワバミの死骸が発見された。
 夥しい腐臭のせいで詳細を確認することはできなかったが、頭部だけでも四斗樽ほどあった。

 ──そういやよ。この前会った商人が「ウワバミに荷の煙草を呑まれた」って言ってやがったな。
 ──へえ。じゃあ、それで化け物は死んじまったのかいね。
 ──ウワバミってえ言っても、蛇は蛇だ。煙草にゃあ勝てねえんだな。
 ──そういうことなんだろうなあ……どれ、俺らも化け物に食われねえようによお……。

 一服つけるかい?

■動画:吉田悠軌×高田公太

■執筆者

■ゲスト:高田公太(たかだ・こうた) 

実話怪談文庫「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、元・新聞記者。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、編著者として自身が企画立案した『実話奇彩 怪談散華』、その他共著に『奥羽怪談』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズなどがある。近作は「煙鳥怪奇録 足を喰らう女」(以上、すべて竹書房刊)。青森県弘前市出身、在住。2021から22年にかけて、Webで初の創作長編小説「愚狂人レポート」を連載した。
note:(https://note.com/kotatakada1978/)
Twitter:(https://twitter.com/kotatakada
Youtube「オカさん」:https://www.youtube.com/@occult3

自主企画イベント2DAYS開催!
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吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『現代怪談考』(晶文社)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『新宿怪談』『恐怖実話 怪の遺恨』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。

・・・・・「怪談一服の集い」募集のお知らせ・・・・・

ケムールでは、「一服の時間」にまつわる怪奇な体験談を募集します。お寄せいただいた怪談は、「怪談一服の集い」として随時掲載させていただきます。

「怪談一服の集い」

ケムールの公式SNSにDMにてご投稿ください。

【ご投稿条件】
・投稿者様の身に起こった、あるいは投稿者様が知っている人が実際に経験した怪奇現象であること
・喫煙、喫茶など「一服するため」のアイテムが関係していること
・おひとり様何通でもご応募可能です
・実名、匿名問わずお受付けいたします(イニシャルやSNSアカウントでも結構です)
・本企画にご参加いただいたことによる怪奇現象について、ケムールは責任を負いかねます。悪しからずご了承下さい

 ケムール公式SNS @kemur_jp

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