007は喫煙の番号~60周年!歴代ジェームズ・ボンドをタバコで掘りまくる~【シガレット・バーン/映画的喫煙術】

愛煙家ならもちろん、煙草を吸わない映画ファンにも、心に火を点けた魅力的な煙草の名場面があるはず。銀幕を彩った紫煙の名シーン・名優・名監督を紹介する「最強のスモーキング・ムービー・ガイド」です。
今回のテーマは日本公開60周年を迎える「007」シリーズ!!

出典:PressWalker

© 1962 Danjaq, LLC and Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

映画史に残るキャラクター、ジェームズ・ボンド。不朽の名シーンと名ゼリフで彩られたボンドは、初代【ショーン・コネリー】から六代目【ダニエル・クレイグ】まで、表情や仕草から身に着けるものひとつひとつが最高にスタイリッシュ。
ピストル・時計・車・スーツ…ボンドを象徴するアイテムは数多くありますが…タバコを忘れていませんか?
シガレット・バーンでは「ボンド」と「煙草」を徹底特集します!歴代ボンドの傑作タバコシーン、タバコを使った暗殺兵器。禁煙したボンドは誰?

ーーきっとあなたの知らない007。喫わない方もお楽しみください。

文・小玉大輔
レンタルビデオ業界を退いた後、『キネマ旬報』等雑誌、WEBでの執筆やTwitter (@eigaoh2)で自分の好きな映画を広めるべく日夜活動している70年代型映画少年。Twitterスペースで映画討論「#コダマ会」を月1開催。第2代WOWOW映画王・フジTV「映画の達人」優勝・映画検定1級・著書『刑事映画クロニクル』(発行:マクラウド Macleod)

ケムール編集部にて

「今年は007シリーズのメモリアルイヤーですよ!」
「そう! 第一作「ドクター・ノオ」(初公開タイトル『007は殺しの番号』)の日本公開60周年を記念して、選りすぐりの10作品を4Kリマスターでやりますねん」
「当然、観に行くんでしょ?」
「ショーン・コネリーやレーゼンビーの007は劇場で観てませんからね、ワクワクですわ」
「ということで今月のシガレット・バーンは“007/ジェームズ・ボンドとタバコ”で一席お願いします」
「よぉ、待たされましたなぁ!日本映画が好きすぎるトニー・ステラ画伯も本コラムの扉絵にしっかりショーン・コネリーの007を描いてくれてはるのに、いつまでたっても書かせてくれへんから、やきもきしてましたんやで」
「フフフ…愛煙家のケムール読者も待っていたことでしょう!前代未聞のタバコ縛りの007レビューです!」

ヘビースモーカー、ジェームズ・ボンド

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 1962年に公開された第一作「ドクター・ノオ」から最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」(’21)まで、60年もの間、愛され続けている世界一有名な秘密情報部員、007/ジェームズ・ボンド。

 イアン・フレミングによる原作小説の第一作『カジノ・ロワイヤル』が発行されたのは1953年のこと。

引用元:The Independent

 小説内でのボンドのプロフィールは英国秘密情報部(MI-6)所属の秘密情報部員にして、海軍予備役中佐。コードネーム“007”。この“00”番号は任務中に殺人を許可された者のみに付与されるもので、英国秘密情報部内にはボンドを含めて3人しかいないと言われています。
 明日をも知れぬ非情の世界に生きるボンドの生活は刹那的で享楽的。収入のほぼ全てを高価な飲食、ギャンブル、車、女遊びに費やしています。中でも度を超えているのが喫煙
 二十歳前からタバコを嗜んでいるという設定で、小説の中ではロンドンの老舗タバコ店・モーランド社に作らせたニコチン含有量の多いバルカン葉とトルコ葉をブレンドし、自分の階級章と同じ金筋三本をいれたタバコをオーダーメイドしていました。
 ボンドはこんなヘビーなタバコを50本収納出来る砲金製のシガレットケースに入れ、錆色のロンソンのライターで火を着け、日に最低60本喫煙していたのです。

 植木等の歌ではありませんが、「これじゃ、身体に良い訳ないよ」で、ある時、英国秘密情報部の健康診断で引っかかりました。首筋の痙攣に片頭痛、初期のリューマチの兆候が見られ、血圧は上が160、下が90。ボンドは上司から療養所行きを命ぜられます。
 その結果、一日の喫煙本数は25本に激減。その後も禁煙に努めるのですが、結婚式当日に妻を殺され鬱になったり、その後の日本出張で頭を打って記憶喪失になったり、ソ連に洗脳されたりと散々な目にあってしまいます。
 そしてシリーズ12作『黄金の銃を持つ男』の校正中、原作者イアン・フレミングが心臓発作を起こして56歳でこの世を去ったため、ボンドの禁煙が達成されたかどうかは、分からないままで終わりました。なお、フレミングは一日80本喫煙というチェーンスモーカーだったそうです。
 ちなみにボンドのオリジナルブレンドのタバコはそもそもはフレミングが注文していたもので、モーランド社では“James Bond Special No. 1”として販売していたと言います。但し、モーランド社はフレミングの死後に廃業したので今では手に入れることは出来ません。

引用元:Weird Universe

 さて、こんな愛煙家の鑑のようなジェームズ・ボンドが映画に登場した時、どんな喫いっぷりを見せたのでしょう。原作小説同様、ヘビースモーカーだったのでしょうか?

初代 ショーン・コネリーの場合

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 ロンドンのカジノ。バカラのテーブルに座る黒スーツの男。カメラはカードを配る男の後ろ姿と手しか写しません。男は美女との大金を賭けたタイマン勝負に勝ちます。
 男はシガレットケースから両切りタバコを出し、口に運びます。まだ男の顔は分かりません。小切手に負け金と名前を書き、美女が言います。
「運の良さには感心しますわ。ミスター・・・?」
 この時、カメラは初めて男の顔を捉えます。男はタバコに火をつけながら名乗ります。
「ボンド、ジェームズ・ボンド」
 そしてどこからともなく聞こえてくる「ジェームズ・ボンドのテーマ」の調べ・・・。

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 007 /ジェームズ・ボンドの初登場シーンです。何というカッコ良さでしょう。タバコの火のつけ方といい、名乗る時の表情といい完璧です。この時のショーン・コネリーの仕草を真似ようとし、現実に打ちのめされた男性は過去60年、世界中にどれだけいるでしょう?

 コネリー/ボンドの喫煙姿のカッコ良さは、その態度にあります。事件の関係者からことのあらましを聞く時や、敵から差し出されたタバコを迷わず口にし、当然のごとく火をつけさせる時、コネリーは常に余裕の表情で、堂々としているのです。彼がボンドを演じた1960年代は、今のように喫煙者が肩身の狭い思いをしなくても良い時代ではありましたが、撮影当時、若干32歳の若造だったとは思えぬ貫禄です。

 そんなコネリー/ボンドの喫煙仕草が問題視されたシーンがあります。それは、敵ドクター・ノオが放った暗殺者を射殺するシーンです。

 暗殺者はボンドが眠っていると思われるベッドに向って6発の銃弾を放ちます。しかしそのベッドにボンドはいません。暗殺者の到来を予期して背後に隠れていたのです。ボンドは暗殺者の銃に弾が残っていないのを確認してから必殺の一弾を放ちます。もんどりうって倒れる暗殺者。ボンドはその背にもう一発撃ち込みます。それもタバコをくわえたままで・・・。

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 当時は映画の中で丸腰の人間を撃つヒーローはありえませんでした。それだけでなく、ボンドはすでに絶命している相手に更なる一発を加えたのですから、世の良識派から「過剰な暴力」として非難を受けてしまったのです。タバコを喫うという日常的な行為をしながら、顔色ひとつ変えず、悪役とはいえ人を射殺するボンドは“サディスト”と呼ばれました。
 しかし公開から60年以上経った今となっては、このシーンはジェームズ・ボンドという男のパーソナリティーを端的に表現した名シーンとして評価され、多くの人々の記憶に残っています。だからこそトニー・ステラ画伯は本コラムの扉絵にこのシーンのコネリーを描いたのです。

 原作小説のボンドほどヘビースモーカーではありませんが、インパクト溢れる喫煙姿を披露したコネリー/ボンド。しかし、不思議なことにその後、喫煙数は極端に減ります。第2作「ロシアより愛をこめて」(’63)、第3作「ゴールドフィンガー」(’64)ではそれぞれ一本しか喫いません。これはどうやら、007人気が子供にまで波及したためだと思われます。子供の観る映画のヒーローにタバコを盛大に喫わせるわけにはいかないという判断だったのでしょう。実際に、「ゴールドフィンガー」からはミニカー、ゲームなど子供向けの玩具の販売が開始されます。

引用元:One Source Auctions

 続く第4作「サンダーボール作戦」(’65)ではキューバ葉巻の三大ブランドのひとつ、“ロメオYジュリエッタ”の葉巻ケースが登場。しかしその正体は葉巻ケースに擬態したアクアダイビング用の携帯酸素ボンベでした。

引用元:YourProps.com

 日本長期ロケを敢行したシリーズ第5作「007は二度死ぬ」(’67)では久々にコネリー/ボンドが喫煙します。しかし火をつけるところはロングショットでよく分からず、タバコを吹かす仕草もなし。ボンドの喫煙はうっかりすると見逃すレベルになってきました。しかもこの喫煙シーンでボンドは敵の一味から「タバコは肺に悪いよ」と説教されてしまいます。
 そんな言い草に対するボンドからの異議申し立てでしょうか、本作には命を救うタバコが登場します。それがタバコに仕込んだロケット弾。火をつけて大きく吸い込むと準備完了。ターゲットにタバコを向けると、あら不思議。ロケット弾が発射されるのです。ここまで来るとタバコは大人の嗜みではなくて、子供の玩具です。「ドクター・ノオ」の時のあのイカすタバコ仕草はいずこにって感じですね・・・。

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 これに呆れたのでしょう。第7作「ダイヤモンドは永遠に」(’71)で復活したコネリー/ボンドは紫煙を味わうことをやめてしまいました。
 それは1983年、コネリーが12年ぶりにボンド役に復帰したシリーズ番外編「ネバーセイ・ネバーアゲイン」でも同様でした。敵の親玉が勧めるタバコを断るのです。しかしどうやら喫煙習慣は完全に抜けきってはいないようで、他のシーンでは葉巻を口にしていました。

二代目 ジョージ・レーゼンビーの場合

© 1969 Danjaq, LLC and Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 「007は二度死ぬ」と「ダイヤモンドは永遠に」の間に製作されたのが、第6作『女王陛下の007』(’69)です。
 この映画でボンドを演じたのは、オーストラリア出身で当時、ヨーロッパの男性モデルのトップにいたジョージ・レーゼンビー。演技経験はゼロだったのですが、その身体能力の良さで大抜擢されたそうです。
 子供向けになっていたシリーズを本来の大人のエンターテインメントに戻そうとした本作。当然、タバコを喫うボンドから映画はスタート。そればかりではありません。「ドクター・ノオ」と違って、ボンドがタバコに火をつけても、その顔を見せません。二代目ボンド、ジョージ・レーゼンビーの顔がアップになるのは「ジェームズ・ボンドのテーマ」が流れ、車を駆るボンドの後ろ姿が登場してから3分後。海で自殺しようとしていた女性を救って、「私の名はボンド、ジェームズ・ボンド」と名乗った時です。
 コネリー初登場を遥かに超えるタメです。その後、謎の暴漢と格闘の末、女性に逃げられたレーゼンビー/ボンドは言います。

「別のヤツみたいにうまくいかないな」

 

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 小っ恥ずかしいと言えばそうですが、シリーズの製作者たちがレーゼンビーをコネリーに続く新たなスターにしようと考えていたのがよく分かります。
 映画は過去2作が嘘のようにフレミングの原作小説に忠実に展開していきます。その間、レーゼンビー/ボンドはカジノのテーブルや、冒頭で救った女性の父親である犯罪組織のボスとの面会でタバコをくゆらせます。「ドクター・ノオ」の5本に次ぐ、シリーズ二番目の本数です。このあたりも新ボンドへの期待の表れでしょう。
 本作の隠れた注目ポイントは身分を偽り、敵の本拠地に潜入するボンドがパイプを嗜むこと。ボンドがパイプをくわえたのは後にも先にも本作だけなのです。

 公開当時、期待された興行成績が残せず、レーゼンビーもこれ一作で降板したため、本作はしばらくの間、失敗作という評価を受けていました。しかし今ではその悲劇的な物語と大人の風格がある語り口に評価が逆転。シリーズ屈指の一篇として最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」にも多大な影響を及ぼすに至っています。

三代目 ロジャー・ムーアの場合

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「ダイヤモンドは永遠に」で一本限りの復帰を果たしたコネリーに代わって三代目007を任されたのはロジャー・ムーアです。ムーアは1964年にテレビで007のコントを演じて以来、次期ジェームズ・ボンド役の候補に挙げられていました。実際に「女王陛下の007」「ダイヤモンドは永遠に」の制作時に出演のオファーがされたと言います。
 そんな待望の三代目だったので、襲名第一作「死ぬのは奴らだ」(’73)でのムーアの登場はレーゼンビーのように勿体つけていません。美女を腕枕してベッドで眠っているところが初顔見せです。このシーンで分かるようにムーアの持ち味は軽さ。コネリーよりも3歳年上なのですが、そんな風にちっとも見えないのが凄いです。とは言え初期の頃はコネリー/ボンドのような貫禄や押し出しのないことから「ジェームズ・ボンドが公務員になってしまった」と揶揄されていました。そもそも英国秘密情報部勤務なんですから、公務員であるのは間違いないのにひどい話です。
 しかしシリーズ第10作で、ムーアのボンド襲名第三作となる「私を愛したスパイ」(’77)から軽さと共に、コネリー/ボンドには無かったユーモア感覚が取り入れられ、新たなボンド像を確立。「死ぬのは奴らだ」から「美しき獲物たち」(’85)まで最多7度のジェームズ・ボンドを演じました。

 ムーア/ボンドは「ムーンレイカー」(’79)でシガレットケースを携帯している場面がありますが、先代の二人と違い、タバコを一本も喫いません。その代わりに嗜むのが、葉巻です。ムーア自身が葉巻愛好家だったというのもありますが、一番の理由は先代ボンドとの違いを出そうと考えたのでしょう。
 銘柄は日本でも人気がある葉巻ブランド、モンテクリスト。「死ぬのは奴らだ」では“E-SPECIAL №1”、「黄金銃を持つ男」(’74)では“E-SPECIAL №3”をくゆらせます。とりわけ印象的なのは「死ぬのは奴らだ」です。ハンググライダーで敵のアジトがある孤島に乗り込むムーア/ボンド。これから死が待っているかもしれないのに、空中で優雅に葉巻を味わいます。ムーア/ボンドの持ち味を端的に表現した喫煙シーンと言えるでしょう。

 しかしムーア/ボンドはその後、葉巻を喫うことはありませんでした。その理由はコネリー/ボンドの時と同じです。「私を愛したスパイ」以降、子供の観客がどっと増え、シリーズは家族で楽しめるファミリー・エンターテインメントになったのです。特に007が宇宙で戦う「ムーンレイカー」は「007は二度死ぬ」以来となる、人形などの様々な玩具が発売されました。

引用元:The Toy Box
引用元:Etsy

「美しき獲物たち」の撮影時、ボンドガールを演じた女優の母親が自分より年下だと知ったムーアは年齢の限界を感じて、殺しの許可証を返上します。
 ちなみにこの時のムーアは「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」(’23)出演時のトム・クルーズより年下なのです。

 代わって四代目ジェームズ・ボンドに選ばれたのはティモシー・ダルトン。ダルトンは22歳の時に「女王陛下の007」、ムーアが最初にボンド役降板を表明した「ユア・アイズ・オンリー」(’81)の二度、ボンド役のオファーをされたことがありました。まさに満を持してのボンド役就任でした。

四代目 ティモシー・ダルトンの場合

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 ムーア/ボンドによってユーモアいっぱいの大活劇になっていた007シリーズ。この頃のシリーズは宇宙ロケットが火山の秘密基地から飛び立ち、忍者が大暴れする「007は二度死ぬ」のように現実離れしたものになっていました。
 製作者たちは「007は二度死ぬ」に続く「女王陛下の007」で行ったように、シリーズを初期の現実路線に戻すことにします。ムーアが得意としたユーモアや軽妙な演技が似合わない、シェイクスピア俳優のダルトンもこの路線変更に同意。フレミングの原作小説のハードなテイストを蘇らせようとしたのです。

 そこで手っ取り早い手段が喫煙です。かくてダルトン/ボンドの第一作、シリーズ第15作「リビング・デイライツ」(’87)では、「女王陛下の007」以来18年ぶりにボンドがタバコを喫いました。とは言え、本数は2本だけですが・・・。
 続く「消されたライセンス」(’89)でもティモシー/ボンドは2本喫煙します。本作は日本でも人気の洋モク“LARK ラーク”を販売している世界最大のタバコメーカー、フィリップモリスが劇中で自社のタバコを使ってもらおうと35万ドルを支払いました。その甲斐あって“LARK ラーク”のケースを偽装した爆弾の起爆装置が登場します。

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 2本続けて、久々にスモーカー、ジェームズ・ボンドを観られた、長年の007ファンは何となく嬉しくなりました。しかしエンド・クレジットを観た時、衝撃が走ります。なんと「喫煙は肺癌・心疾患・肺気腫を引き起す、妊娠に悪影響を与える」というタバコのパッケージに印刷されている注意書きが映し出されたのです。
 喫煙に厳しい目が向けられる時代の到来です・・・。

 原点回帰を目指したダルトン/ボンドの2作は批評家からは評価されたものの、ムーア時代のような興行的成功を得ることが出来ませんでした。しかしムーア/ボンドが確立したのは三作目「私を愛したスパイ」から。次のダルトン/ボンドに期待が高まりました。ところがシリーズの著作権を巡る裁判が起きてしまい、シリーズの製作が中断してしまいます。
 裁判が決着したのは数年後。その間にダルトンの契約が終了し、彼は二度とボンドを演じることはありませんでした。しかし、ダルトンが生み出した“ギリギリで生きる”ハードなジェームズ・ボンド像は後にダニエル・クレイグのボンド像に受け継がれていくのです。

 007/ジェームズ・ボンドがシリーズ第17作「ゴールデンアイ」でスクリーンに帰ってきたのは1995年。五代目ボンドを襲名したのは、「リビング・デイライツ」の時、ダルトンと並ぶ候補者だったピアース・ブロスナンです。

五代目 ピアース・ブロスナンの場合

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 タバコの健康への影響が社会に広く知られるようになり、禁煙用ニコチンパッチが医薬品認定され、世界の大都市で公共の場での喫煙が認められなくなった1990年代。
 こんな時代に帰ってきたジェームズ・ボンドは以前のように喫煙することが出来るのでしょうか? 答えは否です。
 ブロスナン/ボンドは「ゴールデンアイ」から登場最終作「ダイ・アナザー・デイ」(’02)までの4作品で一本もタバコを喫いません。喫煙を「不潔な習慣」と原作小説のボンドが聞いたら卒倒することを言い放つのです。
 そのおかげかどうか分かりませんが、「ダイ・アナザー・デイ」で北朝鮮に拉致され、14ヶ月の間、定期的にサソリ毒を注射される拷問を受けても120/80という適正血圧を維持することが出来ました。

 ブロスナンはプライベートでは喫煙者でしたが、シリーズ第18作「トゥモロー・ネバー・ダイ」(’97)頃に禁煙したと言われています。その後、ムーアと同じ葉巻党になり、葉巻雑誌の表紙を飾ったりしています。だからでしょうか、ブロスナン/ボンドが「ダイ・アナザー・デイ」で葉巻の名産地キューバに赴いた時にはしっかりキューバ葉巻を2本、味わっています。

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「喫煙オールOKだった60年代もジェームズ・ボンドってあんまりタバコ喫っていなかったんですね。意外です」
「そうですねん」
「原作小説を読んでいなければ、ボンドが一日に60本喫っていたなんて知るわけないのに、どうして無茶苦茶喫っているという印象なんでしょうね?ブロスナンなんかガンガン喫っていた気がしますよ」
「そりゃ、やっぱり、日本のコマーシャルの影響ちゃいますか?」
「コマーシャル……?」

【SPEAK LARK】 タバコCMを彩ったボンドたち

 1964年、前年のアメリカ発売に続いて日本でも販売が開始された「LARK」。ヨーロッパと韓国で生産されていますが、生産量の半分以上が日本向けと言われています。
 その日本人気の原点は1983年に発売されたラーク・マイルドの大ヒットです。その原動力となったのはハリウッドの大スター、ジェームズ・コバーンを起用したCMでした。
 ということで当時を知る人には懐かしい動画をご覧ください。

 ラークのコマーシャルのコンセプトが007/ジェームズ・ボンドのようなスパイの世界であるのは一目瞭然です。コバーンにそんな役柄をさせたのには理由がありました。彼はアメリカ版007と言われる「電撃フリント」シリーズ(’66、’67)に主演していたからです。この狙いは見事にはまりました。アメリカ映画ばりにお金のかかった映像の最後で、コバーンが歯をニッと見せて放つ「SPEAK LARK」という決め台詞は流行語のひとつになったのですから。
 これで一躍知名度を上げたラーク。すると発売元フィリップモリスの日本法人は欲が出ます。アメリカの007ではなく、本物の007でコマーシャルを作りたいと。日本最初のラークのコマーシャルのBGMは「ジェームズ・ボンドのテーマ」だったのですから当然です。
 時はバブル時代。コマーシャルには現在とは比べ物にならぬ高額予算を投じることが可能でした。
 そして作られたのがこちらです。

 葉巻党のロジャー・ムーアに「SPEAK LARK」と言わせたのです。そればかりかベニスで大ロケ撮影まで敢行。すごいぞ、バブル・ジャパン!
 こうなるとフィリップモリスの007熱はとどまることを知りません。次いでティモシー・ダルトンを起用します。映画シリーズではついぞ見ることが出来なかった軽い演技をダルトンにさせ、さらりと「SPEAK LARK」を決めさせました。「リビング・デイライツ」「消されたライセンス」でのダルトンの硬いボンド像に違和感を覚えていた人は、このCMを観た時に「やれば出来るじゃん、ティモシー」と思ったとか、思わなかったとか。

 フィリップモリスの「SPEAK LARK」007路線の到達点は、何といっても五代目ジェームズ・ボンド就任前のピアース・ブロスナンの起用でしょう。それもただの起用ではありません。若かりし日のブロスナンの甘いルックスを十二分に生かして、007シリーズのタイトル前に用意されている見せ場のごときアクションをコマーシャルで再現したのです。

 このコマーシャルが放送された時は、すでに「次期ボンドはブロスナンに決定」というニュースが不確定ながら海外から聞こえていたので、来たるべき007の新作への期待が膨らんだのは言うまでもありません。

「ブロスナンの愛煙家のイメージは『SPEAK LARK』からだったんですね…。それにしてもカッコいい……」
「実はね、コネリーもレーゼンビーもタバコのイメージ・キャラになってますねん。コネリーは1964年にイギリスのタバコ、チェスターフィールドの顔になってますし、レーゼンビーは1968年頃のヨーロッパでマールボロの顔だったんですわ」

「へえ~。ボンド役者とタバコは縁が深いんですね。彼らの後を引き継いだ六代目のダニエル・クレイグのタバコ作法はどうなったんですか?」

六代目 ダニエル・クレイグの場合

© 2006 Danjaq, LLC and Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 結論から言うとクレイグ/ボンドは「カジノ・ロワイヤル」(’06)から「ノー・タイム・トゥ・ダイ」までの15年間、周りがタバコや葉巻を喫っていても自ら紫煙を吐き出すことはありませんでした。しかしこれは喫煙を忌避する時代に迎合した訳ではありません。
 クレイグはこんなことを言っています。

「僕はボンドに喫煙させたくないんだ。フレミングは一日に60本のタバコを吸うボンドを書いた。でも、考えてくれよ。そんなにタバコを喫っていたら、映画で描かれる全力疾走は無理だろ」

 ダニエルの考えは「カジノ・ロワイヤル」の冒頭10分以上にわたりパルクールを使った大追跡を観れば誰もが納得することでしょう。考えてみれば、ダニエル/ボンドは「慰めの報酬」(’08)でも「スカイフォール」(’12)でも尋常じゃない走りっぷりを見せています。正直言って、喫煙者だったこれまでの歴代ボンドがあんなことをしたら、途中で息が上がること確実だったでしょう。

© 2012 Danjaq, LLC and Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 そんなクレイグですが、元々は結構なヘビースモーカーで、2007年に女優レイチェル・ワイズとの結婚を期に禁煙したそうです。ところが「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の撮影時には葉巻を喫っている姿がパパラッチされていました。どうやら、ブロスナンもそうですが、タバコを止めた者の最後の逃げ道は葉巻なのかもしれません。

引用元:RYMED

七代目は……どうなる?

「…ってことは、ジェームズ・ボンドは2002年の葉巻を除けば、1989年以来タバコを一本も喫ってないってことですか?」
「そういうことです」
「クレイグのボンドもカッコいいけど…ボンドがタバコを喫わないのって、なんか寂しいですよ」
「時代ですから仕方おまへんなぁ」
「ところで007シリーズの次回作はいつ公開なんですか?」
「まだ全然発表がありませんわ。そもそも七代目ボンドも決まってませんし」
「次回作は久々にタバコの名シーンが見たい気もしますけど…やっぱり無理かなあ」
「私はね、次から映画の舞台を現代ではなく、原作小説が描かれた1950年代の冷戦時代にして、インディ・ジョーンズみたいなノスタルジックな冒険活劇にして欲しいんですわ。その時代ならジェームズ・ボンドは『女性軽視の恐竜で冷戦の遺物』と批判されることもなく、のびのびと暴れられると思うんです。おまけに時代が時代だからタバコをどんだけ喫ってもOKやし」
「その手がありましたか(笑)」


▶いままでの「シガレット・バーン/映画的喫煙術」

著:小玉大輔(https://twitter.com/eigaoh2
扉絵:Tony Stella(https://twitter.com/studiotstella

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