一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士」をご紹介していく連載です。
Eテレでも活躍の”トーストアーティスト”
まずは、このインスタグラムの画像を御覧ください。
スタイリッシュなパターンだったり、有名イラストや絵画をモチーフにしたり……そのデザイン性、芸術性に目を奪われますが、実はこれらはすべて「トースト」なんです。朝食の定番メニューであるトーストの上に、アーティストの佐々木愛実さんは「アート」を描き続けています。そのフォロワー数約4.9万人、まさに「奇才淑女」です。
トーストに食材などで絵を描く「トーストアート」自体は、そこまで珍しいものでもありません。しかしなぜ彼女の作品がここまで人を引きつけ、そして話題になるのか……? その秘密を、インタビューから解き明かしていきたいと思います。
武蔵野美術大学卒。デザイナーとして都内で勤務する傍ら、リモートワークがきっかけで始めたトーストアートが話題となり、インスタグラムのフォロワーは2022年4月現在4.9万人。CMのビジュアル製作や、Eテレ「ねこのめ美じゅつかん」など、様々な分野でトーストアーティストとして活躍中。
https://www.instagram.com/sasamana1204/
Tweets by ManamiSasaki3
https://note.com/sasamana
スーパーからブラックリスト認定されるほどの「青果物愛好家」
――トーストアートについて綴られた佐々木さんのnoteを拝見しました。新型コロナウィルスが流行しはじめて緊急事態宣言&リモートワークが始まったことが活動のきっかけとのことですね。
そうなんです。特に緊急事態宣言が始まったころは、外出するのも散歩をするか、スーパーマーケットに行くかくらいしか許されない状況でしたよね。だから、スーパーマーケットの青果売り場が私にとっての唯一のオアシスで。そこからトーストづくりを始めた、という流れです。
――青果売り場がきっかけ、と。
もともと、自称「青果物愛好家」なんです。野菜や果物などをずっと見ているのが好きで。木の年輪の画像を集めた「年輪フォルダ」も私は作っているんですけど、私にとって野菜や果物、身の回りの植物や木……そういうものは「静かな生き物」だなと思うんです。ゆっくり成長したり、退化したりするけれど「生きている」もの。昔から、そういうものを見ることがすごく好きだったんですね。だからスーパーマーケットでも気がついたら一時間くらい青果売り場に居てしまうので、もうブラックリスト入りしてるんじゃないかと思うんですけど(笑)。
料理アレルギーを芸術で克服
――なるほど! 佐々木さんのトーストを見ていると、素材の色味やフォルム、造形の使い方に驚くことが多いんですが、その「青果物愛好家」として野菜や果物を見つめ続けた視線が生かされているわけですね。ちなみにお料理も得意なんでしょうか?
いえ…これが、ずっと料理は苦手でして。台所に立つだけで身体が震えてくるほどでした。
――えっ?
本当です(笑)。でも、それが逆に良かったような気がします。例えばこの野菜の断面の魅力にどれだけ気づくことができるか、種の付き方はどうか、なんだかふわふわした部分があるんだなとか、私は青果のそういう部分にワクワクするんですよね。だからいわゆる「お料理のセオリー」からは外れた切り方を試したりするんですけど、先入観なく、食材を「生き物」として観るという点では、ずっとお料理をしてきた人とは違う視点が持てたのかなと。
――素材の組み合わせの絶妙さなど、料理が苦手な人が作ったとは思えないですね。
最初のうちは「ピザに使われてるのはトマトとチーズと……」というように、既存の料理に使われている素材を調べて、その中で作っていましたね。でもある日、思いつきで鰹節粉とサワークリームを混ぜてみたらそれがすごく美味しかったんですよ! あれ、私お料理が苦手だと思っていたけど、もしかしていけるのでは!? と。そこからいろいろチャレンジをするようになりました。ただ「おいしく食べられるものを作る」というのは自分の中で絶対的な前提にしています。
――よくインスタグラムでは「映え」重視のお料理写真がたくさんありますが、そういうわけではないと。
私の中では「食材の魅力を最大限にしたい」という気持ちでやってるんですね。その「食材の魅力」というのは、見た目の美しさもそうですけど、味も香りも含めて全部なわけで。だからよく「見た目にこだわってる」と思われがちなんですけど、私のトーストは食べるところまでが1つのパッケージなんです。
あと、私、貧乏育ちなんですよ(笑)。だから食べ物を粗末にすることに関して、人一倍敏感で。だから「全部おいしく食べる」は、モラル的な感覚も含め絶対的に持ち続けたいモットーです。
――佐々木さんのトーストアートでは、「焼いた後」の変化も重視していますよね。
最初にインスタグラムに載せたトーストを作ったときのことなんですけど。トースターが「チーン」と鳴り、出した時のトーストが「全く別のもの」に見えたんですね。もちろん食べる前提では作っていましたけど、食べ物が食べ物らしく色づいてちょっと熟した色味になっていたり、チーズがくたっと溶けていたり……まるでトーストが「食べて」って言ってるように思えたんです。それまで、自分の中ではトーストを「表現する」つもりで作っていたのに、それが一気に「食べ物」に変わる瞬間を目の当たりにした、そんな気がして。食材も、焼いた後の表情が全く違うものになったりするので、それもまた新たな魅力の発見になる。だから、私のトーストは「焼く前」と「焼いた後」、両方でワンセットとして考えています。
画材としての「ごはんですよ!」
――トーストアートの題材が、浮世絵や現代美術、マンガまでバラエティに富んでいるのが面白いです。
基本的には「私の好きなもの」ですね。もともと、西洋美術から日本美術、現代美術まで幅広く好きなんです。その中でも「この人の作品が好き!」と思って作品の魅力に取り憑かれてしまうと、その人の住んでいた場所に行ったりとかマニアックに探求し始めるタイプなので(笑)。
――これまでで一番大変だったものは?
この「ねずみ男」ですね。6時間かかりました。
――6時間! それはまた、なぜ……。
これは「ごはんですよ!」で描いてるんです。「ごはんですよ!」のちょっとボタボタしたような表情、おどろおどろしい感じのラインが面白さだなと思い、だったら『ゲゲゲの鬼太郎』が合うのではと。いざやってみると、思ったよりも「ご飯ですよ!」の海苔の繊維が大きくて、ねずみ男を再現できるほどの細かさがなかったんですね……。というわけで前夜に「ごはんですよ!」を1つ1つ細かく分解するところから始まったので、トータルがその時間になってしまいました。
――お、お疲れさまです……。こういう「この食材で◯◯を作る」という着想はどこから湧くんでしょうか? 「◯◯が作りたい」と思い、食材を探していくのですか?
いえ、基本的にはまず食材から、です。例えばこのトーストの場合、紫キャベツの柔らかいけれど芯がしっかりしていて、少しだけ艶っぽい感じ……1つ1つが立っていて、凛としている感じ。これは日本画に合うのでは? 十二単の重なりに使えるのでは? という発想で作っていきました。ちなみにこれは尊敬するデザイナー・田中一光さんの作品のオマージュだったりします。
「食材との幸せな未来」を目指して
――フォロワーが増え、反響が大きくなったことで選ぶ題材に変化などは現れましたか?
確かに、続けていくとだんだんと「これがウケるだろうな」「人気が高いだろうな」というものは分かってくるんですよ。でも、私の目的はあくまでも「食材に寄り添うこと」なんです。だから、そういう目的ありきで作るようにはなりたくない。もちろん、見てくださる方がいて、楽しんでもらえるのはとても嬉しいんですけどね。幸せな精神で食材と寄り添うことが大切だなと思いますし、そうしないと食材にときめかない。パンが生き生きしなくなっちゃうんですよね。
――「食材にときめく」「パンが生き生き」……パワーワードが満載ですね。
だから焦ったり、「人に見せるために作る」という気持ちはシャットアウトしています。トーストを作ることで、自分と食材の幸せな未来に向かうという、このスタンスはなくしたくないですね。
求道の旅は続く
最近はトーストをきっかけにスキルアップしたというお料理等の写真投稿なども増え、佐々木さんの表現する世界はますます広がっていきそうです。どんなものが登場するか、これからもぜひ楽しみにしたいですね。
――ちなみに。今、佐々木さんのトーストアートの更新頻度はちょっと下がっているのですが、それには理由があるようです。
それは「歯の矯正を始めてしまい、トーストが食べづらい」から! とのこと。
「幸せな精神」で作ることが大切だからこそ、そこで無理をしないのが佐々木さんらしいところです。
次回も、あなたの隣にいるかもしれない「奇才紳士・淑女」をご紹介します。