野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第27回 成都から世界を眺めて(後編)

SF小説家・野尻抱介氏が、原始的な遊びを通して人類のテクノロジー史を辿り直す本連載。
人工知能や仮想現実などなど、先進技術を怖がらず、翻弄されず、つかず離れず「ぱられる=横並び」に生きていく。プレ・シンギュラリティ時代の人類のたしなみを実践します。

今までの【ぱられる・シンギュラリティ】

第27回 成都から世界を眺めて(後編)

1章 SFと実世界

 成都ワールドコン・レポートの後編である。(前編はこちら)
 SF作家志望者の集まる企画で、私はこんなことを言った。
「いま中国は文明の先端にある。いま中国に住んでいる人はラッキーだ。まわりを見るだけで未来がわかるので」
これば別にリップサービスではなく、素で思っていることだ。
 いまどき国単位でものを考えるのもどうかと思うが、私見では国や地域ごとにSFの旬がある。日本では1970年代。大阪万博が盛り上がり、『日本沈没』や『ノストラダムスの大予言』が社会現象になった頃だ。
 SFが盛り上がっている国や地域はテクノロジーも発展期にある。中国SFの躍進は、そのテクノロジーの発展とよく相関している。それは人々に「こんなものができるのなら、未来はどうなるのだろう?」と考えさせる。そう思ったとき、人々はSFを手に取る。ブームになれば刊行も増える。
 1950年代は核エネルギー、60年代は宇宙開発とコンピューター、70年代は環境問題と反戦、80年代はマイクロコンピューター、90年代はインターネット。社会を変革するテクノロジーに関心が集まると、それに呼応するようにSFが刊行された。
 中国はいまがSFの旬だ。
 次はどこだろう。それはどこでもなく、SFは役目を終えるかもしれない。
 SF作家は研究段階や試作段階の技術からネタを拾ってくるので、世間に普及するより数年~十数年前に作品を発表する。それゆえに先見性を褒められることもあれば、空振りすることもある。
 2022年に爆発的に広まった生成AIや大規模言語モデルでは、SFが遅れを取った。しかし早川書房はアンソロジー『AIとSF』をいち早く刊行して追走した。ChatGPTのサービス開始が日本時間で2022年12月1日。早川書房から『AIとSF』収録作の打診があったのが翌日の12月2日だった。たぶんこのタイミングは偶然で、企画立案のきっかけはChatGPTに先行していたGPT-2やStable Diffusionなどの生成AIを見てのことだろう。刊行は2023年5月だから、制作は半年ほど前に始まっていたことになる。
 人工知能は半世紀以上前からあるSFのテーマだから、現実がSFに追いついてきたと言うこともできる。しかし思いつきと実現との間には天地の開きがある。そして実現したいま、全人類がChatGPTと対話している。その事実が持つ解像度に、SFはかなわない。実現したものは他の文芸ジャンルに明渡し、SFはその先にあるもやもやしたものに向かうまでだ。
 2007年の横浜ワールドコンではゲストのテッド・チャンが「シンギュラリティなんて信じてないよ」と言っていた。一流のSF作家でさえ当時はこんな認識だった。いまやシンギュラリティは社会問題化していて、信じるかどうかより、「いつ来るか」「人類が滅亡しないためにはどうすべきか」の議論になっている。むしろ識者のほうが「いやいや、本物のシンギュラリティはそんなに近くないよ」「AGI(汎用人工知能)の実現が即シンギュラリティじゃないよ」と手綱を引くほどだ。
 SFはこうして実世界と肩を組んで発展してきた。実世界を知らずにSFは書けない。だから今回のワールドコンの旅でも、現在の中国、成都を見ることに時間を割いた。この後編ではワールドコンを離れて、成都で見た文化をレポートしよう。
 成都に入った翌朝、さっそくホテルのまわりを散策した。すると公園の前の歩道でバシッ! パーン!と大きな音がする。見ると鞭をふるっているおじさんがいた。路上の小動物を鞭打っているように見えて緊張したのだが、近づいて見ると独楽(こま)だった。ぶちゴマというやつだ。
 おじさんはにこやかに独楽を見せてくれた。それは茶筒ぐらいの大きさで、重さは2kgぐらいだろうか。円柱の側面に鞭を擦過させることで回転が維持される。軸と円柱面はステンレスで、一箇所に切り欠きがある。切り欠きは笛になっていて、回すと低いうなりを発する。トトロが独楽に乗って飛んだときの音に近い。
 それからご婦人たちの集団が舞踊をしているのを見た。太極拳に似ているが、もっとダンスに近いものだ。これも体調を整え、健康増進になるのだろう。初日の朝、ちょっと歩いただけで二つの異文化に出会えた。海外旅行とはまことに実り多いものだ。

2章 青空茶館

 四川省はお茶の産地で、成都には青空茶館(茶座)というカフェテラスがあるというので訪ねてみた。
 今回、日本ゲスト勢には池澤春菜さんがいて、やはり青空茶館に関心を持っておられた。私はアニメ視聴者としてジーンダイバーの頃から池澤さんのお世話になっているが、彼女の仕事は声優だけではない。舞台女優で歌手でエッセイストで第20代日本SF作家クラブ会長で、中国茶においては評茶員と茶藝師の資格を持っている。海外経験も豊富なので、この人についていけば百戦危うからずだ。
 池澤さんはタフな人で、ハイヒールなのに早足でどんどん歩いていく。台湾食べ歩きをしたときは一日8食4万歩生活だったそうだ。
 率いられて行ったのは成都の中心部、人民公園の中にある鶴鳴茶社で、「成都 青空茶館」で検索するとまずここが出てくる。あそこは混雑するよ、と現地の人に聞いたのだが、定番を押さえてこそ穴場の評価ができるというものだ。
 人民公園の植生は豊かで、ここが亜熱帯寄りの温帯にあることを思い出した。緯度は30度で鹿児島と同じくらいだ。
 園内をしばらく歩くと鶴鳴茶社に到着した。実際混雑していて、席を確保するのに手間取った。店員がメニューを持ってくるので、茶葉を選ぶ。それから茶葉と蓋碗(がいわん)が運ばれてきて、店員が茶葉を入れ、少量のお湯を注ぐところまではやってくれる。そのあとはセルフでお湯を注いでいくのだが、この手順は池澤さんがレクチャーしてくれた。
 私が飲んだのは紅茶で、ひとくち飲んで「ああこれだ、中国の紅茶だ」と感じ入った。数年前に台北の茶問屋で買い込んだ、あの味だった。
 中国の紅茶は茶葉が原型を保っている。普及品のティーバッグに入っている粉々になった茶葉しか知らない人は驚くだろう。茶葉は先端の新芽からフラワリー・オレンジペコ、オレンジペコ、ペコ、スーチョンなどと呼ばれるが、そのままの配置が見られるものもある。
 蓋碗は急須を兼ねていて、抽出が終わったら蓋を少しずらして茶葉を濾しながら飲む。葉が粉砕されていないので、これで充分漉せるし、3煎くらい楽しめる。初回より2煎めのほうが美味しく感じることが多い。
 店内には給仕以外にも働く人がいる。これは細長いやかんからカンフー的なアクションでお湯を注ぐ人で、お金を払うとやってくれる。長嘴壺茶藝とか太極茶道という。湯もみというのか、お湯をシェイクすると味が良くなるのだろうか? 紅茶のジャンピングに溶存酸素量が重要、という説があるが、私はそもそもジャンピングなど不要と考えている。しかし水の物性はとても複雑なので、一概に否定もできない。ともかくこのカンフーアクションは面白くて、座を盛り上げる効果は絶大だった。
 別の日に文殊院という大きな寺院の隣にある香園という茶座にひとりで行ってみた。午前10時頃で、こちらもにぎわっていたが、まだ空席がたくさんあった。
 入り口で袋に入った茶葉を買う。字面が美しいので飄雪というのにした。検索してみると碧潭飄雪(スノージャスミン茶)らしい。
 それから自分で席を決めて、隅に置いてある魔法瓶を持ってきて湯を注ぐ。湯の中に白い花が咲いて、これもたいへんかぐわしいものだった。
 しばらくすると席が埋まってきて、私のテーブルにも年配の夫婦が来た。当地ではこれが普通らしい。静かにお茶を味わいながら、ときどきそよそよと語らう静かな夫婦で、少しも邪魔にならなかった。
 私は以前から中国の茶館が好きで、訪中すると訪ねてまったりする。
 茶館に来る人は上品で優雅だ。中国人は商魂たくましく、マナーが荒っぽく、せわしなく動き、早口でまくしたてるイメージを持っていたのだが、茶館でそれが払拭された。本を読む人、小声で語らう婦人のグループ、紙の碁盤をひろげて独りで碁石を並べる人など、それぞれにくつろいだ、いい時間を過ごしている。
 鶴鳴茶社でも見かけたが、当地の茶座にはなぜか耳掃除/耳マッサージをする人が巡回している。呼び止めてやってもらった。ネットの旅行記によれば、数本の耳かきを駆使して「もうやめて!」と思うほど攻めてくる――とあったが、そんなことはなかった。私は日頃から耳掃除しているので、マッサージだけを受けたのかもしれないが、穏やかで、ひたすら快かった。仕上げに音叉のようなものをジャーン!と鳴らして振動を耳かきに伝え、耳の奥が揺さぶられる。実に不思議な技芸だ。
 成都科幻館の近く、シェラトンホテルの隣に成都の伝統工芸を展示した施設があって、日本ゲスト勢の間で評判になっていた。べっこう飴で描く絵、弦楽器の演奏、繊細な竹細工の茶器、両面に違う絵を描く刺繍などに混じって茶道の実演もあった。師範みたいな雰囲気の女性がお茶を淹れてくれた。泡立てた茶でラテアートみたいなものを描いたりもした。
 所作があらたまっていて、茶筅を使うなど、日本の茶道によく似ているので、「もしかして日本から伝わったのでは?」と思ったが、池澤さんに聞いてみると、中国が先ということだった。驕ったことを考えてしまった。
 もちろん、中国茶はもっとカジュアルに飲まれている。中国の商店や事務所を訪ねると、応接セットのテーブルに必ずといっていいほど立派な竹のすのこが置いてあるのに気づくだろう。茶盤というもので、茶器にお湯をかけて温め、ゆすぐための流し台になっている。道具一式を工夫茶器という。深圳や上海でも見たが、中国の人は茶杯や茶壺にじゃぶじゃぶと無造作にお湯をかける。日本の茶道のように静かにやるのではなく、勢いよく元気にやるのが粋とされているような気がする。なぜそう感じるかというと、かっこいいからだ。
 下の写真は次の章で述べる錦里古街にあった茶葉の露店。気さくなお姉さんの前に試飲用の工夫茶器が置かれている。ここで毛峰とジャスミン茶を買った。
 中国は空港や街角に熱湯の出るサーバーがあって、携帯用の旅行茶具を使えば本格的なお茶が飲める。
 かように中国人のお茶に対する情熱とこだわりはたいしたもので、時間と金をしっかりかけている。発酵・長期熟成して固めたプーアル茶はフリスビーのような円盤状にして売られているが、一枚で何万円もするものだ。

3章 武侯祠とチベット人街

 成都は中国西部、四川盆地の中にあり、少し西に行くと山岳地帯になる。これがチベット自治区だ。つまり成都はチベットの入り口にある。
成都の古い地名は蜀で、三国志に出てくる。その三国志の聖地、武侯祠の近くにチベット人街がある――と八島游舷さんに聞いたので、最終日に行ってみた。
 地下鉄高昇橋駅から10分ほど歩くと、「三国聖地」と刻まれた大きな石碑があって、観光客が感激した様子で記念写真を撮っていた。しかし私は三国志をよく知らないので、武侯祠やその博物館はスルーした。
 武侯祠に隣接して錦里古街という観光スポットがあったので、そこに寄ってみた。数珠つなぎになった赤い提灯が飾られた、ちょっと『千と千尋の神隠し』を思わせるにぎやかな商店街だ。観光客向けなので、ナチュラルな中国ではない。それでも、日本人には発想できそうにないデザインの建物が並んでいて、異世界を旅した気分になれた。切り絵の店には日本の漫画、アニメを使ったものもたくさんあったが、権利関係はクリアしているのだろうか。
 錦里古街の門を出て大通りを渡り、武侯祠通りを歩いていくと、チベット系の店がちらほら見えてくる。洗面橋通りとの交差点に来ると公安の車輌が3台ほど止まっていて物々しい。中国はチベット族を弾圧しているので、ここでもにらみを効かせているのだろう。成都より西にある「自治区」は中国が実効支配していて、同化政策を進めている。ウイグル族についてアメリカやイギリスは、大量虐殺(ジェノサイド)が行われていると非難している。
 街路にはチベットの伝統的な衣類や什器、仏具を扱う店が並んでいた。チベットの伝統工芸は精緻で見応えがある。マニ車(マニぐるま、摩尼車、輪蔵、転経器)を専門的に扱った店があったので覗いてみた。
 マニ車とは経文を仕込んだ回転体で、回した数だけ経を唱えたことになるという。回すだけで功徳が積めるというので我々の好奇心やいたずら心を刺激してやまない。実際、店には太陽電池で作動する電動のマニ車もあった。こんなことで徳が積めるのだろうか。装置を買って維持し、太陽に当てる、マンションのオーナー的功徳だろうか。
 もしマニ車を宇宙空間でスピンさせたら、永遠に減速せずに回り続けるだろう。だとすればマニ車は物理学でいうところの仕事をせずに功徳を生成することになる。経とは、功徳とはなんなのだろう?と考えずにはいられない。
 私はここで手動のマニ車を買った。スタンドとあわせて300元、約6千円だった。精緻な細工がほどこされ、軸受けにはボールベアリングが使われている。説明書を機械翻訳すると、とてもありがたいものだとわかった。

サマン・テンジン・リヴィング・ブッダ: マニ車を定期的に使用すると、成功を収め、すべての事業を拡大し、自己継続における貪欲と怒りを静め、世界の災害を取り除き、風と胆嚢の病気を取り除き、健康を得ることができます。風と水の風を取り除き、火の不利な運命と死のすべての時ならぬ不幸を取り除きます。 また、マニ車を持てば菩提心・慈悲・往生の境地が増し、迷いのない智恵が得られ、自然に大慈悲の菩提心を増し、名声・富・長寿を得ることができ、多くの功徳を得ることができる。 どのような方法を実践するにしても、マニ車を回して仏菩薩の加護を受けて実践すれば、神、守護、ダキニズムを実践するか、聞き、瞑想して実践するかにかかわらず、完全な成功を収めることができます。

このマニ車を回すためのマントラは儀式用のローブに包まれ、6音節のマントラの丸薬、6つの香りのお香、その他の祝福を含む蜜が塗られ、ヤチン・ウゲンの瞑想聖域にあるサンギャ・テンジン・リンポチェの神聖な化身を通過します。何千人もの修道士がそれを祝福し、聖別しました。 木羊年の6月25日、私は雅清武鎮瞑想聖域で修行をしました。

 マニ車を玄関に置いて、毎日出かけるときに回していると、なんだか徳を積んだ気がしてくる。少なくとも無心に回す時間を持つことで、心を落ち着け、今日することを考え、昨日したことを振り返ることができている。
 それから筋向かいの食堂に入って隣の人のテーブルを指差し「この人と同じのをください」と注文した。旅の恥はかき捨てだ。うどんみたいなものはトゥクパ、パンケーキみたいなものはバレもしくはパレというらしい。癖のない味でおいしくいただいた。

4章 キャッシュレス決済とビザ

 現代中国はキャッシュレス化が進んでいて、現金はほとんど使わないという。そのためにいろいろ苦労してスマホ決済の準備をした。これは私の苦手分野なので、よく理解しないまま使った。しかし経験したことをありのまま伝えよう。
 中国で現金を使わないのはその通りだった。しかし使えないわけではなかった。現金を差し出して断られることはなかった。また、使えるのは現金のみというコンビニ風の店もあった。
スマホ決済はWechat PayAlipayのアカウントがあれば事足りた。両者は近年、外国クレジットカードに対応した。私の場合は国内カードでマスターカード提携だが、買い物は問題なくできた。
 ただしクレジットカードからウォレットへのチャージはできなかった。自分で金額を決めて決済することはできないが、店のほうで何か操作して「このQRコードをスキャンして」と言われて従うとできた。
 難易度として「相手の提示した金額を払う」は容易で、「こちらで金額を決めて払う」は難しくなる。現地の知り合いに頼んで現金を渡し、ウォレットに送金してもらうといい、と藤井太洋さんに教わった。
 上海銀行のTour Cardというのも用意したが、ビジーが頻発したりして使いにくかった。Wechat PayやAlipayが外国クレカに対応したので、このサービスは不要になったということだった。
 ネットアクセスはDOCOMOからahamoに乗り換えるだけでできた。中国でも飛行機が着陸する前からネットが開通し、Twitter(X)もGoogleも日本国内と同様に使えた。
 ただし百度地図は通信エラーになった。ahamoが原因かどうかはわからない。中国で百度地図は有用なので、エラーが回避できるならSIMカードを買ったほうがいいかもしれない。中国渡航では香港のSIMカードを使う人が多いようだ。
 空港では出入国のとき健康申告というのをやるが、これもスマホで事前に入力しておくと簡単にできるとされている。私も事前に用意したのだが、当日はなぜかエラーになって動かなかった。しかく空港に申告用の端末が用意してあって、パスポートをスキャンしてわりあい簡単に入力できた。操作は近くの職員が手伝ってくれた。
 中国でスマホが動かないとかなり不便なので、この脆弱なデバイスに依存するのはちょっと恐い。しかし在来型のシステムも残っているので、途方に暮れるというほどではない。以前のような、現金とガイドブックの旅もできるだろう。
 私は海外で財布をすられたことが二度あるが、大事にはいたらなかった。スリに差し上げる用の財布を用意して、少額の現金だけを入れているからだ。そのかわりパスポートとクレジットカードは貴重品袋に入れて死守する。
 今回の訪中でいちばん大変だったのはビザの取得だった。コロナになって渡航にビザが必要になった。2023年になってフィリピンなど他の国はビザ不要に戻ったが、日本はそのままだ。
 ワールドコンに呼ばれた他のゲストも、ビザが間に合わず、参加を断念しかけたひとがいた。
 ビザを取得するためにはネットから必要事項を入力するのだが、学歴、職歴、家族構成まで入力させられる。そのうえ東京、大阪、名古屋などにある中国ビザ申請センターに2往復する必要がある。
 ビザ申請には招聘状が必要だった。私はワールドコンのスタッフからPDFファイルで招聘状をもらっていたが、そのプリントを見せると「すべてのページにスタンプが押してないからだめだ」と却下された。
 スタンプといってもPDFファイルの画像だから、どうでもいいようなものだ。そのスタンプが最後のページにしかないのでダメだという。スマホでPDFファイルを示してひとつながりなのを示したが、「規則なので変えられない。これを通すかどうかは東京の事務所で審議しなければならない。そのためには時間がかかる」と言う。センターが営業しているのは月に半分くらいで、休業期間を考えると渡航に間に合わなくなる。
 結局、招聘状の問題は書式を変えて印刷することで回避できたのだが、ビザが発行されるまでの6営業日、パスポートをセンターに預けるのは不安だった。生殺与奪の権を奪われるようなものだ。
 センターの職員は日本人にビザ発行をしたくなく、ぬかりなく準備してきた者だけを嫌々通しているように見えた。別の申請者も窓口の対応に怒って口論していた。さながら漫画『僕らはみんな生きている』(山本直樹、一色伸幸)のようだった。
 あれも中国、これも中国、である。
 発展目覚ましいが民主的な政体とはいえず、覇権主義的で軍備拡張著しく、領土的野心を隠そうともしない、少数民族を弾圧し、日本にあまり友好的でない、人口14億の超大国が隣にあるというのは、快いものではない。
 こうした国際情勢が気になって気になってしかたがなくて、一日中オピニオンや批判をネットに垂れ流している人がいる。世論形成は必要だが、度を越すとただの精神的排泄になってしまう。そんな人の不満は中国ではなく、彼自身に原因がある。オピニオンなどほどほどにして、黙って投票に反映させるまでのことだ。
 この世界の諸問題の根本原因は電力の不足である、と本連載第6回『戦争にまつわる三つの引き出し』の3章 で述べた。
 21世紀にもなって戦争が絶えないのは、21世紀にもなって発電技術が未熟だからだ。コンピューターや情報通信、電気自動車はSFを凌駕するほど発展したのに、エネルギー供給がついてこない。ChatGPTなどのAIサービスも結局、電気代がネックになっている。
 つまり世の中の諸問題はテクノロジーの未熟が原因なので、すべきなのはその分野に注力することだ。習近平やプーチンを呪っても始まらないし、彼らも電力が十分にあれば、いまほどエゴイスティックにはならなかっただろう。人の心はテクノロジーで平穏にできる。電力が湯水のように使えるなら原油や天然ガスを運ぶ必要はないし、身の回りのありふれた資源から石油相当の炭化水素を生成できる。ノルドストリームも一帯一路もどうでもよくなる。
 それまでは、無駄に喧嘩しないよう、相手の文化を知ろう。リスペクトなどはあとからついてくるものだ。

▶今までの「ぱられる・シンギュラリティ」

野尻抱介

野尻先生
SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h

あわせて読みたい