奇才紳士名鑑〜⑩「クリーニング店の看板」の謎すぎる世界

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

新たな「路上観察」系・奇才紳士あらわる

この連載には、分類してみると「路上観察」系だったり「蒐集」系とでも言えるような奇才紳士が登場してきました。しかし、皆さんお話をお伺いするとそのモチベーションや、楽しみ方が微妙に違っているのが興味深いところ。
本日の奇才紳士も、ある意味「路上観察」系と言っていいでしょう。ミュージシャン・前里慎太郎さんがひたすら追い続けるのは「クリーニング店の看板」。しかしそのスタンスは、これまで登場した方たちとは少し異なるようです。

■今回の「奇才紳士」

前里慎太郎 氏
ミュージシャン。MCとしての活動は前里慎太郎a.k.a.IC、バンド形態でニューグリフィンズ、BSBとして活動。
ニューグリフィンズの2nd album『エッセンシャル・ウェイヴ』、前里慎太郎 a.k.a.ICの新譜『Sure Drip』がタワーレコードオンライン、他サブスク・デジタル販売等で現在発売中。

Twitter : https://twitter.com/coffeedaigaku
Instagram : https://www.instagram.com/a.k.a.ic/(クリーニング店の看板専用アカウント)

クリーニング店の看板、その魅力は「自由さ」

前里さんの「クリーニング店の看板」専用インスタグラムには、自身で撮りためたものや提供されたクリーニング店の看板画像が250点以上アップされています

――前里さん、「クリーニング店の看板」専用のインスタグラムをやられていますよね。あれがとにかく圧巻なんですが、そもそもなんで「クリーニング店の看板」の写真を撮ろうと思ったんですか?

きっかけは2つありまして。最初は「クリーニングかんだ」というクリーニング店の看板ですね。都内に何店舗かあるチェーンなんですけど、とある店の立て看板に「なんだかんだいってもクリーニングはかんだ」って書いてあったんですよ。

――韻踏んでますね。目の付け所がさすがラッパー。

気になって裏側を見たら、今度は「なんだかんだ近所付き合いは大事」と書いてある。

――またギャップが大きい。韻すら踏んでないしクリーニング関係ない。

そうなんです、「なんだかんだ」が全然活かされてない(笑)。この看板を見たときに、ものすごく衝撃を受けたんですね。張り紙でもなくわざわざ看板にしてるわけです。なんでこんな看板発注しちゃったの? とかいろいろ考えてしまって。

こちら、かんだクリーニングの集配車。「なんだかんだいってもクリーニングはかんだ」のキャッチコピーが眩しいです。 提供:前里慎太郎

続々と発見される「」

もう1つのきっかけとしてバンド関係の友人でおどるちゃんという人がいまして、彼女が「交番」の写真を撮り続けていたんです。8年前に彼女がやった写真展を観に行ったら、これがものすごく面白かった。そこで、自分も何かそういう「1つのものを撮り続ける」というのをやりたいなと思ったんですよ。

――どんなところを面白いと思ったんですか?

それまで「交番」をそんな目線で見たこともなかったのに、「面白さを探す」という視点で見るとこんなにも面白くなるんだというのが衝撃だったし、発見だったんですね。自分が全く知らない世界があるなと。それで何かないかな、と思っていたところに「クリーニングかんだ」がガチッとはまった、という感じです。そのころから撮り始めて今に至ります。

――そこからクリーニング店の看板を撮るようになったと。

おそらく、ほとんどの人がクリーニング店の看板のことなんて気にしたことがなかったと思うんですよ。近所のクリーニング店の看板がどんなデザインか、パッとすぐ出てくる人は少ないんじゃないですかね? でもそういう目線で見始めるとこれがすごく面白くて。それまで2Dで見えていた世界が、突然3Dで見えてきたような衝撃でしたね。いつも知っている町でも、クリーニング店の看板に注目するだけでこんなに面白くなるんだと。

――そこまでの衝撃が! 前里さんが感じられた「面白さ」って、主にはどんなところだったんでしょう?

クリーニング店の看板って、めちゃくちゃ「自由」なんです。「◯色が多い」とか「こんな字体が多い」とか、傾向が特にない。チェーン店はもちろん同じものになりますけど、個人店はみんなもう「本人が満足すればいい」というものになっていて。何なら「cleaning」のスペルが間違ったままの看板とかもありますからね。「クリーニング」じゃなくて「ceaning」、シーニングになってるとか。

――そこまで自由ですか(笑)。その中でも衝撃を受けたものってありますか?

中野通りにある「ラミー」ですね。この看板は電飾がついていたり、とにかく凝ってるしお金もかかっているんですけど。なんでクリーニング店なのにUFOが飛んでいるのかとか、なんでこんな看板にしたのかの意図が全くもってわからない。

スピード仕上げを想起させる特急のイラストも味わい深いです。提供:前里慎太郎

よく「面白い看板」っていうとスナックの看板が例に挙げられますよね。あれも面白いんですけど、業種のせいか「アクの強さ」みたいなものを感じて、ずっと眺めてると疲れるんですよ。その点、クリーニング店は基本どれだけ眺めても清潔感があるので疲れない(笑)。そこも良さです。

――先程「傾向はない」と言われましたが、ここまで数を集めると、なんとなく分類わけできたりしませんか?

それはあります。例えば自分の中で「お父さん主導」「お母さん主導」と呼んでいるパターンがありまして。看板の案を出したのがお父さんなのか、お母さんなのかがなんとなく見えてくるんですよね。大きく分けるとシンプル系か、ファンシーさを出すか……という感じなんですけど。例えば、これなんかはお父さん主導だと思うんです。

スタイリッシュでシンプルなフォントを使っている「お父さん主導」 提供:前里慎太郎

一方、こちらはお母さん主導かなと。

ピンクを基調とした店構えといいエレガントなフォントといい、女性らしさを感じさせる「お母さん主導」 提供:前里慎太郎

――なるほど! なんとなくわかる気がします。

「お母さん主導」でインパクトがあったのはこの「おしゃれへの旅立ち」ですね。何がこのセリフを言わせたんだろうと。この看板を作ったであろうお母さんの美意識が全面的に見えてくる気がして、ちょっと感動しました。

前里さんが「感動した」という、「おしゃれへの旅立ち」提供:前里慎太郎

あと、自分の中で「コンセプト違い」と呼んでいるんですけど、1つの店の中にもテイストやコンセプトが違うような看板があるケースも多いんです。そういう時は「お父さんとお母さんの話し合いの結果でこうなったのかな」とか勝手に妄想してます。

メインの看板と左の看板のテイストが完全に違う、コンセプト違いの典型例。提供:前里慎太郎

――そこはお店の人に確かめたりはしないんですね。

そうですね。多分、いろいろな経緯があってそうなっているということもあると思うんですよ。でも自分はあくまでも、看板から得たイメージやインパクトを楽しみたいなと思っていて。歴史的なところを調べていくとか、そういうのはあまり興味がないです。

――他にも面白いケースはありますか?

もともと個人商店だったのが副業的にクリーニング取り扱いを始めたんだろうな、という店舗をときどき見かけるんですね。そうすると、屋号はそのまま「◯◯商店」でいいじゃないですか。でもなぜか、クリーニング店には別の屋号を付けることが多いんです。府中にある実家近くで見つけたのが「信濃屋米店」とクリーニング店「クリーニングS(スパークル)」が一緒になっているという店で。なぜスパークル? なぜここにめちゃくちゃ美意識出す? と。

巨大な「米」の看板と、下にある「スパークル」のミスマッチが味わい深いです。提供:前里慎太郎

――どういう経緯でこうなったんでしょうね……。

あと、看板に書いてある謳い文句が割と自由なんですよね。「英国式仕上げ」とかはたまに見ますけど、それに対抗して「ドイツ式仕上げ」とか。そもそも「英国式仕上げ」って何なんだよ、という気もしますし(笑)。いろいろアピールしたいのか、結局よくわからないことになってる看板も多い気がします。「コンピュータークリーニング」とか。

謎の「コンピュータークリーニング」。 こちらは前里氏に情報提供された画像の1つ。

――何なんでしょうね、コンピュータークリーニング……。

そういうのを見ていると、本当に「自由だなー!」と思いますし、自分自身の心が自由になってくる気がするんです。そいうのって、自分の音楽活動にも影響している気がしますし。だから、やめられないですね。

クリーニング店看板の探求はまだまだ続く

――2018年にはこの撮りためた写真を使ったMVも発表されましたが、そこで一段落とはならなかった

なりませんでしたね。ただ、生活圏内にあるクリーニング店はもう結構行き尽くしてしまったので、ライブツアーで他県に行ったときに現地のクリーニング店を探したり、バンド活動の中で知り合った人たちから情報提供してもらったりという形で収集を続けています。いかついラッパーから看板の写真が送られてきたりすると嬉しいですよ(笑)。

ニューグリフィンズ『クリーニング』

――地方でひとりクリーニング店の看板を探し歩いてると、ふと我に返る瞬間はありませんか。

あります。でもそういう「何やってんだろうオレ」みたいな瞬間にめちゃくちゃ楽しくなってきますね。

――あ、そういうタイプなんですね(笑)。

あと、気がついたことが1つあるんです。クリーニング店って生活に密着してるものですから、商店街や駅前とかではなく、住宅街の中にあることが多いんですね。だから再開発の波に飲み込まれず、そのまま残っていることが多い。もちろん、店はあるんだけど個人店ではなくチェーンに変わっていることも多くて、最近は某チェーン店の看板がトラウマみたいになってますが(笑)。そういう「観光ではまず行かないような場所」に足を踏み入れることができるのも、クリーニング店の看板のおかげかなと思いますね。

前里さんのインタビューで一番印象に残っていたのは、「日常が2Dから3Dに見えるようになった」という一言。これまで登場した奇才紳士・淑女たちの情熱とモチベーションを、端的に言い表してくれているように思います。また、あえて真相や歴史を探求せず、自分のインスピレーションの素にしていくのはミュージシャンらしいスタンス。ものごとにハマるのも、好きになるのも、“自由”ですものね。クリーニング店の看板のように。

次回も、あなたの隣にいるかもしれない「奇才紳士・淑女」をご紹介します。

取材・文 ケムール編集部

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