野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」第26回 成都から世界を眺めて(前編)

SF小説家・野尻抱介氏が、原始的な遊びを通して人類のテクノロジー史を辿り直す本連載。
人工知能や仮想現実などなど、先進技術を怖がらず、翻弄されず、つかず離れず「ぱられる=横並び」に生きていく。プレ・シンギュラリティ時代の人類のたしなみを実践します。

今までの【ぱられる・シンギュラリティ】

第26回 成都から世界を眺めて(前編)

1章 湖畔に降りた宇宙船

 毎回数十万人が来場する同人誌即売会、コミックマーケット。その発祥がSF大会であることをご存知だろうか。SF大会に同人誌の即売会場があって、それにインスパイアされて即売会メインのイベントを立てたのがコミケの出発点だった。
 じゃあSF大会って何なのかというと、SFファンが集まって泊りがけで大騒ぎする、文化祭みたいなイベントだ。それがサブカルチャー、特にオタク文化の震源地になった。
「なにそれ。そんなの知らないぞ」と思うかもしれない。日本でのSF大会の最盛期は1970~80年代だ。しかしSF大会はいまも続いているし、そこに流れる特有の精神は不朽だ。

 2023年10月18~22日、中国四川省成都でSF大会の頂点、ワールドコンが開催された。正式には2023成都世界科幻大会(2023 Chengdu World Science Fiction Convention)という。私は中国のSF専門誌『科幻世界』から海外ゲストとしてお呼ばれしたので、その報告をしよう。 情報量が多いので前後編に分けてお送りする。

 ワールドコンは北米を中心として、開催地を変えながら毎年開催される。始まりは1939年のアメリカ、NYC。真珠湾攻撃から原爆投下までの間は中断したが、戦後は毎年開催されている。WORLDCONという略語にはSFの意味が含まれていないが、これで通用するのが貫禄だ。
 そこで何をするかというと、SFファンが集まって小説やコミック、映画について交歓したり発表したり討論したりする。内容は文芸としてのSFはもちろん、最新の科学やテクノロジーも多く取り上げられる。天文学や宇宙工学、AIについて、専門家のレクチャーもよくある。そしてヒューゴー賞の選出と授賞、マスカレード(コスプレ)、ウォーゲーム、RPG、同人誌即売会、アート展示、映画上映会、フィルク(フォークソング)大会、ルームパーティーなどが同時並行で進む。

 このようなSFファンの文化や活動シーンをファンダム(fandom、ファンの王国という意味)という。現在ではSFに限らず、サブカルチャー全般で使われるようだ。仮にどこかの公民館で葬送のフリーレンのオンリーイベントがあるなら、そこに集う人々は「葬送のフリーレン・ファンダム」の構成員とみなされる。トートロジーになるがファンダムファンダム用語なので、ファンダムの外では使われない。
 ヒューゴー賞というのはワールドコン内で選定される、SF界で最も権威のある文学賞だ。これは一般世界でも通用する。日本でも書店のSFコーナーを見れば「ヒューゴー賞受賞作品」というオビやポップのついたものが見つかるだろう。

 ワールドコンはしかし、名乗るほどグローバルではない。基本的に英語圏のイベントだ。ヒューゴー賞は大会参加者の投票で選ばれるが、海外作品は英訳されないとまず受賞できない。
 しかし国際化もじわじわ進んでいる。アジアで最初のワールドコンは2007年横浜で、二度目が今回の2023成都だった。十分というわけではないが同時通訳があって、多言語化している。
 成都ワールドコンの規模は、たとえるなら幕張メッセの1~2ホールと隣のAPAリゾートホテルを貸し切りにしたくらいだろうか。
 特筆すべきは、いまのたとえで言うなら「イベントにあわせて幕張メッセを建てた」ところだ。



 この湖畔に着陸した宇宙船のような建物は、成都科幻館という。科幻は科学幻想小説、つまりSFのこと。東京オリンピックが断念した、ザハ・ハディド事務所のデザインだ。
 ワールドコンの開催直前に完成したので、それまでネットにあるのはCGの想像図ばかりだった。私は完成を疑っていて、できたとしてもあの曲線の屋根は仮設のサーカステントでは?と思っていたのだが、現地で見たら、がっちりした恒久建築だった。流線型の表面には無数のLEDが取り付けられ、周囲にはプロジェクション・マッピングの投影ブースがいくつもある。池の形まで建物のデザインにあわせてある。

 場内には着ぐるみのロボットや『流浪地球』に登場するマシンの巨大モデルがあった。宇宙空間のようなトンネル、残像ディスプレイを組み合わせた空中映像などがあって圧倒された。

 マスコットキャラクターは成都のシンボル、パンダをアレンジしたもので、名前は「科夢」。耳の複雑な模様は、これも成都のシンボルで太陽神鳥という、金沙遺跡から発掘された図形だ。

 私はこれらをスケッチして透明水彩で彩色し、成都のSF雑誌『科幻世界』編集部に献上してきた。

 

 成都科幻館の対岸には『三体』にちなんだモニュメントがあった。案内板のQRコードに飛ぶとスマホに宇宙船などがAR表示される。

 ただし成都科幻館はワールドコン会場専用に建てたわけではなく、成都市がSFをテーマにした箱物を建てる計画を進めていて、ワールドコンのほうがその落成に合わせて日程を調整したのだった。それでもワールドコンとの関係は深く、メインホールは「ヒューゴー・ホール」と名付けられている。

 会場周辺は一般車両が締め出され、シャトルバスなど許可を受けた車両だけが出入りしている。人の出入りも空港のようなセキュリティゲートをくぐり、手荷物検査を受ける。オリンピックの選手村みたいな感じだ。

 今回、海外ゲストは35カ国から130名以上が参加して、過去に例を見ない国際性を持った。南米8国、イラン、エジプト、ナイジェリアからも参加。韓国は8名、日本は30名で、私はその一人だった。
 アゴ・アシ・マクラつきで日本語の話せるボランティアが付き添ってくれて、セレモニーではいつも前のほうの指定席に座れた。ゲスト向けオプショナルツアーのリバークルーズとレストランでの会食も無料で、気分は竜宮城の浦島太郎だった。

 成都中心部で行われたリバークルーズと会食の様子。ルノワールの絵画のようだった。

 こちらは夜市に繰り出した、藤井太洋さん率いる海外ゲスト勢。

 

 宇宙視点で思考するSF界とて、現世の国際情勢と無関係ではいられない。今回アメリカ人ゲストが少なかったのは米中関係を反映しているのだろう。3名いる特別ゲスト(GOH、Guest Of Honor)には中国の劉慈欣、カナダのロバート・J・ソウヤー、ロシアのSF作家セルゲイ・ルキヤネンコが選ばれていたが、ルキヤネンコはウクライナ侵攻を称揚していることが指摘されて招待を取り消された。
 また、中国のチベット民族やウイグル民族弾圧に抗議して大会そのものをボイコットする運動も起きた。それはもっともな意見だが、中国は人口14億の超大国で、一枚岩ではない。「あれが悪いからこれもダメだ」と言っていると何もできなくなってしまう。中国のSF界は関係者の誠実な文化活動によって発展してきたので、それまで否定することはできない。

 厚遇されながら、私が出た企画は二つだけだ。ひとつは、日本人作家5人による「私はいかにしてSF作家になったか」というもの。観客側も作家志望者が多く、若くて熱気があり、質疑応答が途絶えなかった。『三体』のヒットでプロデビューを考える人が増えたのかもしれない。
 私は「日本版『三体』と言われる『太陽の簒奪者』の著者」と紹介されて面映ゆかった。作品の解釈について質問を受け、企画終了後も廊下で通訳をまじえてやりとりした。

左から八島游舷、藤井太洋、高山羽根子、長谷敏司、野尻抱介、司会の田田(でんでん)さん。

 この企画を含む10月18日のハイライト動画は本イベントの雰囲気をよく伝えている。スタートレックの宇宙船内のようにさまざまな人種、民族が集まって、かなり高度な内容を議論し、理解し、楽しんでいる。動画は科幻世界のアルバムにまとめられている。

 もうひとつの企画はサイン会だが、私は地下鉄を乗り間違えて大幅に遅刻してしまった。終了間際に到着して休憩時間を使いつつ30人ほどにサインしたと思う。(動画) 中国にも私のファンがいて、辛抱強く待っていてくれたことはとても嬉しい。下記の書影は『太陽の簒奪者』の中国語版だが、カバーデザインが新しくなっていた。ディーラーズルームで販売していたが、「本が売り切れだったので別の紙でもいいでしょうか」という人が何人もいた。はい、よろこんで。(動画)

サインする私。隣は藤崎慎吾さん。科幻世界提供の動画より

 ちなみにサイン会の次枠は劉慈欣で、見回すととんでもない列ができていたのは本大会屈指のスペクタクルだった。科幻館の星型に張り出したフロアと階段は、劉慈欣ファンの行列を収容するために設計されたのかもしれない。(動画)

 日本人の関わった企画については藤井太洋さんのblogが詳しい。 藤井さんは日本人ゲスト勢のコーディネーターを務め、多くの企画に出ていた。世界のSF読者の60%は非英語圏にいるそうで、英語圏偏重だったSF界にどう斬り込んでいくかに関心が集まったようだ

 コミケの発祥になったディーラーズルーム(同人誌即売会)には出版社などのプロと大学SF研などのファングループが出店していた。同人誌のほか、イラストやフィギュア、グッズ類も売られている。3枚目はチベットのサークルで、エキゾチックな装丁の本を並べていた。4枚目は宇宙船の模型で、プロ業者だろうか。自国の宇宙機でこれだけの商品が作れてしまうのが、いまの中国の実力だ。

 

 ヒューゴー・ホールで行われたヒューゴー賞授賞式の様子。トロフィーは伝統あるロケットをかたどったもので、台座部分だけはその年のコンベンションにちなんだデザインになる。

 

2章 ファンダムはひとつの生きかた

 ワールドコンのフォーマットは1962年に始まる日本SF大会にも継承された。冒頭で触れたとおり、それがコミケやワンフェスの原点になった。ただし近年は、こうした派生イベントのほうが成長したせいか、震源地はまったりしている。
 日本SF大会のピークは40年前、1983年の第22回 DAICON IVだろう。私も一SFファンとして参加して、4千人の行列に並んだ。有名なバニーガールの暴れるOPアニメにひたすら感動した。大会スタッフの岡田斗司夫、武田康廣、庵野秀明らは日本サブカルの基礎を作った人たちだ。
 私の友人は「あのときOPアニメのセル塗りを手伝わされて死にそうになった」と思い出を語っていた。このように、SF大会は基本的にファンのボランティアによって手作りされるものだ。

 いっぽう成都ワールドコンには「官製イベント」を感じた人が多かった。別に共産党を讃えたりはせず、政治色はないのだが、市が主催するスポーツイベントみたいに健全で、かつバブリーだった。ディーラーズルームを見ればファンダムらしい手作り部分があるのはわかるのだが、何しろ会場がすごすぎた。
 健全なら結構じゃないか、と言われればその通りだ。しかしSFは積極的に非常識であろうとする天邪鬼の文化なので、体制や一般社会としばしば衝突する。人を怒らせたり不快にすることもよくある。
 1960~70年代のSF大会黎明期にはネットもなく、そんな天邪鬼は身近にいないので、SFファンは孤独だった。SFファンが一堂に会するとそれだけで涙ぐむほど嬉しく、意気投合して徹夜で盛り上がった。「SF大会で一番面白いことは合宿で起きる」と言われる。不謹慎な話も多い、密室の文化だった。
 DAICON IVの頃、岡田斗司夫と武田康廣は関西芸人というユニットを組んでいて、会場の廊下や合宿所で突発的に始める漫才に黒山の人だかりができ、抱腹絶倒したものだった。
 まあ、いまのSF界隈にそんな強い情動はなく、もっとスマートになっている。天邪鬼マインドも拡散と浸透をへて、むしろ「SFさんなら何か斜め上のことを言ってよ」と期待されるようになっている。

 今回、空港から成都市街に入ると町中にワールドコンの看板や垂れ幕が出ていた。夜は電飾もあるし、会場近くの道路は「科幻大道」という地名がついていた。
 天邪鬼どころか、成都市はSFを市の顔として掲げていた。
 これには以下の理由があるようだ。
 (1) 中国SFの始祖、童恩正が成都出身であること。
 (2) 中国の代表的SF雑誌『科幻世界』の編集部が成都にあること。
 (3) 科幻世界で育った劉慈欣の『三体』がヒューゴー賞を受け、世界的に大ヒットしたこと。

 今回のワールドコンに出資したのが国、省、市のいずれかははっきりしない。成都は人口1600万人の大都市だから、市だけでもこれくらいのことはできるかもしれない。
 これは深圳メイカーフェアのとき、市が後縁して「メイカー都市」と称するビル街を作ってしまったのと似ている。Makerムーブメントは落ち着いてきているが、このときのインキュベーションは一定の成果を上げている。
 SFは中国の科学・技術振興政策と調和するので、国レベルでSFを称揚することもありそうだ。中国は応用科学だけではなく、巨大な電波天文台など、基礎科学にも大金を投じている。すぐには金にならないが、長期的に見れば教育、人材育成に貢献し、ひいては国家の評価を高めることになるだろう。

 SFはフリーダムな天邪鬼文化だから、専制的な国家のもとで活動するのは難しかろうと思うのだが、中国のSF界は長年の経験から、当局の介入を回避する処世術を身につけてきた。
 たとえば『三体』では冒頭に文化大革命の惨状が描かれていて驚く。どうしてこんなことが書けるのだろう?と思って大会スタッフに聞いてみると、「毛沢東を悪者にするのはだめですけど、紅衛兵を悪者にするのはOKなんです」とのことだった。
(文化大革命や紅衛兵については知らない人のほうが多いと思う。ググれば情報はたくさんでてくるので調べてみてほしい。日本との関係については「日中戦争」も重要なキーワードだ)

「中国は民主国家ではない。言論の自由が抑圧されている。体制に逆らうと連行される」とよく言われる。そうかもしれない。しかし、じゃあ中国人はみんな抑圧されて暗い顔をしているのかといえば、そんなことはない。彼らは元気いっぱい活動している。冗談も言うし、よく笑う。むしろ体制側が「こいつら元気いいからまとまって暴れ出したら手に負えないぞ」と恐れているように見える。

 この話題にぴったりのSF小説があるので紹介しよう。『天使墜落 』(上下  創元SF文庫、ラリー・ニーヴン 、ジェリー・パーネル、マイクル・フリン著、浅井修訳) 日本版ヒューゴー賞、星雲賞海外長辺部門受賞作だ。私は受賞オビに推薦文を書いた。 どんな物語かというと、寒冷化が進んで氷河が迫り、極端な反科学思想がはびこって文明が衰退しつつある北米大陸に、軌道上の科学世界から二人の宇宙飛行士が不時着する。そこはノースダコタの南西部で、おりしも近くでワールドコンが密かに開催されていた。この飛行士を救出し軌道に送り返すために、SFファンたちが団結して戦うという、レジスタンスの物語だ。この世界のSFファンは悪しき科学を称揚するものとして迫害され、SFファンだと知られるだけで職を失う。ファンダムは地下活動になり、ワールドコンは参加者わずか50人のホームパーティーみたいなものになっている。
 作中でシェリンというSFファンが言う。
「わたしをSFにひきつけたものがなんだったかわかる?(中略) ファンダムじゃないわ。ファンダムを知る前から、私は一級品のSFを読んでいた。それは希望の感触よ。もっとも憂鬱なディストピア小説でさえ、未来はわたしたちが築くものという意識がある。偶然に作られるものじゃなくてね。未来を予測することはできないけど、想像することはできる。構築することはできる。それは希望に満ちた考えだわ。たとえ構築が失敗に終わるとしても」

 ソアというSFファンは救出した宇宙飛行士にこんなことを言う。
「おれたちは未来を信じている。一般人のように、未来に背を向けたり、すべてのものがこの先もずっと現在とおなじでありつづけるようなふりをしない」
「主流文学は存在についての文学だ。性格研究のためのものとしては、文学のなかでは最高の部類に属するジャンルだろう。だが、なにも起こらないし、なにも変化しない。想像的文学は行動の文学だ。未来を嘆くのではなく、未来をつくっていく。まもなく、われわれみんなが未来に生きることになる。おれたちの仲間はその未来をさがしだすのが好きなんだ」
「ただの趣味以上のものであるような口ぶりだな」と宇宙飛行士が言うと、ソアはこう返す。
フィアウォル(FIAWOL)だよ。ファンダムはひとつの生きかた(Fandom is a way of life)」

 私はいずれの言葉にも首が折れるほど同意する。未来は変えられる。未来は自分たちで作るものだからだ。野尻節などと言われるが、そう、これがフィアウォルだよ。
 (後編につづく)


▶今までの「ぱられる・シンギュラリティ」

野尻抱介

野尻先生
SF作家、Maker、ニコニコ技術部員。1961年生まれ。三重県津市在住。計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になったが、現在は狩猟を通して自給自足を模索する兼業作家。『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』『沈黙のフライバイ』『南極点のピアピア動画』ほかで星雲賞7回受賞。宇宙作家クラブ会員。第一種銃猟免許、わな猟免許所持、第三級アマチュア無線技師。JQ2OYC。Twitter ID @nojiri_h

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