【第22話】 結婚式フォトグラファーのほう(六)
わたしを守るPOは、まず結婚式場のインフォセンターで電子地図を手に入れて、わたしと担当編集にも展開してくれた。
今日は平日で結婚式はない。土日祝日以外は見学自由というのは昔来たときから変わっていないようだ。
POふたりは安全確保のために、広大な式場の各部屋をチェックしながら進んでいく。
わたしの担当編集は、物珍しそうにあたりを見回している。
「先生は結婚式フォトグラファーだったとき、この結婚式場で仕事を?」
「一回だけですけど」
「ではなぜここに」
「あれです。ここの売り、あの時計台なんです」
「ああ、青いですし、腕時計のようにも見えますね。……もしかして、あの時計にみなさんの居場所が隠されている?」
「かどうかはわかりませんけど、急に思い出したので」
後輩社長が作ったAI〈A-PRISM〉は、わたしに、わたしが忘れた過去を思い出させるという。
結婚式フォトグラファーのことなんて、ついさっきまで完全に忘れていた。わたしは小説修行と称して実にたくさんのバイトをしていたから。
そしてわたしはきっと、誰かを傷つけたことも忘れているのだろうし、その忘却の事実はさらにその相手を傷つけてしまうだろう。
受付から中庭に出ると、三階建てのかわいらしい時計台が見える。時計のすぐ下、二階部分には出窓があって、あそこから花嫁がブーケを投げるという鉄板の演出が大人気なのだった。
式場のあちこちが、わたしが来た十数年前よりもいくぶん豪華になっていて、相変わらず繁盛しているらしい。
わたしはチーフとこういうところで結婚的なことをしたいのだろうか。
そんなことを考えていたら、まさしくチーフから電話がかかってきた。
「もし、も、し?」
わたしの心臓の音が聞こえるような気がした。いや、もしかするとこれは気のせいじゃなくて──本当に聞こえていて、それが鼓動になってわたしに返ってきているのか。
『先生、今日はいつごろ帰ってきます?』
「帰る──えっと、たぶんもうすぐ帰ります!」 帰るというのはもちろん荻窪のわたしの部屋ではなく、チーフの部屋のことだ。
『もしかして先生にきらわれたんじゃないかって』
まずいまずい。
こういう話はぜひ部屋に帰ってからにしてもらいたい。
「いやいや、わたしがきらうはずないから」
『よかった。ありがとうございます!』
声が明るくなったので、ほっとした。
「実は昔バイトしてたところにいて。後輩社長にやってもらおうと思ってたんだけど──」
『〈A-PRISM〉を走らせたいってことですね? 私がやります!』
確かに出会って数分後にスライムまみれのままでキスしようとしたのはわたしが愚かだった。
ちゃんとゆっくり距離感を測ってチーフと仲良くなっていけばいいのだ。
「わたしが見ている映像を解析してほしいんだ」
『通信ボタンを──送りました! 承認してくれればうちのPCとつながります。〈A-PRISM〉全体には負けますが、基本機能はここでも動きますので』
「はいはい、承認した。解析って時間かかる?」
『いえ、そんなことは──……きゃっ!』
きゃ、なんて今まで言ったことも書いたこともない。
誰かと付き合うということはこういうことだとわたしは思っていて、そういうわたしの──違和感というか齟齬というか──相手に対する新奇性がすきなところなどは、小説から透けて見えているかもしれず、あるいは他の部分でも、わたしの小説は敵を──もしかするとわたしを殺したいと思うくらいの敵を──作り出しているのか。
とにかくチーフが驚いたのにはわけがあるはずだと思って、わたしはすぐにメガネに触れて再読み込みする。
次の瞬間、わたしの視界には鮮やかな文字群が浮かび上がる。それは蝶か花のように、時計台のまわりをめぐり始めた。
「チーフもこれ見てる?」
『見てます! すみません、計算量が大きすぎて、うちの〈量子モジュール〉が爆発しちゃって』
「爆発? 大丈夫?」
『あ、全然。冷却系がオーバーヒートして、液体ヘリウムがちょっとだけ気化したんだと思います。計算、問題ないのでご安心を』
「いやいや、安心って。チーフにケガはない?」
『ありません! 心配ありがとうございます!』
その声は本当に華やいでいて、わたしは一刻も早く帰りたくなる。
しかしチーフとの美しい生活のためにも、まずは殺人鬼/誘拐犯/敵をなんとかしなくては。
担当編集がわたしに近づいてくる。
「先生、そのAR映像、自分も見せてもらっていいでしょうか」
「もちろんいいですよ。何か見つけたら教えてくださいね」
わたしは編集さんのメガネを見つめて視覚共有する。
共有した直後に、まずい文字列が浮かんでいないか不安になって、ささっと見回すが、チーフへの恋慕みたいな言葉は見当たらない。
「ここに浮かんでいる言葉は、先生の記憶ということですか?」
「正確には〈A-PRISM〉が予想する、わたしが忘れてしまった記憶です。思い出したほうがいい、忘れた記憶──ということらしいですけど」
だから〈A-PRISM〉はわたしの脳をスキャンしたりしているわけではない。
舞浜の量子コンピュータでは過去百年から現在までの〈世界シミュレーション〉がおこなわれていて、その中にはわたしもいて、〝当時のわたしが思いついたはずのこと〟までもシミュレーションしている。
「でもさすがにこの結婚式場の中までは計算してないからここに来たわけ。わたし本人が何か思い出すかもしれないし」
どうやってリンクしているのか、当時わたしが実際に撮った写真もふわふわとホログラムとなって浮かんでいる。わたしの古いパソコンに残っていたのか。
「──先生、何か見つかりましたか」
「いやあ、何も──あっ!」
わたしは時計台の下に駆け寄った。小さな長方形のホログラムが時計台にもたれかかっている。
「カードですか」
「ええ。青いカードです」
〔第22話:全2,131字=高島執筆533字+AI執筆1,598字/第23話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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