アニメのお値段事情 〜モーションロゴ編【5】〜

■見積り(10月26日時点)

合計:¥370,000(税別)
尺:15秒のジングル制作
内訳:
【コンテ ¥30,000/15秒】
【演出 ¥50,000/15秒】
【原画 ¥20,000/1cut】
【動画 ¥600×150枚=¥90,000】
【仕上げ ¥500×150枚=¥75,000】
【背景 ¥15,000×2枚=¥30,000】
【撮影 ¥1,000/秒×15=¥15,000】
【音響:必要音源数あたり ¥10,000×3=¥30,000】
【色検査:設定数あたり ¥10,000×3=¥30,000】

納期:11月末
➡原画完成:2022年1月初旬にずれこみ

5:アニメの良心

もういくつ寝ると…

▶いままでの「アニメのお値段事情」

ケムール編集部は東京の神田にあり、同じ千代田区内には東京大神宮という縁結びの神社がある。
2022年の年明けは、その東京大神宮でクラスターが起きて職員11人がコロナに感染したというニュースではじまった。気の毒と言うほかない。他県でも年末年始の宴会でクラスターが発生し、知事たちは緊急事態宣言を政府に要請したのが1月2日。新年を寿ぐ余裕もないのかとゲッソリした気分になる。
もうひとつの心配は、Aさんの原画があがってこないことだ。11月末に完パケの予定だったのが、絵コンテのリテイク以降徐々に進捗が遅くなり、12月に入っては待てど暮らせど進捗がない。Aさんが別のテレビアニメの現場に入ったことで、スケジュールが狂い始めたことが理由だ。思えば15秒とはいえ手描きのフルカラーアニメーションを1か月半で作るというのは無理があったのではないか、と今さらなことを考えてしまう。
もういくつ寝ると原画完成…。待ちながら結局年を越してしまった。
一年のはじめだというのに帰省もせず、おとなしくしていてもちょっとした出先で罹患し、不幸に見舞われる人がいる。それに対して「運が悪かった」とか「自業自得だ」とか、誰も何も言えずに、ただ目に見えない何かをけん制し合うようなトゲのある雰囲気が国中に蔓延していた年明け、出社するとAさんからアニメの原画撮(Vコン)が届いていた。やっとだ!

Aさんは正月も荻窪のアトリエ兼住居でデスクに向かっていたに違いない。

ライターの静かな火のあかりから、飛び回る火の玉がロゴを照らす。画面の火の動きが実際はどんなアニメーションとして完成するのかはわからない。おそらくこの連載を読んでいる読者が自社や商品のアニメを発注するときにも、出来上がりはイメージできないはずだ。しかし大幅な方針変更がなされたことはわかる。動きはダイナミックになり、いかにもアニメらしい面白さが出てきた。クオリティをあきらめなくてよかった。この案でOKだ。
しかし、本来であれば11月末に完パケしていた予定のモーションロゴだが、年をまたいでやっと原画があがってきた状態である。Aさん自身が説明していたアニメ業界特有の作業の遅れ体質を身をもって感じる。もしあなたが自社でフリーランスのアニメーターに仕事を依頼する場合(特に手描きアニメを選ぶ場合)は、納期にバッファを持つことを強くおすすめする。
その分、アニメーションの制作に立ち会うと嬉しいこともある。正月休みボケも瞬時にかき消されてすっかり仕事のペースが戻った1月中旬には、原画をさらに細かく描いたアップデート版のVコンが送付されてきた。

手ごたえはさらに強くなった。複雑な火のゆらぎを見て、なんとなくジブリ映画『ハウルの動く城』に出てくる火の妖精「カルシファー」を思い出す。Aさんは明らかに作画を楽しんでいるように思えた。「火」という不定形のモチーフを描くのは腕が鳴るのかもしれず、素朴にアニメーターという仕事がうらやましくなる。いいアニメができそうだ。
というのが、前回まで。

20枚ほどの原画が完成したあとは、原画の間を繋ぐ「動画」を外注するフェイズになる。作業者が変わることで、よりアニメの制作体制についても深堀り出来るだろう。何より、やっと多忙極まるAさんの手が(いったん)離れる!

しかし、それから―――制作はさらに遅れた。

オフショアの真実

ムービーを構成する150枚の動画は、中国の動画会社に外注する予定になっていた。それが、原画作業が遅れたせいで恐れていた事態に突入した。「春節(旧正月)」期間だ。
今年の中国春節は1月22日。その周辺、動画の受注はもちろんストップする。制作の一部をオフショアに依存する日本のアニメ産業にとって避けて通れないスケジューリングミスだったのだが、そこでAさんがとった行動は「自分で描く」だった。中国に発注するには細かく指示を決めなくてはならず、たしかに面倒だ。であれば150枚くらいなら自分で、という判断。気持ちはわかるし春節はどうしようもない。しかし「また遅れる…」という予感があった。もちろん一枚一枚描くアニメに時間が必要なことは理解できる。しかしAさんはこだわりが強く、さらにAさんを取り巻く他のアニメ現場も遅れがちという状況であり、それは――。
そこから1か月。もういくつ寝ると…という日々が続いた。
結局、動画が上がってきたのは2月中旬。春節明けの中国の外注に頼んでも同じくらいの期間がかかった。
あがってきた動画は、結局Aさんは自分で描きたかったのではないか、というほどの緻密さだった。
もちろん作業費である【動画 ¥600×150枚=¥90,000】はAさんの収入になる。

動画はさらに良い感じだ。動きを作れるということは素直にすごいと思う。これが1枚600円であるということにも改めて驚いた。そして、動画マンは1枚300円で描く場合もあるそうだ。すべてオーダーメイドの絵である。私たちはいかにアニメを大量に消費し、そして顧みていないのだろう?
これから動画は、「仕上げ」から「撮影」を経て完成に近づく。火の玉の動きが11秒目あたりで抜けているが、これは「撮影」時に動きがつながる部分だという。
早速、スタッフミーティングに同席させてもらった。やっとだ、やっと……他のアニメ業界人に取材できる。

「彩り」と「映え」

2月下旬。動画をもとに「仕上げ」と「撮影」のスタッフさんを交えミーティング。仕上げのDさんは女性、撮影のEさんは男性で、ともに20代、Aさんとは旧知の仲という感じだ。以前に背景のBさん、音響のCさんを交えてのミーティングのときにも感じたが、Aさんがつくるチームにはクラブのような親密さがあり、コミュニケーションにも遠慮がなくて心地よい。
簡単に言うと「仕上げ」は色塗り、「撮影」は画面に効果をつけることだ。撮影はもともと、文字通りセル画をカメラで撮っていく作業だったが、現在はアニメ制作がデジタルに移行したことでカメラを使わなくなり、画面のエフェクトと合成など全般を指すようになった。工程としては制作の後半にあたるが、色も効果も作品の世界観を統一するうえで欠かせない。

さまざまな映画や絵画の部分を見せつつ、火の光の表現を話し合っていく。Aさんが描いた火はどのように変化していくのだろうか。

打ち合わせがひと段落した後に、お値段事情も含め「仕上げ」と「撮影」の実情を聞いた。

『電脳コイル』 色彩設計:中内照美 氏
「仕上げ」の上に「色指定」、その上位に「色彩設計」がいる。正社員の場合、ポストによる昇給はほとんどない。「仕上げ」の単価は一枚換算で数える。一枚80円だとひどく安い。150~200円あたりが普通だという。

 

『鬼滅の刃』撮影監督:寺尾優一 氏(ufotable)
「撮影」の上に「撮影制作」と「撮影監督」がいる。色がついていないコンテをラフ的に撮影する「線影」の単価は秒単位。120円~200円/秒くらいが普通だという。最終画面の処理を施す撮影「本撮」はケースバイケースだが、秒単位に直すと1000円/秒というところ。

意外だったのだが、「仕上げ」「撮影」とアニメーターでは結構体制が違う。仕上げと撮影は、若干正社員が多いのだ。これは業態の違いで、設備の違いだ。簡単な描画ソフト、または紙とペンがあれば成り立ってしまうアニメーターに対し、色彩と効果はソフトの導入が必須となる。人件費と設備投資費のバランスがアニメーターとは異なるため、「仕上げ」と「撮影」は一般的な正社員レベルまではいかないが、安定しやすい。年功序列での昇給もあるという。
しかし、仕事時間まで安定しているわけではない。徹夜もあるし、設備がある場所でしか仕事ができないぶん、家に仕事を持ち帰れない場合もある。Aさんのように、体一つで複数のスタジオを飛び回るようにはいかないわけだ。
そして、「仕上げ」と「撮影」の安定をおびやかすものもアニメーターだ。無数のフリーのアニメーターの管理が上手くいかず、スケジュールは押していく。そのしわ寄せが一気に来るのが、どうしても「仕上げ」と「撮影」のフェイズになってしまう。それを吸収する体力を持っていることが重要なのだ。頭が下がる。
「仕上げと撮影はアニメの良心ですからね」
とAさんが言った。
「どういう意味ですか」
「作画がどんなにスケジュールを押しても、仕上げと撮影は絶対に遅れないっていう意味です」
Aさんは”作画より前の工程は必ず遅れる”という前提で生きていることがはっきりわかる発言だった。
Eさんに「作画に対して腹は立たないんですか?」と思わず聞いてしまったが、「まあ、こだわりますからね、しょうがないですよ」と、おっとりと返された。この「こだわる」ことへの信頼はいったいなんなのか? ていうか、仕上げだって撮影だってこだわってるだろう。

いま、DさんとEさんはフリーだ。数か月前まで制作会社の社員だったが、ふたりとも体調を崩し、退職した。
アニメ業界ではしっかりと仕事をしてきたが、業界に戻ることは、いまのところ考えていないそうだ。

次回は、いよいよ完パケに向けての最終調整をレポートする。はたして完成するのか。

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