奇才紳士名鑑〜⑪究極のマニア旅=「県境」のススメ

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

奇才な「旅人」登場

毎回毎回、「世の中にはいろいろなものに興味を持つ人がいるものだなあ……」と、取材するこちらも驚くことが多いこの連載。今回は、新GO TOトラベルに先駆け「全国旅行割」も始まった昨今に合わせ(注:2022年10月現在)、ある意味「こんな旅はどう?」というご提案にもなるような「奇才紳士」をご紹介します。

これを読んでらっしゃる方は、「県境」に興味を持ったことはありますか? 「けんきょう」、もしくは「けんざかい」。「え? 都道府県の境目のこと?」……はい、その通りです。今回ご登場頂くのは「県境マニア」田仕雅淑さん。先日、技術評論社から『県境マニアと行く くるっとふしぎ県境ツアー』という著書を発売されました。

技術評論社『県境マニアと行く くるっとふしぎ県境ツアー』(▶リンク)


田仕雅淑(たし・まさよし)
1971年、東京都生まれ。イラストの専門学校を卒業後、PC系ゲーム会社、測量会社などを勤め、フリーのイラストレーターに転向。その後漫画業界に入り、漫画家大暮維人のアシスタントを務める。現在はゲーム業界に戻り、美術設定や背景の仕事をするかたわら、個人サークル「ぱとや」を立ち上げ、(ぱと タシオ)のペンネームで、県境を絵にして紹介する同人誌活動を続けている。
Twitter https://twitter.com/Pato_727

 

「乗り鉄」から「県境マニア」へ。SNS投稿が繋いだ意外な縁

 

――なぜ、「県境」に興味を持たれたのでしょう?

もともと、「乗り鉄」だったんです。(編集部注・主に「鉄道路線に乗ること」をメインの趣味とする鉄道ファンのこと)。それであっちこっちに行っては、当時流行っていたmixiに写真をアップしていたんですよ。で、鉄道ジャンルの中には「秘境駅」というカテゴリがありまして、人がいなかったりとても辺鄙な場所にある駅のことを言うんですが、秘境駅として有名なJR飯田線・小和田駅を訪れて写真を上げたんですよ。すると、「そこ、県境があるんですよ」と反応してくれた方がいらっしゃいまして。

こちら、田士さんがご自身で描かれた小和田駅の絵。本業はゲームの美術や背景を手がけられているだけあり、写真とみまごうばかりのクオリティです……。ちなみにこの小和田駅、発着は一日8〜9本。電車以外には山道を歩いて到達するしかアクセス経路はありません。 提供:田仕雅淑

――「秘境駅」に「県境」があった?

そうなんです(笑)。ホームに降りると「降りるの!?」と乗務員さんが驚くようなまさに「秘境」駅なんですが、ここが日本の中でも珍しい、3つの都道府県がまたがっている「三県境」なんです。ホームには愛知県・静岡県・長野県の「三県境」であることを示した標識もある。そのコメントをくれたのが私の師匠でもあり、2009年に『県境マニア! 日本全国びっくり珍スポットの旅』という本を出された石井裕さんなんですが、それがきっかけで「県境マニア」の方たちと交流を持つようになっていったんです。知れば知るほど、「乗り鉄」の私が言える立場ではないですが、なんとも面白い趣味があるものだなと。

――確かに「秘境駅」好きの乗り鉄の方が言う言葉ではないですね(笑)。

それで、石井さんを中心とした県境好きの方々が集まるオフ会に参加するようになっていったんです。例えば有名な県境で言うと、福島県と山形県、新潟県にまたがる飯豊山の県境。非常に細長い土地が盲腸のように6〜7kmにわたって伸びている場所なんですけど、こういう「面白い県境」の例をスライドで映しつつ、石井さんがお話する……みたいなイベントがあったり。例えば飯豊山の例も、調べるといろいろ歴史的な経緯があってそんな場所になっていることがわかるんですよね。それでどんどん、県境の面白さ、奥深さに惹かれていきまして。

編集注:この「飯豊山」の県境についてはこちらの記事がわかりやすいです。
▶【山の不思議】これって本当に県境!? 誕生の裏には深~いドラマがあった!

こちら、有名な飯豊山の県境。真ん中に見える細長い部分のみ福島県、右上は山形県、左下は新潟県という特殊なことになっています。実際に現地に行くと、この福島県の部分は幅90cmほどの場所がメインだとか。

その後、石井さんが本を出されたので自分もそれを買い、載っているところに足を運ぶようになりつつ、自分でもいろいろと面白そうな県境を調べたり、まだ他の県境マニアが足を運んでいないような県境を探そう……という活動を始めていったんです。

県境マニアから見た「いい県境」の条件は?

――田仕さんから見られて、「いい県境」というのはあるんですか?

あります!(即答) まずは、「きちんと県名が表示されていること」。「ここから左は◯◯県、ここから右は◯◯県」と標識などでわかる場所は「いい県境」ですね。できればラインなどが引いてあり「県境であることがはっきりわかる」といいです。また、その境界線を想像できるもの……例えば川や谷間、山の尾根なんかの地形に合わせて県境が引かれていたりしますから、ながめて県境がなんとなくわかるような地形かどうか。また、そういう県境になった理由に歴史的経緯があるかどうか。個人的には、この4つをポイントとして探しています。

こちら、山形県鶴岡市と新潟県村上市の間にある県境。非常にわかりやすく境界線が描かれ、「県境をまたいで立つ」ことも可能です。ちなみにこちら、「県境通過記念スタンプ」が置いてあるそう。提供:田仕雅淑

駅のホームにある県境の標識例。JR東海道線山崎駅は京都府と大阪府の間に建っている、県境ならぬ「府境」の駅! 提供:田仕雅淑

こちら、なんと建物内を県境が走っている「星ふるヴィレッジTENGU」。実は建物内に県境がある例、探すと他にもある模様です。 提供:田仕雅淑

――具体的に引かれた境界線以外、パッと見でわかることってあるんでしょうか?

これが意外とありますし、日常の中でもよく見ると「県境で様子が変わる」ことは多いです。なぜなら、道路はその自治体が管理をしている事が多いんですね。そうすると、自治体によって道路の予算が違ったりするわけです。こちら側はきれいだけど、あちら側はあまり管理されていなくてガタガタ……とかそういうことがありえるという。あと、歩道のスタイルだったり、アスファルトの質が違ったり、街路樹があるかないかとか、道はつながっていても県境でぷっつりと景色が変わることって多いです。

こちら、茨城県と栃木県の県境である「境明神峠」。道路の様子が変わっているのがとてもわかりやすいです。 提供:田仕雅淑

――県境が自治体のパワーを如実に表してしまうんですね……。

あと、プラスアルファ要素としては「記念スタンプ」とか置いてあるとなおいいですね。たまにあるんですよ、県境スタンプ。例えば、栃木・群馬・埼玉にまたがる「平地の三県境」は「歩いて回れる三県境」として有名なんですが、境界標を模したスタンプが置いてあります。ここは公共交通機関でもアクセスできて行きやすいので、ぜひ行ってみてください!

こちら、群馬県板倉町、栃木県栃木市、埼玉県加須市の境目である「平地の三県境」の様子。ひょいひょいと徒歩で三県境をまたぐことができます。たった3歩で三県回れる、なんともレアな場所。 提供:田仕雅淑

マニアならずとも興奮必至!? おすすめ県境

――これまでかなり県境を回られていますよね?

全国の都道府県に行きました。北海道と沖縄を除くですが。

――あ、そうか……「県境」がない……。

そうなんですよ(笑)。本当は青函トンネルの中にある青森と北海道の県境に行ってみたいんですが、これは流石に無理なので。ある意味、県境マニアの夢の場所ですね。

――特に印象に残った県境はありますか?

県境マニアには有名な場所なんですが、奈良県の「イオンモール高の原」ですね。ショッピングモール内に奈良県と京都府の県境が通っているんですが、あんなに「県境」を大規模に可視化してくれている場所はないです! 館内はもちろん、駐車場に至るまで県境がはっきりと書いてある。なかなかそこまでやっている場所ってないんですよ。

こちら、イオンモール高の原内の様子。館内を京都府と奈良県の県境が走っている様子がよくわかります! 提供:田仕雅淑

――いやこれ、噂には聞いたことがありましたが、実際写真で見るとすごいですね……。

ちなみにこのイオンモール高の原、近くに団地が広がっているんですが、県境にフェンスが貼られていたり、一部は緑地帯になっていて何もなかったりと、県境がとてもわかりやすくなっていますので、そちらもぜひ見てください。

――例えは悪いですが37度線みたいですね(笑)。

あと「大変だった」という意味で印象に残っているのは、四国の「町道瓶ヶ森線」、通称「UFOライン」という場所でしょうか。高知県と愛媛県の間を走っている町道なんですが……まあこれがとても険しい場所で。

こちら「UFOライン」の風景。未確認飛行物体の目撃情報が多いことと、四国随一の名峰である石鎚山の尾根に続くという立地から「雄峰」をかけた愛称なのだそう。 提供:田仕雅淑

――ものすごい絶景ですね!

私、ここでちょっとした事故を起こしてしまいまして。レンタカーでしたので、ほんの少し傷をつけただけでも警察を呼ばなくてはいけない。ここで勃発したのが「県境で事故を起こした場合、どこの警察を呼ぶか」問題という。

――あー……。

一応、厳密な場所で言うと高知側だったので、110番したら高知の警察が来ました(笑)。ただ、場所が場所なのでここで警察もすぐに来れない。結局2時間ほど待つことになり、この日の予定は全部飛びましたね。そんな切ない思い出の場所です。

――いろいろ大変な思いはされていますが、まだまだ県境熱は冷めないと。

冷めないですね! 基本的にはGoogle Mapを眺めながら「これから行ってみたい県境」というのを探しつつ、気になるものはTwitterで「今確かめてみたい、数多ある県境のひとつ」として投稿しているんですが、それも130を超えまして(笑)。

 

こちら、田仕さんの「今確かめてみたい、数多ある県境のひとつ」の投稿の一つ。ちなみにひょうたん島は無人島。

――まだまだ行かねばならぬ場所がある!

なかでも今気になっているのは、「島」に県境が通っているパターンですね。瀬戸内海にいくつかあるんですけど、県境が通っている有人島も1ヶ所だけあるので、いつか行ってみたいです。

 

 

県境の面白さは単に「境界」が見えるだけでなく、紐解いていくとその場所の持つ歴史やいろいろな事情が見えてくる……それもまた、醍醐味の1つ。田仕さんの県境話を聞いていると、誰もが身近な県境に興味が湧いてくるような気がします。ここはぜひ田仕さんの著書を一読し、そして興味を持ったなら「県境への旅」にGO! してみてください。

 

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