アニメのお値段事情 〜モーションロゴ編【1】〜

 

第1話:アニメ、発注します

「アニメ」は日本が世界に誇る文化だ。
そんなの今さら言われなくてもわかっとるわ! というくらい、手描き・CG・人形アニメなどなど、アニメは私たちの生活に溢れかえっている。売り出し中のマンガやラノベは続々とテレビアニメ化され、企業がイメージムービーをアニメで仕立てることも少なくない。CMやアイキャッチなども含めれば、映像コンテンツの中に何らかのアニメ表現が混ざっていないほうが珍しいくらいだ。
アニメの魅力は、その作品性や表現性だけではない。アニメ大国・日本では、新作アニメが公開されるたび、さまざまなメディアでその舞台裏にカメラで迫ったメイキング映像が放映される。「宮崎アニメ」や「エヴァ」などの場合は、そのメイキングは1時間・2時間は当たり前の特集番組になる。これは、たとえば実写映画ではほぼ見られない現象だ。どんな職業であっても、”現場”には知られざるドラマがあるものだが、そのなかでも「アニメの現場」は別格に面白いということではないだろうか。

そこで! ケムールでもアニメの制作現場に密着することにした。
といっても話題の劇場映画のスタジオに潜入するわけではない。そのかわり、ドキュメンタリー番組ではフォーカスしない部分に焦点をあててみた。
それは”お金”だ。アニメには監督・演出・アニメーター・声優などなど多くの役割が関わっているが、具体的にどの役割に何人が関わり、そこにいったいいくらかかっているのか? 限界まで細かく見積もりを出すことにより明らかにする。
もちろん、クリエイティブはひとつひとつがオーダーメイドのため、金額もケースバイケース。だからこそ制作費の相場をなんとなく検索したり、アニメーターは薄給でやってられんわ! というようなSNSのつぶやきを眺めているより、実際発注することで検証したい。
アニメの制作環境にまつわるさまざまな噂も、これである程度ははっきりするだろう。

 

”お金” と ”やりがい”

さて、本題に入る前にアニメのお金まわりをおさらい。
2020年のアニメーションの市場規模は、
2兆4261億円。
対して、
アニメ制作」の市場規模は2510億8100万円だ。これがどのくらいかというと、BtoB領域では動画配信広告と同程度の大きさ。別の分野で似たマーケット規模を持つのは、たとえば口に入るもので言えば固形のヨーグルトやミネラルウォーターなどが近い。必需品ではないけれどおなじみの品目という感じか。
「アニメ制作」の市場は独特の成長傾向を持っており、全体としては年々拡大しているのだが、伸びているのは「元請け」「グロス請け」と呼ばれる上流工程の売上で、実際に絵を動かしている制作専門スタジオに落ちるお金の総額は微減している状況だ。原因としてはただでさえ人手不足のため海外に制作現場が移っていたり、国内でもスキルシェアなどで非専門人材が活用されて単価が下がっているなどが考えられる。職人仕事としてとらえるとあまりよくないかもしれないが、テクノロジーとグローバル化による効率化の過渡期にあるとも言える。
国内の制作会社に正社員は少なく、作品ごとに非正規雇用のスタッフが集まってプロジェクトが終了するまでチームとなる形態は建設業と似ている。見習いの数年間は仕事がきつく、安価であり、ある程度までスキルがつくと作画監督や演出を任されて収入が安定する点も職人に近い。
というのが、ネットを巡回して散見されるアニメのお金事情なのだが、そんな情報は漠然としたものにすぎないし、「平均は誰にも当てはまらない」というのもあるあるだ。本企画では、実際のアニメを制作しながら具体的かつリアルな一例を垣間見たい。
まずは、ケムールの運営会社である株式会社ライテックのジングルを制作することにした。

▶ちなみにジングルとは、こういうモノのことである。

20世紀FOXやワーナーなんかの、映画の上映前に流れるロゴマークが中心となるアニメ。モーション・ロゴとも呼ばれる。5秒~20秒くらいで、企業やブランドのロゴを動かしメッセージを伝える。コロナ以降、さまざまな企業活動の場で映像コンテンツを使わざるを得なくなっている。その冒頭を飾るモーション付きのロゴは活用範囲が広く、多くの企業がオリジナルのジングルを作っているのだ。
ストーリーのあるアニメ作品よりは小規模だが、2、3秒のアイキャッチよりはちゃんと動きがあり、アニメーションの良さが伝わる形式だ。
さていくらになるのか、そもそも見積もりを開示していいのか? 10月下旬、期待と不安が入り混じりつつ、まずはクリエイター探しがスタートした。

▲ライテックのロゴ。これをどう動かすのか。

15秒の値段は?

どんなクラスのクリエイターに頼めばいくらになるのかもよくわかっていないが、妥協したくはない。テレビアニメのような「本道」で仕事をしており、制作体制と金額を明らかにして取材に協力してくれる作り手。ツテを頼って探したところ、匿名を条件に受けてくれる演出家がみつかった! そりゃ実名では無理だろう。
演出を担当するAさんは、つい最近、深夜枠アニメの演出を終えたばかりの20代の男性。(ああ、あのアニメを…)編集部でも聞いたことのある作品だった。制作会社に所属しつつ、フリーでも演出を請け負っている。
まずはAさんと編集部で打合せ、15秒程度のジングルをつくることとなった。
テーマはライテックの社是「炎を通じて社会に貢献する」にちなみ「火」に決定。最初の打合せ時に、ケムール編集部のデザイナーが出したのがこれ。


ライターでタバコに火を付け、一服喫うと、火がロゴの一部になるシンプルなもの。
あくまでイメージとして提出したのだが、翌々日にA氏はこれをブラッシュアップした上で、絵コンテ2案とともに見積もりを提出してくれた。

【memo】
コンテ=出資者や企画者の作りたい映像を設計図として作成する作業、及び設計図そのもの。映像に必要なカット数や、動画総枚数・背景数・必要な撮影処理などを想定できるため、この段階で作成の予算が簡易的に計算できるようになる


Aさんのコンテは2案。

■A案(① ②)

A案はケムール編集部のアイデアをブラッシュアップしたもの。アングル違いで2パターン用意されているが、どちらのパターンも明らかに画面にメリハリがつき、立体的になっている。


■B案


こちらはライテックのコーポレートロゴの「i」の炎を活かして、火の玉が飛び回るという案だ。かなり激しく動いていそうに思う(あまりイメージできない)が、どうなるのだろうか。

 

そして、いよいよ 本題の見積もり が来た。

 

■見積り(10月26日時点)

合計:¥370,000(税別)
尺:15秒のジングル制作
内訳:
【コンテ ¥30,000/15秒】
【演出 ¥50,000/15秒】
【原画 ¥20,000/1cut】
【動画 ¥600×150枚=¥90,000】
【仕上げ ¥500×150枚=¥75,000】
【背景 ¥15,000×2枚=¥30,000】
【撮影 ¥1,000/秒×15=¥15,000】
【音響:必要音源数あたり ¥10,000×3=¥30,000】
【色検査:設定数あたり ¥10,000×3=¥30,000】

納期:11月末

 

……!!
やはり、動画と仕上げがかなりの割合を占める。ただ止め絵をソフトで動かしたりする形式ではなく、手描きのアニメーションでこの価格。なんとも赤裸々な数字だ。
編集部では、A案で決定した。B案の動きのあるコンテもロゴアニメーションっぽくてよかったが、こちらで出したアイデアをいかにもアニメらしい動きと奥行きのありそうなコンテに直してきたことが「見たい!」と思った理由だった。その場で発注し、後日の打ち合わせに同行させてもらった。

 

”火”の歴史を辿る

「私の子供がアニメーターになりたいと言ったら、全力で止めます」
ネットの転職サイトにある職種紹介の投稿欄で、こんな趣旨のコメントを見かけたことがある。現役のアニメーターの方らしい。他にもアニメの現場は低賃金・長時間労働に喘ぐコメントが「この職種の悪い点」という項目にずらりと並んでいる。こうしたサイトに書き込むのは業種問わずもともと現状に不満をもった人が多いので、業界の実態として鵜呑みにしてはいけないが、それよりも目についたのは「この職種の良い点」の欄が一様に「好きな絵を描いていられる」ということだった。この「仕事がきつい」と見事に対をなしている「好きなことができる」価値とは何なのか。

ハロウィンが開けた11月1日、ケムール編集部で打ち合わせを行った。日曜、19:00開始。集まったのは、演出のAさん、そして始めてお会いする音響のBさん美術監督のCさんだ。皆Aさんと同年代の若い男性、いかにも「仲間」という感じ。
そして、これがチームの全員ではなかった。

演出 Aさん
アニメーター(原画マン) Aさん
音響監督 1名 Bさん
美術監督 1名 Cさん
撮影監督 1名 Dさん(欠席)
色彩設計 1名 Eさん(欠席)
動画会社 1社
仕上げ会社 1社

Aさんはこうした布陣を組んでいた。
見積りの中でも特にボリュームが大きかった「動画」と「仕上げ」は業者に外注するという。ということは個人で受けている作り手たちの取り分はさらに少なくなる。

打ち合わせは、絵コンテやライテックの商品カタログ、実際の商品であるライターをデスクに広げて行う。どんな話をするのかと楽しみにしていたが、口火を切ったAさんは一枚の画像をモニターに映した。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
煙草を吸う男 1646年 油彩、カンヴァス
出典:東京富士美術館

Aさんが参考にしていたのは、意外にも他のアニメ作品ではなく、「ライター」が発明されるはるか前に描かれた油絵だった。
絵の中の男は、炭火のようなものを細長いパイプに近づけて着火しようとしているのだろうか。息を吹きかけるごとに種火が大きくなっていく、闇の中の過剰なほど強い光の温かさが伝わってくる。
この「火」が本来持つ美しさを表現するために、Aさんは背景の「闇」の処理をCさんと細かく打ち合わせていた。「背景」と言われても、素人目にはどう見ても真っ黒で何も描かれていないのだが、それでも背景処理は必須で、2枚用意することで奥行きが出るらしい。
音響のBさんとは、ライターの着火音と燃焼する音を数種のライターを何度も着火して音を比べたりしながら詰めていった。
火と言っても、燃え盛る炎もあれば燻る炭火もある。それぞれに描き方が違うし、動きも違う。今回のアニメーションにおいてはどのような「火」であるべきなのか、その表情をAさんたちは掴もうとしていた。

22:00、まだまだ詰めきれない感覚のまま打ち合わせは終わった。この時点では実質的な作業が始まってはいないが、抽象的なイメージを共有するためにメンバーが言葉を尽くしているのを横で見ていると「好きでなかれば、とてもできないだろう」と思った。それほどにこだわっているし、刺激的な場だった。

もし あなたの会社がアニメーションを作ることになったら…ぜひ、打ち合わせに同席してみて欲しい。

 

次回は素材の確認と編集段階に入る。さらに細かいお金の内訳を深掘りしていくので、お楽しみに。

 

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