奇才紳士名鑑~⑥たぬきケーキを調査・捕獲・研究・捕食する紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

孤高の「たぬきハンター」登場

突然ですがみなさん。「たぬきケーキ」なるものをご存知でしょうか?

たぬきの色と形を模した、なんとも個性的なケーキ。「懐かしい!」「そういえば地元のケーキ屋さんにあったかも……」という人もいるのでは。 いわゆる「町の洋菓子屋さん」で昭和40年〜50年代に定番商品だったと言われるこのケーキの情報をひたすら追い求め、「捕獲」し、記録している人が今回の奇才紳士です。

■今回の「奇才紳士」

松本よしふみ 氏
たぬきケーキ研究家。学生時代からたぬきケーキの食べ歩きを始め、2007年より現在のウェブサイトを開設。たぬきケーキについてテレビ番組や雑誌などでコメントを寄せることも多数。たぬきケーキ情報を集めたミニコミ誌「たぬきケーキめぐり」は現在新刊の構想中、とのこと。
HP たぬきケーキのあるとこめぐり/全国たぬきケーキ生息マップ

たぬきケーキを追い求め20数年

――なぜ、たぬきケーキの情報を集めるようになったのかお伺いしてもいいでしょうか?

もともと、子供の頃に好きで食べていた記憶があったんです。実家の近所の洋菓子店で売っていたので、そこのオリジナル商品だと長いこと思っていたんですよね。すると大学に入ったとき、その話をふと友達にしたら「自分もたぬきケーキを売っている別のお店を知っている」と。そこでそのお店に買いに行ってみたら、たしかにたぬきケーキが売っているんですよ。でも自分の知っているものとは微妙に違う。これはもしかしたら、たぬきケーキというものは全国にあるのでは……? そう思い、探し始めたのがきっかけです。1998年くらいの話ですね。

――となると、もう20数年にわたってたぬきケーキを追ってこられたわけですね! 今のサイトを始められたきっかけというのは?

インターネットが普及しだしたあと、自分の「個人サイト」を作ってそこにたぬきケーキの情報を載せていたんですね。でもだんだんとたぬきケーキの情報が増えてきたので、これは独立させたほうがいいなと。2007年頃から今のサイトの形になりました。

――松本さんのサイトを観ていると、地図でたぬきケーキの現在の生息数と「いなくなってしまった場所(お店がなくなったor作られなくなった)」場所が可視化されるのが凄いなと思うんです。たぬきケーキを探し始めた当初は、まだお店は多かったんですか?

いやいや、当時でももうかなり数は減っていましたね。まだ今のようにネットが普及している時代でもないので、当時は口コミで売っている店を聞いて訪れる……という感じで。私は当時も今も青森県在住なんですけど、大学生の頃はそんなにお金もないですから、県内のお店を食べ歩くのが中心でした。県外に出るようになったのは就職してからですね。実は当時、2ちゃんねるの中に、たぬきケーキ情報のスレッドがあったんですよ。

サイト内にある「全国たぬきケーキ生息マップ」。全国から寄せられたたぬきケーキの目撃情報がマッピングされており、つい先日『タモリ倶楽部』でも紹介されたもの。

――そんなものが!?

だんだんとインターネット上の情報が増えたり、そのスレの情報を頼りに東京や県外にも探し歩くようになった……という感じです。

たぬきケーキ捕獲術

――サイトを拝見していると、足を運ばれた都道府県はかなりの数になっていますよね。地方だとお店も分散していたりしますから、アクセスも大変ではないですか?

大変です! 行く前に綿密にタイムスケジュールを作りますから。買って、お店の人に話を聞けたら聞いて、近くの公園とかで写真を撮って、食べて……というルーティンなので、日没になると写真が撮れなくなってしまう。だから移動時間も含め、日没までに何件回れるかが重要なんです。北海道なんか特に大変ですよ、さながらタイムアタック状態です。

北海道函館市・トロイカ洋菓子店の「ラクエンドック」。ちなみにたぬきケーキとひとことで言っても、ネーミングもビジュアルもお店ごとに個性があるのが面白い。(松本氏提供)

――旅行のスケジュールが完全にたぬきケーキに支配されるわけですね……。そこまでしてたぬきケーキ情報を追い求めるモチベーションは何なのでしょう?

もはや「惰性」ですね(きっぱり)。

――そんな!

いやだって、青森から北海道行くのとか、実はすごくお金も時間もかかるんですよ。隣の県なのに一度東京を経由して釧路まで飛行機で行ったほうが安いし早いとかね(笑)。「自分は何をやってるんだろう……」と思う瞬間はなくはないです。

戦後史とたぬきケーキの深い関係

――それにしても、たぬきケーキって本当に全国に広まってるんですね。松本さんのサイトには「たぬきケーキ」の歴史や、形の違いといった分類なども詳しく書いてあり、かなり勉強になりました。

他に誰かが情報をまとめているわけではないので、あくまでも私の憶測なんですけどね。あと実はサイトには今「1950年代中盤に日本のどこかで誕生」と書いてあるんですが、戦前には同じような形のケーキが存在したことはわかっているんです。それは雑誌に載っていて、でも名前は「ハツカネズミ」で、たぬきではないんですよ。それを見た人が「うちはこの形でたぬきでやろう」と思ったのか、そのあたりはまだ謎なんですけれど。

――発祥を調べていくと、文化史とか風俗史の話になっていきそうですね。

たぬきケーキが全国に広まったのも、戦後に「洋菓子を新しい文化として広めていきましょう」という流れがあったことが大きく関係しているんですね。また、たぬきケーキってよく見ると、和菓子の練りきりの技術に近いんですよ。特に顔の部分ですね。クリームを絞るのではなく手で形を作るという、洋菓子ではほとんど使わない手法なんです。だから和菓子職人だった方が洋菓子に転向する際も作りやすかったのかな、と思いますね。

岩手県岩泉町・志たあめやの「たぬきさん」。顔の部分をよく見ると、手で摘んで整形していることがわかります。(松本氏提供)

リバイバルする「たぬき」その理由は?

――今、テレビや雑誌などでも時折たぬきケーキの情報を見かけるようになりましたが、ブームのようなものは来ていると思いますか?

思いますね。たぬきケーキを知らなかった世代が「レトロでかわいい」とSNSなどで取り上げたりすることも多いですし、また実はそういう流れを元に「新たにたぬきケーキを作り出した店」というのがとても多いんですよ。

一時作るのを止めていたものの2018年から復活したという宮城県大河原町・喜多屋のたぬきケーキ「ポンポコたぬき」。(松本氏提供)

――なんと、たぬきケーキが復活&増殖しつつある!!

そうなんです。昔作っていた店が再度作り出すパターンもあれば、新たにたぬきケーキを作るお店もあります。テレビなどで紹介されると期間限定で作っていたり。だからよく「たぬきケーキは絶滅危惧種」なんて言われるんですけど、私は今はそうは思わないんですよね。ただ、昔ながらの「町の洋菓子屋さん」自体が減っているのは事実です。主に後継者の問題が大きいようなんですが。だからあと10年くらいで、たぬきケーキを置いている店はぐっと減ってしまうのではないかな……とは思っています。

サイトの地図でも、グレーは作らなくなったり閉店・廃業したお店。やはり生息地が減っているのは事実の模様。

――そう考えると、やはり見つけたときには捕獲しておいたほうがいい気がしますね。

ちなみに、最近作られ始めたたぬきケーキは、インターネットで見つけたたぬきケーキの写真を参考にしてるんでしょうね。往々にしてビジュアルが同じようなものになりがちという特性があります(笑)。実はビジュアルに関しては私もちょっと悪いといいますか……以前はたぬきケーキの情報を集めたミニコミを作っていたので、お店の方にそれを渡して情報掲載させてくださいとお願いしていたりしたんですね。すると、次に行ったときに明らかにその冊子に載せたもののビジュアルに寄っていたというケースがありまして……。

――まさかの、松本さんの活動が影響を与えてしまったパターン! ちなみにたぬきケーキがまだ多く生息している場所というのはあるんですか?

私の地元の青森や北海道、あと鹿児島なんか多いですね。おそらく、地方の方がコンビニ出店が遅く、昔ながらの洋菓子屋さんが多く生き残っているからかなと思います。あと、都市部なんですけどなぜか名古屋も多いんですよね……いわゆる「喫茶店文化」の影響かなと。イートインできるお店もあるので。

たぬきケーキ・実食!

ちなみにケムール編集部も取材後、サイトの情報を頼りにたぬきケーキの捕獲を試みました! 訪れたのは東京都・国分寺市にあるファンフル洋菓子店。

国分寺駅から徒歩3〜4分の場所にあるこのお店。昔ながらの洋菓子店の佇まいが素敵です。

お店の方いわく、やはりここ数年でたぬきケーキの売れ行きは上がっており、特に昨年NHKの『グレーテルのかまど』で紹介されたあとなどは凄かったとか。

ファンフル洋菓子店のたぬきケーキ、お値段なんと280円! 良心的!!

たぬきケーキの中身は色々なバリエーションがあるようですが、こちらのお店の場合は中身はバタークリームとココア味のスポンジケーキ。久々に食べたたぬきケーキは、素朴ながらも美味しく、そしてなんだか懐かしい味がしたのでした。

みなさんもぜひ、松本さんのサイト情報をもとにたぬきケーキの捕獲、試みてください!!

次回も、あなたの隣にいるかもしれない「奇才紳士・淑女」をご紹介します。

取材・文 ケムール編集部

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