第三十五冊『百木田家の古書暮らし』~イエスタデイはまだ聞こえるか~

現役の本屋の店員が好きなマンガについて本気で語る本連載。
大ヒットしているマンガから、知る人ぞ知るニッチなマンガまで、本屋ならではの視点で掘り下げます。マンガ好きの方はもちろん、新しいマンガに出会いたい方にもおすすめです。

▶️いままでの「本屋の本音のあのねのね」

読み狂い、買い狂う街

千代田区神田神保町。

都心の一角にあるこの街は、<本に狂った人間>のための街だ。

もうちょい穏当な言い方をすれば、「本の街」ということである。読み方は「じんぼうちょう」。

本に取り憑かれた人間にとって、この街は楽園以外のなにものでもない。

小学五年生で初めてこの街にひとりで訪れたとき、ぼくはコーフンしすぎて、ほとんど怒りに似た感情すら覚えたものだ。

東京に住むということは、これが“ふつう”ということなのか、と。

本屋のとなりに本屋、そのとなりに本屋、そのとなりに本屋……!靖国通りの“南岸”に果てしなく並んだ書店街の風景は、この世のものとは思えなかった(本の日焼けを防ぐために、神保町の多くの古書店は「北向き」に店を構えている)。

そして、きっとぼくはいずれこの街で長く大切な時間を過ごすことになるだろう、と妙にはっきり確信した。

8年後それは現実となり、ぼくは神保町の住人となった。

ぼくにとって神保町は、青春のほとんどを過ごした街だ。

大学がここにあったから――というより、ぼくがその大学を選んだのは「神保町にあった」からだ。

青山にあるオシャレ大学とか他の選択肢もあったが、百万回生まれ変わっても、すべてのぼくは神保町を選ぶだろう。

授業になぞまともに出ない。かわりにサークルのBOX(部室)に毎日入り浸り、ひたすらゲームとオタク談義、そしておもむろに街に出て好きなように本屋を巡る――365日、そういう日々だった。

ちょっとトイレに、くらいのノリで書店に行ける、ここはまさに本好きのエルドラド、パラサマ、シャングリ・ラだった。

しかも、ただの書店ではない。日本最高峰の書店だ。三省堂本店、グランデ、東京堂……。

ビル一棟まるまる書店という大型店がいくつも軒を連ね、そこでは一流の書店員たちがその選書眼を競っていた。

「新刊」を買うという点で、この街以上に<狂った>場所は、日本のどこにも、いや、おそらく世界のどこにもないだろう。本の街と呼ばれる所以である。

だが――この街を、真に「本の街」たらしめている“もうひとつの顔”が、この街にはある。

つまり神保町は、世界最大といわれる「古書店街」なのだ。

おそらく、この街が「本の街」と称される理由の多くは、この130とも180ともいわれる古書店の信じられない数にこそある。

ロンドンのチャリング・クロス、ウェールズの古書都市ヘイ・オン・ワイや、その姉妹都市であるベルギーのルデュなど、世界にはさまざまな古書街があるが、神保町はおそらくその規模において比肩するものがない。

日本国内でいっても、早稲田や本郷、大阪・梅田の古書街などがあるが、それらと比べてもケタがちがう。

ぼくは人生初のバイトがこの街の古書店だった。まあ問題ないと思うので実名書いちゃうと、日本文学の老舗古書店「八木書店」。その筋では有名な店だ。

前のコラムでも書いたが、ぼくのいたサークルでは、新入生は強制的にここでバイトさせられるのだ。

日本文学への知識や興味は関係ない。なにせ、ぼくの先輩Fは「大佛次郎」を「だいぶつじろう」と読んで、そのことが向こう数軒先まで広まり、偏屈な古書店主たちすら爆笑させたくらいだ。

あれから30年。当時いっしょに働いていたひとたちのほとんどは鬼籍に入った。そう聞いている。ぼくが書店をしていて、しかも八木といまだに取引がある、なんて知ったら、あの世で驚くだろうな(八木はコミックの卸もしているのだ)。

そう、時の流れは、もちろん神保町そのものにも容赦なく襲いかかっている。

洋書のタトルはすでになく、硬派だった東京堂も改装してカフェが併設している。古書店もかなり減って、かわりにチェーンの飲食店に置き換わっている。

ついに三省堂本店も改装を始めたし、なによりぼくらの同業でいうと、コミック高岡とブックマートがなくなったのはショックだった。

新刊書店・古書店のどちらにとっても、状況はさらに厳しくなるだろう。リアル店舗、紙の本を求めるひとは減っていく。神保町はどうなっていくのか……?

……って、いつまで神保町トークを続けるんだ?と思われたかた、失礼しました。もちろん、今回のお題は、神保町マンガにして古書店マンガ、なのです。

と、いうわけで今回は「百木田家の古書暮らし」(冬目景 集英社 以下「百木田家」)をご紹介したい。

ちなみにこれは「からきだ・けの~」と読む。初見でこの名字を読める日本人は、そうはいないだろう。

ぼくのように「ももきだ」とか読むひとが多いんじゃなかろうか。からきだ、とキーボードで打つと、多くは「唐木田」と変換するだろう。

「名字由来net」という名字の情報サイトによれば、からきだ・百木田はとてもめずらしい苗字で、日本に現在、約100人しかいないのだとか。

冬目景先生らしい、これしかないというピッタシな名字の選び方である。

表紙

冬目景という孤高

「百木田家の古書暮らし」は、2022年1月より集英社「グランドジャンプ」誌で連載開始、現在も連載中。コミックスは現在1~4巻が刊行。

おお、ハイペースだ(笑)。

冬目景先生といえば、筆が遅い……というか、〆切に追われて描いている感じがまったくしないマンガ家だ。

連載の掲載もけっこう不定期で、なんというか自分のペースで描くことを許されている感じがする。

「気の済むまで時間をかけていい」なんて、すべてのマンガ家が夢見る、理想の連載スタイルじゃないか!

まあ、もちろん実際はそこまで自由ではないのだろうが。

とはいえ、その代表作「イエスタデイをうたって」は、ほんとうに終わるのかとファンをやきもきさせたくらいマイペースな進行で、完結に足掛け18年もの時間がかかった。

「黒鉄」「LUNO」などの作品もとにかくすんなり終わらない。

10年以上待ったりする。いや、そんなの冬目景ファンは慣れっこである。

で、ホントは冬目景を語るのなら、まずこの「イエスタデイ」を取り上げないとウソなのだが……今回は「百木田家」を選んだ。

神保町と古書業界に思い入れが強いというのもあるが、もうひとつ理由があって、それはこの「百木田家」はウィキペディアにページがなかったからだ。

冬目景作品なんて、全部、単独ページがあるに決まってると思ってた。おいおい、アフタヌーンで育ったミドルエイジの創作系同人好きのヴェテラン兵たちが、頼まれなくても作ってるんじゃなかったのかよー(笑)。とにかく、それならこっちだ、と考えた次第。

というわけで、あらためて作者・冬目景(とうめ・けい)先生をご紹介したい。

冬目景先生は、多摩美術大学のご出身。

同大学出身者の同世代には、著名なマンガ家が多い(沙村広明先生や玉置勉強先生など。このコラムで紹介した方だと、「ヨルムンガンド」の高橋慶太郎先生)。

多摩美大は、武蔵野美術大学いわゆるムサビとならんで、多くのマンガ家を輩出している名門だ。

デビュー直後はいろいろなペンネームを使われていて、十目傾、冬目景二とかあったそうだ(男性名っぽいけど、冬目先生は女性)。

このころは同人活動も活発で、上記の同年代作家らと同人誌を作ったりしている。

思うに、おそらく冬目景先生は創作系同人作家のいわばロールモデルとなった作家のひとりである。

つまり、マイナーメジャーな作風でも食っていくにはどうすればいいか、を現実に示した作家ということだ。

ジャンプ的な、アニメ化して一発ドカンではない。描きたいものを描き、発行部数や売上至上主義とは一線を画し、玄人ご好みの、例えるならハリウッドでなく単館系の映画みたいな、そういうマンガを描いて、認められ(←これ重要)、生きていくというスタイル。

それは、アマチュア同人作家たちのあこがれであったはずだ。だから冬目景のエピゴーネン、劣化コピーが雨後の筍のごとく湧いて出た(いまもいる)のも、やむをえないことだろう。

だがそれらも、冬目景が唯一無二であることを証明しただけだとぼくは思う。

そんな冬目先生の代表作は、アニメ化した「イエスタデイをうたって」と、実写・OVAになった「羊のうた」をあげるひとが多いだろうか。

これ以外にも、とにかく3~4巻完結くらいの中短編が多作で、とてもあげきれない。

特筆することがあるとすれば……美大もしくは予備校の描写が多いことか。

もちろん実体験からくるものだろう。そうした短編のひとつ「ももんち」(小学館 2009年)は、「イエスタデイ」「羊」と共通の世界観で、登場人物も一部共通している。

一冊だけの小品だが、ぼくは個人的にかなり好きで、冬目景入門を選ぶとすれば、多分これにする。そして「百木田家」は、この系譜につらなる作品である。

「百木田家」や「イエスタデイ」「ももんち」などをリアル寄り路線とすれば、「羊」「黒鉄」「ハツカネズミの時間」「ACONY」「マホロミ」は幻想寄り路線、という感じ。

あと、冬目景センセといえば、版元がつぶれたり、雑誌がなくなったり、なんというか出版運がない(笑)という伝説がある。

いやむしろあるのか(基本、必ず他に移籍したりできるので)とぼくは思うが、とにかく、その落ち着いた作風に反して、コミックスは波乱万丈な出方をしている。

近作だと「空電ノイズの姫君」(幻冬舎)が「空電の姫君」(講談社)に掲載媒体移籍・タイトル変更とか。むろんファンは慣れっこだ。

ももんち

その絵にふさわしい題材

さて、美大出身ということは、つまり「絵」の専門的な訓練を受けているということだ。

先にぼくの考えをお伝えしておくと、マンガを描くのにそういう訓練が必要だとは、まったくこれっぽっちも思わない。それは手塚治虫先生や永井豪先生をみれば明白だろう。

だが、やはり学んだ方の「絵」をみれば、pix○vでCGイラストしか描いたことない人とちがうことはわかる。

なにが「ちがう」かというと、デッサンとか技術的なことももちろんなのだが、それより大きいのは、絵が「だれかのモノマネ」じゃない、という点だ。いうまでもないが、絵の学び始めは「模写」からだ、などという次元のハナシじゃない。

当たり前だが、美大で絵を学ぶひとなら「だれか」でなく「自分」の表現を求めるのは当然のことなわけだ。

その絵をみたら、冬目景だとわかる。沙村広明だとわかる。そういう表現を追求したいから、わざわざ美大に入ったのだから。

冬目景先生の「絵」は、もうそれだけで「金が取れる」。ぼくはそう思う。事実、画集も多いし挿絵のお仕事もされている。

ほとんど原色をつかわず、どこか“くすんだ”色味の塗りで、粗目の画用紙に逃げも隠れもしない真っ向勝負のアナログな線で、やさしい、やわらかい輪郭で描かれるその絵は、だれにもマネできない独自の画風を確立している、といっていいと思う。

冬目先生が美大出身である、ということを知らなくてもそのマンガは楽しめるけれど、その絵を見て、そこに確かな基礎力と、「自分の表現」を追求している姿勢が読み取れないひとは、ちょっとどうかと思う。

さて――

ここまで「絵」を持ち上げておいてなんであるが……爆弾発言をすると、冬目景作品のキモは「絵」じゃない気がする。ぼくは死ぬほど冬目景の絵が好きだが、それでもそう感じるのだから仕方ない。

絵が単独で価値を持つくらいの魅力があることが、冬目景作品の評価をおかしくしてきたとすら思う。

あまりに絵として優れすぎているからこそ、マンガそれ自体の内容を味わうまで読み手の気力がもたない……そんなイメージがぼくにはある。

そんな冬目景がこの「百木田家」で神保町を、古書の世界を描くと聞いたとき、ぼくは正直、心から「キタコレ」と絶叫したものだ。

そう、あの街を本質的に描ききれるマンガ家は、それだけの絵を描ける作家は、それを物語として昇華できるひとは、冬目景以外にありえないじゃないか!

こんなにも“相性”がいい組み合わせが、他にあるか?ご本人の着想なのか、ご担当編集さんのアイディアなのかはわからないが、この作品は、およそマンガと題材と絵という三題噺における、この二十四年で(つまりぼくがはじめて冬目景を同人誌で読んだときから)ほとんど究極の回答だとすら、ぼくは思う。

言い換えれば、ついに冬目景はみずからの絵ヂカラに負けない題材にたどり着いたんじゃないだろうか。

人物相関図

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

三姉妹といえばアレ

「百木田家」は比較的登場人物の多いマンガである。最新4巻までの主要キャラの関係相関図がコミックスに掲載されている(上の画像)ので、参考までに。

とりあえずキャラクターを紹介していくが、冬目作品のキャラはもう誰も彼も、とにかく一筋縄ではいかない。

上に述べたように絵が強すぎるから、当然ながらそのヴィジュアルからのイメージ喚起力もハンパない。

しかし、どの登場人物もその背景に幾層にも積み重なった過去があって、見たままということは絶対にない。

むしろ、ヴィジュアルの初期イメージが、一コマごとに一フキダシごとにみるみる解像度を上げていく……そんな印象がぼくにはある。

その丹念な描き方のなかに、ひらめきのように示される感性や価値観こそが冬目作品の魅力だ、というと雑な総括かもしれないが、まずはそんなふうにいっておきたい。

さて、なにはなくとも、まずはタイトルの「百木田家」についてだ。このマンガは、この百木田家の“三姉妹”が主人公の物語である。

ツグミ2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

メインの主人公は、百木田三姉妹の次女・ツグミ

ツグミ、は漢字だと「二実」。

お察しのとおり、三姉妹は上から順に数字で一・二・三の漢字を名に冠している。

「一果」「二実」「三稔」である。読みは、イチカ・ツグミ・ミノル。どれも変わった名前だといえるだろう。

ツグミの年は23~24歳。これは中学生のシーンから「十年」経ったとあるので、そう推察される。

一度会社員になっているのだが、物語の冒頭では退職して、舞台となる古書店の若き店主となっている。

本が好きというのは古書店主の基礎条件だから当然として、なぜか「怪獣の特撮」に造詣が深く、店に持ち込まれた貴重な特撮現場の写真にリミッターが外れたりする。

こういうのを突然ぶちこんでくるのが、冬目景流である。

怪獣1
怪獣2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

あと、後にふれるが男性不信。

ちなみに、冬目作品のメインヒロインは意図してか偶然か、ツグミっぽいヴィジュアル・性格が多い……気がする。

髪は肩より上、キレイよりはカワイイ系。性格は内向的、でも芯は強くて、とにかく典型的な“めんどくさい”タイプ。

「イエスタデイ」のハル、「ももんち」のもも、となんか似てる。

きっと、ザ・ヒロインみたいなキャラなど、冬目先生は興味ないんだろうな。たまらんですわ。

イチカ1
イチカ2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

長女は一果(イチカ)、社会人・29歳。建築業界系出版社に勤務。

酒・タバコ好きで豪快な性格。三姉妹でまともに稼いでいるのは、現時点では彼女だけ(古書店はまったく収益化してない)。

バツイチ。三年前に離婚したのだが、なんとその理由がすごい。

いいトシして、学生時代の先輩・都築新司(つづき・しんじ)にずっと恋心をいだいており、それが忘れられないからだというのだ!うわあ、乙女か!

だが、先輩にはカノジョがいる。しかもこのカノジョは、自分とタイプが真逆の中学時代の同級生・藤吉(ふじよし)。

藤吉はキライになれない大事な友人でもあって、もう先輩とカノジョの幸せを祈るだけ、という悟りの境地に達していたイチカであった。

……のだが、なんと先輩とカノジョが別れる、と言い出すのだ……!というのが最新刊での状況。

これはワンチャンありそう(笑)と周囲は思うのだが、イチカはぐずぐずと、へたな言い訳を並べて、アクションを起こさない。

それに、藤吉がどうして先輩と別れると言い出したのかを知ってしまい、さらに動けなくなっている。

これはー……成就シナイ系のニオイしかしないなー。安直な収め方など、冬目センセはやらないだろうし。

ミノル

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

三女の三稔(ミノル)は高校生。三人のなかでは、もっともエキセントリックな人間。通う高校は、かなり自由な校風らしく、髪の色をピンク~オレンジに染めている。

どこまでシリアスかはまだ突っ込んで描かれていないのだが、ミノルはいわゆる「バイセクシャル」、つまりLGBTのBにあたる性的志向らしく、ちょっと前まではオトコの彼氏がいたが、いまはモデルをしている女の子の同級生・マナが好きで、積極的にアプローチしている。

が、マナはノーマルな性的志向で、友達以上には見てくれないのでミノルは自分の気持ちを持て余している。

……以上が、百木田家の三姉妹。なんか既視感があるなー、とちょっと考えて、ああ、わかった、キャッツアイだ(笑)。

次女がメインだとか、長女がオトナ系、三女がわんぱく系ってところも似てる。

やっぱ三姉妹の理想的な“座組み”って、これなのかなあ。

さて、お気付きのとおり、イチカ、ミノルと、めんどくさい恋愛沼にハマっている。

あれ?では、ツグミは?このマンガの帯には「三姉妹が紡ぐ恋愛群像劇」って書いてるんである。

もちろん、ツグミも沼にハマっている。そしてその相手が、このマンガのもうひとりの主人公でもある。

あらすじと深く関わってくるので、流れのなかでご紹介したいと思う。

だが――先にさらにもうひとつの“主役”について書いておきたい。

それは、三姉妹が住む「古書店」についてである。

本の神様の書店

その古書店の名は「魁星書房(かいせい・しょぼう)」

「魁星」とは「北斗七星中の第1星、ないしは第1星から第4星までの名。転じて文章や禄(ろく)簿などをつかさどる中国の神の名をいう」(日本大百科全書 小学館より)。

マンガ中でも「中国では本の神様って意味もあるじゃない」(1巻129P)と書かれている。本にまつわる洒落た店名である。

値札シール

コミックスのカバー裏側折り返しに、この魁星書房の値札シール(もちろんダミー)がある。

八木書店でも同じようなシールを使っていた。これの使い方だが、値段を書いて古書の裏表紙側に貼る。

で、売るとき、値段を書いてあるほうを切り離す。新刊でいうところの「スリップ(短冊)」みたいなものだ。

ここに記載された住所は「東京都千代田区神田神保町1丁目106」。こういうのを見つけちゃうと、土地勘のあるぼくとしてはそれがどこか調べたくなっちゃう。

で、結論としては、この住所は実在しない。神保町1丁目は105番までしかないからだ。

ただ、おそらくこのへんだろう、という位置は特定できた。神保町の深いところだ。

106は105のとなりなのだから、イメージ的な位置は決まりである。

三省堂本店が玄関だとすれば、かなり家の奥のほうの部屋にあたる。

すずらん通りの二本か三本通りを挟んだ南、小さな古書店や取次が点在している裏通りの一角。おそらくこのあたりだ。

ぼくら書店が、いわゆる「神田村(神保町の小取次が集中する区画)」と呼ぶエリアである。

魁星 外観1
魁星 外観2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

建物がレトロな感じだが、神保町にはこういう感じの建物がめちゃくちゃ多いので、とくに珍しくはない。

いわゆる「看板建築」というものだ。

外観のみ、特に建物が道に面する側だけを洋風に装飾して、住居軒店舗として使われる木造2階建ての建築様式で、関東大震災後に建て直す資本がない中小の事業主に多く採用されたものだそうだ。

モデルにした建物がありそうだなあ、と思って調べたが特定はできず。神保町を代表する看板建築「海老原商店」が似てるかなあ、くらい。でも、ここと同じくらい似てる建物は他にもあるしなー。

そもそも神保町ビギナーなら、そういう外観に安直にあこがれてしまうだろうが、“中の人”からすれば、そういうレトロな外観はただの「こけおどし」だとわかっている。

店の「格」は結局のところ、本当に貴重な本の有無と、それを適正に扱えるかどうかなのだ。

ちなみにこのことをさすが冬目景先生、ちゃんと作中で描いている。

格1
格2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

もちろん、マンガ的には「映え」るヴィジュアルは重要なので、魁星書房はじつにステキな外観に設定されている。

あと、この建物の脇には駐車場があって、百木田家の車が停められている。車種は「シトロエン2CV ピックアップ」。

シトロエン

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

いや、これは……趣味出しすぎじゃね?(笑)。

2CVはフランスの国民的大衆車で日本にもマニアが多い(宮崎駿が2CVマニアなのは有名)が、荷台があるピックアップは、日本国内だとかなりのレア車だそうな。

いわゆるクラシックカーだが、作中では一応現役で、仕入れに使われる。

古書店の仕入れは、持ち込みだけでなく、店側が訪問するケース(出張買取=宅買い)もあって、「百木田家」でも実際にこの2CVは実働している(二巻)。

……とまあ、こういう仕様の古書店なわけだが、ある程度は「レトロでセピアな古書の世界」を演出するために、過剰にそう描いているところはあるだろう。

つまり、いかにもな古書店の描写は物語上必要だからだ。

だが、ぼくがおもしろいと思ったのは魁星のウラにある「モラグ書店」。モラグというのは、ネッシーなどと並んで有名なUMAの名前、らしい。

モラグ書店

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

この、やる気のかけらもない店構え(笑)!だが、神保町の裏通りには、けっこうこういう、なんか普通にサッシの引き戸があって、開けてみたら古書店だったり、本の取次だったりするのだ。

このあまりにそっけない、一見さんお断りな雰囲気もまた、神保町の確かな一面だ。

この街を描くのにこの「サイド」を取り入れているしたたかさ、冬目センセーさすがである。

そして、このモラグ書店で住み込みの店番をしている青年こそが、ツグミの“初恋の君”なのだ。

というわけで、本編をざっとご紹介していきたいと思う。

古書店経営がわかるマンガ(ウソ)

このマンガは、神保町で古書店をやっていた祖父が他界し、そのあとを脱サラしたツグミが継ぐ、というところからはじまる。

そのいきさつだが、祖父の遺言で古書店は残してほしいとあったため、父親が唐突に次のように決めてしまったのだ。

いわく「横浜の持ち家は売ってしまうから、その神保町の店舗・兼・住居で、おまえたち三姉妹は暮らしてくれ」と!自分はアメリカに戻ってしまうのだから、むちゃくちゃなハナシである(笑)。

だが、会社や学校へのアクセスに問題はなく、三姉妹はしぶしぶ神保町への引っ越しに同意する。

そして、古書店をどうするかという話になったが、職場の人間関係にウンザリしていたツグミが、一念発起して会社を辞め、古書店を自分がやる、と宣言する――

あたしの城

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

さて、「百木田家」というマンガは、こうして古書店を経営することになったツグミが、古書業界の荒波を乗り越えながら、店を繁盛させていくお仕事奮闘系物語――とかでは、まったくない。

ぼくのような書店をやってる立場としては、それはそれでおもしろそうだが(笑)、物語はまったく予想もつかない方向にいくのである。

神保町に引っ越して、数ヶ月――

三姉妹が新しい生活に慣れ、ツグミも古書店主としての日常に馴染んできたある日。

店の裏にあるあやしい古書店の店番の青年と、ひょんなことで知り合いになる。

梓沢

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

じつはこの青年、ツグミの“初恋の君”である、梓沢和本(あずさわ・かずもと)であった。

かつて、中学生のツグミがなぜか「新刊書店で新刊の奪い合い」をした相手で、ツグミの男性不信のきっかけにもなった男である。

梓沢は、冬目マンガの「男役」らしく、弱いんだか・強いんだか、よくわからないタイプの、つかみどころのないキャラである。

バックパッカー
フィジカルに

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

10年前に、ツグミと因縁があったころの彼と、今の彼は別人のように違っている。

数年間バックパッカーとして世界を放浪した梓沢は、同世代の男性と比べてどこか「規格外」であるように描かれている。

特別腕っぷしが強かったり、ビジュアルがよかったりするわけではないが、どんな状況でも生きていけそうな図太さがある。

その只者でなさは、さまざま描写で示されるが、たとえば……

卵とりんご

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

いや、そうかもしれないが(笑)。

飄々とした梓沢は、取り付く島もみせないツグミに、めげることなくさまざまなアプローチで仲良くなろうと接してくる。

だがそれにはどうやら理由があって、というのも梓沢は、事あるごとに「魁星さんの書庫をみせてほしい」と頼み込んでくるのだ。

ときには、きわめて貴重な画集と引き換えにしても、である。

そんなふうに、ちょくちょく魁星の書庫に入りびたる梓沢であったが、その目的はしばらくツグミにもわからなかった。何か目的がありそうだが……

確かなんだ

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

ある日、ツグミは書庫を整理していて偶然、「普世久講(ふせ・ひさつぐ)」という版画家の画集を発掘する。

普世はすでに亡くなっており、その画集もきわめて貴重なものであった。

海外で主に活躍しており、その幻想的なモチーフの銅版画は玄人筋には高い評価を得ているのだと、知り合いの古書店主が教えてくれる。

ただ、この時点では掘り出し物をみつけた、くらいのものであった。

だが、ある出来事が事態を一変させる。

ひょんなことからその画集を目にした三姉妹の父親が、衝撃のひと言を放ったのだ。

「僕の兄さんだからさ」

伯父1
伯父2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

なんと普世久講は、本名「百木田久志(からきだ・ひさし)」。父親の兄、つまり三姉妹の伯父だというのだ!

そもそも伯父がいること自体、聞かされていなかった三姉妹だったが、かなり若いときに相続権も放棄して家を飛び出し、ずっと海外で暮らしていたらしく、生き別れ状態でとくに触れることもしてこなかった、とのこと。

さらに驚きはつづく。

じつは梓沢が書庫に固執していたのは、あるものを探しているからだと告白する。

それが「普世久講の日記」だというのだ。

日記1
日記2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

梓沢はある情報筋から魁星の書庫にそれがあると聞き、書庫に入るチャンスを狙っていた。

そこまでして梓沢がその普世の日記を探しているのは、単なる業界人としての興味と三姉妹には説明したが、実際にはそれだけではない、ある深刻な理由があるのだった……

というところで、かなり端折ってますが、あらすじはおしまい。

神保町時間

筋立てだけ紹介すると、なんだか古書にまつわるミステリー風味、な物語に思われるかもしれない。そういう読み方も一応は可能だと思う。

だが、ぼくは全くそういうお話ではない、と断言してしまいたい。

「百木田家」において、以上のミステリー部分は、梓沢の行動動機を説明するのには欠かせないが、ぶっちゃけこのマンガの読みどころはそこじゃない。

あくまでも、読者の興味を牽引し、前へ前へと読み進めさせるドライブ力の源泉は、「三姉妹の恋愛模様」にあるからだ。

さらにいえば、そうした三姉妹の日々のありふれたやり取りのなかで、三人それぞれがほかのふたりを“相互フォロー”するような関係になっている。

つまり三姉妹は、姉妹ならではの洞察力で、ひとりの内面を、ほかのふたりが適切に「言語化」する、そんな仕掛けになっているのだ。

イチカがツグミを評していうこんな描写もあって、爆笑してしまったりもするが。

たぶん処女

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

たぶん処女だぞって(笑)。妹をそういうふうに売り込む姉がいるかー

とにかくこのマンガは、外の世界でいろいろと出来事がおきるが、それを三姉妹がいったん「回収」して、アドバイスしたり、ただ愚痴ったりすることで、気持ちを切り替えたり、答えは出なくてもスッキリしたりする。

お分かりのとおり、物語はゆっくり進む。

古書に彩られたこの街の、どこかゆったりしたような日々に歩調を合わせるかのように、三姉妹のそれぞれの恋愛模様も、並行してゆったりと描かれていく。

そのどれもがなかなかにややこしいのだが、その進行速度はとにかく遅い。

それを彩るイベントとして、たとえば「神田古本まつり」があったり、古書会館の競りが描かれたり、車での買取旅行があったり、さまざまなシーンがある。

もちろん、そうした神保町の風物を見ているだけでもおもしろさはある。実在する店がやたらと出てくるのも、ベタな読者サービスだが、やはり楽しい。

神保町の喫茶店といえば、真っ先に名前の上がる「さぼうる」や「ミロンガ」は予想通り出てきたし(笑)。

そこに流れる時間は、ここが都心ど真ん中とは思えない、おだやかなものだ。

ぼくは、この「速度感」こそがこのマンガの快感なのだと思う。

特にツグミの場合は、最新4巻まででもまだ恋愛的な描写はほとんどない。

いや、明示されていないが、なにか梓沢に対して言葉にできないような感情が芽生えていることは、匠に表現されているとはいえる。匠すぎて気づきにくいくらいに。

あらすじでは省いたが、じつは普世の日記を探すなかで、梓沢は三姉妹の「いとこ」なのではないか、という衝撃の事実が明らかになる。

その事実を、ツグミは当初歓迎するそぶりをみせるのだが、最終的にそれは誤解で、やはり血の繋がりは全くないことがわかると、ツグミは……動揺するのである。

そのわかりやすい説明のないツグミの反応はなにを示すものなのか。もちろん、それは読者からすれば答えはひとつしかないのだが、あくまでもその「決定的なひとこと」は出てこない。

感情のすべてが、つねに白黒ハッキリわかりやすいわけではないように、冬目先生は結論を急がない。

「イエスタデイをうたって」を18年かけて終わらせた冬目先生だ、慌てようはずがない。その歩み方は「百木田家」においても受け継がれている。

神保町の時間と三姉妹の恋愛模様は、こうして二重写しとなって描かれていく。

まさか本の街とラブストーリーが、こんな見事な化学反応を起こそうとは、考えたこともなかった。ぼくはあらためて、冬目景信者であることを、幸せに思った。

さいごに

ゆっくり、おだやかに見える冬目景作品にはときおり、ズバッと切り込むような描写が挟まれることがある。「百木田家」にもそれはみられる。たとえば……

着物1
着物2

出典:百木田家の古書暮らし ©冬目景・集英社

「人と違うってことだけをアイデンティティーにするような人間になるなよ」。

独自のマンガ世界を確立したといっていい冬目景先生がこれを言うのだから、なかなか手厳しい。

やさしいけど、甘くはない。

そしてこれはマンガを描く、ということにもきっと当てはまることなのだ。

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