クリント・イーストウッドの西部劇!~傑作タバコシーンの数々を生んだ“喫わない”名優の葉巻道【シガレット・バーン/映画的喫煙術】

愛煙家ならもちろん、煙草を吸わない映画ファンにも、心に火を点けた魅力的な煙草の名場面があるはず。銀幕を彩った紫煙の名シーン・名優・名監督を紹介する「最強のスモーキング・ムービー・ガイド」です。

今回のテーマは永遠の葉巻のヒーローを特集。数えきれない作品の元ネタとなり、今も熱狂的なファンを抱える名作に隠されたタバコの意味とは……?

文・小玉大輔
レンタルビデオ業界を退いた後、『キネマ旬報』等雑誌、WEBでの執筆やTwitter (@eigaoh2)で自分の好きな映画を広めるべく日夜活動している70年代型映画少年。Twitterスペースで映画討論「#コダマ会」を月1開催。第2代WOWOW映画王・フジTV「映画の達人」優勝・映画検定1級・著書『刑事映画クロニクル』(発行:マクラウド Macleod)

ケムール編集部にて

担当編集「さっきから口笛で何の曲を吹いてるんですか?」
『荒野の用心棒』のテーマ曲『さすらいの口笛』ですがな。♪WE CAN FIGHT♪」
「マカロニ・ウェスタンでしたっけ。小学生だった小玉さんを映画ファンにした一本でしたね」
「そうそう、その辺りの経緯は
『大阪ニュー・シネマ・パラダイス』に書かせてもらいました。実はセルジオ・レオーネ&クリント・イーストウッドの『荒野の用心棒』(’64)『夕陽のガンマン』(’65)『続 夕陽のガンマン/地獄の血斗』(’66)の通称《ドル3部作》THE DOLLARS TRILOGYが3月22日から4Kリバイバル上映されますねん」

引用元:シネマカフェ/cinemacafenet 

「え、4Kで!」
「そやから嬉しくってね、つい口笛を吹いてしまいますねん」
「実はいままで観たことなかったんです。絶好の機会ですね! せっかくなので今回のシガバンは《ドル3部作》をテーマに書いてもらえせんか?」
「いやいや、これまで三度も書いてますやん」

「う、たしかに……。いや! メインでは一回も書いてませんよ! リバイバル公開を応援するためにも、今こそ徹底的にレビューするのがファンの義務です! 今回はじめて観る人(僕とか)にもその良さを伝えましょう」
「困るわぁ。これ以上、何を書け言いますの?」
「何って……何もかもです! 『君たちはどう生きるか』のアカデミー賞も、『ゴジラー1.0』の視覚効果賞も、もう関係ない! 今回は『ドル三部作』!! 言ってみれば今の小玉さんの原点ですよね!あなたのイーストウッドへの愛はその程度なのですか?」
「ぐぬぬ・・・」

Ⅰ.イーストウッドのスペイン/イタリア葉巻道

★「ジェームズ・ボンド」と「名無しの男」!NEWヒーローの誕生

 1960年代初頭、ヨーロッパ映画がスクリーンにふたりの男を送り出しました。

 ひとりはイギリスからやってきたショーン・コネリーが演じる“007/ジェームズ・ボンド”。もうひとりはイタリアからやってきたクリント・イーストウッドが演じる“名無しの男”
 ボンド初登場の『007/ドクター・ノオ』(’62)はスパイ物語、“名無しの男”初登場の『荒野の用心棒』は西部劇とジャンルの違いこそあれ、共通しているのは、敵を撃つ時に眉一つ動かさないこと。おまけに丸腰の相手を背中から撃つことも平気の平左。
 その時のふたりの様子をご覧ください。

©1962 Danjaq, LLC and Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. 引用元:つむともきのムービーチャンネル YOUTUBE

©Constantin Film Produktion, Jolly Film, and Ocean Films 引用元:明日のショー YOUTUBE

 ボンドの口にはタバコ、“名無しの男”の口には葉巻。まさに“ながら撃ち”です。ボンドや“名無しの男”にとって殺人は、タバコやシガーを喫いながら出来る日常的な行為。悪役と大差ない、この“ながら撃ち”に当時の観客は衝撃を受けました。

「こんなヒーロー、見たことない!」

古い世代から「残酷。サディスティック」と非難を受けたものの、世界中の青少年たちから熱い支持を集めます。彼らにはボンドと“名無しの男”がシビれるぐらいクールに見えたのです。

 しかも『007/ドクター・ノオ』『荒野の用心棒』を構成しているのは、「なりたいじゃん!」と思わせるカッコいいヒーロー像、一度聴いたら忘れないテーマ曲、難しいことは最小限で、退屈な恋愛ネタもなく、ひたすら殴り、蹴り、撃つアクションの連続。つまり男性、いや、男の子が好きなものばかりだったのです。
 かくてコネリーとイーストウッドは国際的大スターになり、スパイ映画とイタリア製西部劇、通称“マカロニ・ウェスタン”は一大ブームを巻き起こしました。
 彼らの出現は、ヒーローの概念だけでなく、映画の作り方まで変えてしまったのです。

「007は二度死ぬ」と「荒野の用心棒」の二本立て。60年代ヨーロッパが生み出した二大ヒーロー揃い踏み。
引用元:007 Magazine.co.uk

★「葉巻をくわえた名無しの男」VS「非喫煙者としてのイーストウッド」

 “名無しの男”が初登場した『荒野の用心棒』の原点は、黒澤明監督作『用心棒』(’61)で、イーストウッドの無精髭は主演の三船敏郎に倣ったと言われています。一説によると監督セルジオ・レオーネは撮影当時、33歳だったイーストウッドに貫録を与えるために無精髭面を指示したとか。イーストウッド自身が役作りで髭面になったという説もあるので、本当のところは分かりません。

 “名無しの男”のもうひとつのトレードマークである葉巻は、『荒野の用心棒』の完全オリジナルです。こちらはレオーネが指示を出したのは確実なようです。それまでアメリカの王道西部劇の主人公が喫うのは手巻きタバコで、葉巻はほぼ登場しませんでした。当時はマイナーだった葉巻を大々的にフィーチャーさせたことは、レオーネがマカロニ・ウェスタンに与えたオリジナリティだと言えるでしょう。

 とにかく劇中のイーストウッドの葉巻仕草はカッコ良いのです。胸のポケットから葉巻を取り出し、ジーンズ、ブーツ、爪、柱など様々なところにこすってロー式マッチで火をつけます。イーストウッドが怒りを覚えた時にグッと葉巻を噛みしめる表情に一体、何人の男の子が憧れたでしょうか。
 しかし当のイーストウッドは非喫煙者だったため、レオーネの手配した匂いの強いトスカーナ産の葉巻を口にするのが嫌で嫌で仕方なかったそうです。映画のために非喫煙者にタバコを喫わせるなんて、今だったら大問題になったでしょうね。

《ドル3部作》第1作『荒野の用心棒』

◆荒野の用心棒 ⓒ1964 Unidis, S.A.R.L. All Rights Reserved. 

『荒野の用心棒』が日本で公開されたのは1965年12月25日。当時の日本ではクリント・イーストウッドはテレビドラマ『ローハイド』のスターとして知られていました。
 『ローハイド』は1959年に日本で最初の1時間枠の海外ドラマとして放映が開始され、1961年8月に43.4%という視聴率を叩き出す大人気番組でした。1962年にイーストウッドら出演者が来日した時には羽田空港に5,000人のファンが詰めかけたと言います。

引用元:Borborn YouTube

 1965年10月、『ローハイド』が放送終了し、その二か月後の12月に『荒野の用心棒』が公開されました。日本ではテレビで見てきたスター、クリント・イーストウッドの映画進出第一作と受け止められたのです。まさに絶妙のタイミングでした。
 ちなみに1965年12月には最大のジェームズ・ボンド映画と呼ばれた『007/サンダーボール作戦』が公開されています。新しい二大ヒーローのそろい踏み。それをリアルタイムで目撃することが出来た、当時のアクション大好き映画青年&少年が羨ましくてなりません。


「イーストウッドはタバコを喫わなかったのに、カッコいい愛煙家のアイコンになったんですね。『007』も『名無しの男』もヒットしたんですか?」
「『007/サンダーボール作戦』は2位に倍以上の差をつける10億の大ヒットでしたけど、『荒野の用心棒』はその年の配収ベストテンに入りませんでしたわ。でも口コミで評判になって、エンニオ・モリコーネ作曲のテーマ曲『さすらいの口笛』がラジオで頻繁に流れて、日本語歌詞をつけたカバー曲まで作られたみたいです」
「その曲、ちょっと聴いてみたいな……」
「『荒野の用心棒』をきっかけに、1966年にジェリアーノ・ジェンマ主演の『荒野の1ドル銀貨』、フランコ・ネロ主演の『続・荒野の用心棒』ほか2本のイタリア製西部劇が日本で公開されたんですわ。そして1967年1月27日。満を持してレオーネ&イーストウッドが再度タッグを組んだ『夕陽のガンマン』が公開されるんです」


《ドル3部作》第2作『夕陽のガンマン』

◆夕陽のガンマン ⓒ1965 P.E.A. Films, Inc. All Rights Reserved.

『荒野の用心棒』は黒澤明の『用心棒』が下敷きですが、続く『夕陽のガンマン』は完全オリジナル・ストーリー。「殺人が金になる。人の命が軽視された時代」の賞金稼ぎの物語です。
 イーストウッドが演じるのは『荒野の用心棒』と同じ扮装をした賞金稼ぎ。前作ではジョーでしたが、今回はスペイン語で“片腕”という意味のモンコ。“名無しの男”と呼ばれるのは毎回、呼び名が変わるからなのです。

 イーストウッドは監督レオーネに「葉巻を喫わせないでくれ」と頼んだそうですが、当然、聞き入れらず、前作同様、葉巻の煙に目を細め、不機嫌な表情を浮かべながら、2万ドルの賞金首エル・インディオと呼ばれる極悪人を追うことになります。
 前作で単独主演だったイーストウッドですが、今回はリー・ヴァン・クリーフというアメリカ西部劇のベテランと主役の座を分け合います。何と、タイトルの『夕陽のガンマン』はイーストウッドではなく、クリーフのことだったのです。

 この扱いにイーストウッドは不満だったそうですが、当のヴァン・クリーフが素晴らしく良いのです。鷲鼻に鋭い眼光、そして撮影当時40歳とは思えぬ貫録。とりわけ海泡石で作られたパイプをくわえる姿は葉巻のイーストウッドとは種類の違うカッコ良さに溢れています。
 忘れられないクリーフの名場面をふたつ紹介しましょう。まずは同じ賞金首を追う葉巻のイーストウッドと、望遠鏡を通して初対面するシーン。

 

© 1965 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS S.A.. All Rights Reserved 引用元:CPW CALABASH PIPES YOUTUBE

 もうひとつ、以前にも紹介したクリーフの“挑発着火”です。イーストウッドのイカす、ロー式マッチ仕草と共にご覧ください。

© 1965 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS S.A.. All Rights Reserved 引用元:eltigre001 YOUTUBE

 パイプというのは火のつけ方ひとつで味が大きく変わるそうなので、こんな火のつけ方をしたクリーフはさぞ、おいしく喫えたことでしょう。
 ちなみにクリーフのパイプはイーストウッドの葉巻同様、レオーネが用意したものだそうです。ローマのフィンカート・パイプショップで購入したといいます。

 本作でもうひとつ、注目して欲しいのは、ジャン・マリア・ヴォロンテ演じるエル・インディオが喫うタバコ。大きく喫い込むなりエル・インディオが惚けた表情になるので、「何だ、このタバコ?」となりますが、実はこれ、マリファナなのです。このシーンは映画で初めてマリファナを登場させたシーンだと言われています。

© 1965 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS S.A.. All Rights Reserved 引用元:maxarrojo YOUTUBE

 

「『夕陽のガンマン』は1967年度公開映画配収第5位に入る大ヒットを達成しましてな。日本でイタリア製西部劇マカロニ・ウェスタンが大ブームになって、なんとその年1年間で31本も公開されましたんや」
「31本!? すげぇ!」
「同じ頃、日本映画は東映やくざ映画が花盛りで。映画が男のためのモノだった時代ですわ」
「良かったのか、悪かったのか、わかりませんね……」
「そんな“男映画の年”の暮れも押し詰まった12月30日に公開されたのが、《ドル3部作》の最終作にして、マカロニ・ウェスタン最大の大作「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」ですわ」


《ドル3部作》第3作『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』

◆続・夕陽のガンマン/地獄の決斗 © 1966 P.E.A. Films, Inc. All Rights Reserved.

 アメリカ南北戦争を背景に“イカすヤツ”、“悪いヤツ”、“醜いヤツ”の隠し金貨争奪戦です。
 レオーネはこれまでイーストウッド、クリーフを通じて、自分が「憧れる男」「なりたいヒーロー」を描いてきましたが、今回、遂に自分自身の分身のようなキャラを登場させます。それがイーライ・ウォラックが演じた“醜いヤツ”、トゥコです。骨の髄まで腐った悪党なのですが、どこか憎めないユーモラスなキャラクターは、レオーネの自画像なのです。サスペンダーをしているのに、腰にベルトを締めるトゥコの衣装はレオーネの日頃の服装からウォラックが想を得たものだと言います。実際、撮影中、どんどんトゥコに肩入れするレオーネに、イーストウッドとクリーフは不満を募らせたと言います。

 とは言え、そんな中でもカッコの良いタバコ仕草を披露するのがイーストウッドとクリーフのすごいところ。
 まずはブロンディと呼ばれる“名無しの男”イーストウッド。
 過去2作には無かった、自らのタバコを相手に分ける“友情葉巻”を2回見せます。
 憎み切れないロクデナシ、トゥコとのシーン。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. 引用元:c3rz YOUTUBE

死にゆく若き兵士に最期の一服を喫わせるシーン。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. 引用元:Johan Lebbing YOUTUBE

 どちらも過去2作にはなかった“名無しの男”の人間性を描いた名シーンです。
 もう一つは大砲の着火です。これはジョン・ウェインが監督・主演した『アラモ』(’60)の1シーンのオマージュと思われますが、原点を超えた葉巻仕草と言えるでしょう。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

そしてこれです。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

 非喫煙者とはとても思えぬ葉巻仕草。口の中で葉巻を躍らせる「イーストウッドのシガー・ミュージカル」と呼ばれるこの仕草をいつかマスターしたいと思っているのは私だけではないでしょう。

 リー・ヴァン・クリーフは今回もパイプを愛用。“悪いヤツ”に徹しているので、“エンジェル・アイ”という名前に似合わず、とんでもなく冷酷そうに見えます。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. 引用元:Kormak YOUTUBE

そんな二人に対して、本作の実質主人公トゥーコが見せる葉巻仕草がこれ。

©1966 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. 引用元:Movieclips YOUTUBE

 「葉巻を食べる?!どうかしてるぜ!」と驚いてしまいますが、実は南北戦争の時代、葉巻を噛みタバコとして味わう習慣があったのです。


「タバコの演技が進化している……! 『続・夕陽のガンマン』はヒットしたんですか?」
「あの『2001年宇宙の旅』を僅差で抑えて1968年公開映画配収の洋画第3位にランクインしました」
「キューブリックに勝ってるんだ! 知りませんでした」
「でも配収で言うと『夕陽のガンマン』より5千万円ほど減ってますけどな」
「上映時間が長いからですかね……。イーストウッドとレオーネのコラボはこれで終了ですか?」
「そう。レオーネはその後も何度かアプローチしたんやけど、イーストウッドはこれからはハリウッドや、言うて断りましてん」
「ついに、葉巻をくわえる必要はなくなったんですね?」
「そう思いますやろ?」
「え?」


★マカロニ・ウェスタン、アメリカ上陸

 1965〜66年頃。イタリア映画界のトップ女優ソフィア・ローレンが訪米した時のことです。「ハリウッドで誰に逢いたいか?」と尋ねられた彼女は開口一番、「クリント・イーストウッド!」と答えました。これに記者たちは「???」となったのです。
 この時、イタリアを始め、ヨーロッパ各地で大ヒットしていた『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』がアメリカではまだ、公開されていませんでした。アメリカ人にとってイーストウッドは経年劣化で打ち切りになった『ローハイド』のテレビ俳優でしかありませんでした。


 アメリカで《ドル3部作》が公開されたのは1967年。1月に『荒野の用心棒』、5月に『夕陽のガンマン』、12月に『続・夕陽のガンマン/ /地獄の決斗』と連続上映されたのです。
 反響は? 勿論、イタリア、日本等の国々と一緒です。昔からの西部劇を支持する層や評論家筋は酷評し、若者たちは熱狂しました。大ベストセラー作家、スティーヴン・キングも熱狂した一人でした。《ドル3部作》に衝撃を受けたキングは、後年、マカロニ・ウェスタンの世界で『指輪物語』を描くというコンセプトで畢竟の大作『ダーク・タワー』を発表することになります。

©drewstruzan.com

 《ドル3部作》のヒットはアメリカ西部劇にも変化を与えました。時同じくして、それまで映画の描写を規制してきた「ヘイズ・コード」が改正されたのをきっかけに、アメリカ西部劇でも、マカロニ・ウェスタンばりの暴力が描かれるようになったのです。また、西部劇の喫煙描写も手巻きタバコから葉巻に変化。かのアメリカ西部劇の巨人ジョン・ウェインも映画の中で葉巻をくわえ始めました。

© 1970 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

 

Ⅱ.イーストウッドのハリウッド葉巻道

★『奴らを高く吊るせ!』

 この成功に乗って、イーストウッドはハリウッドで勝負に挑みます。自らのプロダクション“マルパソ・カンパニー”を立ち上げ、西部劇を製作するのです。それが『奴らを高く吊るせ!』(68)です。

 注目はイーストウッドの姿です。《ドル3部作》のトレードマーク、無精髭を綺麗に剃り落とし、『ローハイド』時代のすっきりした男前ぶりに戻っています。こうなるとあの苦痛だった葉巻を口にしないのかと思ったら、さにあらず。
 《ドル3部作》で“イーストウッドと言えば葉巻”というパブリック・イメージが出来ていたため、自らプロデュースに関与した本作でも葉巻をくわえざるをえませんでした。とは言え、《ドル3部作》のように始終口にある訳ではなく、演技のアクセントとして数本嗜む程度。しかし爪の先でロー式マッチを着火させる葉巻仕草は絶品なのです。

© 1968 Rose Freeman Revocable Trust and Leonard Freeman Trust. All Rights Reserved.

★『真昼の死闘』

 次にイーストウッドが主演した西部劇は『真昼の死闘』(’70)。
 髭面のイーストウッドは一見、《ドル3部作》の時のようです。しかしホーガンと名乗る男は“名無しの男”と違い饒舌で、惚れた弱みか訳あり尼僧の言われるまま。それでも葉巻だけはきっちり喫います。
 おかしいのはダイナマイトに火をつける仕草です。まずは葉巻に着火し、その火でダイナマイトに着火。なるほど、葉巻を種火に使うのかと思ったら、いきなり葉巻をポ~イ。「それならマッチから直接、ダイナマイトに火をつければいいじゃないか!」と誰もがツッコミを入れたくなる迷シーンです。

 

© 1970 Universal Studios. All rights reserved. 引用元:Kormak YOUTUBE

 ちなみにこの作品についてイーストウッドは「俳優として納得のいく演技が出来た」と語っています。

★『シノーラ』

 1972年、髭を落としたイーストウッドが主演した西部劇は『シノーラ』です。
 本作の下敷きは、マカロニ・ウェスタン屈指の問題作と評される『殺しが静かにやって来る』(’68)です。一時、イーストウッド主演による再映画化が企画されましたが、あまりに悲劇的な結末はアメリカの観客に向かないという理由で中止されたのです。その企画が忘れられないイーストウッドが原典を換骨奪胎して製作したのが『シノーラ』と言われています
 『シノーラ』の原題は“JOE KIDD”。イーストウッドの役名です。“名無しの男”イーストウッドが遂に名前を得たのです。そこにマカロニ・ウェスタンから脱却しようとするイーストウッドの野心が見え隠れします。それは本作の葉巻の扱いからも感じられます。なんと本作でイーストウッドが喫う葉巻はたった一本。得意の爪着火を見せるのですが、“ながらビール”ほど印象に残らないシーンです。

© 1972 Universal Studios and Malpaso Company. All rights reserved.

★『荒野のストレンジャー』

 1973年、イーストウッドは遂に監督・主演で西部劇『荒野のストレンジャー』を作ります。マカロニ・ウェスタン時代に戻ったかのような髭面のイーストウッドには名前がありません。しかしただの“名無しの男”ではありません。正体は幽霊!
 監督イーストウッドは出所不明の“名無しの男”のキャラクターを極北まで推し進めます。そして劇中に登場する墓場にはセルジオ・レオーネの墓標が建てられました。イーストウッドはレオーネを葬り去ったのです。
 いつもは自らのポケットから葉巻を出すイーストウッドですが、今回はちょっと違います。劇中で喫う一本の葉巻は舞台となる町の住人にくわえさせられるのです。勿論、イーストウッドは当然のように葉巻を燻らしますが、住人の行為は「やっぱり、これがないと」と葉巻姿のイーストウッドを求める観客/ファンみたいで、何だか苦笑してしまいます。

 

© 1973 Universal Studios and Malpaso Company. All rights reserved.

「うわー……喫わされてますね、イーストウッド」
「全作、自分のプロダクションで製作してるから文句も言えませんわな」
「いつ葉巻との縁が切れるんですか?」
「いよいよ、その時がやって来るんですわ」


★『アウトロー』

 アメリカ建国200年を迎えた1976年、南北戦争終結直後のアメリカで、北軍からアウトローとして追われた男ジョージー・ウェールズの物語『アウトロー』を監督・主演します。

©Warner Bros. Entertainment Inc. 

 本作では葉巻を一本もくわえません。代わりに南北戦争が起きた19世紀のアメリカではタバコ消費量の半分を占めていたと言われる噛みタバコを口にします。
 イーストウッドが劇中で愛用したのはタバコ葉をブロック状に固めた“プラグ”と呼ばれる種類です。これをナイフで適量切り取って、ガムのように噛んでいます。煙の出ない噛みタバコは嫌煙が叫ばれる現代には最適のタバコだと思うのですが、問題がひとつ。それは噛んでいる内に口の中にたまった唾や痰を吐き出さなければならないこと。しかもその色はニコチン色に染まってどす黒いのです。こんなものをそばで吐かれれば、その日一日気分が悪くなることでしょう。

 このどす黒い液体を『アウトロー』のイーストウッドは周りを気にせず吐きまくります。挨拶代わりにピュッ、殺した相手にピュッ、ついでに犬やさそりにピュッ、ピュッ!大きなスクリーンでそんなものを見せられれば、「汚い!見たくない!」と目を背けたくなりそうですが、イーストウッドがやれば違います。「もっと吐いてぇ!」なのです。

 中でも敵と対峙した時は圧巻です。イーストウッドのピュッは戦いの合図。当然、観客は「待ってましたぁ!」と拍手喝采!この瞬間、イーストウッドは《ドル3部作》以来10年以上“お口の恋人”だった葉巻に別れを告げたのです。

©Warner Bros. Entertainment Inc. 


「『アウトロー』での噛みタバコ仕草は、《ドル3部作》での葉巻仕草を越えるイーストウッドの偉業やと思ってますねん」
「噛みタバコが? またどうして」
「葉巻をカッコ良く吹かす人は仰山いますけど、ヤニ唾をカッコ良く吐く人は後にも先にもイーストウッドだけでっせ」
「ヤニ唾って……」
「イーストウッドも手応えを感じたんでしょうな。『アウトロー』の後に監督・主演した西部劇『ペイルライダー』(’85)と『許されざる者』(’92)では、葉巻もタバコも喫いませんねん」
「ついにタバコから解放されたんですね、長かった……」
「あと『アウトロー』で重要なことがもうひとつ。イーストウッドが演じた役にはちゃんと名前があって、過去と未来があって、仲間もいるんです。この映画はイーストウッドが葉巻だけでなく、今を生きる一匹狼“名無しの男”と決別した記念碑的な映画なんですわ」
「えらく熱く話しますね?」
「そらぁ、『アウトロー』は私にとって映画館で観た最初のイーストウッド映画でっさかいな。思い入れもひとしおですわ」
「ますますイーストウッドの西部劇を初めて劇場で観るのが楽しみになってきました。アドバイスください。どれから観たらいいんですか?」
「今のシリーズ映画と違って連続物語やないからどれからでも大丈夫。そして《ドル3部作》をコンプリートしたら、必ず“名無しの男”のその後の物語と解釈出来る『許されざる者』を観てください。エンドクレジットの最後に出る献辞にジ~ンと来まっせ
「わかりました!」

映画 ドル3部作【4K】上映情報

『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』
3/22(金)より【新宿ピカデリー】ほか全国にて上映!

公式サイト▶https://dollars-trilogy4k.jp/
公式X▶https://twitter.com/Dollars_Trilogy


▶いままでの「シガレット・バーン/映画的喫煙術」

著:小玉大輔(https://twitter.com/eigaoh2
扉絵:Tony Stella(https://twitter.com/studiotstella

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