一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。
「ラーメンライター」の奥深き世界
今回は、「ラーメンライター」の登場です。もはや国民食と言っても過言ではない「ラーメン」、ある意味一番身近な食べ物であり、ライト層からディープ層までマニアが多い食べ物ではないでしょうか。
毎年のようにランキングや注目点を特集した専門誌も発売されますが、そういうムック本を取材するのがラーメンライターの仕事。平然とした語り口の中に、常人が想像もつかないような世界が広がっています……。
福岡岳洋
通称「マッハ」。ラーメンライターとして多くのラーメン本制作に携わり、ときに評論家としても活動することも。異様に臨時休業に当たりやすい体質でも有名。
Twitter:@machramen
「いちラーメンマニア」から「ラーメンライター」へ
――そもそも、福岡さんがラーメンライターになったきっかけは。
出身が盛岡なんですが、地元にいた頃からラーメンは好きだったんですよ。ラグビーをやっていたこともあり、部活仲間たちといろいろな店を食べ歩いたり……というのもやっていたんですが、高校生時代は「好きなものの1つ」で。
それが上京してきていくつか美味しいラーメン店と出会ったことからラーメンをメインに食べ歩くようになり、友人から「そんなんだったらブログでもやれば」と言われてブログを始めたんですね。
確か2005年の秋くらいかな、ちょうどブログサービスがあちこち台頭し始めたころですけどまだ今のような「ブロガー」的なポジションの人は少なくて、テキストサイトの延長線だった頃の雰囲気があったような気がします。
――なるほど、「ラーメンブロガーになりたい」的な欲求ではなかったんですね。
全然。食べ歩いてはブログに載せるというのを続けていたんですが、既にフリーライターとして活動していたものの、ラーメン店の取材はしたことがなかったんですよ。
ところが当時良く通っていた「七重の味の店 めじろ」がきっかけでラーメン評論家の大崎裕史さんと知り合いまして。彼が立ち上げた「月刊とらさん」というラーメン情報誌で取材をやってみないか、とお声がけいただいたのがきっかけです。2007年のことですね。
――なるほど、そこからラーメン店の取材が多くなったと。ちなみにみんなが気になるところだと思うんですが、取材のときって何杯くらい食べるんですか?
大体は編集担当がその日に回る店をセッティングしてくれるので、日によってばらつきはありますよ。ただ、最多は「1日9軒」ですね。取材ではこれが最高記録です。
――9軒!!! もちろん、全店舗で食べるんですよね……?
人によっては食べない人もいるみたいですけど、僕の場合は絶対に食べることにしています。ただ、仕事の場合はよほどでないと完食はせず、味の確認という感じですね。
撮影後には麺も伸び切って本来のコンディションではないですし、お店の方も「無理しなくていいですよ」って大抵言ってくださるので。というか、「9軒」ではあっても「9杯」ではないですから。大抵、1つの店で2種類は撮りますからね。
――あ……なるほど……。取材のときってどういうことをチェックしているんですか?
媒体によって掲載内容が微妙に違ったりはするんですが、スープの素材や具材の産地、自家製麺か製麺所を使っているか、製麺所ならどこの製麺所か。麺の太さ……これは麺を切る時の刃、いわゆる「切刃番手」を確認しますね。
あとは加水率、チャーシューの製法……大体聞くことは決まっているので、そのあたりを確認していきます。切刃番手は慣れるとわかったつもりでも、麺の縦と横を間違えて判断ミスということもあるので確認大事!
――さすが専門誌、結構細かく聞いていくんですね。いくら好きなものと言っても、それだけ大量にラーメンを食べ続けると、辛くなることはないんですか?
「ラーメンを食べること」自体が辛くなったことはないですね。移動のハードさと取材トラブルの方が辛いかもしれないです。
アポイントメントを取っているにも関わらず、店を訪れたら閉まっていた……という経験が5回くらいあります。大抵は店主が忘れてるんですが、店自体が潰れていたこともありますね。
――そんなことあるんですか(呆)
あります。あと「……なんで取材依頼を受けた?」とこちらが疑問になるくらい、店に伺うとなぜか店主が不機嫌というのもよくあるパターンです。ただ、正直これはもう慣れました。
――理不尽ですね。
ラーメン店の店主って、言ってしまえば「個性的」な人が多いんですよ。それがまた面白さだったりするんですけどね。
ーー移動と言えば、プライベートのときは自転車でラーメン店を回られていましたよね?
今はあまり乗っていないんですけど、一時期は基本自転車でしたね。最長遠征記録は杉並区から奥多摩です。
ーー奥多摩!
いやこれも、行きたい店が多摩湖の湖畔にあったからというのが理由だったんですよ。下手に公共交通機関を使うより楽だという。車で動くと都心部は駐車場の問題がありますし、ラーメン店めぐりは自転車移動が楽だったりします。
常に新鮮な衝撃を与えてくれる、それがラーメンの面白さ
――そういえばさっき「取材では9軒」と言われていましたが、取材以外ではもっと回ったりするんですか?
プライベートの最高記録は一日11軒ですね。
――11軒!! それは、当然完食ですか?
基本的に完食するようにしています。和歌山だったんですけど、和歌山ラーメンって1杯あたりが小ぶりなので食べ歩いているうちについつい……。地方に食べ歩きの遠征に行くと、せっかくなのでと杯数が増える傾向はありますね。
――それにしても11杯……。ラーメンは年間どのくらい食べているんですか?
いやこれが、お恥ずかしい話ですが年齢とともに食べられる杯数がだんだん衰えてきまして……以前は年間700〜800杯だったんですけど、今は大体500〜600杯ですね。1日2杯くらいということが多いです。
ただ、よくラーメンオタクたちは「杯数」を基準にしがちなんですけど、自分としては「質」が重要かなと思うんですよね。だって何百杯食べても同じ店やチェーン店ばかりだと意味がないし。自分は新店:リピート店の割合は7:3くらいな感じです。
――……杯数の基準が想像を超えていて飲み込むのに時間がかかるのですが、言わんとすることはわかります。ちなみに完食しないパターンもあるんですか?
味というより「衛生的にやばい店」ですね。特に今、低温調理のチャーシューが流行ってるじゃないですか。明らかに加熱が足りていないレアな状態の肉を出している店、結構あるんですよ。実際それで食中毒で事故が起きていたりしますから、みなさんも気をつけてください。
――勉強になります! でも、そこまで仕事とプライベートで毎日のようにラーメンを食べ続けても「飽きない」理由って何なんでしょうか?
ラーメン店って母数自体が多いこともありますが、どんなに食べ続けても「際限がない」ものに思えるんですよね。たとえば「ラーメンの定義」を問われても、明確に定義づけってできないと思うんですよ。それだけ今のラーメンは多様化しているし、自分の想像を超えたものをくれることがある。
たとえば、以前は西荻窪にあり今は町田に移転した「パパパパパイン」という店があるんですが、ここの「パイナップルラーメン」を最初に食べた時の衝撃と言ったら。だってパイナップルとラーメンですよ?
こちら、パパパパパインのラーメン。「果物✕ラーメン」という異色の組み合わせは、業界にも衝撃を与えました。
――確かに普通は思いつかない。
ラーメンでよく味変の別添えアイテムってありますけど、せいぜい唐辛子や味噌とかじゃないですか。この店、「練乳」を出してきましたからね。そういう経験ができるからラーメン店巡りはやめられないなと。ただ、最近はあそこまでの衝撃を与えてくる店がないのも事実なので、ちょっと寂しいなとは思っています。
――あと気になったんですが、福岡さんのSNSを拝見していると、カツカレーや町中華など、他のものもよく食べ歩いていますよね?
これ、気づいたことなんですけどね。結局自分は「アブラ」が好きなんですよ。「脂」も「油」も両方。液体の油で固形の脂を流し込む、そういう食べ物が最高ですね。
――健康が不安になるようなお答えですが大丈夫ですか?
今のところ健康診断で引っかかったことはないですが気をつけます。
――福岡さんのような「ラーメン専門のライター」って、今業界にはどのくらいいるんですか?
かなり少ないと思います。というのも、専門媒体自体が少ないんですよ。ぴあ社の「ラーメンぴあ」、講談社の「TRYラーメン大賞」、あとはKADOKAWAの「ラーメンウォーカー」、この3冊のムックが年に1冊ずつ出るんですが定期的なのはそれくらい。
あとはときどき出る「ラーメンウォーカー」地方版や、一般の雑誌やサイトがラーメン特集を組む時に声がかかることもありますが、今は情報誌もどんどん少なくなってますから。自分も、ライターとしてはラーメン以外の仕事の方が多いです。
――なるほど。となると、ラーメンライターになるのは結構狭き門なんですかね?
今、ラーメンマニアってSNSの発信かYouTuber的な活動をする人が多くて、ラーメンライターになろうという人自体は少ないんじゃないですかね。媒体が少ないこともあり、業界的に「若手が育っていない」のはみんな危機感を感じているところではあるので、やる気がある人は大歓迎なんですけど。
必要なのは、自分の好きなものをどれだけ突き詰めることができるか、ただ食べるだけではなく、ラーメンを「体験」として捉えて自分の中で「消化」できるか。あとは強靭な胃袋があれば問題ないので、我こそはと思う人はぜひチャレンジしてください。