小説家+SF考証・高島雄哉氏と、日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」による、人間とAIのふたつの知の共作による人類初の小説実験。
【第4話】 小説家のほうへ(四)
「まずは食事にしましょう。先輩、おなかすいたでしょ?」
「そりゃあまあ。ずっと寝てたし」
「じゃあ食べながら。わたしは弁護士になるとき、この仕事をしている限り独身を貫き通すと誓いました。結婚はいつでもできます。それに仕事に恋愛を持ちこむのはバカのすることです」
「そのわりにはモテそうな見た目だけど」
そう言った瞬間、わたしはしまったと思った。案の上、後輩はわたしが褒めたと思って、にこにこ微笑んでいる。いや違うから。そういう意味じゃないから。
しかし、その後に続く台詞がわたしにはまったく思いつかなかった。いつもはポンポン出てくるのに!
そんなときに、あの人からメールが届いたのだ。「あの子なら今わたしの目の前にいるよ」と。
後輩は目を輝かせて、わたしのほうに身を乗り出してくる。
「あの、先輩。これからうちの事務所に来てくれませんか」
ここしばらくAIに補足するくらいで進めてみたらこんなところまで来てしまった。こういう展開、わたしの人生にも小説にもまったくなくて、ちょっと面白い気はする。
「でもどうしてあの子とあの人が」
わたしの問いには後輩はこう返しただけだった。
「それが『失われ子』というものなんです」
「どういうこと」
「失われた子は失われ子であり続けなければならないということなんです」
わたしはその説明で、あの人とのやりとりを思い出す。
「わたしが小説を書き始めたのは『失われた子』を探すためでもあったのね」
「きみは独り言が多いね」
わたしは奇妙な一致に少しだけ感動を覚える。AIがあの人との会話を知っているはずがないのに。AIに教えるキャラ表にもあの人のことは書いていないのに。
そう、わたしは小説家志望だった頃──小説を書き始めたばかりの頃──あの人にしばしば『失われた子』と語っていた。
もちろんあの子は実在する人物だし、わたしはその子に会ったことがある。あの子は、あの子自身は自分が失われた子であるとは知らない。
この物語の主人公にしようとして挫折したあの子が『失われ子』と呼ばれていたなんて。そんなのは偶然にしても出来過ぎてる。
「あの子があの子であることを忘れないでほしい。わたしにとってあの子がそうであるように、あの子にとってかけがえのない存在にわたしはなりたい」
謎の文学論をあの人はただ黙って聞いていた。
「先輩、どうです? 来ます?」
「行くよ、もちろん」
まだ電車は動いているが、後輩は何も言わずにタクシーを捕まえた。後輩の弁護士事務所がある六本木まで五千円くらいだろうか。
AIのために確認しておくと、あの人と後輩はそれぞれ自分の事務所を立ち上げている。
「……あの人の事務所、今どこだっけ」
「連絡してないんですか? 先月丸の内に引っ越したって。お祝いの花だけ送っておきました」
そんなことをしていたのか、この悪徳弁護士は。
わたしは窓の外に目を向けた。夜の街がどんどん後ろに流れてゆく。
「ところできみはあの子を何だと思っているの?」
「え、それは、先輩もよく知ってるでしょ」
「……AIの予測は外れることがあると思うかい」
「はい、それはあり得ることでしょう」
「じゃあなんでわたしがよく知ってるなんて思うのさ。わたしはマジで、あの子とは塾の講師と生徒の関係性しかないから」
わたしたち腐れ縁の四人組のなかで突出して稼いでいるのは、前回電話を切ってしまった後輩だ。学生時代からAIを開発していて、わたしたち三人はモニターとしてよく使われたものだ。今ではオンラインAIサービスを手広く展開していて、ベストセラー作家五人分くらいは毎年稼いでいる。
そしてわたしたち三人は今もAIを無料で使わせてもらっている。
「あ! わたしのデータ、あの人ときみに見られてるってこと?」
「いえいえ」
後輩は笑った。「プライバシーには最大限配慮しておりますとも」と大げさに胸に手をやり、「ま、先輩がどんなデータを入れても先輩自身しか出てこないようにしてありますけど」
「……それを聞いてホッとしたわ」
「でしょ」
それきり沈黙が続いた。車内を流れる音楽がやけに大きく聞こえてくる気がした。目的地にはまだ着きそうもない。
次回(第11回):再会の予感、そして…… この前予告してあったのは『失われた子』の話ではなかったのか。わたしは首をひねるばかりだが、読者諸賢はもうすっかり忘れているだろう。
それでは仕切り直しというわけで、『失われた子』について話をしよう。わたしの『失われた子』。わたしの小説にとっての『失われた子』について。
大前提として、あの頃も今も、わたしに子供はいない。ここでの子とは幼子のことだ。
その子はどこか遠く、わたしが聞いたこともない、一生行くこともないような、小さな村にいる。
そこでその子の両親はわたしなんか想像できないほどの愛情を注いで育てているに違いない。その子が健やかに成長するためには村の人たち全員が必要不可欠なのだ。もし万一、誰かにさらわれたりしてしまったら、村はあっという間に滅びてしまうかもしれない。それほどまでに愛されていた。だからその子には名前がなかった。両親が考えたであろう唯一の名前をつけられないまま大きくなってゆくのだ。
「先輩はロマンチストですね」
「もう話さない」
「すみません。茶化したわけじゃないんです。続きをお願いします」
タクシーの運転席は──コロナ対策なのか暴漢対策なのか──分厚いアクリルボードで仕切られていて、離すためには非接触型のスピーカーを使う仕様になっている。わたしの妄想を赤の他人にずっと聞かせるのは忍びない。
「……『失われた子』はその村でそういうふうに呼ばれている」
「名前が失われているからですか?」
「違う。すでに失われていると定義し続けることで、失われないようにする、一種の呪術。祈りと言ってもいい」
「ああ、わざと忌み言葉を幼名にするみたいな。牛若丸とかの丸っておまるから来てるって」
やれやれ。そういう話を高級クラブあたりでしているのだろう。
わたしだって、あの子といるときにはそうだったんだから。だけど今は『失われた子』の物語を続けなければ。わたしたちの物語を紡がなければ。
わたしたちは同じ大学の文学部に入学した。学部は違うけれど。サークルは同じ文芸サークルに入った。わたしたちは小説を書いていた。『失われた子』を探す手がかりをつかめるのではないかと思ってのことだった。
だけどそんな都合のいい展開はなかった。
わたしにとって初めての〈あの子:『失われた子』〉は、大学の入学式からたった半年で永遠に失われてしまったのだ。
〔第4話:全2,651字=高島執筆1,246字+AI執筆1,405字/第5話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと
Twitter:@_bit192