奇才紳士名鑑〜⑬“力石”に魅了された奇才紳士

世の中には、一つのものごとに「過剰な情熱」を注ぐ人が存在します。
一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。

力を試す石

突然ですが。皆さん、「力石(ちからいし)」というのをご存知でしょうか?

力石とは?

そばつぶ(sobatsubu2021)さんInstagramより。石川県金沢市古府 国府神社の盤持ち石

力試しや力比べとして石を持ちあげる競技,ならびにその用具として使う石そのものの両方に対する名称。磐持石、重軽(おもかる)石、サシイシなどとも呼ばれる。
※「百科事典マイペディア」より一部引用

重いものでは100kg以上になる「力石(盤持ち石)」。先日、富山県の小矢部市棚田にある「神明社」という神社の境内にて、この神社の力石(盤持ち石)が突然移動され、整然と並んでいたとしてニュースになる騒ぎがおきました。

参考:盤持ち石移動、誰が?40~100キロ6個、重い順に住民、不思議がる(富山新聞)

その後に力石を動かした人物が表れ、神社の方ともやり取りをして一見落着となったのですが……はい、今回はなんとその「力石を動かしたご当人」が登場です!

奇才な「トレーニー」登場

これまでもいろいろな「奇才」を持った方が登場したこの連載、主にその“才”は「一つのことに打ち込む情熱の強さ」という形で表れましたが、今回の奇才紳士はそれプラス“才=筋力”!なぜ「力石」にハマったのか、その背景を伺います。


そばつぶ
石川県金沢市在住。ウエイト系筋肉トレーニングの趣味から力石に興味を持ち、現在はTwitterやInstagramで力石を持ち上げる動画を公開中。
Twitter:@sobatsubu2021
Instagram:https://www.instagram.com/sobatsubu2021/

「重いもの」を持ち上げる、そのシンプルさとゲーム性にハマった

――さっそくお伺いしたいのですが、「力石」に出会ったきっかけは何だったんでしょう?

仕事が力仕事だということもあり、筋トレが趣味なんですね。それでそういうトレーニング関係の動画とかも見るんですが、ある日、関連動画に力石を持ち上げている人の動画が出てきたんですよ。そこで初めて「こんな石があるんだ」というのを知ったんです。その時はそれで終わったんですけど、1年後くらいにまたその動画を見かけて。「自分もやってみよう」と思ったのがきっかけですね。
自分は石川県金沢市在住なんですが、すぐ「石川県 力石」で検索をしたら、小松市の神社がすぐでてきたんですよ。しかもそこは力石を使ったお祭りもやっているとのことで、これは自分もチャレンジしていいやつだろうと思い、行ってみたんです。それが1年半くらい前ですね。

ーーそれが初めての「力石との遭遇」と。

そこにあった力石が124kgで、その時の自分のトレーニング状況からしたら「このくらいだったら持ち上がるだろう」と思ってたんですよ。ところが、持ち上げることができなかったんです。それがとてもショックで。

――すいません、124kgを「このくらい」と言われる時点で非力な私たちからすると驚愕なのですが……当時の筋トレの状況ってどんな感じだったんでしょうか?

「BIG3」という筋トレメニューのメイン3種目があるのですが、それでいうとベンチプレス115kg、スクワット165kg、デッドリフト195kgですね。本格的にやっている人に比べたらまだまだですよ?

――いやすいません十分凄い数字に感じますが(驚)……でも、自分では行けるだろうと思っていた重さの力石が持ち上がらなかった。

しかもこれが、ちょっと浮いたくらいで全然持ち上がる気配がなかったんです。そこで初めて、「力石を持ち上げる」というのはこれまでやってきた筋トレとは全く違う、ということに気がついたんですよ。それで他の場所にある力石も調べまして、訪れては持ち上げる……ということにハマっていった感じです。
僕自身、昔から「重い物を持ち上げる」というのが好きなんですよ。なぜかというと、とても単純かつシンプルな競技な行為、競技なのに実はいろいろなことに気を遣わないといけなくて、とても奥が深い。だから筋トレをやっていたところもあったんですが、自分が好きで自信もあったものが、力石には全く通じなかった。もちろん筋トレで使うバーベルとかとは違うことはわかっていましたが、「ここまで違うのか」という衝撃があったんですよね。

――その「違い」は、どこにあるんでしょう?

いろいろ理由はありますね。まずはバーベルのように「持つ」ための形になっていないですし、重心がどこか見極めるのが難しい、手をどうかけてホールドしたらいいか迷う、とか……。人がものを持ち上げるときって、対象物にどう力を“加える”かがポイントなんですよ。「ここだ!」という場所をしっかりと掴むことが重要で、そうでない場所をいくら持っていも力が逃げてしまうだけなんです。最初のうちは力石の形に慣れていなかったので、自分の力がうまく伝わっていなかったんでしょうね。だんだんと慣れていくうちに、どう持ったら力をうまく加えられるかとか、身体をどう使ったら効率よく持ち上げられるかというのを試行錯誤して身に着けていった感じです。

――「持つための形」にそこまでなっていないという面白さがあると。

そうなんですよ、ちょっとゲーム性があるなと思っています。なかには持ちづらい形の石もありますしね。例えば丸い形の力石は、重量が軽くても持ち上げづらいんです。

「持ち上げづらい」力石で印象に残ったという白山市桑島 桑島神社の力石。

――「ここまで持ち上がったら成功」というルールはあるんですか?

ただ持ち上げるだけでなく、石を肩まで持ち上げてきちんと「担ぐ」ことができたら成功にしています。ただ肩に乗せただけではダメで、ちゃんと重心を肩に捉えて、片手を離したり、そのまま1回転しても大丈夫な状態ができればベスト、という感じですね。これは最初に見つけた、力石を持ち上げた方の動画を参考にしています。

――危険なことってありませんか?

よく言われるんですが、力石の場合は「自分がどうにもできない重さ」のものはそもそも持ち上げることができないんです。持ち上げることができる時点で、自分がある程度コントロールができる重さだということになるので、そこまで危険なことはないんですよ。あと「後ろに倒れて石に潰されそう」というのもよく言われますが、よほど足場が悪く、滑るような状況でない限りはそれもないと思います。ただ、もちろん持ち上げる前に周囲の状況に気をつけること、「無理をしないこと」は大切ですね。

「力石」が伝えてくれるのは、先人たちの知恵と技能

――これまでトライした力石はどのくらいになるんでしょうか?

124ヶ所220個くらいですね。(注:取材日の12月上旬当時)

――220!?

調べるようになってわかったんですけど、たまたま僕の住んでいる北陸が力石が多い場所だったみたいですね。あとは東京や埼玉とかも多いみたいです。力石が流行っていた時代は力石が置いてある場所が集落の中にあったんですけど、それらがなくなって神社等に置かれるようになったという経緯があるみたいです。

――いわば「力石が置かれたトレーニングジム」があちこちにあったと。面白いですね!他にも力石にハマってから思うようになったことはありますか?

まず、「昔の人の力」というものに改めて衝撃を受けましたよね。「こんな重い石を持ち上げる事ができる人たちが本当に現実に居たんだ」という驚きと感動と、そして憧れと。あと実はあまり言っていないことなんですけど……現代の「筋トレ」とこの「力石」、似ているようでまったく違うものなんじゃないかなと思うんです。自分が筋トレでは同じ重さを持ち上げられても力石では持ち上げることができなかったように、昔の人達の筋肉は農作業や肉体労働、そういう生活の中で鍛えられていったもので、現代の筋トレでは鍛えられない部分や体幹、身体の使い方なんかがもっと発達していたんじゃないかなと思うんですよね。もちろん筋トレは筋トレでいいものなんですけど、力石を持ち上げてみることでそういう「現代の生活では失われつつある力」を、もう一度鍛えることができるんじゃないかなと思うんです。


現在のそばつぶさんの最高記録は、石川県金沢市小立野 上野八幡神社の力石。その重さなんと132kg!しかしこの神社にある最大の力石の重さは159kgとのこと……先人たちのパワーを実感させられます。

――なるほど!拝見していると、筋トレでよく使われる腰ベルト等を使用されていないのが気になりましたが……。

それもよく言われるんですが、「先人に敬意を払って同じような条件でやりたい」という気持ちがあるので、僕はそういった補助具をつけないでやっています。そういったものがない時代だからこそ、「腰を傷めずに重いものを持つスキル」を持っていたのではないか?それを探っている感じですね。ただ、あくまでもこれは僕の考え方なので、そこは個人の自由でいいと思いますよ。

――ちなみに、例のニュースになってしまったときの感想は……。

いやもう、とんでもないことをやってしまったなと……。もともと盤持ち石を担ぐお祭りもあちこちにありましたし、自分としてはただ「置かれている力石の場所を変えてみた」という軽い気持ちだったので、大騒ぎになってしまって反省しています。こうならないためにも、皆さんは必ずひと声かけてから挑戦してください!

最後に。これを読んで「自分も力石を持ち上げてみたい!」という人に、そばつぶさんからのアドバイスです。

【アドバイス①】トラブル防止のためにも、神社やお寺の人に一声かけること!
【アドバイス②】周囲の状況を必ず確認すること。建造物にぶつからない距離感とフラットな足場の確保を。土のぬかるみや、地面から木の根っこや大きめの石が出ていないかをよくチェック。
【アドバイス③】無理はしないこと。まずは50kg台の軽いものからトライして、「これは無理だな」と思ったらすぐに後ろに逃げるように。
【アドバイス④】力石の状態を確認すること。大抵固いものなので割れる危険性はないものの、万が一ヒビが入ったりなど状態が悪いものがあったらやめておこう。持ち上げるときも土の上で!
【アドバイス⑤】汚れたり苔がついたりと状態の悪い力石も多いため、ブラシなど掃除道具を持参しよう。きれいにすることで、力石の保全にも繋がることに。
【アドバイス⑥】力石の説明書きの重量は参考程度に。表記があった場合はその8割ほどの物が多いが、中には表記以上の物もあるので注意!(そばつぶ氏は重量計測計を持参)。

長い年月の中で神社やお寺の人たち自体も力石の存在を忘れていたり、気づいていないということが多いそう。「ああいう形で話題にはなってしまったけれども、力石のことを多くの人が知ってくれて、そして保全につながってくれれば嬉しい」とそばつぶさん。現在は、新たに見つけた力石の情報などを研究者の方と共有するなどの活動もしているそうです。
これを読んで気になった人は、まずは身近な神社の境内に目を向けてみてください!そこには先人たちの「力比べ」の名残があるかもしれませんよ?

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