たばこと塩の博物館#1【ヴィンテージライター展】「ライター」が照らした火と人間の1世紀

不定期連載「たばこのことば」第3回

”たばこと塩の博物館”に突撃取材!
「ライター」が照らした火と人間の1世紀

 

ヒトが火を使い始めたのは、いつなんだろうか?

一説では、むかしむかし、180万年ほど前のホモ・エレクトス=原人の時代らしい。そのころの人類の化石を調べると、前の時代より臼歯が小さくなり、胃腸の容量も減っている。これは食べ物を”加熱”することで、食べやすく・消化しやすくなったからだろう、というわけ。
決定的と言えそうなのは、75万年前。イスラエルにある原人の遺跡で、火打ち石らしきものと、焼けた魚と植物の種が見つかっている。発火技術というイノベーションを経て、ヒトは他の動物とはまったく異なる文明を築き上げた。照明・調理・戦争・発電ーー。スマホでスクロールしているこの記事だって、さかのぼれば火打ち石から飛び散った火花の輝きが成長したものだ…とも言える。

さて、それから180万年経って、わたしたちの生活から「火」は遠ざかった。ナマの火を見るにはキッチンのコンロの上か、石油ストーブの中をのぞいてみるか。あとは夏の花火、たまの休日にでかけるキャンプの焚火といったイベントごとで親しむくらい。
たいまつをかかげて闇夜を切りひらいた祖先の時代を思えばおとなしくなったものだ…いや、たばこがある。
ライターとたばこは、いまや人類が日常の中で”火を持つ”ほとんど唯一の方法になっているのだ。なかなかロマンティックに思えてこないだろうか?

というわけで、今回は愛煙家には欠かせない「ライター」の話。
国内最大規模の喫煙関連の博物館「たばこと塩の博物館」(通称「タバシオ」)で絶賛開催中の「ヴィンテージライターの世界 炎と魅せるメタルワーク」展で、100年ほどのライターの歴史を、ライターの激レア銘品とともに紹介しているというので行ってみた。
せっかくなので、学芸員さんに展覧会の裏話も根掘り葉掘りきいてこよう。

国内唯一の「たばこ専門博物館」

「たばこと塩の博物館」通称「タバシオ」は、東京都墨田区にある。隅田川からほど近く、工場や住宅が並ぶ、都内でものどかな地域にこの博物館はある。JT(日本たばこ産業) の倉庫だった場所をリニューアルした5階建ての建物だ。
そう、タバシオはJTの施設なのである。JTの前身「日本専売公社」がかつて扱っていたタバコと塩にまつわる資料や物品を揃え、「塩」部門では世界中の岩塩なんかも展示されている。
1978年に「タバシオ」がオープンした時には、渋谷区にあった。この場所に引っ越してきたのは2015年のこと。エントランスを振り返ると、思いっきりスカイツリーが見える。

さあ入館していこう。
(チケットは一般・大学生 100円。安っ!)

なぜ墨田区にマヤの遺跡が

超ニッチ系博物館であるタバシオの本気度をうかがわせるシンボルが、館の3階・常設展示室にある「パレンケ遺跡」の実寸大復元模型だ。西暦600~900年ごろに栄えたマヤ文明の遺跡。なんでここにあるかというと、現存する人類最古の「たばこ」が表現された創作物であるかららしい。
入口の右側のレリーフが「たばこを喫う神」

おお…たしかに喫煙している。壮絶にかっこいいレリーフだ。一瞬でチケット代の元が取れた。
かつて「たばこ」は、いまのような嗜好品ではなく、神とアクセスするための重要な儀式の道具だった。煙は神々へのお供え物であり、お告げを読み取る占いなんかもあったらしい。
パレンケ遺跡をスタートとして、たばこの栽培の歴史・製法・そして多様かつ膨大な喫煙具を所蔵・展示している。

■パイプや煙管など世界中の喫煙具が。なかには謎なデザインのものも多数

■ダンヒルの一週間ごと日替わりのパイプセット(1960年代)。オシャレすぎる。オークションサイトで検索したところ、目玉が飛び出るほどのプレ値がついていた…

たばこを通して世界の文化史・デザイン史が一望できるつくり。喫煙者でなくてもじゅうぶん楽しめるだろう。
特別展めあてで来た人も、3階の常設展示室は絶対に見てほしい。

■日本のたばこポスターや看板が壁を埋めつくす

■ピースのデザイン候補。カワイイ・・・

■昭和のたばこ屋を完全再現したコーナーもある

喫煙具コレクターたちの本気すぎる世界

さて、いよいよ特別展だ。展示会場は2階のワンフロア。
着火具としてのライターの黎明期から、戦後までの約200点を展示している。

もちろんひとつひとつのライターは小さなものだが、その細工や形状の豊かさから、目を奪われるような存在感がある。

「テーブルライター」という種類の卓上型ライターでは、電話やスロットマシンのカタチをしていたりと、作り込みが異次元に達している珍品も展示されていた。

(どこから火が出るんだ…?)
遊び心が暴走気味のラインナップはまさにヴィンテージならではだ。

さすがは専門博物館。世界にどれくらいの数のライターがあるかわからないが、すごい物量が集結している。しかしどうやってこれだけのライターを集めるのか?
企画を担当した学芸員の青木然(あおき・ぜん)さんに話をきいた。

ーー今回「ヴィンテージライター展」を企画したきっかけは?

実は、タバシオでもライターを主役にした展覧会は開館以来いちどもやったことがなかったんですよ。ちょっと意外ですよね。
きっかけは、土屋陽三郎さんという三洋証券・創業者の方の個人コレクションを寄贈されたことなんです。今回の展示のほとんどはこの「土屋コレクション」から構成しています。

ーー寄贈品が中心なんですね。…展示がつくれるほどの量があるんですか?

土屋さんはマンションの一室で「世界のたばこ工芸館」という個人博物館を開いていたほどのコレクター。ライターだけでなくパイプも灰皿も集めていて、学芸員顔負けの知識をお持ちでした。
1999年に亡くなられて、その後当館にコレクションが仲間入りしたのですが、その質と量から非常に整理に時間がかかっています。なにしろ、寄贈された点数は約1万点を超えますので。

■土屋コレクションの整理の過程で、何度か特別展が開けるほど。灰皿だけの特別展も開催されている。

ーーということは、タバシオでは20年以上も土屋コレクションを整理していることに…すごいコレクターがいるものですね。

ええ、その蒐集の豊富さには圧倒されるばかりです…そして、その整理の最後のジャンルが今回の特別展のテーマである「ライター」だったのです。展示を見ていただくとわかるとおり、ライターという道具と着火技術の歴史が一望できるほどのラインナップになっています。

■タバシオの所蔵品には、コレクターからの寄贈品も少なくないとのこと。個人コレクターからの掘り出し物が研究を支えているのだ

ーー土屋さんのほかにもすごいコレクターはいますか?

いらっしゃいますよ。
ジッポーだけを集めるなど、得意分野もコレクターごとに多彩です。ライターは特に嗜好が細分化されている印象がありますね。
そうしたコレクターの方が亡くなったり、管理が難しくなったときに、タバシオに寄贈していただくことも多いのです。ただ処分するよりも博物館に寄贈したほうが、コレクションの想いを継ぐことができます。

ーー喫煙具は価値を評価できる人も少なそうですし、寄贈先がタバシオしかなさそうですね。

今回の展示にも出品いただいているのは、医師の毛塚尚利さんの「毛塚コレクション」の国産ライターです。毛塚さんは国産のライターを網羅的に集めておられて、数も2万点くらい。

ーーすごすぎますね。ちなみにそのコレクションの整理は…。

まだ途中ですね(笑)。

■「毛塚コレクション」より、真空管ラジオのカタチをしたかわいらしいライター。毛塚氏は終戦直後の貴重なものをはじめ、国産ライターを多数蒐集、なかでももっとも愛着があるのは「使いきりライター」らしい。発売されたらすぐに全色そろえるとか…何十年か経ったときに、その価値がわかるだろう。

「火をつける技術」と「からくり」

ーー今回出品されているなかで、青木さんおすすめのライターをいくつか伺えますか。

まずは「弁吉ライター」ですね。

■19世紀後半。幕末期のからくり師・大野弁吉が発明した小型の着火具。根付のなかに火花を起こす火打石とゼンマイバネを組み合わせた機構と、種火をつくる機構が収まっている。

ーーあの、小さい印籠みたいなカタチのライターですね。

この「弁吉ライター」はタバシオが開館する前から日本専売公社に所蔵されていた物品です。
ライターの定義を「着火から燃焼までを一発で行える道具」とすると、弁吉ライターはオイルやガスなどの燃料が入っていない「日本のライターの先祖」というところでしょうか。
18世紀にヨーロッパで発明された「ティンダーピストル」と原理は同じです。弁吉は蘭学も学んでいたインテリで、おそらく海外のティンダーピストルの原理を学んで応用したのではないかと思います。驚くべきは小型化の技術です。ヨーロッパのティンダーピストルは、卓上型の大きなものが中心です。ポケットサイズでこの機構を実現したのは、弁吉のからくり技術ならではだと思います。

■ちなみに弁吉ライターは、一時期、なぜか平賀源内の発明品だと誤解され「源内ライター」と呼ばれていた(ネットで検索しても「源内ライター」でかなりヒットする)。発明者は大野弁吉です。お間違えなく。

ライターと戦争

ーーほかにおすすめのライターはありますか。

「トレンチライター(塹壕ライター)」です。第一次世界大戦の時期、塹壕に転がっていた薬莢をボディに流用してつくられたハンドメイドのライターです。

■第一次大戦は、お互いが塹壕(トレンチ)に潜んで狙いあうという、膠着した戦いだった。最前線では敵の動きを探り冷たい土の塹壕の中でひたすら待つことになる。過酷な精神状態のなかで唯一の憩いが一服のたばこだったのかもしれない。

今回、「土屋コレクション」を整理した大きな収穫は、これだけでライターの歴史が浮かび上がってきたことです。
オイルライターが考案される前のさまざまな機構のライターの時期、そしてオイルライターが登場した後の第一次世界大戦~第二次世界大戦までの1920~1950年代という、もっとも華やかな時期の銘品が揃っています。一通り整理しただけでほぼ展示構成が見えてしまうほどのラインナップでした。
なかでも、ライターは2つの世界大戦と密接にかかわっていた、という気づきが大きかったのです。第一次世界大戦ころのトレンチライターは、まさにその象徴です。装飾が施されたきらびやかなものではありませんが、ぜひ見ていただきたいですね。
第一次世界大戦の頃は、着火具としてはマッチが主流でした。しかし兵士たちにとっては野営をしなくてはならないなかで、風に強く一定時間火を保つことができる必要がありました。そこでオイルライターが一気に発展していくきっかけになりました。

ーー兵士はこれを持ち歩いていたんですね。道具のようでもあり、どこかお守りのようでもあり、なまなましいです。

ええ、歴史の記録として貴重だと思います。
ベトナム戦争のころの「ベトナム・ジッポー」も展示しています。兵士たちが戦争への想いなどを短いメッセージや絵などで彫り込んだ一点もの。
いつも身に着けるライターという道具だからこそ記録できた、戦争の一面だと言えます。

■ベトナム・ジッポー。アメリカ軍が兵士に支給したジッポーをそれぞれがカスタムしたもの。ベトナム戦争は熱帯の森林を兵士が進行していく。その緊張した心境が刻まれている。同じ戦争でも、トレンチライターを生み落とした第一次世界大戦とは違うものだ。

ーー国産のライターでも、戦争中のものは特徴がありますか。

いいえ、日本は状況が特殊で、とくに戦前のライターはほとんど残っていません。
政府に金属品はのきなみ供出され、溶かされて武器などになってしまったからです。また、戦時中は軍需以外で金属を使用することが制限されたため、ライターの製造自体が行われませんでした。

■戦時中のたばこのポスター。日本にとっては「当時のライターがない」ことこそが、戦争の記憶だと言えるのかもしれない

ーーそうですか、ないんだ…。

ですが、その後、日本の戦後復興を支えたのもライターです。
軍需から民需へ急速に転換を迫られるなかで、戦前からの技術を活かし、軍需用の資材や廃材からつくることができたライターは、ものづくりにおける戦後復興の旗手となりました。価格が安かったこともあり、海外向けにもよく売れたようです。

■戦後の国産ライターの多彩さ。大戦中の軍事を支えた技術力が終戦後民間企業へシフトする中で、高度成長の原動力となった。軍需用の資材廃材だけでなく民生品を生産するために機器を生かせたこと日本の強みだった。

■専売局の看板。戦後は税金のがれの「ヤミたばこ」がさかんに取引されていたため、その禁止と安定供給を担っていた。ちなみに専売局が扱っていたのはたばこのほかに「塩」と「樟脳」。

時代を照らしたライターの火

ーー「ヴィンテージライター展」では、現在ではちょっと考えられないような豪華なライターや、仕組みが珍しいライターも並んでいました。

そうですね。
ライターの本流は持ち運び式のポケットライターですが、その歴史の中では「ルミナスライター」のような化学反応で着火する実験的なものや、電気式のライターも登場します。

■電気式ライター。女性の口の部分が電気で加熱されてたばこをつけると発火する。

――カタチが現在のライターと違いすぎて、どうやって着火するのかわからないライターもありました…。

そうですよね。「ヒューズライター」や「ストライカー」などのいまでは見慣れないライターのいくつかは、実際にたばこやパイプに火をつける映像を撮影しました。ぜひ展示室で見ていただきたいですね。

■ダンヒルの「アクアリウム」というライター。アクリル樹脂を使い水中を表現している。

ーー1940年代くらいまでのライターのきらびやかさを見ると、とても庶民が手軽に買えるものとは思えませんよね。当時のライターはどんなアイテムだったのでしょうか。

日用品ではなく宝飾品のような位置づけですね。ライターが庶民の手に渡るのは第二次世界以降で、それまでは長らくマッチを使っていました。当時の広告を見ると、ダンヒルのオイルライターは5ドル~10ドルくらい。いまの日本円に直すのは難しいですが、だいたい数万円という感じでしょうか…贈答品としても使われていたらしく、イニシャル入りのライターがかなり多いのも特徴です。

ーー社交場のステータスシンボルという感じですね。

ダンヒルは馬具製造から自動車用品店となり、たばこや喫煙具も扱っていた会社で、使い勝手を考えたギミックが見どころです。エバンスはハンドバッグや婦人小物のブランドなので、女性向けらしい優美さが魅力。金工品ブランドから出発したロンソンは多彩な金工が施されています。それぞれのブランドの個性に注目して鑑賞するのもおすすめです。
第一次世界大戦後は金工品の製造がシステム化されていく時代。大量生産が可能でありつつ、素材の持ち味を活かしたデザインを見ていただきたいですね。

 

会場に展示されているライターは、どれも手に取って火をつけてみたくなる、美しいものばかりだった。
そして、その美しさの多様さに驚いた。江戸からくりの超絶技巧をのぞかせるもの、社交場の絢爛さとユーモアがちりばめられたものから、戦争の緊張感を刻みつけたもの。
小さな道具だが、ぜんぜん見飽きない。
それぞれの時代背景を思いながら、展示室をぐるぐると何度も回ってみることをおすすめします。


「ヴィンテージライターの世界 炎と魅せるメタルワーク」
https://www.tabashio.jp/exhibition/2022/2209sep/index.html

たばこと塩の博物館 2階特別展示室
開館時間:午前10時~午後5時(入館締切は午後4時30分)
休館日:月曜日(但し9/19、10/10は開館)、9月20日(火)、10月11日(火)
入館料
一般・大学生 100円
小・中・高校生 50円
満65歳以上の方 50円 ※年齢がわかるものをお持ちください。

※障がい者の方は障がい者手帳(ミライロID可)などのご提示で付き添いの方1名まで無料。
※なるべく少人数でのご来場をお願いします。
※密集を避けるため、入場制限をさせていただく場合があります。ご来館の際は、当館の〈新型コロナウイルスに関連した対応について(2022.2.1)〉もご覧ください。
※新型コロナウイルス感染症拡大の状況によっては、開館時間の変更や臨時休館をさせていただく場合があります。最新の開館状況等は、公式ツイッター、お電話でご確認ください。


さいごに…タバシオの喫煙ルームはものすごく良いぞ。

(編集部)

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