【後編】本屋の本音のあのねのね 第二十一冊『FLIP-FLAP』 ~これ読んで死ね~

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BALL3 HIGE-SPEED

そう、PINHEAD EXPOはなんとアメリカ第三の大都市・シカゴで開催されるのだ!

シカゴはピンボールの聖地といわれている。なぜなら、ピンボールマシンのほとんどはアメリカで生産されており、その制作会社の“すべて”がシカゴにあったからだ。

あった、というのはそれらの会社は時代の波にのまれ、次々と閉鎖してしまったからだが、すべてがなくなったわけではない。現在でも年に数台、新機種が生産されている。

そして、ピンボールを愛する人々がつどうイベント・PINHEAD EXPOがシカゴで開かれるのも、そうした歴史からであった。

華と引率する店長、井森、そして深町は会場に到着したが、深町はいまだ実感がわかなかった。なぜ、俺はシカゴにいるのだ?

――ここで物語は、半年前にさかのぼる。

©とよ田みのる・講談社

シカゴと言ってもパスポートもなければ金もない深町。しかしEXPOの開催は半年後。時間はたっぷりある。

そこで「FLIP-FLAP」でアルバイトすることになるのであった(店長が渡航費として算出した金額は深町には天文学的数字であったが)。

そして、仕事が終わったらそのままハイスコにチャレンジ、という日々がはじまった。

仕事、ピンボール、仕事、ピンボール……しかし、どうしてもハイスコははるか遠い……そんなある日、華が差し入れ(といっても金は取る)にきた。そして、ふと語りだす。


©とよ田みのる・講談社

ハイスコアを出したのは、筐体の電光表示によれば「UFO」という人物であった。

そして華はこの「UFOさん」はどんな「世界」を見ているのか、と憧憬まじりにつぶやくのだった。「そこは多分アメリカよりももっと遠い場所なのです」。そして、深町ならその世界を覗けるんじゃないか、と。

――そして半年が過ぎ、UFOさんを抜けないまま深町はシカゴに立っているのだった。

実感のわかないまま。

さっそくEXPO会場にのりこむ一行。そこからはピンボール漬けの日々であった。

三日目には大会にもエントリー。実力ごとにランクがわかれており、深町はひかえめにいちばん下のC-DIVISIONでエントリーし、ひとまずベストを尽くす。

四日目は、開場が夕方からなので、深町は華とミシガン湖へふたりきりで出かける(井森がピンボールやりすぎでノックダウンしたため)。

湖岸に並んでなにか気の利いたことをい言おうと考えた深町がひねり出したのは、結局この問いだった。「なんでそんなにUFOさんにこだわるんですか?」

©とよ田みのる・講談社

「私はただ幸せになりたいのです」「私を震わせてくれるものを純粋に楽しみたいのです」。そして「私UFOさんが好きなんだと思います」。衝撃でミシガン湖に落っこちる深町であった……

五日目。実は深町が大会のファイナリスト(決勝進出者)になっていた。しかし、肝心の本人は昨日のショックをぼんやりひきずり、あてもなく近所を散策していた。

そして、なんとなく腰を落ち着けたダイナーのような店の片隅に、FLIP-FLAPでずっとやってきた馴染みのピンボールマシンが置いてあるのに気づく。

興味本位に本場のハイスコはどんなものか、と見てみた深町は信じがたいものを目にする。

©とよ田みのる・講談社

なんと、あのUFOさんが、ここでも30億超えの、おそるべきスコアを叩き出していたのであった。「これは多分運命だ……」。

マシンの前でしばし立ち尽くすかれに、プレイしないならどいてくれと客が声をかけるが、深町は静かに闘志を燃やしていう。「Sorry…I do!」。

©とよ田みのる・講談社

ファイナリストになった深町を探す華と井森は、なにやらある店の一角が騒ぎになっているのに気づく。それは、ピンボールに一心に向かう深町とその驚異的スコアにギャラリー達があげる歓声であった。

その深町の姿に声援をおくる華だが、その声も深町には届かない。「外野は黙ってろ!!!俺は今UFOさんとヤッてんだ!!!」。





©とよ田みのる・講談社

結局、これだけ盛り上がってもUFOさんは超えられなかったのだが、もしかすると深町はこのとき<ピンボール>でUFOさんが見ている「世界」を、垣間見た……のかもしれなかった。

ちなみに大会のほうだが、ちゃっかり代打で出場した店長が優勝をかっさらっていた、というオチであった。

BALL4 FLIP-FLAP

……最終話です。もう紹介するほうがクタクタです。というわけで、ご紹介はカンタンに。

そしてさらに月日は流れ、相変わらずハイスコに挑みつづける深町。

だが、ショッキングなことに、今月いっぱいで、このやりこんだピンボールマシンが別機種と入れ替わってしまうことを店長に告げられる。

焦る深町。だが焦るほどにスコアは伸び悩む。軍資金が苦しくなってきたが、井森たち常連がカンパしてくれる。「この一年深町くんと一緒に遊んで楽しかったよ」。

ピンボールに出会ってから一年。それは華に告白してから一年ということだ。

最初はまるで無意味だとしか思えなかった挑戦も、本気でプレイしてきた今は素直に「楽しかった」と思える。「動機は不純でしたけどね」。

そう華に言うと華は答える。

「私もそうですよ」「誰ともお付き合いするつもりもありませんでした。

あんな無茶な条件を出せば諦めてくれると思ったのです」「でも深町さんは本気になってくれた」。


©とよ田みのる・講談社

お忘れかもしれないが、この「FLIP-FLAP」はピンボール“ラブコメ”なのだ!深町の背に、華のコトバが響く。「勝って!!深町さん!!」

さて、深町クンの挑戦はどうなるのか?ここから先はぜひ現物で確かめてください。ちなみに、まだすんなり終わりはしませんよ(笑)

《彼岸》へいたる道

<ピンボール>のマンガというのは、自分が知らないだけで他にもあるのかもしれない。そう思って、今回念のため調べてみた。

そしたら、本当に「FLIP-FLAP」しかないみたい。まあ軽くググったくらいだし、世界のどこかにはあるのかもしれないが、少なくともすぐ見いだせるところにはなかった。これは意外だったし、オドロキでもあった。

なぜなら、普通に生きていれば<ピンボール>に一度も出会わない日本人はそうはいないだろうからだ。

コンピューターゲームとしての<ピンボール>が初期からあったからなのか、パチンコが似た仕組みのゲーム機だからなのか、とにかくぼくたちにとって<ピンボール>とはまあまあメジャーなゲームだと思う。なのに、マンガの題材としては全く扱われない。

マンガが要求する、ゲーム中のドラマ性やダイナミズムに乏しいからであろうか。もちろん、そんなことはありえない。どんな地味な題材ですら、描き方しだいでマンガにできることは明白だ。

そして「FLIP-FLAP」は、まさにその“描き方しだい”のお手本といっていいくらいに、<ピンボール>という材料を巧みに調理している。

そして最後には、マンガが可能とする表現の特異点……ぼくはこれを勝手に《彼岸》と呼んでいるのだが……を描いてしまった、とんでもないマンガだ。
端的に、それは、こんなシーンに描かれている。


©とよ田みのる・講談社

最近ハヤりの、スポーツマンガとかで確変に入るみたいなやつを「ゾーンに入った」とかいうが、あれに似てるかも。「ゾーンに入ったヤツは、考えるより先に身体が動きやがるんだ……とても常人では追いきれねえ」みたいな。

たいてい目に稲妻的な光が宿り、それが動くと光の糸を引く、的な演出である。なにかを極めようと努力を重ねたり、正気の沙汰ではないくらい没頭したことのある人間であれば、誰でもその片鱗くらいは感じたことがあるのではないか。

深町クンはつまり、わかりやすく言えば、ピンボールにおける「ゾーンに入った」わけだ。BALL3のシカゴの街角で、「UFOさんとヤッてんだ」と叫んでいた深町クンは、このときこの領域の入り口に立ったのであろう。

こういうのは、ゲップが出るくらい氾濫している。たとえば「テニスの王子様」や「黒子のバスケ」だとこのゾーン的特殊能力がインフレしてて、なにがなんだか(いや、おもしろいけど)。

だが、こういうのと「FLIP-FLAP」の《彼岸》描写はやはり根本ではちがうものだと思う。

その違いを示すのが、ぼくがこのマンガでいちばん好きなシーンだ。次にご紹介する。

軽く打つ

はじめてこのマンガを読んでからもう14年たつが、この場面のこのセリフを、何度も何度も思い返してきた。

点数や記録のすごさ、というのは思うに、突き詰めれば「他者との比較において、上か下か」という“相対的”な見方をすることだ。当初、UFOさんのハイスコを抜かんと、必死になっていた深町クンがまさにそれだった。

だれかを抜きたいという思いは真なるものであろうし、他人より上でありたいと望む気持ちは強いパワーになりうる。言うではないか、意見を違える者たちが団結するのに必要なのは「敵」である、と。

自らの内なる声より、外部、つまり他者への嫉妬や羨望、憎しみ・敵意のほうが、強大なパワーやモチベーションを生む(こともある)。一面的に言えば、人とはそうした生き物でもあろう。

だが、「FLIP-FLAP」は、<ピンボール>を通して、別のことを言おうとしている。

つまり、そのキラキラした台の中で、跳ね回る鉄球の軌跡を、ひたすら、ただ一途に追い続けるという、シンプルでいくらやりこみつづけても終わりのないようなゲーム性のなかに、そうした「相対的なモノの見方・価値」ではない、いわば「自立」した価値を見出している。

そして、ただ「やりたいからやる」というところまで、動機を研ぎ澄ましきって、余分なものをすべて取り払った結果、プレイヤーは――自由になれる。

ゆえに、深町クンは最終的に、別にUFOさんを抜くためにプレイするのではなく、いわく「ただ楽しんでた」。


©とよ田みのる・講談社

「軽く打つんだ」

すなわち、FLIP-FLAP。まじめであったり、一生懸命であることと、このFLIP-FLAPの精神は、いっさい矛盾しないのだ。

なんという開放感だろう!みなさん、ゲームを、生活を、仕事を、すなわち人生を「軽く打つ」べしです。

さいごに

<ピンボール>どころか、ゲーセン自体がいまや危機に瀕している、という時代になってしまった。秋葉原もすっかりゲーセンが減ってしまっている。

ぼくは物事が失われるべくして失われてしまうことは自然なことだと思う。蓄音機が、レコードが、カセットが、CDが失われていくように。

だが、それを愛しているのだとすれば、最後の一人になってもそれを受け継ぎ、次の世代に渡して、絶やさないようにしたらいいとも思う。

そういう思いで、ぼくは、本屋をやっています。《さいごの書店》になるのが夢です。

「気取らず肩の力抜いて楽しんで」やっていきます。


▶これまでの『本屋の本音のあのねのね』

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