【第21話】 結婚式フォトグラファーのほう(五)
状況は明確だ。
わたしは大切なあの子──塾の教え子の高校生──を人質に取られていて、身代金として自分の命を払えと要求されている。腐れ縁の弁護士も、学生寮で同室だったあの子も、たぶんきっと捕まっている。人質四人とわたし一人の交換だ。
もうさっさと交換してしまいたいのだけれど、人質を返してくれる保証はなく、わたしは警察とは別の方向から、自力で犯人を探している。
警察とも付き合いのある弁護士ふたりと後輩社長からの御威光みたいなものが働いているのか、わたしには大きめの護衛車が一台と、常時PO(Protection Officer)がふたり帯同することになった。
今は担当編集も護衛車に乗っているけれど。
「犯人よりあの子とあの子を探したい」
あの子とは高校生のあの子のことで、あの子とは寮で同じ部屋に住んでいたあの子のことだ。
「先生、確認ですが、誘拐されているもうお二人、弁護士のお二人も親しいんでしたよね?」
担当編集がわたしがARメガネで書いている文章にリアルタイムでつっこみを入れてくる。ARが共有されているのだ。
「親しいというか何というか、愛着はありますけど、わたし、あの弁護士ふたりを全然信じてなくて、へたするとあの二人が犯人なんじゃないのって思ってるんです」
犯人は四人を監禁していると言った。
そのうち三人は確かに現時点で行方不明になっていて、警察が鋭意捜査中だ。
一方で〈あの子〉は十数年前に寮からいなくなってからずっと、どこにいるかわからない。
「住民票はお調べになったんでしょうね」
「そのへんは警察が調べてくれてて、あの子が育った孤児院から動かされてないんですって」
わたしだって実家から寮に住民票を移したのは、入寮して一年以上たってからだ。〈あの子〉の時間はもしかすると、退寮した瞬間から止まっているのか?
「人質のなかに犯人がいるって、もはやベタですよね」
「ベタかどうかはさておき、可能性はあるでしょう。先生はこの件を小説にしていますから、ベタにしたくはないでしょうけど、犯人はベタでも何でも、とにかく先生を殺したいはずです」
「……ん? それ!」
ついついわたしは大声を出してしまった。運転中のPO1さんはミラー越しに、助手席のPO2さんは振り返って、後部座席のわたしを確認した。
わたしはぺこりと頭を下げ、担当編集との話を続ける。
「それ! はベタの話への反応ですか?」
「そのあと!」
「とにかく殺したい、でしたか」
「それ! それです。犯人はわたしがいたら困るとか何とか言ってましたけど、わたしってとにかく殺したい対象になります?」
「どうでしょう。あえてベタなアイデアから申しますと、たとえば先生が住んでいるマンションが〈大規模宅地開発計画〉にひっかかっているとか?」
「聞いたこともないですし、言ってくれればすぐ引っ越します!」
わたしもアイデアを出してみたが、すべてベタすぎて、大して重いとも思っていないわたしの命よりも随分軽いものばかりだった。命が重いというより、殺人罪に対する罰が重いのだけれど。
しばし黙っていた担当編集が口を開いた。
「先生、先生の担当編集として、言うべきかどうか迷いますが──」
「──どうぞ思いつきでも悪口でも言ってください。ヒントになるかもしれないので」
「……先生の小説が恨みを買っている可能性はあるでしょう」
その言葉に、わたしは痛みを感じる。
痛みは強すぎて、どこの痛みなのか見失うほどだ。
頭なのか胸なのか胃なのか、はたまた全身なのか、それとも脳──心が痛いのか。
自分がこれまでに書いてきた文章が誰かを不愉快にしたことは、きっとあるはずだ。
ちょっとした言葉づかいが、たちまちわたしたちをいらだたせる。
「ただ、担当編集として言いますが、通常の意味で、先生の作品が誰かを傷つけることはないと断言できます」
「通常の意味」とわたしは繰り返す。批判的な意味合いではない。ただ、繰り返す。
担当編集が言葉を続ける。
「通常でない意味であれば、誰だって、自分だって、誰かを傷つけていると思います。簡単なメールであっても。先生の小説は誰かを非難したりバカにしたりするものではありませんが、敵対者は出てきますし、主人公も一癖も二癖もありますから」
編集者にはきっと色々なメールが来ることだろう。
結局のところはダメ出しであっても、そこには多少のレトリックがあり、ベテラン小説家も小説家志望も──あるいは銀行や保険の営業担当も──わたしの担当編集の言葉を〈誤読〉する。
「マンションの営業メールは読まずにゴミ箱行きにしています。返事がないということだって誤読されるでしょう。──自分は先生の小説がすきですよ」
いまどき、すきでもない小説家の担当はしないだろう。それはとてもうれしいことだ。
しかし愛が生まれるたび、憎しみも生まれている気がする。ありとあらゆる方向から愛されるなんて、バカみたいだし、そんな全方位的に愛されるやつがいたら、わたしがきらってやる。
「──先生、そろそろ表参道です」
「ここで降ります! ──編集さんはついてこないでください、危ないので」
「狙われているのは先生だけのようですから、自分がいたほうが、いざというとき救急車を呼んだりできます」
などと言って担当編集も降りてしまった。
パーキングエリアは目の前にあって、POふたりもすぐに準備万端、わたしの両サイドに立って、これなら回り回って、担当編集は流れ弾ならぬ流れドローンに当たる可能性が上がるだけになる気がする。
「大丈夫です。自分、中学高校と卓球部でして」
「俊敏ってことですか? あはは。わかりました、行きましょう」
心配してくれる人がいるのはうれしいことだ。
わたしたち四人は城のような礼拝堂のような巨大な結婚式場に入っていった。
〔第21話:全2,366字=高島執筆707字+AI執筆1,659字/第22話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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