奇才紳士名鑑~③フィナンシェ200種を食べ比べた紳士

 

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士」をご紹介していく連載です。

 

”フィナンシェヤクザ”と呼ばれた紳士

「情報系同人」というジャンルを皆さんは御存知でしょうか? 「同人誌」といえばマンガやアニメの二次創作の作品を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、純粋に自分が興味を持ったものを形にする、本来の意味での「同人誌」を作る方も多く存在します。
そのジャンルは非常に多岐にわたり、「マンガや小説などの一次創作」に当てはまらない同人誌もたくさん。旅行記や評論、写真集やレシピ集などは「情報系同人」と呼ばれ、一般書店に並ぶ書籍とは別の個性が溢れる内容が盛り上がりを見せているのです。前回登場いただいた「交通法規研究会」さんも、この「情報系同人」ジャンルで活躍するサークルさんです。

今回もそんな「情報系同人」のジャンルで見かけた、とある同人誌が気になりまして。

それがこちら。

映画『仁義なき戦い』を彷彿とさせる表紙の『実録 フィナンシェヤクザ』、その説明には「1年間で200個以上のフィナンシェを食べ比べ、フィナンシェヤクザを自称する筆者が、印象に残ったフィナンシェをジャンルごとに紹介する」と書かれています。

そして『フィナンシェ食べなんしぇ』は、その200個のレビュー。

本書の説明には「200個」と表現されていますが、厳密には「200種類」です。え、200種類!? というかなんで「フィナンシェ“ヤクザ”」? 本から垣間見える、若干の狂気すら感じるその熱量が(失礼)どうしても気になってしまったのです。だって皆さん、フィナンシェのことだけを真面目に考え続け、ひたすらフィナンシェを食べ続けた経験がありますか?
というわけで、今回はその作者の雲形ひじき氏にご登場いただくこととなりました。

■今回の「奇才紳士」

雲形ひじき 氏(フィナンシェヤクザ・かまこやもり)

創作サークル「三日月パンと星降るふくろう」「フィナンシェヤクザとシネマ芋先輩」で活動中。フィナンシェにハマりだしたころに周囲の友人がその執着ぶりを「ヤクザ」と評したことから「フィナンシェヤクザ」を自称するように。直近のサークル参加は2022年5月29日の文学フリマ東京を予定、こちらではじゃがいも擬人化小説の同人誌を頒布するとか。
Twitter @kmkymr
BOOTH http://kmgthzk.booth.pm
note http://note.com/financier893

200種食べても飽きない!? フィナンシェの奥深き魅力


アタッシュケースにぎっしり詰められたフィナンシェの数々。ちょっと物騒なブツに見えないこともない。画像提供:雲形ひじき

――2冊の同人誌の情報量に圧倒されました。そもそもなぜフィナンシェにハマって食べ続けようと思い、そしてそれを同人誌にしようと思ったのでしょうか。

2019年にイベントの差し入れでフォロワーさんからいただいたフィナンシェを食べたら「あ、おいしい」と、その時の自分にしっくり来たんです。いままでフィナンシェは、貰い物の洋菓子詰め合わせがあったら「マドレーヌよりはフィナンシェを選ぶ」という程度で、自分で買うことはなく、真面目にお付き合いしてこなかったことに気が付きました。
それで、もっと食べてみたい――食べてみようと心に決めて、目に映るすべてのフィナンシェを片っ端から食べていたら、1年間で200個を超えました。食べた感想をTwitterに呟いていたんですが、どうにもスレッドが長くなってきたので、何らかの形でまとめようと思ったんです。2020年はちょうど情報系同人誌を手探りで作り始めた時期でもあったので、同人誌という形を選びました。

――しかし、200種類ですよね……しかもほぼ違う店で。かなりの数だと思うのですが。

活動を始めたばかりの頃は、行動範囲のフィナンシェを手あたり次第買い集めていたので、常にフィナンシェが家にたくさんある状態となり、賞味期限ごとに袋分けをして管理し「今日までに〇個食べないと!」と追われ気味でした。今でも時期によってそうなります。また、ハマるきっかけとなったフィナンシェにお礼参りをするために、名古屋まで遠征したこともあります。



雲形氏が食したフィナンシェ個数の記録。1ヶ月に20個を超えるとさすがにヘビーになのではと思ってしまいます。画像提供:雲形ひじき

――『実録 フィナンシェヤクザ』に名古屋のお店が入っているのはそういう理由ですか! 「ヤクザ」「お礼参り」と並ぶと別の意味に聞こえるのが不思議です。食べ飽きたりはしないんでしょうか?

今のところ食べ飽きてないですね。そういえば、百貨店のケーキ屋でフィナンシェを1個持って並んでいたら、身なりのいい見知らぬマダムが「この子のも一緒に払うわ」と買ってくれたことがありました。貧乏でフィナンシェ1個しか買えない学生に見えたのかもしれません。びっくりしました。

――そこまでフィナンシェにハマってしまった理由はどこにあるのでしょう?

もともと食べ比べが好きで凝り性な性格なのもありますが、フィナンシェって、ケーキ屋だけでなく百貨店やパン屋、コンビニなど、思ったよりも身近にある存在だからかもしれません。シンプルな材料でそんなに違うものなの?と思われるかもしれませんが、シンプルだからこそ、どの要素が強いかがわかる誠実なお菓子なんですよ。食べ続けると自分の中で基準や分類が確立していくのがおもしろいです。


フィナンシェはすべて「写真を撮る→半分そのまま食べる→半分オーブンで温めてから食べる」という工程でレビューしているため、手に入れてもすぐその場で食べられないことが難点とのこと。手間を惜しまないその姿勢、徹底されてます。

 

奇才紳士のおすすめフィナンシェランキング

――せっかくなので、おすすめフィナンシェを聞かせてください! まずは個人的に至高と思うフィナンシェベスト3は?

【1位 ノワ・ドゥ・ブール】

有名店ですが、さすがTHEフィナンシェといいますか、焼き色、形、バターと甘さのバランスがすごく良いと感じます。

【2位 ちひろ菓子店】

それぞれの味の完成度・満足感がすごいです。「パルミジャーノ」や「ゴルゴンゾーラ」といったチーズのフィナンシェが特におすすめです。

【3位 アテスウェイ】

こちらもすべてのポイントで高得点をたたき出す優等生です。ケーキがおいしいお店はフィナンシェもおいしいので、逆にフィナンシェを買うとケーキのレベルが図れるかもしれません。

画像提供:雲形ひじき(すべて)

――なんと有益な情報! では「これもフィナンシェ!?」と思った変わり種ベスト3もお伺いできますか?

【1位 Pasco「コオロギのフィナンシェ」】

昆虫食が注目されていますが、よりによってフィナンシェ!と思って取り寄せました。10匹入り・30匹入り・50匹入りとレベル別です。10匹は普通においしいフィナンシェで、50匹は人類には早すぎる気がしました。

【2位 お菓子スタジオRiche(リッシュ)「うさぎ型フィナンシェ」】

立体的なうさぎ型でかわいいので、友人へのプレゼントにしました。むっちりしたお尻は食べ応え抜群です。

【3位 フィナンシェパーティー木更津「フィナンシェマリトッツオ」】

マリトッツオは興味がないのですが、流行ってますからね。甘さのしっかりしたフィナンシェ生地で挟んだ甘すぎないマスカルポーネのクリームは、ぺろっと食べちゃいました。

画像提供:雲形ひじき(すべて)

 

――ありがとうございます!!! 人類にまだ早い「コオロギ50匹フィナンシェ」が気になったのでいつか試してみたいと想います。ちなみに同人誌を出されたことで、何か思いがけない反響や出来事などはありましたか?

Twitterで1000以上RTやいいねをいただくという経験がめったにないので、宣伝が拡散されたときは驚きました。ヤクザが広域指定になっちゃうと。BOOTHでもたくさんご注文をいただき、ファミリーマートの店員を何度も困憊させてしまいました。

――広域指定フィナンシェヤクザですね!

情報系同人のイベント「おもしろ同人誌バザール」が東急ハンズで委託形式で頒布会を行う「おもバザハンズin池袋」という企画が2021年の9月にあったんですね。『実録フィナンシェヤクザ』を委託したくて申し込んだのですが、「ヤクザ」という言葉がひっかってしまい出品NGになってしまいました。

――そんなことが……!


『実録フィナンシェヤクザ』の表紙の参考にするため『仁義なき戦い』のような東映のヤクザ映画を約50本視聴。平日の夜に見続けたため寝不足になり「ヤクザは体に悪い」と2ヶ月でやめたとの逸話も。

続刊も――奇才な旅は終わらない

――今でもフィナンシェを食べ続けているようですが、今後同人誌として続編を出す予定などは?

「実録フィナンシェヤクザ チョコ警対ピスタチオ暴力」(仮題)と「フィナンシェ食べなんしぇ2」を制作予定です。2022年中に頒布できるといいなと思っています。200個食べたら1セット作るのを目安にしていますので、ご縁ありましたらよろしくお願いします。


同じお菓子を食べ続けていて味覚が迷子にならないのかしら……と聞いてみると、
「数をこなすうち自分の中で自然と決まってきたのは『観察する点を決めてそれに対してコメントする(焼き色、エッジの硬さ、弾力や口残りなどの食感、温めた時の変化等)』『これは「~系」と傾向を勝手に決めつける(ドーナツ系、お子様バター系、バター融合系等)』です。場所や時間や人が違う状態で食べたら感想は全く違うかもしれませんが、自然と浮かんだことをひねらずに書いています」
とのこと。
これは食べ物系のレビューをするときに非常に参考になるお言葉。1つの食べ物を追求することで、見えてくる地平線があるのでしょうね。
雲形ひじき氏のフィナンシェ本が気になった方は、上記のプロフィール欄から通販で手に入れるか、参加イベントでぜひ購入してみてください!(じゃがいも擬人化本も気になります)。めくるめくフィナンシェの世界があなたを待っていることでしょう。
また、新刊でクイニーアマンの本も出されていまして、そちらもおすすめです。バターの海に溺れえみては…カロリーは気にしない約束で!!

次回も、あなたの隣にいるかもしれない「奇才紳士」をご紹介します。

取材・文 ケムール編集部

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