一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。
唐突ですが。皆さん、銭湯はお好きですか?
「広いお風呂が好きだから行くよ」という人、「家にお風呂があるから行ったことないな―」という人、「スーパー銭湯や温泉なら行くけど街の銭湯は行かないかも」という人。男性読者の中には、「最近サウナにハマってるからよく行く」という人がいるかもしれませんね。
実はその銭湯の一部、都内だと約110ヶ所以上の銭湯に、こんなハンコが置いてあるのをご存知でしょうか?
提供:廣瀬十四三
よーく見ると3cm×3cmのハンコの中に、その銭湯の個性がギュッと詰まっています。今回はこのハンコの作者、廣瀬十四三さんがご登場です。
日本でただ一人の「銭湯ハンコ作家」。2013年頃から銭湯にまつわるハンコ製作をはじめ、現在では各地の銭湯で使われているハンコの他、メディア出演や執筆、さまざまなグッズ制作等でも活躍。また、現在放送中の『仮面ライダーリバイス』(テレビ朝日)にも美術協力として参加。
Twitter▶@senju1043
日本でひとりの超ニッチ作家
――「銭湯ハンコ作家」とはまたニッチなご職業……!(笑) どういう経緯で銭湯のハンコを作るようになったのか、まずはお伺いできますでしょうか?
消しゴムハンコ自体に興味を持ったのは、コラムニストの故・ナンシー関さんがきっかけなんです。もともと、ナンシー関さんのコラムがすごく好きで。亡くなった後に回顧展を観に行ったら、そこに彼女がそれまで掘った消しゴムハンコが並んでたんです。その数がすごくて、約5000個ほどがズラリと。
――それは圧巻そうですね。
それを見て、自分もちょっとやってみたいなと思ったんですよ。それで消しゴムハンコを彫るようになったんです。最初は、ナンシー関さんを見習って身近な人の似顔絵だったんですが……町田忍さんです。
提供:廣瀬十四三
――町田忍さん!
今住んでいるのは北千住なんですが、地元のタウン誌に関わっていたんですね。そのタウン誌が主催する銭湯巡りのイベントに町田忍さんをお呼びしたことがあり、それがご縁で仲良くしていただいていて。でも当時は人に見せていいものかわからず、この町田さんも作ってからしばらく、半年ほどは自分で温めてたんですが(笑)。それである日、町田さんに見せたら絶賛していただいて。
――いや、似てますよこれ!
そこからは自分がよく行く銭湯の店主さんの似顔絵を作っては勝手にプレゼントしたり、銭湯にまつわる小物のハンコだったり、そういうものを作ってたんです。だんだん数が溜まってきたときに、知っている銭湯で「展示をしないか」とお声がけいただいて。
それがたまたま別件で来ていた新聞社の方の目に留まり、掲載されたことがきっかけで、全国浴場新聞という業界紙で、ハンコ絵とコラムを一緒にした連載を持たせていただくことに。2014年のことでした。
――念願のコラムニストデビューですね! ちなみにもともとは大手電機メーカーの会社員だったと風のうわさでお伺いしました。
そうです。でもそうこうするうちに、本業のプログラマーの仕事が少し辛くなってきまして。これはもう無理だなと思い、2014年の末に退職。自分が好きな銭湯とハンコづくりでやっていけないかなと、「銭湯ハンコ作家」として活動するようになりました。
銭湯ハンコで全国制覇
――現在作られている銭湯のハンコは、どういう経緯で作るようになったのですか?
東京都の浴場組合が「東京銭湯お遍路巡礼スタンプラリー」というのをやっていたんですね。でもこれが区の名前と通し番号、銭湯の名前だけで、面白くないなと思ってたんです。 「銭湯ハンコ作家」を名乗り始めた頃、だったら自分に作らせてくれと直談判して、3軒分を作りまして。
そうすると、このハンコを見て他の支部からも依頼が来るようになりました。多くは支部単位で依頼が来るんですが、口コミで知った銭湯さんから個別に依頼が来たり、他県の銭湯組合の方からも頼まれるようになり、これまでに約250個ほどを作成しましたね。
――250個!
沖縄には1軒だけ銭湯が残っているんですが、そこのものも作ったので、一応北海道から沖縄まで全国の銭湯のハンコを作ったということになっています。
――そこまでの数を作っていると、違いを出すために大変なときもありませんでしたか?
正直、特徴がなくて「どうしよう……」という場所はなくはないです(笑)。だから飼っている犬や猫を出すパターン、地域の名所や名物を盛り込むパターン……いろいろと試行錯誤しています。そもそも小さい印面の中でわかるように作らないといけないので、なかなか大変なんですよ。
――ところで、十四三さんご自身はなぜ銭湯がお好きになったんでしょう?
小学校2年生くらいまで家風呂がない環境で育っていたので、小さいころから馴染みがあるものではあったんですよね。今では……なぜでしょうね、自分でも正直、なぜこんなに好きなのかはわかっていない部分があるんです。でも、銭湯ってどこも「違う」んですよ。自治体ごとに基本的には同じ値段で入れるものなのに、雰囲気も違えば、そこにいる人も違う。同じ銭湯でも行く時間帯によって空気が違ったりして、奥が深いんです。それでいて、個性的な店主の方たちがいたり、大きなお風呂の開放感もあり、家風呂ではできないような温まり方も味わえる。露天風呂の気持ちよさなんかは格別ですよね。いろいろな銭湯をめぐる中で、気持ちよさはもちろん、そういう奥深さにも惹かれていったのかなと。
――なるほど……! ちなみに特に東京で顕著ですが、近年廃業する銭湯が増えているという話がありますよね。そういう「減りゆく文化」を守りたい、という気持ちはあったりするのでしょうか?
いやこれが、最近気がついたことがありまして。『時間ですよ』というドラマ、ご存知ですか?
画像出典:Paravi
――久世光彦さん×向田邦子さんコンビの伝説的ホームドラマですよね。
これの1970年代前半のものを最近観返していたんですけど、この中で「最近では銭湯が減ってきている、東京では週に1軒ペースで廃業している」なんていう言葉が出てくるんですよ。
――なんと! 70年代にはすでに銭湯は「消えつつあるもの」だったと……。
そうなんです。だから正直、「時間」を分母にした話は意味がないよな、というのを感じているところです。あと、10年ほど前の段階では都内でも「週に1軒ペースで廃業している」という状況だったんですが、今はその廃業ペースは緩やかになっています。それはひとえに、銭湯の絶対数が少なくなったからなんですけどね。その分、今でも続けている銭湯は、いろいろと意識して残ろうとしているところが多いような気がします。
――今日、このインタビューをさせていただいている梅の湯さんもそうですけど、いろいろな方法で新たなファンを獲得している銭湯も多くなってますよね。
もちろん、銭湯が減りつつあるのは現実なんです。自分もこんな活動をしていますが、「ハンコを作ることで、銭湯がなくなるのを止められるかも」なんてことは思ったことないです。でも、銭湯に足を運ぶお客様に、ほんの少しでもいいからじわじわと効けばいいな、と。あの銭湯にまだ集めてないハンコがある、それが銭湯に足を運ぶ楽しみの1つになればいいな……そんな風に思っています。
この記事を読んで銭湯に興味を持ってくださった方がいたなら、ぜひ十四三さんのように「自分なりの楽しみ方」を見つけてみるのをオススメします。あ、もちろん湯上がりには十四三さんのハンコをペタリともらってくださいね♪