高島雄哉×AI連載小説『失われた青を求めて』第24話【新訳】

小説家+SF考証・高島雄哉氏が、日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」の自動物語生成機能を使って綴る、文芸ミステリ。人間とAIのふたつの知の共作による人類初の小説実験。

【第24話】 XRとR(一)

 わたしは誰かの泣き声で目を覚ました。まるで初めて生まれたときみたいな、不思議な気分だった。
「ごめんなさいごめんなさい先輩!」
「……えっと、誰だっけ?」
 その子はさらにわっと泣き出してしまって、別の子が悲しそうにわたしに宣告する。
「先生、社長、残念です。……先生は長期記憶を失っているようです。これは……健忘、俗に言う記憶喪失状態だと思われます」
「チーフ、勝手な診断くださないで!」
 社長と呼ばれた子が叫ぶと、チーフと呼ばれた子は一歩うしろに下がった。
 それからわたしはゆっくりと自分の置かれている状況を教えてもらうことになった。
 ──①わたしは小説家。社長は学生時代からのわたしの後輩。チーフはわたしの恋人。
「待った待った、恋人?わたしに?」
「ええ。先輩たち突然いっしょに暮らし始めたんでビビりました。……なのに私の実験のせいで……!」
 またしても社長が泣きじゃくって、恋人らしいチーフが説明を交代する。
「先生……。ワタシのことも忘れちゃってます、よね?」
「超ごめん。超思い出したいんだけど」
「超を使うのは先生らしいです。先生らしさは全然なくなってないので、ゆっくり治療していきましょう」
「チーフはお医者さんなんだ」
 さっきも社長は診断と言っていた。
「ええ。医師免許はあります。この会社では医師ではなく、脳科学部門のチーフをしています」
「で、わたしに何が起きたんだっけ?」
 ──②〈マリッジブルー〉と呼ばれる謎の人物が、わたしの知人(大学時代の先輩である弁護士と、社長とは別の後輩である弁護士と、学生寮で同室だった子と、それから塾の生徒)4人を誘拐して、わたしの命を狙っている。
「なにそれ。さいあこ。ん?さいあこって最悪ってこと?」
「さいあこも先生の口癖です」
「まじか。それでわたしがその〈マリッジブルー〉に頭を殴られて、こうして記憶喪失に?」
「いいえ……」
 ──③わたしはどうやら昔〈マリッジブルー〉に何かをしてしまって恨みを買っているらしい。
「その何かを思い出していただくため、弊社の光量子干渉ドームに入ってもらったんです」
 と、ようやく泣き止んだ社長が、チーフのうしろで超小声で教えてくれた。
 ──④恨みの原因を思い出すために量子光探索を受けたが、逆に記憶喪失状態になってしまった。
「なるほどなるほど。今のわたしはその4人に思い入れ全然ないけど、面白そうだし、その〈マリッジブルー〉を捕まえて、ついでに4人を助け出したいとは思うかな。──もしかしてわたしって正義感みたいなのものも記憶喪失してる?」
 チーフはとても素敵な笑顔をわたしだけに見せてくれた。どうやら付き合っているというのは本当らしい。実感ないけどうれしいぞ。
「先生は、正義感も先生らしさも失っていません。そういうノリ、先生っぽいです」
 そしてわたしはチーフに抱きかかえられるようにしてベッドから立ち上がった。

 しかし数分後、わたしとチーフは怒鳴り合いの喧嘩をすることになった。
 原因は光量子干渉ドームだ。
「だってわたしの記憶が、わたしの脳にあるのは確かなんだし」
「ダメです!もっと重い記憶障害になる危険があります!特に今は!先生の脳が不安定なので!絶対に許可できません!」
 まったくさいあこだ。
 さっきまではやさしく手を握っていてくれたのに。
 ここでしばらく黙っていた後輩社長が頭をかきながら、わたしたちのあいだに入ってきた。
「先輩、あたしも反対です。今ってあたしのこともチーフのことも忘れちゃってるんですよね?そもそもホントは速攻で入院って言いましたよね?」
「だからそれは4人の命が、わたしのも入れると5人分の命がかかってるから後回しって言ったじゃん!」
 しかしわたしの主張は後輩社長やチーフに受け入れられていないのだ。
 わたしとしても見ず知らずの4人よりも、今の自分の記憶障害のほうが気になるものの、いかんせん、この記憶喪失状態というのは──ひとまず今のわたしにとっては──ほとんど不快ではなく、入院したいとは全然思えないのだった。
「先生、記憶障害を甘く見ないでください。安静にして適切な治療をしないと、長引いたり悪化したりする危険があるんです」
 チーフまでも泣きそうだ。
 わたしはもう降参するほかない。
「……わかった、わかりました。これ以上そのドームに入ると、4人を助けるための記憶も消えそうだし。ね、もうちょっと穏当なツールってないの?」
 チーフと社長はしばし視線を交わして、ほとんど同時にうなずいた。
「XRかな」
「XRですね」
 その言葉にわたしは思わず身を乗り出した。
「XR!わたしもそれ、ずっと考えてた」
「先輩に話したことありましたっけ?チーフが話した?」と社長。
「いえ、でも先生は色々なことにおくわしいから」
 とチーフはなんだかわたしのことなのに自慢げだ。恋人仕草というものだろうか。
 しかしチーフに悪い気がしてわたしは正直に言うことにした。
「ごめん、適当に言いました。XRって何?たぶん記憶喪失する前から知らないと思う」
 チーフはほっぺたを膨らませてわたしをにらんで──それはとてもかわいくて──直後に笑いだした。
「先生、冗談が過ぎます」チーフはにっと歯を見せて話を続ける。「えっとXRはeXtended Reality、拡張された現実のことです。VRやAR、MRやDR、それからもちろんこの現実のR、そういう色々なRの総称が〈XR〉です」
「この会社でも研究してるんだ」
「はい。被験者に全身でXRを体験してもらうためのスーツとヘッドセットを作っています。脳に直接干渉するわけではないので、危険性はほとんどないと思います」
「VR体験のすごいやつ?」
「そう思ってもらっても大丈夫です。ずっとすごいですけど」
「記憶が戻るくらい?」
「そうですね、なのでショックを受ける人もいます。そうすると記憶障害は悪化してしまうので──」
「──またダメ?」
「いいえ、ワタシもいっしょに行きます!」
 チーフはそう言うと、わたしの腕に飛びついてきた。
 全然見知らぬ人に親しくされると逃げたくなるのが記憶喪失前のわたしだった気がするけれど──なんだか遠回りな感覚だけど仕方ない──今のわたしは逃げたいなんて思うはずもなく、自分から体を寄せてしまうのだった。
「XRで記憶を探すってことだよね」
「はい。正確には思い出すきっかけを探っていくことになります」
「きっかけ……。何かあればいいけど」
「あ、大切なことをお知らせしてなかったです」
「ん?」
 ──⑤青がヒントの可能性がある。わたしが結婚式カメラマンのバイトで行ったことがある式場には青い時計台があった。誘拐されているわたしの教え子の高校生はわたしに青い名刺をくれた一週間後にいなくなった。わたしの学生寮の同室の子はどうやら高校生の親のようだ。この二人は荻窪在住。
「わたしも荻窪に住んでいた?」
「正確には先生は今ワタシの部屋に住んでいますけど。荻窪がある杉並区のマークは緑色なので、少なくとも住所は無関係でしょう」
 青、青、青。
 何も思いつかない。今のわたしは自分がすきな色も思い出せない。
「あ」
 と、XRルームの扉の前で、チーフがつぶやいた。
「どうした?」
「そういえば──」
 チーフが先に中に入った。
 室内にはスタッフ数人が待機していて、二人分のXRダイブスーツが用意されていた。
「なるほど。これも青なんだね」
スーツは梅雨明けの空のように透き通った青色だった。

〔第24話:全2,984字=高島執筆319字+AI執筆2,665字/第25話に続く〕

▶これまでの『失われた青を求めて』

高島雄哉(たかしま・ゆうや)

小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと

Twitter:@_bit192

次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。

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