奇才紳士名鑑~⑨ 【コミケで話題】漫画家が”セルフ写真集”を出版する理由

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

コミケに現れた異色の同人誌?

2022年、7月27日。Twitter上にこんな呟きが投下されました。

 

 

「漫画家なのに写真集を出すことになった」(しかも8/13のコミケに2冊目の写真集を発表というにわかには飲み込み難い状況と、テンポの良いマンガはあっという間にバズり、このツイートは4000以上のRT、「いいね」は23000超え(2022年8月11日現在)。

ツイッター上には

「心意気や良し」
「生き様ですなコレ」
「死ぬほど意味わからんくていいな」
「もうぶっ飛んでて好きとしか言えないけど、自分の息子がやってたら心配してしまうなこれはw」

などのコメントが飛ぶ事態に。

「……なぜ写真集?」「え、第二弾!?」と多くの読者を爆笑と困惑の渦に巻き込んだこのツイート。
今回はそのツイート主、「漫画家なのになぜか写真集を出すことになった紳士」が登場です。

中山ゆき

Twitterに自分の写真をアップしたことで写真集を発売することになった漫画家。8/13のC100にて第二弾写真集発売。現在連載準備中&エッセイもろもろ更新中。
Booth http://yukimisou.booth.pm
Twitter  https://twitter.com/yukiyuki_nkym

(※編集部:本記事の画像はすべて中山さんのTwitterから引用させていただきました

漫画への情熱が生んだ”異色の自撮り”

――さっそくですが、写真集を出すことになった経緯を改めてお伺いできますでしょうか?

2020年くらいでしょうか、「毎日マンガをTwitterに投稿する」というのを続けていたんです。反応や手応えはそれなりにあったんですけど、100回くらい過ぎたときに僕の中でマンネリ化というか、飽きてきた瞬間があったんですね。それで何か「変わったことをやりたい」と思った時、たまたま手元にマンガのための資料写真がいっぱい残っていた。そこでとりあえず載せてみたんですが、これが意外と反応が良くて。

(上)中山さんの作品の一コマ (下)中山さん本人。上のコマの資料のため、自分でポーズをとり、自撮りしたもの

――その資料写真が、作画のためにご自身を撮った写真だった。ちなみに、これって1人で自撮りされてたんですよね。

はい。大体夜中に作業をしていたので、無音状態の中、すごく自分と向き合いながら写真を撮る作業になりますね。


「マンガとその元になった資料写真」を並べてアップしていた頃のツイートより抜粋。「1粒で二度美味しい」と好評だったとか

――……そういう作業のときって、我に返る瞬間とかはないですか。

よくあります。

――お疲れさまです……。でもその写真をTwitterに上げるとなると、抵抗感とかはなかったですか?

それは特になかったですね。最初はとにかく軽い気持ちでしたし、他にこういうことをやっている人もいないからいいかなと。こういった「ネタに逃げる」ことを嫌う人もいると思うんですけど、自分にマンガを教えてくれた師匠的存在の漫画家さんが「手段を問うな」というようなことを言う人だったんです。「読者が引くくらいのことをしなきゃダメだよ」と。そこも少し意識にはありました。

――なるほど。でもそこから写真集発売という経緯になったのは?
Twitter上での反応は良かったんですけどそれだけかなと思ってたら、「写真集を出せば」みたいなことを言う人がいまして、なるほどと。それで少し調べたら、カメラとかもお願いできそうな人が見つかりましたし、だったら急遽作ってみようとなりました。

こちら1冊目の写真集、『はつゆき』。「自由」をテーマに、固定概念を塗り替えていこう、漫画家でも写真を出してもいいんだ……ということを表現したとか。

「撮られる」ことでマンガがわかった

――実際に写真集を作ってみていかがでしたか?

思ったよりも大変だったのは大変だったんですけど、これが結構「学び」が多かったんですよ。例えば表紙のデザインをどうするかとか、あとがきをどうするかということも初めてでしたし。
あと、マンガを描く人は僕と同じように感じている人は結構多いと思うんですが、「キャラを撮影している」感覚になるんです。マンガを描いていく作業というのが「このキャラをどこから撮ったらどういう構図になるか」を考えるのと同じといいますか。

――なるほど! 漫画家=カメラマンの立場だと。

そうなんです。だからこれまで「撮る方」は経験していても、「撮られる方の感覚」は経験したことがなかった。「“撮られる方”がどう見えているか」という視点に気づくことができたのは、漫画家としてすごく収穫だったと思います。

――なるほど! ノリで作り出した写真集が、思わぬ形で本業に役立った。

だからこれまではマンガを描くときも「頑張って撮ろう」みたいな感覚だったんですよ。でもこのキャラクターはどういう気持ちでこのポーズや表情をしてるんだろうということを考えないといけないなと、“撮られる側”を経験したことで実感しました。


これまでは、そんな風に写真を撮られる経験なんてなかったわけです。“撮られる側”として、撮影者にどう伝えればイメージがきちんと伝わるかというのがわからなくて、そこも大変でしたね。

『はつゆき』より。「エモい」写真とちょっと笑える写真が混在し、写真集として非常に味わい深いものになっています。

――すいません、思った以上に本格的な「マンガに役立つフィードバック」が出てきてこちらも驚いています……!

こちらも最初は「ちょっと大変なだけだろうな」って思っていたくらいだったので、やってみたら意外と良いことがたくさんあった、という感じです。「はつゆき」を冬のコミケで販売した時もTwitterで見た方が来てくれたり、あと電子版を買ってくださる方も多くて。これまでもイラスト集などでコミケに参加したことはありましたけど、読者の方とこういう形で繋がることができるんだな……というのは発見でした。

2nd写真集ーー奇才紳士の実験精神が止まらない

――ちなみに中山さんご自身は「漫画家になろう」と思われたきっかけはどんなことだったんでしょうか?

「絵に関する仕事につきたいな」とはずっと思ってたんです。漫画がそのとき一番身近だったので、じゃあ漫画を書こうかなとちょっとやってみたら、賞をいただいたりとか割とすぐ結果が出まして。だったらまた賞が獲りたい、雑誌に載りたいという気持ちが湧いてきて、より頑張っていった……という経緯です。

――中山さんの中で、将来的な目標とかビジョンというのはありますか?

マンガを日々描いていると、自分の中では「実験をしているような感覚」があるんです。もちろん画力も含めいろんな能力がまだ未熟なんですが、今回はこれを頑張ってみよう、ネームを工夫してみようとか、そういう試行錯誤を日々繰り返すわけで。前回よりも今回どのくらいできたか、自分が今どのくらいできているのかというのを確認するのが実験みたいで楽しいんですよ。だから最終的にどんなマンガ家になりたいか、どこまで登れるかというビジョンはまだ明確にはないんですけど、今は目の前のものに向かっていこうかなという思いですね。

――なんとなくわかったような気もしたんですが、写真集発売も中山さんにとって「実験」の1つだったのでは?

そうですね。例えばマンガを描くために「補助輪」としてドラマの脚本を勉強したり、資料写真を撮ったりするじゃないですか。僕にとってはその「補助輪」の1つが写真集発売だった、という感じです。

こちら8/13に発売する2冊目の写真集『ゆきと、なつ』。テーマは夏のコミケに販売ということで「夏」。実家のある茨城県で夏を満喫する中山先生が堪能できます。

――ところで、このC100の夏コミではまさかの「2冊目発売」と。これはどういう経緯で?

1冊目を発売するときに「写真集出しちゃうかもしれない」と身近な人に相談したんですね。するとタイトル案だったり、「こんなテーマで撮るのはどう?」と結構盛り上がりまして。もうその時点で2冊目、3冊目が決定した感じです。1冊だとこれは撮りきれないなと。

1冊目と合わせて読むとその「進化」も楽しめる2冊目の写真集。独特の世界感、クセになりそうです。

――まさかの規定ラインでしたか。Twitterでは2冊目がさらにレベルアップされているというようなことも呟かれていましたが。

セミプロというか、専門的に撮影とかをされている方に2冊目はお願いしたんですよ。なので仕上がりはさらにいい感じになっているんですが、それはそれで大変で。というのも、撮影の方が「上手い方」なだけに、逆に僕が被写体として未熟すぎる感じになってしまい。

――……漫画家さんですしね。

表情とかポージングとかが素人すぎまして。3冊目のときにはもっと頑張らないと、って思いました。

……「ネタ」かと思いきや、予想以上に深い(!?)創作術の話が飛び出した今回の奇才紳士。最後にまさかの3冊目発売も言及が出ました。
そんな中山ゆき先生の写真集は、8月13日、コミックマーケットC100(東J19a)、もしくはBOOTHで購入可能。気になる方はぜひチェックしてみてください!

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