アニメのお値段事情 〜モーションロゴ編【2】〜

第2話:お金とクオリティ
現在の見積もり(11月1日時点)
合計:¥370,000(税別)
尺:15秒のジングル制作
内訳:
【コンテ ¥30,000/15秒】
【演出 ¥50,000/15秒】
【原画 ¥20,000/1cut】
【動画 ¥600×150枚=¥90,000】
【仕上げ ¥500×150枚=¥75,000】
【背景 ¥15,000×2枚=¥30,000】
【撮影 ¥1,000/秒×15=¥15,000】
【音響:必要音源数あたり ¥10,000×3=¥30,000】
【色検査:設定数あたり ¥10,000×3=¥30,000】納期:11月末

【11月1日・初回スタッフ打合せ後】

打合せの後、演出のAさん、背景のBさん、音響のCさんとケムール編集部でラーメン屋に入った。麺がのびないように急いでかきこみながら、アニメ関係者のお金について愚痴でも聞いておくのも良いと思ったからだ。
カウンターの隣に座った演出のAさんは監督を目指している。20代後半の青年、色の抜けたレザーブルゾンを着て、なんとなく夢を追う一昔前のバンドマンというような風体だ。荻窪駅に住んでいるという。
Aさんは監督になってどうしたいのか。
「自分が本当に信頼するスタッフだけを集めてアニメをつくれる監督になりたいんですよ」
劇場長編大作をつくりたいとか、あるいは憧れのアニメ監督の名前でも出るのかと気になっていたが、わかるようなわからないような答えだと思った。アニメというのは信頼できない相手と仕事をするのか? まぁ、だいたいの仕事はそんなもんだとも思えるが。
へえー…とうなずきながらAさんの話を聞き続けた。
薄給、長時間労働。好きなことを仕事にしているゆえの、ワーキング・プア。
悪名高いブラック職場の実態を当事者の口から聞けるのでは…という野次馬な気持ちがあった。
ところが、具体的な収入こそ言い出さなかったが、Aさんは同年代の会社員と同等以上に稼いでいた。この原稿を書いている編集部の私(30代後半・男性)よりも。正しく経験を積めば、監督やプロデューサーのような作品の旗振り役といえるポジションにつかずとも、アニメは十分に稼げる仕事なのだ。
しかしというか、そのかわりというか、労働量はすさまじかった。Aさんが担当しているアニメの「演出」は広範囲にわたるが、基本、絵は描かない。今回のモーションロゴでは原画も担当するが、それは正しくは「原画マン」の仕事。
簡単に言えば主な演出の仕事は「チェック」になる。代表的なチェックは、レイアウトが絵コンテとずれていないかひたすら照らし合わせ、食い違っていれば修正指示を出すこと。ほとんどのアニメの制作現場ではレイアウトは複数の原画マンに分けて発注され、シーンごと、あるいはキャラごとにバラバラに集まってくる。その数は1話30分でおよそ300カット、中には指示と違う絵が描かれてしまったものが混じっているという。
カットの切り替わりで、キャラの顔の向きが違う。上がっていたはずの手が下りている…なんて間違いはわかりやすいが、演出はもっと細かく見てアニメの世界観を漏れなく表現できているか管理していく。監督以下、現場が目指す作品の仕上がりをイメージし、感性を研ぎ澄まさなくては正確に直すことはできない。そして、チェックの所要時間はなかなか見積りにくい。Aさんが主な稼ぎ先にしているテレビアニメは決してスケジュールをずらせないため、時には平日も休日もなく、複数のスタジオを渡り歩きながら、合間に自宅で作業する日も出てくる。眠れるのは深夜か、それとも朝になるか、ベッドに倒れこむかデスクに突っ伏すか…もちろん毎日毎夜、そんな状況ではないと言っていたが、そんな激務のなかでケムールのアニメを作り、見積もりまで公開するというのは、すごい根性だ。
だが意外だったのは、Aさんの愚痴というか不満は、「ギャラ」にも「労働時間」にも向いていなかったことだ。問題なのは、いまのアニメの「制作体制のゆがみ」だという。これはお金にも関わりそうな話だ。
この制作体制については日を改めて話を聞くことにして、その夜は解散にさせてもらった。いつのまにかラーメンのドンブリは空になり、緊急事態宣言の余韻がまだ残る店の暖簾はしまいこまれていたから。
店外でAさん、Bさん、Cさんはまだ空いている居酒屋を探して呑もうかと話していた。吞んだ後はまた作業に戻るのかもしれない。
別れ際、Aさんに気になっていたことをきいてみた。
「監督を目指しているってことですが、憧れのアニメ監督というと誰ですか」
Aさんは間をあけずに答えた。
「今敏さんですね」
そのわけは、後日わかることになる。

 

今 敏(こん・さとし)
アニメーション監督、漫画家。1963年、北海道釧路市出身。劇場作品は『PERFECT BLUE』(1997年)『千年女優』(2002年)、『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)、『パプリカ』(2006年)、テレビアニメ『妄想代理人』(2004年)など。新作『夢みる機械』準備中の2010年8月24日に膵臓癌で死去。享年46歳。(画像出典:narrativeinart.wordpress.com

アニメ現場の理想と現実

それから数日たった11月某日、納期まで3週間あまり。Aさんから連絡が入った。
「Vコン」を見てほしいという。早速編集部に来てもらうことに。どうなっているのか心が躍るが、「Vコン」が何なのかよくわかっていない。
もうひとつ楽しみなのが、先日Aさんが言っていた「アニメ業界の制作体制のゆがみ」だ。
先にこの話を聞いた。


Aさんが書いた制作体制図

アニメの制作体制については多くのメディアで紹介されているので、ここでは要点をおさらい。テレビシリーズ(放映期間3か月・13話構成)アニメの本編はこんな流れで進行する。
※アナログ・デジタルで絵を描くアニメーション作品の場合。3DCGアニメは別工程となるため今回は取り扱わない

【プリプロダクション(プリプロ)=内容と設定を決める】
①企画(例:SFで群像劇、原作を決めるetc.)&スタッフ配置・予算の割り振り
②プロット(あらすじ)→シリーズ構成(プロットを13話に割り振るetc.)
③シナリオ(脚本)
④キャラデザイン&ストーリーボード&美術ボード(いわゆる設定。キャラ・風景などをどのように描くか規則を決める)
⑤絵コンテ(シナリオと設定に沿ってカット数・尺を決める)

【プロダクション=作品の素材を作る】
① レイアウト(カット=場面の下書き)※1話ごろ300枚程度
② 以下、A.B.Cの作業をほぼ同時進行
A-1 原画(動画の要点を書いた絵を描く)
A-2 動画(原画と原画の間を描く)※1話ごと総計3000~4500枚程度

B-1 背景原図(背景美術の下書き)
B-2 背景美術

C-1 色彩設計(どの色をどの部分に塗るか決める)
C-1 色指定(色彩設定を各カットに適用する)
③  スキャン(手描きの場合、スキャンしゴミなどを取り除く)
④  仕上げ=ペイント(A.動画とB.背景をC.色指定に従って着色する)

【ポストプロダクション(ポスプロ)=素材を組み合わせて完成品にする】
① 撮影(動画と背景を結合し、効果をつける)
② CT編集(1話分の尺に合わせ、つなげる)
③ アフレコ&音響(声・音楽・効果音を作る・録る)
④ ダビング(映像に声・音をつけ、調整する)
⑤ V編集(完成品の最終チェック)

 

V編集を終えた本編は、オープニング&エンディングとつなぎ合わされ、マスターテープに収録。納品となる。

これは、はなはだ簡素化した流れだ。内容と設定を決め、素材をつくり、くっつけて納品。細かい工程は業界用語も含めネットにいくらでも情報が転がっており、調べると楽しい。(ただし本当に細かい)
重要なのは、きわめて典型的な分業体制であること。
そして問題は、とAさんは切り出した。
まったくこの通りに進行しないことだ、と。

まとめるとこうだ。
毎週放送のタイトなスケジュールのなかで進行するには、作業の同時並行が必要になる。しかしそのせいで、無用なスタッフと作業が増え、時間もお金もかかってしまっているというのだ。
編集部も驚かされたその同時並行の具体例をいくつか挙げてみる。

例1:シナリオ

まず、【プリプロ】は文字通り【プロダクション】の前段階だが、【プリプロ】③脚本が13話分完成してから【プロダクション】に入ることは、まずありえないらしい。
ということは【プリプロ】④キャラデザイン&ストーリーボード&美術ボード、⑤絵コンテも順次追いかけてつくることになり、【プロダクション】の指針であり規則である「設定」があとから追加・変更されたりする。
そのため、作業の指示書にあたる【プリプロ】の出口の⑤絵コンテが、どうしてもあいまいにならざるを得ない。
指示があいまいな場合に顕著に負担が増えるのは「チェック」だ。つまりAさんが担当する「演出」の仕事が爆増し、かつ困難になる。当然、作監チェック、監督チェックなども増え、修正・作業差し戻し=「リテイク」が増える。
最初に脚本を上げて設定を固めておけば、その通りに⑤絵コンテを作成して全体で確認、その後はスケジュールを調整しつつ【プロダクション】④仕上げで素材の確認まで一気に進行できるかもしれないが、結局は演出のこまめなチェックによって辻褄をあわせながらリテイクを出してクオリティを担保しつつ、後出しにならざるを得ない設定変更に耐え抜くのだ。

 

例2:アフレコ

困りごとはチェックだけではない。リテイクなどが増えると予定を切りなおしてうまく回さなくてはいけないが、納期以外に絶対にリスケできない工程がある。
【ポスプロ】③アフレコ だ。
アニメの主役級の声優は途轍もなく忙しく、2年先までスケジュールが埋まっている人もいるという。そのため【ポスプロ】②CT編集を③アフレコの前に終わらせなくてはいけないが、間に合わない場合の方が多い。多忙な声優たちは同じ日にスタジオに集まれないため、アフレコ日時が分散し予定が複雑化する。加えて前述のチェック&リテイクに時間が割かれているからだ。
ではどうするのか? レイアウト・原画など、まだ動いていない絵を繋ぎ合わせてアフレコ用の簡素な映像を、スタッフを当てて時間をかけ作成するのだ。Aさんが言っていた「Vコン」(ビデオコンテ)とはこのことを指す。
アニメのメイキングで、背景も色もない、キャラだけのカクカクした映像に声優が声をあてているのを見たことがないだろうか?あれが「Vコン」だ。Aさんによれば、この状況は完全に常態化しており、声優の多くは「Vコン」を見ながら完璧な演技ができる。そのかわり【ポスプロ】②CT編集が終わって口の動きができあがった動画にはうまく声を合わせることができない人もいるという。
ここまでくると、Aさんが最初に説明してくれたあるべき制作体制はもはや原型をとどめていない。

 

例3 その他

こうした工程のひっくり返しが随所で起こり、さらに細かい作業を増やす。【ポスプロ】③アフレコで声を先に録っている場面では、【プロダクション】A-2 動画が声に合わせて動きをつくることに。ややこしすぎる。
臨場感を支える効果音の作成も止まってしまう。動きも色もない「Vコン」ではスピード感も素材感もわからず、そんな状態で音をつけるのは無茶だからだ。言われてみれば確かにそうで、「足音」をつけるには「踏み込むスピード」がわかり、「床」と「靴底」の材質がイメージできていなくてはならない。

絵コンテの達人

ほかにも、ほかにも。

Aさんはまだまだ具体例を無限に挙げられそうな具合だったが、よくわかったのはアニメという分業体制はどうもスムーズとは言えないということ、そしてアニメに限らず、スムーズに進行しない体制は余計なお金がかかるということだ。これがアニメの現場が過酷だといわれる要因…とは必ずしも断定できないが、「制作体制のゆがみ」とは言えるのではないか。
それにしても、演出は大変な仕事だ。
続けて、Aさんはアニメ業界の問題として、意外な事柄を挙げた。
「そもそも、ちゃんと絵を描ける監督が少なすぎると思うんですよ」
どういうことだろう。絵が描けないアニメ監督のほうが少ないはずだと思ったが、聞けば、この実感は制作体制の根幹にかかわることだった。
Aさんが言う「ちゃんと絵が描ける」とは、きれいな絵が描けるという意味ではない。【プリプロ】の出口である⑤絵コンテで、【プロダクション】で制作する素材の仕上がりを各作業者がイメージできるよう、的確に情報を伝えられる能力のことだったのだ。
たしかに絵コンテは分業の品質を左右する「指示書」であり、それはプリプロの結実と呼べるものかもしれない。
そして、前回の打ち合わせ後のラーメン屋でAさんが「今 敏」を挙げた理由もこの点にあった。


「今 敏 絵コンテ集 パプリカ」より(画像:amazon)

これが今監督の絵コンテ。
今監督は漫画家出身だが、画力だけではなくまさに「時間」が書かれた設計図という感じだ。
絵の緻密さに圧倒されるばかりでなく、尺、演技、音、効果まで簡潔に網羅的に書き込まれ、【プロダクション】の各工程を細部まで見通したうえで書かれているのは素人目にも明らかだ。
絵コンテの指示をカットごとに細分化したものが「レイアウト」だが、今監督の絵コンテは極めて情報量が多いため、コマを拡大コピーするとそのままレイアウトとして使えるらしい。このように工程をすっ飛ばして時短までしていたのだ。
死後なお世界中のクリエイターに影響を与える今監督のアニメは、この完璧な絵コンテあってこそだろう。そのうえ、さらにクオリティを高めるための最強のスタッフを今監督は集めることができた。
「自分が本当に信頼するスタッフだけを集めてアニメをつくれる監督になりたいんですよ」
というAさんの言葉を思い出した。
それがいかに難しいことかも想像できるのだが。

Vコン鑑賞

アニメの現場をきいたところで、いよいよケムールのモーション・ロゴに話が移った。「Vコン」である。

鑑賞前に、Aさんの絵コンテをおさらい。

フリント式のライターの光。
光を際立たせる闇の表現は、前回はただの真っ黒な空間にしか見えなかったのに、背景が3枚作成され、重ねて雰囲気を出すという。背景のBさんが用意した素材を見せてもらった。


煙や羊皮紙のような質感を重ねるのか。実際に使用する際にはもっと明度を落として使うという。思いもよらず手が込んでいる。
そして、Aさんがレイアウトを作成して動きをつけたVコンがこちら。

ライターが発火石を擦る音も録り下ろしてある。オマージュとなったジョルジュ・ラ・トゥールが生きた時代を意識したBGM。
アニメ現場にかける熱い話をきいたあとだからこそ、何度も繰り返し再生して、見返してしまう。
そして決めた。

「ライターの火は、これでいいんですか」

ケムールの運営会社であるライテックのフリントライター。その炎はケムール編集部は数え切れず見てきた。だからこそ違和感があった。この炎の表現は悪くはない気がする。でもライターの炎は、もっと静かだ。
このVコンを承認すれば、いよいよ動画のフェイズ。Vコンを仕上げて確認に持って来たAさんに対し、われわれも真剣に判断しなくてはならない。
そのうえで、これは「リテイク」だ。
再見積もりも覚悟しなくてはならない。納期が延びてもいいからと伝え、炎の表現がこれでいいのか話し合った。Aさんが出した案はこうだった。
「B案と合体させたい」



ライターの静かな炎から始まり、動きの大きなアニメーションに移行する。そして、BGMはなし。発火石の音が響くだけにするというアイデアだった。
思ったより大きな変更となってしまったが、やりとりのなかで編集部でも新たな取材の糸口をつかんだ手ごたえがあった。
次の仕上がりを待つより、Aさんが実際に原画を描いているところを見てみよう。

 

次回は、Aさんの仕事場にカメラを入れる。「こだわり・クオリティ・金額」という、クリエイティブに必ずついてまわるテーマに密着するので、お楽しみに。

 

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