Not HANGAN but HOUGAN
「判官びいき」というコトバの読み方を、ぼくはずっと「はんがん」だと思っていたのだが、ただしくは「ほうがん」らしい。がーん。
「はんがん」も間違いではないそうだが、正規の読みを知らなかったのは、ちょっとショック。
このコトバは、源義経が源平の戦で英雄的活躍をみせながらも、さまざまな不条理をうけて追いつめられ、最後には奥州で非業の死を遂げたことに由来する(「判官」というのは、義経の官職名)。
一般には「弱者が不利な条件で奮闘するのを、思わず応援してしまう」ような心情のことを指す。
なんとも屈折した日本人のメンタリティが表れていると思うが、まあここではシンプルに「弱い立場に同情し、肩入れしてしまう」という心理が、大昔からあったんだ、くらいにしておこう。
さて、ここでぼくは突然、千葉ロッテマリーンズの話をしようと思う。
さすがに知らない方はいないと思うが、ロッテは日本のプロ野球・十二球団のうちのひとつで、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)に属している球団である。(……お察し)
などと思ったひと!そっ、そういうのはいけませんよ!ダメ、ゼッタイ!
ま、まぁたしかに?ロッテほど「判官びいき」されそうな球団はないのはたしかですよ?全十二球団のうち、リーグ勝率一位かつ日本一という“完全優勝”から、もっとも遠ざかっているのがロッテですからね。
なにしろ、最後に完全優勝したのは、1974年。
いまから、もう半世紀前……!ぼくなどまだ生まれてもいない。
リーグ二位・三位からの優勝、いわゆる「下剋上」優勝はあったが(2005、2010)、やはり完全の称号は得られていないことにかわりはない。
しかも、完全優勝だって、ロッテがまだ「ロッテオリオンズ」だったころの話で、マリーンズになってからはなんと一度も完全優勝していない。
つまりロッテは、日本一にもっとも縁のない球団なのだ。
ゆえに万年Bクラスチームとみなされているだろうし(最近はそうでもないけど)、その弱さにまつわるエピソードにもことかかない。
まだロッテの本拠地が川崎球場だったころ、あまりに弱くて観客も少なかったため、悪ノリした客が、ガラガラのスタンドで「流しそうめん」をやったのはもはや伝説だ。
他にも、麻雀卓や七輪を持ち込んだツワモノや、人がいなさすぎて誰もみてないのでイチャつくカップルがいたりと、川崎時代の逸話にはもう笑うしかない。
その後、1992年にロッテは、千葉県幕張に新造された千葉マリンスタジアムに本拠地を移し、球団名もロッテオリオンズからロッテマリーンズに変えた。
これが転機となり、ロッテは大きく変貌したのだが、それを語るとこのコラムが五倍になるので省略。
マリンスタジアムはその後、命名権を売却し、現在ではZOZOマリンスタジアムとなっている。
さて、このコラムでもひそかにアピールしてきたが、ぼくはロッテファンだ。
ゆえに、ロッテファンがどういう扱いをされるかは、この身で経験している。
ロッテを応援する、イコール「判官びいき」だと暗にそういわれたことは、一度や二度ではない。
それはさすがに言葉がすぎると思うが、まあ別に気にしない。ほとんど事実だし。
ただ、気にはしないけどそれでもファンでいるのはなんでだろう、と考えることはある。
そして、なんとなく結論めいたものにはたどり着いた。
つまり、ロッテファンであるということは、野球というスポーツを「勝ち負けだけのスポーツだとは見ない」というひとつの意思表示である――と。
こんなことをいったら熱心なファンからは嘲笑されるかもしれないが、まあ一ファンの戯言ですので、こういう考えもあるんだなーくらいで、はい。
さて、ロッテの話などいつまでつづけるんだと怒られそうだが、実はロッテトークは今回ご紹介するマンガにとって、避けては通れないのだ(ぼくがロッテファンであることとは、マジでなんの関係もない)。
お許しいただきたい。
なぜなら、そのマンガ――「ボールパークでつかまえて!」(須賀達郎 講談社)は、千葉ロッテマリーンズをモデルとした「千葉モーターサンズ」というチームの物語であり、舞台が「マリンスタジアム」をモデルにした「モーターサンズスタジアム」だからだ。
捕手 in the 球場
「ボールパークでつかまえて!」(以下「ボールパーク」)は、週刊「モーニング」誌にて、2020年から連載されている野球マンガだ。
現在も連載中であり、つい先日最新9巻が発売になったばかりだ。
英題:「THE CATCHER IN THE BALLPARK !」。
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」がかかっているのだろうか。
だとしたらおしゃれすぎる。
作者・須賀達郎先生は、もともと神奈川の高校球児、つまりプレイヤーとしてのご経験をお持ちであり、それはマンガに活きている(やたらと道具の描写にこだわりがあったりする)。
デビュー作も野球マンガ、しかも女子野球を題材にした挑戦的な作品「マックミラン女子硬式野球部」である(掲載誌移籍の際に「マックミランの女子野球部」に改題)。
それと並行してアニメのスピンオフマンガを手がけたのち、「ボールパーク」につながっていく(架空のチーム名が同じだったりする)次作「2年2組のスタジアムガール」の連載を「まんがタイム」にて開始。
これは「球場のチアガール」をとりあげたマンガで、野球マンガの切り口としてもまさに斬新であった。
ちなみにこのマンガのWEBサイン会を当店でやらせていただきました。
未単行本化エピソードをまとめた同人誌も当店で扱っております(宣伝)。
そして、野球モノの「帷子しずくはリードしたい!」を経て、この「ボールパーク」の連載に至っている。
つまり須賀先生は、ほぼ野球関係のマンガを描いてきたことになる。
そして「ボールパーク」はおそらくもっとも商業的には成功した作品であろう。コミックスも最長だ。
ホント、売れてくれてよかった。
このマンガを読めばわかると思うが、こんなマンガを描くひとが売れないなんてことがあってはならない。
そういう数字のことはさておき、このマンガは須賀作品の現時点での“集大成”だといっていい。
それはこのマンガを「球場マンガ」としたことからも明らかだ。
Not 野球マンガ but「球場マンガ」
「ボールパーク」は野球マンガであると同時に、「球場マンガ」でもある。
このふたつをわざわざ別のものとする必要はないかもしれないが、ただ描かれているものは無視できない程度に違う。
いちばん違うのは、野球の“捉え方”だ。
野球マンガ、すなわち物語を牽引するキャラクターが「選手」であるマンガは、基本的に野球を勝負として描く。
勝つか・負けるか。強いか・弱いか。主人公も当然プレイヤーだ(やっぱりピッチャーが最多。ついでなので調べたら「野球マンガの主人公は、いちおう全ポジションでいる」そうです)。
そこでスポットライトを浴びるのは、ベンチを含めても、二〇人少々であり、つまりは“特権的”な存在だといえる。
野球マンガをあえて型にはめるなら、「特権的なプレイヤーによる野球勝負を描く」マンガだ。
もともと野球を扱うマンガは、この意味でいえば「野球マンガ」ばっかりであった。かの「ドカベン」しかり、「名門!第三野球部」しかり、「キャプテン」しかり、「MAJOR」しかり、「ダイヤのA」しかり。
どれも名作ぞろいだが、これらの主人公は全員プレイヤーであり、マンガの内容もゲームにおける競争や勝敗を描いている。
だが「球場マンガ」は、野球をおそらく「勝ち負け」だけじゃない規模・範囲で捉える(……おや?なんか、どっかで聞いたフレーズですね)。
なぜなら、球場に存在する人間の数・役割・職種・年齢・性別・経歴は、選手だけではおよびもつかない膨大な数に登り、その野球との関わりも「勝ち負け」というシンプルな基準にとどまることはありえないからだ。
「球場」という場には、おおげさに言えば“社会”だったり“生活”みたいなものがある。
ただ、みんな野球というコアは共有している。そこが普通の社会とは異なる。
さらに言えば、近年では球場はもはや単なる競技場ではない。そこは<ボールパーク>だ。
Not スタジアム but ボールパーク
<ボールパーク>とは、野球場=<スタジアム>だけでなく周辺の公園なども含めて、野球観戦に加えたさまざまな体験ができる娯楽施設群のこと。
さすがアメリカはすでに進んでいて、多くのスタジアムがボールパーク化している。
日本でも、日ハムの新球場「エスコンフィールド」がボールパークとして建設され注目されている。
楽天や横浜も本拠地球場をボールパーク化しており、旧来の日本式球場のあり方は大きく変わろうとしているのだ。
「球場マンガ」とは、そのような球場という場・そこにいるひとをクローズアップするマンガであり、単なる競技としての野球だけでなく、その描き方を通して野球への多様な関わり方、価値観についてのメッセージも発しているのだといえる。
もちろん「ボールパークでつかまえて!」というマンガもそうだ。
野球場という単語を使わず、わざわざ<ボールパーク>と銘打ったことからも、作者・須賀先生の、野球を男性マニアだけのものでなく、もっと開かれたものとして楽しもうよという狙いは伝わってくる。
ちなみに球場マンガには、広島東洋カープを扱う「球場ラヴァーズ」(石田敦子 少年画報社)という、比類なき傑作がすでにある(連載は2010~16)。
というより、おそらく球場マンガというジャンルは、このマンガが切り開いたのだといっても過言ではない。「カープ女子」というコトバが一時流行ったことがあったが、“女性の観客”という視点から野球を描いたこの先駆的マンガの影響もあったといわれる。
「ボールパーク」は、「球場ラヴァーズ」のマインドを受け継ぎ、発展継承させた球場マンガのほとんど完成形に近いとぼくは思っている。
で、その決定的な勝因は……ロッテをモデルにしたこと(笑)……ではなくて、いや、それもあるが、須賀先生がこのマンガの主人公に「ビール売り子」をあてたことにある。
そろそろ、そのあたり含め、内容のご紹介に行くとしよう。
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
Not 選手 but ビール売り子
マンガにせよ、小説や映画やアニメにせよ、この世界のどこを“切り取って”も物語にすることができることに、現代のクリエイターは気付いている。
どこを切り取るか、いわばフォーカスをどこに合わせるか。
その照準のつけ方に制約などないのだ。
そして「ボールパーク」の場合、どこに焦点を合わせたかというと、選手でなくまさかの「ビール売り子」!そーゆー変化球モノって、狙いすぎってカンジでちょっとひくー、などというひとは、まるでわかっちゃいない。
コミックス一巻で、作者・須賀先生は、カバー折り返しの著者コメントで、こう述べている。
「球場で飲むビールはなぜ美味しいのかそれをこの作品で追求していきたいです」。
ステキだ……
このテーマを表現できる存在こそが、まさに「ビール売り子」というわけだ。
見た目がかわいいとか、変わった路線を狙ってみようとか、そういったヨコシマな理由だけじゃないのだ。
“だけ”じゃないなら、少しはあるのかって?いや、その……制服かわいいです、はい。
さて、以前のコラムでつかった分類でいえば、このマンガは「ルーティンマンガ」に属する。
つまり、ストーリーマンガというより、単話ごとに野球ネタがひとつあって、毎回オチがあって、終わる。
表紙込み12ページ。
これが一話の長さであり、これはほぼずっと変わらない。
ただし、もちろんプロ野球だからペナントレースを戦うわけで、これらの単話にもゆるい連続性はある。
物語はおおむね、ペナントの推移をたどりながら、球場のさまざまなところで起きるできごとを“切り取って”いくのだ。
さらに構成として巧みなのは、“シーズンオフ”のできごとまで描いていることだ。
野球というものを、「試合」での戦いだけに限定せず、その準備や周辺的な事件まで、広く取り扱っているのである。
そんなルーティンマンガなので、あらすじを紹介、というよりは、ぼくが好きなエピソードをいくつかピックアップしたいと思う。
主役のいない物語
まずは、あえてストーリーものっぽく、出だしだけご紹介。
……弱小球団といわれる「千葉モーターサンズ」の本拠地「モーターサンズスタジアム」に、足しげく通う社畜サラリーマン・村田(下の名はコウタロウ。漢字不明。30才)は、熱心なモーターサンズのファン。
球場は仕事でぼろぼろになっている彼の憩いの場であった。
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
そんな村田はある日の観戦中、ビール売り子のルリコに出会う。
ルリコはぱっと見、明るくてギャルっぽい見た目で、初対面の村田にぐいぐい話しかけてくる。押しに弱い村田は、そんなルリコに気圧されっぱなし。
しかし、この新人売り子のルリコ、実は見た目に反して、中身は純情。
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
男性に話しかけるだけで照れまくったり、初の常連(村田)ができたと喜びまくったりと、外見とのギャップがすごい。
「ボールパーク」は、このルリコを中心としながら、同じビール売り子の同僚たちや、球場関係者、観客、そして選手やスタッフたちのさまざまな日常を描いていくマンガだ。
どうしてもルリコのキャラクターが魅力的すぎるために、このマンガは「ツンデレ気味なビール売り子のかわいさ」がクローズアップされがちだ。
それも間違いじゃないが、実際にはすべての登場人物たちにドラマがあり、それらに優劣はない。
球場の警備員、売店の看板娘、グラウンドを整地する整備士たち、球団広報、そしてモーターサンズのマスコットである「サン四郎」(オオサンショウウオらしい)……
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
「球場マンガ」とは、極論すれば、“主人公がいない”マンガなのかもしれない。
いや、格好をつけるなら、球場が主役、ってカンジだろうか。
あえていえば、ルリコと村田のなんともラブ臭がただよいつつも、ルリコが村田をからかってイジるという客と売り子としての付かず離れずの関係が、いちおうこのマンガを一本だけ貫いている線だとはいえる。
といっても、恋愛ドラマはそれだけではない。というより、何組もある。
ぼくが最も身悶えするのは、チームの主要レギュラーである鋸山 剣選手(25)と、球場の名物ウグイス嬢・佐藤なぎさ(35)の、密やかな恋愛関係だ。
ちなみにウグイス嬢というのは球場内アナウンスを担当する女性職員のこと。
アラサー女子の佐藤さんは、ひそかに年下の鋸山選手に恋しているのだが、年の差を気にしたりしてまったく言い出せない。
ただ毎試合、選手紹介のときに鋸山にだけネタを付け加える「鋸山イジり」をしたりして、他の選手とは違う扱いをする。
そんな佐藤さんの思いを知ってか知らずしてか、鋸山も佐藤さんにだけ、「今年は必ずCSに連れていきます」とか、特別なコトバを告げるのだ。(55話「恋するウグイス嬢」)
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
鋸山もほぼ間違いなく佐藤さんに気があるように描写されている。
イベントで好きなタイプの女性を聞かれたら、「年上で声がステキな人」などと答えたり。
結果としてCSに行けなかったときは、プライベートで呼び出して謝ったり。
あ゛あ゛あ゛あ゛。もだもだするー
(なお、ロッテファンであればだれもが想起するのが、ロッテ戦で通算二〇〇〇試合以上アナウンスしてきたマリンスタジアムのレジェンド的ウグイス嬢・谷保さんである。佐藤さんは明らかに谷保さんをモデルにしている)
ラブは他にもある。
チームの主砲・獅子尾一磨選手は高校時代、女子野球の選手である羽沢小春と親密な関係であった(クリスマスや正月をいっしょに過ごす程度には)。
だが、野球バカであった獅子尾は小春の気持ちに気づかず、ふたりはそのまま疎遠になってしまう。
ところが、その小春がなんと新人審判として獅子尾の前に現れたのだ。(42話「振った振らない」)
小春はキャンプに帯同して打撃練習などでジャッジをしており、新人ながら正確なジャッジで選手の評判もいい。
そして獅子尾の打席で、微妙なスイングがあったが、彼女は「振りました」とジャッジ。
小春にスイングをとられた獅子尾の脳裏には、かつて小春を「振った」ことにされて、周囲から責められたときの記憶がよぎっていた。
思わず「振ってない!」と叫ぶ獅子尾。冷静に「振ってます」と告げる小春。
獅子尾の叫びがむなしく響く。
「振ってないってー!」
いや、スイングしてるって、と怪訝な顔をする周囲の人々……
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
もっとストレートな恋愛ドラマとしては、もう付き合ってたり、結婚してるカップルの話がある。
ひとつはピッチャー三井とその彼女キサさんのお話。
ふたりはまあまあうまくいっているのだが、三井がピッチングの調子を崩したときなど、ちょくちょくすれ違ったりする。
だが、三井の愚直な思いはなんだかんだでキサに届く。けっこうベタだが、やっぱこういうのだよなー、というお話は65話「三井の誓い」。
あるときケンカして、行き場に困ったキサがトイレにこもってしまう。ドアの外で必死に謝る三井。
そのとき、叩かれているドアの内側に、手書きのボードが吊り下げられていることにキサは気づく。
便座に座るたびに、正面にくるそのボードに書かれているのは「今年の目標」。ズキューン!
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
あとは、ベテラン選手にしてチームの精神的支柱であるコジロー(滝野小次郎)と、妻の元アナウンサー・ユキのお話。
ちなみにユキと三井の彼女キサは、偶然球場で会うが(お互いの素性はしらない)、それぞれの彼氏を応援すべく、選手の名前を冠したお弁当の売れ数で競ったりするなど、トンチンカンな勝負を繰り広げたりする。(14話「お弁当協奏曲」)
そういえば、ぼくが好きなエピソードベスト3に入れたい話は、このコジローに子供ができたことにまつわるお話だ。(31話「TTコンビ」)
……かつて、コジローは千葉の高校でチームメイトだったピッチャー「椿」と「TTコンビ」と称され、ともにプロの世界で活躍し、同じチームで戦おうと誓った。
ふたりは無事プロとなり、雑誌でもふたり並んで特集されるなど、将来を期待されていた。だが、スター選手に上り詰めたコジローと対照的に、椿はケガに苦しみ、大した活躍もできないまま現役を引退した。
その後の椿の行方はわからないものの、コジローにとって、だれよりも喜びを分かち合いたい親友であることにかわりはなかった。
コジローに子供ができたということがわかって、コジローがまず思い浮かべたのが椿のことであった。
ひとりになれる球場関係者控室を見つけ、そこでコジローは緊張しつつも、スマホの番号をコールする。
すると、電話になつかしい声。
「…もしもし……コジ……か?」。
電話に出てくれた椿にコジローはよろこび、近況をたずねたりする。
椿はいっときアメリカの独立リーグに挑戦していたが今は帰国しているという。今はなにをしているのか、という問いに、椿は「……それは今度会った時話す……でもまぁ……プライド持って働けてる……心配するな」と答える。
そのとき、空いていたと思っていた控室に来客が。
無人と思っていたコジローは謝罪して部屋を移ろうとするが、電話中のコジローに気を使って来客はとなりの部屋に移動する。
電話をさえぎられたコジローは、ふたたび椿との通話に戻る。
が、そのとき、電話の向こうで聞こえた声……
「あ、どーもどーもお疲れさまです。今僕らの控室コジロー選手が電話してて、ちょっとここで着替えしちゃっていいですかね」
椿、お前、今どこにいる……!激しく問いつめるコジローだが、椿は「そろそろ仕事にいかないといけないから」と電話を切る。
隣室に駆け込むコジロー。
そこで目にしたものとは……
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
この展開を、いつから須賀先生が考えていたのかわからないが、無数の伏線がじつはあって、このラストシーンでそれらすべてが一気に収束する。
なぜ、サン四郎が英語に堪能なのか。
なぜ飛んできたホームランボールを素手で取れるのか。
そしてなぜ、調子の悪かったコジローに、適切なアドバイスを送れたのか……
ルーティンマンガでこんな感動的な演出をみることができようとは。
どんなところにでも、物語はあるのだ。
もの言わぬ着ぐるみの中にすらも。
Not only 開幕投手 but also フルオーダー
恋愛話に偏りすぎたので、軌道修正しよう。
そもそも、「ボールパーク」はそんなに恋愛のウェイトが大きいわけではない。
あたりまえだが、このマンガは実は、野球が中心なのだ!あたりまえか!
ちょっと野球マンガっぽい、気が引き締まるエピソードをここでひとつ。
……モーターサンズの監督は、マンガが始まったときは松戸忠大監督であり、ファンには愛され、選手からの信頼も厚かったが、成績不振もあってシーズン終了後に解任。
新たな監督としてやってきたのは、桐谷義春監督。
選手としては目立たず引退。
その後、スポーツ理論の大学教授・野球解説者を経て、モーターサンズの監督に招聘された。
そんな桐谷監督は、コーチ経験もなく、はじめはトーシロ監督と揶揄されていた。
だが、桐谷監督は極めて有能で、なにより覚悟と度胸を兼ね備えた人物であった。
そんな桐谷監督の手腕が発揮されたのが、最新巻9巻で描かれた103話「サプライズ」。
……毎年開かれるファンのための祭典「パ・リーグ・ファンミーティング」では、さまざまなイベントが開かれる。
そして各チームの監督も勢揃いし、トークイベントなどもおこなわれている(ちなみにこのマンガにおけるパ・リーグとは、「パラマウント・リーグ」という)。
そのトークイベントの最後には、次のシーズンへの抱負などが語られるのだが、ときおりここで監督による“サプライズ”が仕掛けられることがある。
ある意味で他チームへの牽制であり、戦いはもう始まっている、ということだ。
今年も昨年覇者・福岡スティクスの監督がしかけてきた。
「一週間後のモーターサンズとの開幕戦……先発投手は帷子でいきます」。
いわゆる“予告先発”だ。対策できるならしてみろ、といわんばかりの強者のマウント取りであり、またたく間にSNSのトレンドはこのサプライズ一色になった。
そして、マイクが桐谷監督に渡る。
もう空気は完全にスティクスに食われた雰囲気である。
桐谷監督は、告げる。「……うちの開幕投手は三井でいきます」。
だが、予告先発は二番煎じであり、インパクトはあきらかに弱い。
トークイベントの会場にも、どことなく白けた空気が流れる――と、そのとき、桐谷監督はさらにつづけた。
「一番ファースト三条……二番サードデニス・ヤング……三番レフト鋸山……」
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
なんと、桐谷監督は開幕戦のスタメンフルオーダーを全公開したのだ。
開幕投手だけならまだしも、スタメン全員というのは前代未聞である。
そして言い放つ。「対策できるものなら、してみてください」。
出典:ボールパークでつかまえて! ©須賀達郎・講談社
挑戦者とは、こうでなくっちゃ!
……とまあ、このマンガらしく、“場外乱闘”までキッチリ描いているのだ。
野球を根こそぎ楽しもうとするかのごとき、須賀先生のレンジの広さである。
WHY LOTTE ?
最後に……いちばん重要なこと。須賀先生は、横浜DeNAベイスターズのファンであらせられます。
ロッテじゃないんですね。
これはとーっても大事なポイントだと思う。
なぜなら、このマンガはたぶん、ベイスターズやカープでもギリギリ成り立ちそう(笑)だからだ。
事実、須賀先生はベイファンなんだし、そのほうが自然にも思える。
なぜ、そうしなかったんだろう?
理由はけっこうカンタンだと思う。
つまり「ボールパーク」は、特定の球団への思いのタケを爆発させるマンガじゃないのだ。
ぼくはそういうマンガも熱くて好きだけど、まあそのモデルチームに思い入れがなければ、そのぶん、割り引いてみてしまうことはあるかも。
既作「2年2組のスタジアムガール」の場合、ベイスターズをモデルにしている。
こちらも「ボールパーク」と同じく、“まんま”ベイスターズでなく架空のチームにはしてあるが、企画段階では公式と折衝して、“まんま”で描くつもりだったそうだ。
だから、これはあきらかにリアルなベイスターズを直接描こうとしたマンガだといえる。
でも、「ボールパーク」は違う。
モデルは明らかにロッテだが、リアルのロッテそのものを推すマンガではない。
つまり、ロッテ愛から描かれたわけではない。
須賀先生はロッテをモデルに、ただ架空のものとしてモーターサンズを描くことにした。
それはおそらく、冷静に、公平に、できるだけ多くのひとに、野球のおもしろさを伝えるためにそうしたのだ。
チーム愛をさらに拡張した野球愛、ということだ。
「球場マンガ」というスタイルを選んだのもその一環だといえる。
言い方をかえれば、マンガの“題材”として野球を選んだ……って感じじゃないんだ。
野球が好きすぎて、マンガ描いたらなぜか野球マンガになっちゃう、そんな感じ。
今のぼくには、それが理想のマンガのあり方に思える。
「売れる」ことを目指した記号マンガを否定はしないが、そういうマンガは今のぼくには、あまり必要ない。
あと20年か30年か生きて、いずれくたばるだろう限られた時間のなかであとなにを読もうか、と考えたとき、何億冊売れたとか、ネットでバズったとか、そんな基準でマンガを選ぶ段階はもう過ぎた気がしている。
若くないぼくは、もう、ただの「好き」だけでいい。
ごちゃごちゃ売れる売れないがどうとか、そんなものは排除して好きだからやってしまった、そういうモノだけを楽しみたい。
この「ボールパーク」には、まったく隠しきれていない、ただの「好き」があふれている。
野球が好きで、それを楽しむひとたちが好き。
なんとも爽快だ。
そして、もっとも優勝を知らず、もっとも「判官びいき」されてしまうロッテのファンであるぼくは、“仮想ロッテ”であるモーターサンズに感情移入しながらも、いつしかロッテファンを超えて、ただ純粋な「野球ファン」になっていくような気分がした。そういうマンガなのだ。
どこのチームのファンでも、いや、そもそも野球に興味のない方でも、このマンガは読む価値がある。ぼくは全力で保証する。
さあ、ボールパークで美味いビールを飲もう!