吉田悠軌の怪談一服~「怪」と「けむり」の歴史を追って【guest:川奈まり子】

怖い話、不思議な話、怪しい体験談。
”怪談”
それらを集め・語り・書き・生活の糧とする特殊な職業がある。

ーー”怪談師”

その仕事の実態を当連載の著者である怪談師:吉田悠軌さんとともに実践的に明らかにするYoutube&記事連動シリーズ。

第1回目は木根緋郷さん(怪談の根っ子)

第2回目は高田公太さん(オカさん)。

第3回目は田中俊行さん&下駄華緒さん(不思議大百科)。

と、毎回怪談師のYoutubeチャンネルに吉田悠軌さんが突撃してきたが、4回目のお相手は…この方。

川奈まり子さん。

著書は怪談本の単著だけで10冊を超える業界指折りの書き手。イベント出演も活発。収集した実話怪談は約5000話という、圧倒的男性多数の怪談界において「女王」の貫録を持つ怪談師だ。
その拠点であるYoutubeチャンネル「川奈怪談」に、吉田さんとお邪魔してきた。

ーーでは、怪談を一服いかがですか。

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■怪談界の”女王”初コラボ

川奈先生がYoutube「川奈怪談」をはじめたのは2022年4月。動画は週3回更新で、およそ10分から長ければ1時間を超える長尺の怪談をじっくり聞かせる。
いままでのゲストのチャンネルからもわかるとおり、怪談は十人十色の多様な手法をもつ。そのなかで「川奈怪談」は「怖い話」の王道といえる、カメラと一対一の“ひとり語り”を貫いてきた。

ということは。
そう…今回の「怪談一服」が初のコラボ動画なのだ。

正直ケムールが相手でいいんですか? と思わないでもないが、それもこれも吉田さんの存在感あってこそだ。

”いつの日か吉田さんをゲストにおむかえできるように弊YouTubeを育てたいと思っておりましたが、まさかこんなに早く実現できるとは思っておりませんでした。”

ーー川奈先生より

嬉しすぎます…! メディアとしてこんな光栄なことはない。

■5000話のうちの5話

収録当日。

川奈先生のスタジオは渋谷・道玄坂周辺の「百軒店」といわれるエリアにあった。もともとは大正期に開発された、飲食店・ラブホテル・老舗のストリップ劇場・クラブなどがひしめきあうように建つ街並み。歓楽街のそばにあってひときわいかがわしい雰囲気を漂わせるこの一帯は、渋谷区による再開発が発表されたいまでは少しはかなげな空気も漂う。
前回の「不思議大百科」でお邪魔した収録スタジオは散らかり放題の「男子の魔窟」みたいな場所だったがーー川奈先生の拠点として案内されたのは、こぎれいなマンションの一室だった。
グリーンバックの前で撮影がはじまる。

驚いたというか納得したというか、川奈先生が集めた5000話のなかで「たばこ」にまつわる怪談は5話ほどしかないと知った。5000話もすごいが5話もすごい。それほど希少でニッチなテーマである(吉田さんが「怪談一服」でタバコ怪談を20話も書いているのがどれほどありえない仕事かわかるだろう)。
ムリを言ってしまったか…?

しかしカメラが回るや、煙草を喫わないふたりのトークは一気に2時間弱ノンストップ、動画も3本に分けて更新するほどだった。

▼コラボ動画『川奈対談』

 

 

やりとりはいかにも手練れの仕合という感じ。実話怪談そのものを語るにとどまらず、自身の怪しげな経験から歴史的考察まで及ぶ。
いままでの企画ではフザケ倒してきた雰囲気のある吉田さんだが、今回の「川奈怪談」コラボでは膨大な怪談知識を感じざるをえなかった。

■”四谷怪談”を蘇らせる

…というのも、川奈先生と吉田さんの仕事は、怪談の収集と披露だけではない。その背景をくわしくリサーチして「怪談とは何なのか」まで迫る。きわめて「研究家」肌の怪談師なのだ。
その活動により「怪異怪談研究会(Society for the study of The Weird and the Mysterious Tales)」という“学会”に所属しているほどである。

近代に生じた文化規範の変化を意識しつつ、江戸から近現代における怪異へのまなざし、怪談に集約された物語の内実を問う研究団体。ーー怪異会談研究会HPより

大学で例会を開き、会員には教授もいるというマジなアカデミア。べつに勉強しているから怖い話が語れるというものではないが、バックグラウンドの厚みが違う。
そうした蓄積から、ふたりは「怪談研究」の性格を濃厚に含む著書を出してもいる。

吉田悠軌『現代怪談考』(晶文社)

川奈まり子『眠れなくなる怪談沼』 実話四谷怪談(講談社)

川奈先生は「お岩さん」で有名な「四谷怪談」を詳細な取材によって読み解いている。だからこそ「タバコ」という珍しいテーマを与えられたとき、そうした「怖い話」が生まれた当時の想像にまで話が及んでいったのだ。お岩さんが生きた時代、タバコはひとびとにとってどんな道具だったのか…というように。

その模様は動画で堪能していただくのが一番だ。かわりにケムールの記事では、トークの中で見いだされたいくつかの「煙草と怪異」の疑問について独自に調査してお届けする。
これを読めば「川奈怪談」コラボをより楽しめるはずだ。ではどうぞ。

■「お岩さん」がいた時代のタバコ事情


『東海道四谷怪談』歌川国芳・1836年
画像出典:文化庁デジタルライブラリー

女性の情念・復讐ものの古典『四谷怪談』。といってもどこまで時代をさかのぼればいいのか。有名なのは鶴屋南北の『東海道四谷怪談』(1825年・文政8年)だが、そのネタ元になったのは『四谷雑談集』(1727年・享保12年)である。じつは2作には約100年の差があり、おおもとの事件は元禄年間(1688年〜1704年)に起きたとされる。

では元禄年間、タバコはあったのか。『たばこの事典』(たばこ総合研究センター刊)には…

天生4年(1576)の年記をもつ『越後国三島郡出雲崎村御水帳』中に「たはこや吉左衛門」という名が見られるが、本資料をめぐっては、宝暦年間に偽物として扱われて以来、たびたびその真偽が論じられてきている。

とある。

おそらくタバコは16世紀周辺にオランダから薬草のようなかたちで伝来しているのだが、年代に諸説あって、日本に伝わった時期ははっきりわかっていない謎の存在だ。
ガチそうなのは京都・相国寺に伝わる日記『鹿苑日録』の文禄2年(1593年)のある日の記述に『烟草携之』(タバコを持ってきた)という言葉が出てくる。僧侶の界隈ではタバコが便利な贈り物だったようだ…つまり四谷怪談の時代の日本にはすでにタバコがあった!!

吉田 『四谷怪談』の当時、タバコはけっこうナウい存在だったのかもしれません。戦国時代にはすでに輸入されたと言われていて、そこから数年で広まったようですが、ブームになって庶民も喫うようになったのは江戸時代に入ってからだと思うんですが。ーー「川奈怪談」コラボ動画より

と、吉田さんも予想していたが文献ではどうだろう。イギリス商館長リチャード・コックス氏の1615年8月7日の日記にこんな内容の記述がある。

日本人が男も女も子供までもが、このハーブを吸うことに夢中になっているのは見ていて不思議だ。しかもそれが初めて用いられるようになってから10年も経っていない。ーー『たばこの事典』より

「男も女も子供もタバコに夢中」はさすがにヤバい気がする。たしかに伝来から数年で日本でタバコが流行している…

喫い方はどうだろう。現在のような紙巻きタバコは存在しない。「キセル」である。


きせる(江戸初期~幕末)
出典:たばこと塩の博物館

1661年の『羅山文集』には「陀波古希施婁」という項がある。ふりがなは「たばこきせる」(読めるか!)であり、すでに「キセル」と呼ばれる道具が存在した。
いっぽうで1692年(元禄5年)の『本朝年鑑』では、

藩の商人が、葉を巻いて篳篥(ひちりき)のような甬(よう=カタチ)に作り、広い処を指にはさみ、狭い処を吸うて火を吹くと、煙はたちまち口に満ち、

とある。これはタバコより「葉巻」に近い。道具を使わずに葉っぱを巻いて直に喫っている。
つまり、お岩さんが生きていたとされる元禄年間は、葉巻っぽい吸い方も残っているなかで、キセルという道具も普及してきた過渡期の時期なのだ。
『敵討乗合噺 四代目松本幸四郎の肴屋五郎兵衛』
『松本米三郎のけはい坂の少将実はしのぶ』
東洲斎写楽 寛政6(1794)年 画像出典:JT

キセルの普及が怪談になんの関係があるの? と思うかもしれない。大ありだ。「たばこ商人」というキャラクターが活躍しはじめるのだから。

■たばこ商人という謎の存在

川奈 江戸の煙草って、葉っぱを細かく切るようになってからすごく流行ったってきいたことがあるんですけれど。ーー「川奈怪談」コラボ動画より

「たばこ商人」とは、その名の通りタバコを仕入れ、喫える状態に加工して店や路上で売る職業である。

キセルにはそのままのタバコ葉は入らない。千切りにした葉っぱを指で丸薬のように丸め、小さな火皿につめる。そして江戸時代、この「タバコを刻む」技術がめちゃくちゃに発達した。細く刻むことで喫味はマイルドになり、さらに微妙な味のブレンドができる。「刻んで混ぜる」ことでもっと美味くなる。

※当時のタバコ屋の仕事 出典:たばこと塩の博物館

タバコ商人は腕を競うようになり、ブランド産地、銘柄が誕生。「男も女も子供も夢中」なタバコブームを背景に、17世紀後半には日本刀を応用した「タバコ切り専用包丁」が考案。

※タバコ葉を細く千切りにするための「たばこ包丁」出典:刃物店「源利平 山東」 

その結果、江戸後期には「こすり」と呼ばれる、髪の毛の太さ(直径およそ0.1mm)の極細刻みが可能に。世界で日本にしかない特殊技能だ。

そして、タバコは職人の花形のひとつになった。マジか。

特にお岩さんの時代どんぴしゃの元禄年間、タバコ商人の人気ぶりを示す一例がある。

元禄8年(1695年)、彦根城下53町中39町の上位商人は489軒で、うちタバコ屋95件、刻み屋14軒があり、全商店の22%を占めている。

出典:近世におけるタバコ作の展開 -岡光夫  同志社大学学術リポジトリ

一部地域の記録とはいえ、流行りすぎである。繁華街の店の5件に1件がタバコ屋だったらと想像してほしい。異様な光景だ。

煙草を売る商人の掛け声を記した本まで残っている。

申すもおろかこの商人(あきんど)江戸じゅう売りつけの上々たばこ十匁で ゆみや八文掛け値なし(…)五匁めせば五千年 十匁めせば一万年 東方朔が煙草盆 浦島太郎が煙管筒 三浦の大介百六つくりと 喫みのよい極上たばこのやん安売り 老若男女のなぐさみ草 命を延ぶる薬とて長命草とも申すなり… 

ーー「せりふ本 たばこうり」(1718年)※ケムール編集部にて抜粋・整形
こんな感じで、口上をのべながら売り歩いていた。
この強烈な存在感を放つタバコ屋が物語に登場しないわけはない。歌舞伎・狂言などに「たばこうり」が登場。
そして…四谷怪談にも。

川奈 実は『四谷雑談集』には「たばこ商」が登場するんですね。お岩さまが田宮家を伊右衛門とお花の旦那の計略によって追い出されてしまう。すこし離れた旗本屋敷に住み込みで働くようになるんですが、そこへ行商人の「たばこ商」がたずねてくる。「お岩さん、こんなところでお目にかかるとは。あなたにはこんな良からぬ噂が立っていて…」と教えたことで、お岩さんが「だまされた!」と気付いてしまう場面なんです。
吉田 そうした地域の事情やゴシップに通じている職業として、当時リアリティがあったんでしょうね。 

お岩さんの復讐劇のきっかけを与えるのが、他ならぬタバコ商人なのだ。

さらに、こんな有名な怪談にも登場する。

川奈 じつは三遊亭圓朝の怪談噺「真景累ケ淵」。ここにもタバコ商が出てくるんです。

真景累ケ淵…親子3代にわたる因果因縁をめぐり繰り返される殺人と呪いを描く。全97章の長大な落語であり、メインストーリー「豊志賀の死」は1793年が舞台。年の差の恋&浮気&嫉妬+先祖の霊障が降りかかるトラウマ展開。 書籍リンク(角川ソフィア文庫)

「豊志賀の死」の人物相関図

出典:朝日トラベル

川奈 新吉は預けられているおじさんがタバコ商で、タバコを売りに行った先で豊志賀と出会い、ねんごろになっていくんです。


吉田
 やっぱりそういう役割なのか。営業トークのようなもので取り入って、嗜好品を売っていく。
川奈 どうして新吉の職業をタバコ商にしたのかと思うと、そこにはタバコの持つマジカルなニュアンスがあるのかも知れませんね。

異の陰にタバコ商人あり。江戸期のタバコブームが生み出した「タバコ商」は怪談では外から悪い知らせや事件をもたらし、人間の業を露出させる役割でもあった。
嗜好品であり、薬であり、どこか不穏な存在でもある日本独自の文化「たばこ」。むかしのタバコには現在と違う力があったのかもしれない。

本記事では、あまり知られていない江戸期のタバコを紹介した。もちろん動画のなかでは現代の実話怪談まで広く話されているので、どうぞ聞き逃さないように!

■出演者プロフィール

川奈まり子(かわな・まりこ)…作家。YouTube「川奈怪談」の語り部。最新作は『眠れなくなる怪談沼 実話四谷怪談』。『家怪』、一〇八怪談シリーズ、実話奇譚シリーズ、『八王子怪談』『東京をんな語り』 など著書多数。日本推理作家協会会員。
Youtube:@KawanaKwaidan 
Twitter:@MarikoKawana
instagram:@kawanakwaidan 

吉田悠軌(よしだ・ゆうき)1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、オカルト、怪談の研究をライフワークにする。著書に『現代怪談考』(晶文社)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『恐怖実話 怪の遺恨』(竹書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、『一行怪談(一)(二)』(PHP研究所)など多数。
Twitter:@yoshidakaityou 

■いままでの『怪談一服』ゲスト回

吉田悠軌の怪談一服~怪談師ふたりが同じ怪談を語ったら?【guest:木根緋郷】

吉田悠軌の怪談一服~実話怪談を『書く』技術【guest:高田公太】

吉田悠軌の怪談一服~怪談Youtubeのスタジオ潜入【guest:田中俊行・下駄華緒/不思議大百科】

■追記:煙草の煙はなぜ「紫色」なのか

さいごに、ふたりのトークの中でつぶやかれた「ある疑問」について。

タバコのけむりのことを「紫煙(しえん)」というけど、どうして「紫色」なんでしょうね?

そういえばなんでだろう…。

これについて調べてみたが…はっきりとはわからなかった。
たしかにタバコの煙は「青紫っぽく見える」ことがある。特に「タバコの先端から上る煙」だけが「青い」。口から吐いた煙は「白い」のだ。喫煙者なら見覚えがあるだろう。

これはタバコの粒子がむちゃくちゃ小さい(200~500ナノメーター)かららしい。光は極小の粒子を通過するとき、波長の短い青色が強く散乱する。つまり青く見える。これを「レイリー散乱」といい、空が青いのと同じ仕組みらしい。(口から吐いた煙は粒子に水蒸気がついてデカくなるためレイリー散乱が起きず、青くならない)
だから「紫」なのか。

うーん…なんか…面白くない。
そこで「紫煙」という言葉を思いっきり時代を遡って調べてみた。すると…9世紀の詩人・李白の漢詩には「紫煙」という言葉がすでにいくつも登場していた。


日照香爐生紫烟
遙看瀑布挂前川。
 飛流直下三千尺、
 疑是銀河落九天。

ーー望廬山瀑布 二首其二


爐火照天地。紅星亂紫煙
赧郎明月夜。歌曲動寒川。

ーー 秋浦歌十七首其十四

この二つの詩では、「紫烟/紫煙」はタバコと全然違う意味を持っている。

「①早朝、山に靄が出ている様子」「②霞がかかったように星いっぱいの夜空」だ。紫煙はもともと、霞や靄などを美的に表現する言葉のようだ。それがいつのまにか、日本ではほぼ「タバコ」だけに使われる言葉になっている。

タバコが漢詩の「紫煙」を受け継いでいるとしたら何故なのか…ケムール的には最大の謎が生まれてしまった…。

・・・・・「怪談一服の集い」募集のお知らせ・・・・・

ケムールでは、「一服の時間」にまつわる怪奇な体験談を募集します。お寄せいただいた怪談は、「怪談一服の集い」として随時掲載させていただきます。

「怪談一服の集い」

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【ご投稿条件】
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