一見は市井の人に見えながらも、よくよく話を聞いてみるととんでもないマニアだったり、途方も無い熱量の持ち主だったりする。そんな「奇才紳士&淑女」をご紹介していく連載です。
平日は深夜営業のみの古本屋
広島県・尾道市に、平日の営業時間は深夜23時〜27時という一風変わった古書店があります。
その名も「弐拾dB(にじゅうでしべる)」。
観光地とはいえ、22時過ぎると人通りもなく、周辺は真っ暗。
そんな場所で、なぜこんな店を?……店主の藤井基二さんに、開店の経緯を伺いました。
藤井基二(ふじい・もとつぐ)
1993年、広島県福山市生まれ。龍谷大学文学部卒業後、尾道のゲストハウス「あなごのねどこ」で働きながら2016年「古本屋 弐拾dB」をオープン。著書に『頁をめくる音で息をする』(本の雑誌社)、編著に『新編伊藤茂次詩集 静かな場所の留守番』(龜鳴屋)。愛煙家。
弐拾dB:広島県尾道市久保2-3-3 平日23時〜27時、土日11時〜19時 木曜定休
弐拾dB通信販売所:https://20db.stores.jp/
Twitter:@1924DADA
「社会に紛れ込む」方法としての古本屋
――まず、開店した経緯をお伺いできますでしょうか。
出身は隣の福山市なんです。高校卒業後に京都の大学に進学したんですけど、ちょっと病んでいたこともあり(笑)卒業後に就職をしなかったんですね。
それで地元に戻ってきて、尾道がもともと好きだったこともあり「あなごのねどこ」というゲストハウスでアルバイトを始めました。
そうするうちに、「なにかお店でもやらない?」という話が出てきて。というのも、尾道は若い人や移住してきた人がちょっとした「小商い」を始めることが多い街なんですよ。
だとしたら、自分がやりたい……というか「できる」のは古本屋かな、と。
もともと病院だったというこの建物がちょうど空いていたこともあり、2016年にこの店を開店しました。
――開店当初から平日は深夜営業というスタイルだったんですよね?
古本屋ですぐに食えるようになるとは思っていなかったので、当初はアルバイトの空き時間に開店しようと思ってたんですよ。
だとしたら開店時間は昼の11時から午後3時位になる。
でも待てよ、同じ11時〜3時だったら、深夜の方がお客様が来てくれるのでは? と。
周辺の建物がなくなったこともあり今でこそわかりやすくなりましたけど、開店当初は本当に路地の中にあるような状態で、全然目立たない店だったんです。
だとしたら深夜営業したほうが、物珍しさで来てくれる人もいるかもしれないし、そういう人が常連になってくれるかもしれない。
だからある意味「出たとこ勝負」でもあるし、考えてもいるし……みたいな感じですね。
――ちなみに、就職しなかった経緯は……?
「好きな詩人の研究ができたらいいな」くらいの思いで文学部の日本文学科に進学したんですね。
だから就職する気もないし、大学院まで行って研究者になろうかな……と思ったけどそこまでの情熱もない。そもそも院進は僕にとっては「どうにか社会に紛れ込む」ための方便だから、うまくいくわけもない。
一応就職活動もしたんですよ。口が立つので面接は得意で、とある会社から内定も貰ったんですけど、そうなると自分が「就職できる」という生き方もできることに気づいてしまって……。
これがいっそ就職もできなかったら「人間のクズ」として生きていくことができるんですが、それもできないという。
しかも研修中のバイト期間で「これは向いていないな」と自覚して、就職するのをやめた……という経緯です。
だから古本屋も、僕にとってはその後に見つけた「社会に紛れ込むための手段」だった感じですね。
――どうして「古本屋」だったんでしょう?
「自分に向いてそう」だったから、としか言いようがないですね。
特にバイトをしていたとかの経験はないですけど、本は好きだし、京都に住んでいたこともあり古本屋はいろいろ回ったし、値段の相場感はなんとなくある。
ノウハウがあるわけでもないですから本当に手探り状態でしたけど、「なんとかなるだろう」と。
だから最初は自分の持っていた本や人から貰った本をメインで売っていたので、棚もスカスカでしたよ。セレクトショップのTシャツ屋みたいな(笑)。
でも始めたらだんだん本も集まってきて、結果的にこんな風になりました。
――「弐拾dB」という店名の由来は?
大学四回生のときに同人雑誌を作ろうとしたことがあり、結局頓挫したんですけど、そのときに考えた書名が「弐拾dB」でした。
20デシベルってとても小さい音で、時計の秒針の音とか、木の葉が揺れる音とか、普段人間には聞こえない、でも聞こうとすれば聞くことができる……そのくらいの音なんです。
その「聞こうとすれば聞こえる音」という言葉が、フレーズとしてすごく好きだった。
本には音や声があるなと思っているので、そういうものに耳を澄ますという意味で、古本屋にぴったりだなと。
――本の品揃えでこだわっているところはありますか?
新刊も置いていますけど、あくまでも「古本屋」なんですよ。
だから、自分の好きな本だけを置くというわけにもいかないし、お客様が好きそうなものとか、店のキャラクターを加味しつつバランスよく……という感じですね。
――そうか、買い取り次第でラインナップが変わってきますものね。
そうなんです。
だから買い取りの持ち込みによっては特定の作家やジャンルの本が多くなるときもありますし、どうしても偏ることはありますね。ただ、「並べない」という選択肢はできるのでそこでコントロールしている感じでしょうか。
自分が好きではないタイプの本は新しくても100円コーナーに並べたり。たまにお客さんに「100円でいいの!?」って聞かれたら「こんなん100円でいいんですよ!」って返しながら(笑)。
あと、特定の民族を差別しているような本は置かないようにしています。
「先の見えたもの」をやっても面白くない
――深夜営業ならではの面白さはありますか?
それはありますね。
この営業時間だから色々な人に会える、というのはあると思います。職業もバラバラなら、お金持ちからそうでない人まで(笑)幅広い。
古本屋だから、というのもあるんでしょうね。あと、深夜に営業しているという物珍しさで来てくれる人もやはり多いんですよ。
僕としては、物見遊山でも全然いいんです。観光で来て立ち寄った人が、1年後にもう1度来てくれたらそれはもう「常連さん」ですから。
普段古本屋なんかあまり行かなそうだな……という観光客の人がやってきて、なにか手に取ってくれたり、買って行ってくれることがある。それは本当に嬉しいですね。
――オリジナルの書籍も作っていらっしゃいますよね。特に2019年に発売された水に文字が浮かぶ書籍、「水温集」はSNSでも大きな話題となりました。(注:現在は終売)
あれは、友達やお客さんと話している中で「水に文字が浮かぶような本があったら面白いね」という話になり、そこから生まれた1冊ですね。
100部とか200部限定で作って、お客様が喜んでくれればいいな……という思いで作ったんですけど、自分でも想定以上にバズってしまいまして。
――「水温集」の第2弾や、ああいう書籍をまた……という思いはありませんか?
しばらくは再販しないかな、と思っています。
結構作るのが大変だというのと、ああいうものが売れるんだな、という答えが1つ見えてしまった感があり。
それがわかった上で同じことをやるのはつまらないな、と思ってしまうんですね。だったら別のことをやりたいなと思いますし。
かといって、東京に多い独立系の書店とかと同じようなことをやってもダメだろうな……とも思ってます。
――次に作りたい書籍のアイデアはあるんでしょうか?
ありますよ。具体的には、自分の好きな詩人の本で、もうなかなか流通していないものを再販させたいなというのがまず1つ。
あとは例えば鉱石ラジオと合体した本が作れないかなとか、実現は不可能かもしれないけどそういうアイデアは日々考えてはいます。