野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第6回 戦争にまつわる三つの引き出し

SF小説家・野尻抱介が、原始的な遊びを通して人類のテクノロジー史を辿り直す本連載。
人工知能や仮想現実などなど、先進技術を怖がらず、翻弄されず、つかず離れず「ぱられる=横並び」に生きていく。プレ・シンギュラリティ時代の人類のたしなみを実践します。

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第6回 戦争にまつわる三つの引き出し

1章 ゲームと戦争

 2022年2月24日、ウクライナ戦争が始まった。開戦まちがいなしとは聞いていたが、いきなり全面戦争になるとは思わなかった。そうとなれば2~3日で首都キエフ陥落、ウクライナ降伏、となることを覚悟したが、本稿執筆時点で1か月経つのに決着しない。ロシア軍は制空権すら取れていない。プーチンは核攻撃をほのめかしたりして、冷戦時代に戻ったようだ。
 いっぽうウクライナ軍の兵士たちは戦闘の様子をスマホで撮影して、連日SNSにUPしている。冷戦時代には考えられなかったことだ。
 1991年の湾岸戦争はニンテンドー・ウォーと呼ばれたが、今回はTikTokウォーだという。スマホを照準器の接眼部に当てて撮影したりしているが、それでは扱いにくいだろう。これからの兵器は広角と望遠で目標をインスタ映えするように撮影し、兵士の自撮りもできてボタンひとつでSNSに投稿できる機能がつくのではなかろうか。
 冗談のような話だが、SNS投稿は世論形成に寄与し、国際的な支援にむすびついている。SNSでの“映え”が戦況を左右するなら、兵器はそれをサポートするのではないだろうか。現代の戦場はC4Iシステムの上に立つNCW(ネットワーク中心の戦い)なので、すでに常時接続SNS状態になっていることでもあるし。

 この戦争は意外なことだらけなので、私はネットに釘付けになった。
 戦争は面白い。
 国をあげてのガチ勝負だから、国内最高の頭脳、テクノロジー、人命が惜しげもなく投入される。ふだんは見えない社会のしくみがあらわになる。
 戦争は総合知であり、社会学、地政学、医学、歴史学、心理学、物理学、化学、工学など、関与する学術を挙げていくときりがない。戦時にこれらすべてを理解し、状況を掌握している人は存在しない。できるのは可能性を見積もることぐらいだ。これほどの深みを持つ現象となれば、面白くないわけがない。
 戦争ほど悲惨で不快で迷惑なものもないが、あわせて面白い。
 朝起きてニュースを見て、核戦争が始まっていないことを確かめる生活は久しぶりだ。冷戦時代は毎日こうだった。核や生物化学兵器が抑制されたとしても、強いストレスにさらされた兵士が残忍なことをしないか、不安で仕方がない。民間人への攻撃はもう見たくない。
 こんなときでも私は好奇心を行動原理として、一定の不謹慎さを保つようにつとめている。まず知って理解せよ。倫理などあとからついてくる。そう言い聞かせている。
 人間は多面性の生き物だ。戦争への興味、愛着、嫌悪、怒りをすべて一人で抱えていけるし、そうありたい。

 膝を抱いて縮こまっていてもしかたない。かといって戦争を頭から追い払うのも難しいので、自分が持っている戦争関連の引き出しを開いてシェアしよう。
 戦争といえばゲームだ。非電源のシミュレーション・ウォーゲームを紹介しよう。コンピューターを使わないので、プレイヤーがルールを理解して駒を動かさねばならない。そのかわりブラックボックスがない。戦争のシミュレーションがどのように行われているか、嫌でも理解できる。
 ルールはプレイアビリティを保つために簡略化されている。そのためにゲームデザイナーが何を捨て、何を残したかを見極めるのは興味深い。シンプルなルールで史実をよく再現する作品には舌を巻く。
 このようなウォーゲームはパソコンの普及と入れ違いに下火になっていったが、かつては囲碁や将棋と同じく、頭脳派の人々が集まってにぎやかにやりあっていた。ほそぼそとではあるが、現在も新製品の開発、販売、専門誌の発行が続いている。


 今回紹介するのは国際通信社が販売している『ドイツ戦車軍団』(▶リンク)だ。1982年にエポック社から発売された同名作品を復刻し、新作ゲームを加えたものだ。入門用ウォーゲームの名作で、とてもプレイアブルなのに奥が深い。ルールブックも初心者向けに懇切丁寧に書かれている。
 このパッケージには『エル・アラメイン』『ダンケルク』『ハリコフ攻防戦』『コンパス作戦』という4つのゲームがセットされている。ルールには共通部分とシナリオごとの拡張部分がある。ハリコフ攻防戦は今回のウクライナ侵攻の舞台でもあるが、比較的難易度が高いので、シンプルな『エル・アラメイン』を例にとろう。
 このゲームは「ヒストリカル」と呼ばれるタイプで、歴史上の戦いを再現するものだ。エル・アラメインの戦いは第二次世界大戦の流れを決定づけた戦いとして知られている。
 1942年7月、北アフリカ戦線で”砂漠の狐”と呼ばれたロンメル率いる枢軸軍が、トブルクから東進し、アレクサンドリアの手前にあるエル・アラメインを攻略しようとしている。そこが落ちると地中海に面した港がすべて枢軸側に支配されるので、アフリカへの補給路が途絶えてしまう。連合軍はこれを阻止しようとして陣地を築いた。このゲームでは前哨戦にあたるアラム・ハルファ高地のイギリス軍陣地をめぐる攻防が再現される。

 非電源ウォーゲームのシステムは人類の叡知が注がれた、とても美しいものだ。私は機会をとらえては布教しているのだが、反応はいまいち薄い。理解すれば確実に見識を高めてくれるので、そのポイントを厳選して4つ示そう。


(1) ユニット
いわゆる駒のこと。正方形のボール紙で、戦力の単位を示している。1ユニットの戦力は小隊、中隊、大隊、旅団、国家など、ゲームスケールによってさまざまだ。
ユニットに記された情報は、本ゲームでは戦闘力、移動力、部隊名、兵科記号の4つ。「2 – 8」とあれば戦闘力が2、移動力が8となる。兵科の違いはこのゲームでは考慮しない。より精密なゲームでは「歩兵は進めるが戦車は進めない地形」とか「戦車と歩兵がセットになると防御力UP」等のルールがある。

(2) ヘクスマップ
ウォーゲームでは、この6角格子のマップを使うことが多い。二点間の距離は格子の数で示される。正方形の格子だと45度方向に進んだとき、通った格子の数と距離に1対ルート2の差が生じる。ヘクスマップはそれより等方性が高く、実際の地理をよく再現できる。
1個の6角格子をヘクスと呼び、その直径がゲームのスケールを示す目安になる。エル・アラメインのマップは1ヘクス3kmだ。1ターン(12時間)の移動力は機甲部隊で10ヘクスだから30kmになる。まあそんなものだろう。


(3) 支配地域(ZOC)
あるヘクスに戦闘力を持ったユニットがあるとき、隣接した6個のヘクスを支配地域(ZOC: Zone Of Control)と呼ぶ。読みは「ぞっく」。訳語は「支配領域」など、揺らぎがある。
上の写真、ピンクの線で示したのが1個ユニットのZOCだ。黄色の線は3個ユニットのZOCが融合したもので、一見まばらな配置でも、ZOCを見るとしっかりした戦線ができていることがわかる。
たいていのウォーゲームがそうだが、ユニットが移動して敵ZOCに入ると、そこで移動を終えなければならない。敵のユニットが弱くても確実に1ターン食われるので、足止めをくらってしまう。
戦闘が発生するのも敵ZOCに入ったときだ。ZOCは6マスあるから、複数のユニットがそこに入り、中心の敵に戦力を集中するのが基本戦術になる。
駒が敵ZOCに入ったとき、必ず戦闘が発生するシステム(マストアタック)と任意に戦闘するシステム(メイアタック)がある。このゲームはメイアタックだ。


(4) 戦闘結果表(CRT)
戦闘を解決するときは、戦闘結果表(CRT: Conbat Result Table)を参照する。
縦軸がダイスの目、横軸に戦力比が、交差照合するすることで戦闘結果を得る。
ウォーゲームでは乱数発生に6面体ダイスを使うことが多い。戦闘結果のバリエーションは6段階もあれば事足りるからだ。戦闘結果には攻撃側壊滅(AE)、攻撃側退却(AR)、防衛側退却1~4(DR1~4)、防衛側壊滅(DE)がある。防御側退却についている1~4の数値は退却するヘクス数を示している。退却のとき、敵ZOCには入れない。退路がすべて敵ZOCでふさがっていると退却できないので、そのユニットは壊滅になり、盤上から除去される。


 移動と戦闘の例を以下の動画で示す。両軍が交互に攻守を入れ替えて進むところは野球に似ている。将棋やチェスと違って、自分の移動フェイズでは全部の駒を動かせる。全体が同時進行するところはコンウェイのライフゲームを連想させる。その動きは生物的で変化に富み、次のターンがどうなるか予測困難だ。それゆえソロプレイしていても面白い。


 これが『エル・アラメイン』の初期配置だ。エル・アラメイン周辺を連合軍(イギリス)が守備しているところへ、西(画面左)から枢軸軍(ドイツ、イタリア)が現れたところ。
 ゲームは4ターンあり、ターンごとに枢軸軍移動→枢軸軍戦闘→連合軍移動→連合軍戦闘と進める。この4ターンは史実の1942年8月31日の午前、午後、9月1日の午前、午後に該当する。
 ゲーム終了時に枢軸軍がエル・アラメイン市街、そこより東の道路上、アラム・ハルファ高地にあるイギリス軍陣地のいずれかを1ヘクス占拠していれば枢軸側の勝利になる。連合軍はそれを阻止するか、マップ西端からマップ外に離脱すれば勝利になる。

 プレイしてみると、西側のイギリス軍陣地はとても守りが堅く、突破が困難だとわかった。そこで南側の手薄なところを通ってアラム・ハルファ高地をめざすことにした。ただしイギリス軍がマップ西端に抜けるのを阻止するための戦力は残さなければならない。
 枢軸軍主力は順調にアラム・ハルファ高地に迫った。イギリス軍は奇襲をくらった形で出足が鈍かったが、じわじわと集まってくる。


 これが最終ターン。枢軸軍はアラム・ハルファ高地のイギリス軍陣地に進入できず、敗北した。
 枢軸側は第2ターンの要になる戦闘でダイス運が悪かった。ウォーゲームで戦闘を仕掛けるときは3:1以上の戦力比にするのがセオリーだが、3:1だとダイスが1のときだけ攻撃側退却になってしまう。戦力比4:1なら確実に攻撃側が勝てるのだが、このときは他の戦闘に配分してしまった。6面体ダイスで1などめったに出ないような気がするが、1ターンに5~6回ダイスを振れば普通にあることだ。
 一度退却すると、散らばった部隊の隙間にイギリス軍が食い込み、分断されたり膠着状態になってしまう。イギリス軍は敵に貼り付いて足止めするだけで、自分からはほとんど戦闘を仕掛けない。負けて退却すると戦線を分断される可能性があるからだ。
 このゲームはたった4ターンしかないので、途中でつまずくと枢軸側が負けてしまう。これは史実も同じだ。ウォーゲームは一般に敵味方が非対称で、チェスや将棋のように公平ではない。勝利条件でほぼ互角になるように調整されているが、勝利はしても戦況としては負けていることがよくある。

 史実の枢軸軍は兵站の不足に苦しんだ。このゲームに兵站システムはないが、4ターンしかないことで枢軸軍が長く戦えないことを再現している。
 イギリス軍が防衛と足止めに徹したのも史実どおりだった。現在のウクライナ軍の戦いも、時間稼ぎが重要になっている。時間とともにウクライナには支援物資が集まる。ロシア軍は消耗し、経済制裁が効いてくる。
 そんなわけで、この『エル・アラメイン』は入門用のとてもシンプルなシステムながら、史実をよく再現する優れたゲームだ。現在の陸戦を考える上でも参考になるだろう。航空攻撃やレーダー覆域などのルールを加えればウクライナの戦いを再現できるかもしれない。
 再現性の高いシミュレーションゲームができれば、それは史実をモデリングしたことになる。いわば歴史の動態保存だ。単に起きたことを知るだけでなく、「あの時こうしていれば」を試すことでより深く対象を理解できる。
 モデルを動かしたときに生成されるのがストーリーだ。人間の精神活動はストーリーと深く結びついている。ポスト・シンギュラリティの知性体は、ストーリーをやりとりする技術をさらに発展させるのではないか、と考えている。

2章 玩具と戦争

 今回、ウクライナでの戦いを見て「戦争は相手のあること」と痛感した。ロシアのモダンな主力戦車がボコボコやられている。戦果をあげているのはジャベリンなどの携行誘導ミサイルや、トルコ製のドローンTB2から発射される精密誘導弾だ。
 第二次大戦中の戦車は鉄の棺桶などと呼ばれたが、その後複合装甲や爆発反応装甲などが開発されて生残性が高まったように思えた。それがあいかわらず鉄の棺桶なのは、対抗する兵器も発達しているからだ。
 ジャベリンは一発2000万円、TB2ドローンは6機セットでシステム一式70億円、という見積もりを見かけた。高価だが、破壊対象はさらに高価なので割に合うのだろう。
 ドローンもピンキリで、なかにはBanggoodで1~2万円で売られているトイラジ(ラジコン玩具)風の機体もあった。実際、機体やブラシレスモーター、バッテリーはトイラジと変わらないように見える。通信系統や炸薬部分はもっと高価だろうが、量産すればぐんと安くなりそうだ。

ウクライナでロシア軍が使用したカミカゼUAV、ZALA KYB


中国の通販サイトBanggoodで販売されているラジコン飛行機

 現在のトイラジ機は6軸の加速度センサつきフライトコントローラーを備えるのがあたりまえになっている。大げさに言えば慣性誘導オートパイロットだ。そんなものがなぜ玩具に、と思うかもしれないが、玩具こそは子供でも容易に飛ばせなければならない。トイラジは操縦のほとんどをコンピューターが代行できるように作られている。自動操縦するかたわら、ユーザーのジョイスティック操作から操縦意図をくみ取り、反映する。完全マニュアル操縦に切り替えることもできる。
 GPSモジュールを積んだドローンは、たとえ操縦不能になっても自分でフェイルセーフモードに入って、出発地点に戻ってくるおりこうさんだ。
 これに電波高度計をつけてソフトを組み替えれば、通信が成立しなくても自律飛行できる巡航ミサイルが一応できてしまう。炸薬は機首に迫撃砲弾をはめこむ程度としよう。深センで1万機単位で発注すれば一機5000円になっても驚かない。
 こうした「貧者のトマホーク」は、もちろん各国軍隊で対策が進んでいるはずだ。誘導にGNSS(GPSなどの全球測位システム)を使ったものはジャミングで対抗できる。しかし画像認識で終端誘導するところまでこぎつければ、煙幕等の光学的妨害をするか、ミサイルや砲で撃ち落とすしかない。そうなるとコスト的に見合わなくなるだろう。これも相手のあることだ。これからも裏のかきあいが続くだろう。


 これは私が組み立てた電動ラジコン機、パストラルだ。黒いのは送信機、白いのはFPVゴーグル。
 機体はムサシノ模型飛行機研究所のバルサキットで20年くらい前のもの。しかしモーターや電子機器、電池類はBanggoodやAmazonで昨年買いそろえたモダンな中国製品、メイドイン深センだ。
 青緑色の2本は18650リチウムイオン電池で、送信機とFPVゴーグルに使っている。ZALA KYBの墜落写真で散らばっている緑色のパーツもたぶんこれだろう。
 モーターは1000KV。アンプやプロペラとセットで1800円くらい。KYBのモーターはひと回り大きいように見える。折りたたみ式のプロペラはほぼ同じサイズだ。


 機体のキャノピー部分に乗っているのは、これもメイドイン深センのFPVカメラ+送信モジュールで、5Vを通電するだけで動画をゴーグルに送信できる。昔なら大変なハイテクだが2000円ぐらいで買える。ゴーグル側に録画機能があり、上の写真はそこから切り出したものだ。
 不穏な話だが、この機体に炸薬と信管を積めば、半径1km程度をカバーするカミカゼUAVになるだろう。軍隊なら迫撃弾をダクトテープで貼り付ければ完成だ。あとはFPV映像を見ながら目標に突っ込ませるだけ。

 私はMakerムーブメントに首をつっこんで15年になる。これはDIYとオープンソース文化を組み合わせた、進歩的なものづくりの交流・啓発活動だ。ArduinoやRaspberry Piなどのマイクロコントローラー、各種ドローン、IOT機器もMakerムーブメントの中で大きく発展した。
 深センが電子機器の製造で発展したのもMakerムーブメントの影響が少なくない。製造業はそれ以前からあったが、進歩的なスタイルが浸透してスタートアップが活発になり、シリコンバレーのような雰囲気になった。一時は中国政府が湯水のように資金を投入して、深センを「Maker都市」に仕立てていた。2015年頃のことだ。
 その後Makerムーブメントはピークアウトしたように見えるが、そのぶん定着と浸透が進んでいる。
 かつて軍事用のレーダーや誘導兵器はアメリカのレイセオン社など、一握りの企業が担っていた。1980年代頃までのレイセオンは魔法使いのように見えたものだ。
 それがインターネット、オープンソース文化やMakerムーブメントの影響もあって、テクノロジーは世界のすみずみまで拡散した。かつては企業でしか作れなかったソフトウェア/ハードウェアが個人で開発できるようになった。
 今回の戦争で「トルコにUAVが作れるの?」と驚いた人もいるだろう。いまは人材次第でどこでも作れる。北朝鮮もかなり高性能なミサイルを作れるようになった。
 誰でも誘導兵器が作れるようになった現在、首根っこを押さえられるのは半導体メーカーのサプライチェーンぐらいだろうが、これもいつまで続くか怪しいものだ。いずれロケットエンジンも半導体も3Dプリントできるようになるだろう。
 10年かそこらでジャベリンは一発20万円、TB2ドローンは300万円ぐらいの同等品ができるかもしれない。有人戦闘機を一回飛ばす費用でドローンが買えてしまう。戦争はどんどん安くなり、被害は拡大する。これは物理法則にかなっている。エントロピーの増大則が示すところでは、混沌は減らすより増やすほうがたやすい。

3章 エネルギーと戦争

 兵器の拡散を思うと暗澹としてくるが、私は戦争を減らすことなら可能だと考えている。
 根絶できるとは言わない。減らすだけ。
 その鍵はエネルギーだ。
 現在、日本を含む世界の大部分は懸命に働かないと維持できない、つらい生活を送っている。その根源にエネルギーの不足がある。たいていの地域で安定供給されているように見えるが、多額の対価を払っていて無駄遣できないし、常に努力しないと確保できない。私たちはそのことに慣れていて、空気のように無料で使える状態と比較することをしない。
 欧州諸国はロシアの天然ガスに依存してきた。そのためにロシアの横暴を許してしまった。プーチンは「核武装していない国は独立国家ではない」と述べていたが、私に言わせればエネルギーを自前で用意できてこそ一人前だ。
 エネルギーとはつまり電力のことだ。電力が使い放題になればたいていの問題は解決する。これは私の持論で、冷笑する人がよくいるが、以下に述べることを覆せるだろうか。
 地球の資源は化学変化では減らない。石油を燃やして二酸化炭素になるのは化学的な組成が変わるだけで、元素は減っていない。燃焼という化学反応で熱エネルギーが放出されるだけで、そのエネルギーを補ってやれば元の石油と酸素に戻せる。
 電力をそそげばプラスチックも油化して石油に戻せる。空気中の二酸化炭素も取り除ける。
 危険をおかして中東から原油を運ぶ必要もなくなる。
 肉でも野菜でも、食糧生産は人工照明を使って屋内で工業化できる。
 燃料代はタダ同然になるから、車や飛行機でどこへでも安く行ける。
 人類の放出する排熱、それにともなう地球温暖化が心配なら、太陽・地球系のラグランジュ1点に日よけを置けば、太陽から地球への熱入力を調節できる。
 そうやって生活が豊穣になれば、AIなどの研究開発に力をまわして、人間の代わりに働いてくれるロボットが実現するだろう。そうなれば労働からも解放される。

「ITERプロジェクト」ポスター

 これからのエネルギー源として期待しているのは太陽光発電+蓄電技術、そして核融合発電だ。
 私がお花畑でない証拠に、ITER(国際熱核融合実験炉)プロジェクトには日本、EU、アメリカ、ロシア、中国、韓国、インドが参加して巨費を投じている。これが世界の常識だ。仲良しとはいえない大国が連なっているのは、そうする価値があるとみなされているからだ。そもそもプロジェクトの発端は冷戦時代の1985年に米ソが核融合研究で協力関係を結んだことにある。
エネルギーさえ潤沢なら未来はバラ色」とまでは言えないが「ほぼバラ色」にはなる。そして「エネルギーで苦労しているうちはバラ色の未来は訪れない」と言い切れる。

 日本が日米開戦に踏み切ったのも、原油の輸入を止められたことが大きい。米露中の対立の出発点はイデオロギーのちがいだが、そのイデオロギーがなぜ生まれたかというと、人々が一切れのパンにありつくためだった。食糧を確保し、鉄道を走らせたり、家に電灯をともすために「こうすれば社会が良くなる」と考えて生まれたのがイデオロギーだ。軍備を増強してもいたちごっこになるだけで戦争はなくならないが、エネルギー開発に成功すれば、少なくとも戦争の大きな原因を除ける。残る戦争原因は民族、宗教、政治、領土ぐらいだろうか。こうした問題も、エネルギーが潤沢にあって、労せず豊かな生活が送れるようになれば、ほとんど解消すると思うのだが。

 冷笑的な人は「戦争は人間の業ですよ。永久になくなりません」と悟ったように言う。彼はどんな未来を念頭において、人間性に絶望しているのだろう?
 再度想像してほしい。電力が使い放題になれば、なんでも好きなものがほしいだけ食べられて、世界中どこへでも旅行できて、労働はゼロ~週1日以下、ほとんどの仕事はAIロボットがやってくれる世界になる。就職や進学や結婚で焦ることもない。これを不可能とする物理法則は存在しない。
 そんな満ち足りた世界で、民族だの領土だのイデオロギーだののために血を流して戦うなど、私にはちょっと想像できない。できるならすごい精神力だと思う。そうした諸問題で怨念が鬱積するのは、結局生きることの苦しさに起因するのであって、満ち足りてしまえばどうでもよくなるのではないだろうか? 民族や宗教でまとまった社会も、生きるために集団で働く必要から生じたのであって、世界が自動運転になれば社会などどうでもよくなる。
 プーチンの衣食住は満ち足りているにちがいない。しかし心はNATOの脅威やソビエト連邦復興の焦燥にとらわれているようだ。それは国家の運営においても、必死で立ち回らなければ存続できない、貧しくて厳しい世界だからではないだろうか。だがそんなものは、自然の理でも社会の倫理でもない。エネルギーが潤沢になれば解消する問題だ。
「働かざるもの食うべからず」を真理だと信じ込んでいないだろうか。
「電気を使うには対価を払わなければならない」と信じ込んでいないだろうか。
 テクノロジーが発達すれば働かなくても食えるようになるし、電気は無料になる。それを禁じる物理法則などない。それが証拠に地球に人類が発生する前から、太陽という天然の核融合炉が稼働して無尽蔵のエネルギーをばらまいていて、植物は働かずに生きている。太陽が人類に、電気代を払えと一度でも言ったことがあるか?
 江戸時代に比べれば、人類はずいぶん豊かになった。だがいまだ日々の労働からは解放されていない。だから労働することが不変の真理だと思い込んでしまう。だが人類の技術文明はたいていの人が想像しているよりずっと伸びしろがある。江戸時代が1、現代が5なら、シンギュラリティ後は1000を超えるだろう。これは貧乏性な私の控えめな見積もりで、カルダシェフ・スケールはもっと壮大だ。リンク先の記事を読めば、文明発展の尺度がエネルギーにあるとわかるだろう。
労働が不要になるのは時間の問題で、人間はしたいことだけして生きられるようになる。そうならないほうが不自然なのだ。それがいつかは確言できないが、20年もすれば皆が本気で期待し始めるだろう。現に「人類のシンギュラリティ到達は2045年」説を笑う人はすっかり減った。むしろ不安の種になっている。
 ここまで解説したところで、あらためて問いたい。
「人類は本当に、未来永劫戦争を繰り返さねばならないのか? だとしたら、どんな理由で?」
私は戦争が完全になくなるとは考えていない。その理由のひとつを、この記事のほかの章にこっそり書いておいた。だがいずれ戦争は激減するから、未来は明るいというのが私の基本的な主張だ。

 私は仕事柄、未来観を問われることが多いが、答えはいつも単純だ。
心配するな。そんな問題はいずれどうでもよくなる」
 あらゆる問題はいずれどうでもよくなる。
 たいていの問題は解決するし、解決しなくても、どうでもよくなる。シンギュラリティが近づく頃には。
 すべては時間の問題だ。だから、その日まで生きていよう。

野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第一回野尻抱介
SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h

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