SF小説家・野尻抱介氏が、原始的な遊びを通して人類のテクノロジー史を辿り直す本連載。
人工知能や仮想現実などなど、先進技術を怖がらず、翻弄されず、つかず離れず「ぱられる=横並び」に生きていく。プレ・シンギュラリティ時代の人類のたしなみを実践します。
1章 SFと実世界
「いま中国は文明の先端にある。いま中国に住んでいる人はラッキーだ。まわりを見るだけで未来がわかるので」
これば別にリップサービスではなく、素で思っていることだ。
SFが盛り上がっている国や地域はテクノロジーも発展期にある。中国SFの躍進は、そのテクノロジーの発展とよく相関している。それは人々に「こんなものができるのなら、未来はどうなるのだろう?」と考えさせる。そう思ったとき、人々はSFを手に取る。ブームになれば刊行も増える。
中国はいまがSFの旬だ。
次はどこだろう。それはどこでもなく、SFは役目を終えるかもしれない。
2022年に爆発的に広まった生成AIや大規模言語モデルでは、SFが遅れを取った。しかし早川書房はアンソロジー『AIとSF』をいち早く刊行して追走した。ChatGPTのサービス開始が日本時間で2022年12月1日。早川書房から『AIとSF』収録作の打診があったのが翌日の12月2日だった。たぶんこのタイミングは偶然で、企画立案のきっかけはChatGPTに先行していたGPT-2やStable Diffusionなどの生成AIを見てのことだろう。刊行は2023年5月だから、制作は半年ほど前に始まっていたことになる。


それからご婦人たちの集団が舞踊をしているのを見た。太極拳に似ているが、もっとダンスに近いものだ。これも体調を整え、健康増進になるのだろう。初日の朝、ちょっと歩いただけで二つの異文化に出会えた。海外旅行とはまことに実り多いものだ。
2章 青空茶館
池澤さんはタフな人で、ハイヒールなのに早足でどんどん歩いていく。台湾食べ歩きをしたときは一日8食4万歩生活だったそうだ。
率いられて行ったのは成都の中心部、人民公園の中にある鶴鳴茶社で、「成都 青空茶館」で検索するとまずここが出てくる。あそこは混雑するよ、と現地の人に聞いたのだが、定番を押さえてこそ穴場の評価ができるというものだ。



園内をしばらく歩くと鶴鳴茶社に到着した。実際混雑していて、席を確保するのに手間取った。店員がメニューを持ってくるので、茶葉を選ぶ。それから茶葉と蓋碗(がいわん)が運ばれてきて、店員が茶葉を入れ、少量のお湯を注ぐところまではやってくれる。そのあとはセルフでお湯を注いでいくのだが、この手順は池澤さんがレクチャーしてくれた。
私が飲んだのは紅茶で、ひとくち飲んで「ああこれだ、中国の紅茶だ」と感じ入った。数年前に台北の茶問屋で買い込んだ、あの味だった。

蓋碗は急須を兼ねていて、抽出が終わったら蓋を少しずらして茶葉を濾しながら飲む。葉が粉砕されていないので、これで充分漉せるし、3煎くらい楽しめる。初回より2煎めのほうが美味しく感じることが多い。

入り口で袋に入った茶葉を買う。字面が美しいので飄雪というのにした。検索してみると碧潭飄雪(スノージャスミン茶)らしい。
それから自分で席を決めて、隅に置いてある魔法瓶を持ってきて湯を注ぐ。湯の中に白い花が咲いて、これもたいへんかぐわしいものだった。



茶館に来る人は上品で優雅だ。中国人は商魂たくましく、マナーが荒っぽく、せわしなく動き、早口でまくしたてるイメージを持っていたのだが、茶館でそれが払拭された。本を読む人、小声で語らう婦人のグループ、紙の碁盤をひろげて独りで碁石を並べる人など、それぞれにくつろいだ、いい時間を過ごしている。




下の写真は次の章で述べる錦里古街にあった茶葉の露店。気さくなお姉さんの前に試飲用の工夫茶器が置かれている。ここで毛峰とジャスミン茶を買った。

かように中国人のお茶に対する情熱とこだわりはたいしたもので、時間と金をしっかりかけている。発酵・長期熟成して固めたプーアル茶はフリスビーのような円盤状にして売られているが、一枚で何万円もするものだ。
3章 武侯祠とチベット人街
成都の古い地名は蜀で、三国志に出てくる。その三国志の聖地、武侯祠の近くにチベット人街がある――と八島游舷さんに聞いたので、最終日に行ってみた。










マニ車とは経文を仕込んだ回転体で、回した数だけ経を唱えたことになるという。回すだけで功徳が積めるというので我々の好奇心やいたずら心を刺激してやまない。実際、店には太陽電池で作動する電動のマニ車もあった。こんなことで徳が積めるのだろうか。装置を買って維持し、太陽に当てる、マンションのオーナー的功徳だろうか。
もしマニ車を宇宙空間でスピンさせたら、永遠に減速せずに回り続けるだろう。だとすればマニ車は物理学でいうところの仕事をせずに功徳を生成することになる。経とは、功徳とはなんなのだろう?と考えずにはいられない。
サマン・テンジン・リヴィング・ブッダ: マニ車を定期的に使用すると、成功を収め、すべての事業を拡大し、自己継続における貪欲と怒りを静め、世界の災害を取り除き、風と胆嚢の病気を取り除き、健康を得ることができます。風と水の風を取り除き、火の不利な運命と死のすべての時ならぬ不幸を取り除きます。 また、マニ車を持てば菩提心・慈悲・往生の境地が増し、迷いのない智恵が得られ、自然に大慈悲の菩提心を増し、名声・富・長寿を得ることができ、多くの功徳を得ることができる。 どのような方法を実践するにしても、マニ車を回して仏菩薩の加護を受けて実践すれば、神、守護、ダキニズムを実践するか、聞き、瞑想して実践するかにかかわらず、完全な成功を収めることができます。
このマニ車を回すためのマントラは儀式用のローブに包まれ、6音節のマントラの丸薬、6つの香りのお香、その他の祝福を含む蜜が塗られ、ヤチン・ウゲンの瞑想聖域にあるサンギャ・テンジン・リンポチェの神聖な化身を通過します。何千人もの修道士がそれを祝福し、聖別しました。 木羊年の6月25日、私は雅清武鎮瞑想聖域で修行をしました。




4章 キャッシュレス決済とビザ
スマホ決済はWechat PayとAlipayのアカウントがあれば事足りた。両者は近年、外国クレジットカードに対応した。私の場合は国内カードでマスターカード提携だが、買い物は問題なくできた。
ただしクレジットカードからウォレットへのチャージはできなかった。自分で金額を決めて決済することはできないが、店のほうで何か操作して「このQRコードをスキャンして」と言われて従うとできた。
難易度として「相手の提示した金額を払う」は容易で、「こちらで金額を決めて払う」は難しくなる。現地の知り合いに頼んで現金を渡し、ウォレットに送金してもらうといい、と藤井太洋さんに教わった。
上海銀行のTour Cardというのも用意したが、ビジーが頻発したりして使いにくかった。Wechat PayやAlipayが外国クレカに対応したので、このサービスは不要になったということだった。
ただし百度地図は通信エラーになった。ahamoが原因かどうかはわからない。中国で百度地図は有用なので、エラーが回避できるならSIMカードを買ったほうがいいかもしれない。中国渡航では香港のSIMカードを使う人が多いようだ。
私は海外で財布をすられたことが二度あるが、大事にはいたらなかった。スリに差し上げる用の財布を用意して、少額の現金だけを入れているからだ。そのかわりパスポートとクレジットカードは貴重品袋に入れて死守する。
ワールドコンに呼ばれた他のゲストも、ビザが間に合わず、参加を断念しかけたひとがいた。
ビザを取得するためにはネットから必要事項を入力するのだが、学歴、職歴、家族構成まで入力させられる。そのうえ東京、大阪、名古屋などにある中国ビザ申請センターに2往復する必要がある。
スタンプといってもPDFファイルの画像だから、どうでもいいようなものだ。そのスタンプが最後のページにしかないのでダメだという。スマホでPDFファイルを示してひとつながりなのを示したが、「規則なので変えられない。これを通すかどうかは東京の事務所で審議しなければならない。そのためには時間がかかる」と言う。センターが営業しているのは月に半分くらいで、休業期間を考えると渡航に間に合わなくなる。
センターの職員は日本人にビザ発行をしたくなく、ぬかりなく準備してきた者だけを嫌々通しているように見えた。別の申請者も窓口の対応に怒って口論していた。さながら漫画『僕らはみんな生きている』(山本直樹、一色伸幸)のようだった。
発展目覚ましいが民主的な政体とはいえず、覇権主義的で軍備拡張著しく、領土的野心を隠そうともしない、少数民族を弾圧し、日本にあまり友好的でない、人口14億の超大国が隣にあるというのは、快いものではない。
こうした国際情勢が気になって気になってしかたがなくて、一日中オピニオンや批判をネットに垂れ流している人がいる。世論形成は必要だが、度を越すとただの精神的排泄になってしまう。そんな人の不満は中国ではなく、彼自身に原因がある。オピニオンなどほどほどにして、黙って投票に反映させるまでのことだ。
21世紀にもなって戦争が絶えないのは、21世紀にもなって発電技術が未熟だからだ。コンピューターや情報通信、電気自動車はSFを凌駕するほど発展したのに、エネルギー供給がついてこない。ChatGPTなどのAIサービスも結局、電気代がネックになっている。
つまり世の中の諸問題はテクノロジーの未熟が原因なので、すべきなのはその分野に注力することだ。習近平やプーチンを呪っても始まらないし、彼らも電力が十分にあれば、いまほどエゴイスティックにはならなかっただろう。人の心はテクノロジーで平穏にできる。電力が湯水のように使えるなら原油や天然ガスを運ぶ必要はないし、身の回りのありふれた資源から石油相当の炭化水素を生成できる。ノルドストリームも一帯一路もどうでもよくなる。
野尻抱介
SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h