高島雄哉×AI連載小説『失われた青を求めて』第一話

このたびケムールでは、初の連載小説をスタートします。
著者はデビュー作の本格ハードSF『ランドスケープと夏の定理』が「日本SFを次の50年に受け渡す傑作」と激賞された、小説家・高島雄哉氏。SFアニメにおける未来の世界観を設定する「SF考証」としても活躍する、物語・テクノロジー双方に精通した書き手です。
本作の特色はそれだけではありません。日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」を使い、高島氏とAIが交互に文章をつづっていく形式です。
人間とAIのふたつの知の共作による、人類初の創作の試み。
毎週木曜日の更新をお待ちください。

【第1話】 小説家のほうへ(一)

 何が失われたのかわからなくなるくらいの時が失われて、わたしはひとり、荻窪駅のホームに立っていた。東京駅から電車で三十分のこの街に引っ越してきて、もう十年になる。
 引っ越して十日目の昼、あの大震災が発生した。わたしはあのときもこのホームにいた。もちろん直後に電車がすべて止まり、買い占めの始まっていない西友で小さなお弁当をふたつ買って帰ったのだった。
 あれから世界は日常を取り戻したのか、震災あるいはコロナによって世界は新しく書き換えられたのか。そんなことを考えながら──今は他に考えるべきことがあるのだけれど──ぼんやりとしたまま、わたしは定刻通り来た電車に乗り込む。
 誰もいない車両の中で携帯を開き、「小説を書く」という文字を指先でなぞる。
 ドアが閉まりますというアナウンスと共に扉の向こうへ消える人の群れを見送ったあと、もう一度「書く」「小説を書く」と呟いてみる。ため息と一緒に声にもならない吐息が出て、それが揺れているうちに車両が動き出す。ゆっくりとした速度で景色が流れていく。
 いつものように満員ではない車内にはスーツ姿も学生の姿もなく、わたしの呟きが聞かれる心配はない。
 あの人は「きみは独り言が多い」と言った。幼い頃にも親から似たようなことを言われた気がする。
「違う」
 過去にとらわれている場合ではない。一時間後に新宿から数個となりの駅近くの出版社で打ち合わせがあるのだ。そして一年か、あるいはもっと長い年月があったはずなのに、新しい小説の企画をまったく、何も思いついていない。
 編集者との打ち合わせの約束があるなんて、小説家志望だった頃を思い出せば、夢みたいな話だ。夢を超えていると言ってよい。
 マンガ家になりたいのか、マンガを描きたいのか、という言い方がある。
 この問題設定の切り分けはうまくいっていない。一回でも商業誌に乗ればマンガ家なのか、描かなくてもマンガ家なのか──マンガ家にしろ小説家にしろ、別に免許制でもないのだし、勝手に名乗りたい人は名乗ればいいからだ。
 そしてわたしは小説を書き続ける小説家でありたい。新人賞をもらったのが地震の三年後すなわち七年前、五年前に初の単著が出たときはうれしくて沿線の書店を巡ったものだ。それから三年前にアンソロジーに短編を入れてもらって、ちょうど去年の今ごろ文芸誌に掲載された短いエッセイがわたしの直近の仕事ということになる。
 しかしこれは本当に仕事と呼んで良いものだろうか? 編集さんに確認してみなければわからないのだが……たぶんおそらく間違いなく仕事と呼べるものではないだろうと思うし、そもそもここしばらく原稿の依頼がきていないことがその証左なのではないかと思われる。そのことは先日送られてきたメールからも明らかであるように思われる(送ってきた担当氏の名前は忘れてしまった)。そういえば昨日の朝ごはんは何を食べたか覚えていなかったりするような、そんな記憶力しかないわけだから久しぶりの出版社に迷わずに行ける自信はない。
 わたしは買ったばかりのARメガネを操作して地図アプリを開いた。メガネ搭載のAIが気を利かせて──わたしのメール履歴や位置情報をくみとって──行くべき方向を指し示してくれた。
 便利な世の中になったものだと感心しながらわたしはそれに従って歩いた。歩く間にこの前出した文庫の売れ行きを聞いたりした。文庫では飛ぶように売れているとは言えないような部類に入るらしいということしかわからなかった。そんなことよりもっと大事なことがたくさんあるはずだとも思った。わたし以外のみんなにとって。だけどそれはきっと難しい問題なのだと思った。誰かがどうにかしてくれるのではないかと淡い期待を抱きながらも、自分で解決しなければならない問題でもあって……などと書いていてもしょうがないのだけれど、ついついAR(拡張現実)上に浮かぶ原稿用紙に音声入力で──だからますます独り言が増えているのだけれど──打ち込んでいく。
 二年に一度の原稿収入では、ARメガネを買うことはもちろん、生きていくことだって難しい。東京の家賃は高いのだ。
 それでわたしは十年前から荻窪駅前の塾で高校生に国語を教えている。今日も編集者との打ち合わせのあと、夕方には戻って、いつもの黒板のまえで授業をすることになっている。塾長には十年前、地震直後の面接で、小説家志望だとは言ったものの、そういう人は多いのか、「ふうん」とだけ言われて採用になった。新人賞のことも、話す機会もなくて、言っていない。
 ARの矢印がわたしを誘導して、出版社のまえで弾けて消えた。
 何も思いついていないまま、わたしは受付のカメラに話しかける。
「すみません、今日の打ち合わせの件なのですが……」
 わたしは編集部に入っていった。
◆十年前のわたしと今のわたしが、同時に存在していたらどうなるのだろうか。
 まず第一に「小説家になる」と呟いていたわたしは、このときすでに小説を書いていたことになる。
 第二に「プロの編集者と会っている」と呟いているわたしは、やはりこの時点から小説を書いているのかもしれない。
 第三、あるいは「聞いてます?」と問いかけられているかもしれない。
◆今みたいに。
 わたしはあわてて返事をする。
「え? もちろんです!」
 そしてもちろん聞いていなかった。
 担当さんはわかっているのかいないのか、二人の共有ARにひとつのサイトを表示した。
「これ、小説を書くAIなんですって」
「はあ……」
 わたしに合わせてくれているわけでもないのだろうけど、この担当さんもテック系というか、新しいツールがだいすきで、そういえば初めて会ったときに二人とも電卓付き腕時計をしていて爆笑したのだった。昔のことばかり思い出す。
「へー、すごいですね」
「でしょう。でもこの会社、もうすぐ倒産するんですよ」
「そうなんですか」
「まあ、倒産って言っても潰れるってだけで、また別の会社に買収してもらう予定らしいんですけどね」
「へえ」
「でもってですね、今回ご依頼したいのは、このAIを使っての長編小説なんです」
「面白そう」
「でしょ?」
 そもそも断るなんて選択肢はわたしにはなかったのだけれど、わたしは即答で依頼を受けてしまった。
 毎月4回のウェブ連載で、1回につき2500字前後、原稿料は規定のものがあるという。
「AIが書いてくれるのに、原稿料は全部わたしのものですか」
「あはは。ツールだと思えばいいんですよ。ちなみにこのAIサービスが商用利用自由なのは確認しています。で、連載を一年続けるとちょうど単行本一冊になりますね」
「本、出ますか?」
「面白ければ出ます。出しましょう」
 この企画はわたしにとって初の連載になるし、久しぶりの単著にもつながっている。もちろん面白い小説にしたい。でもこれは──
「どういう小説でもいいんですか?」
「はい。もうお考えの企画があれば、それをAIと書いていただいてもいいですし、AIとの共同執筆というのを踏まえて新しく考えていただいても結構です」
 何のことはない。事態は何も変わってはいないのだ。
 結局、書きたいことがなければ、何も始まらない。
 AIは小説を書く。
 わたしは小説家。
 それだけだ。
◆わたしはいつもの席に座り、黒板にチョークを走らせている。
『小説家になる』
 あのときのわたしが書いた文字を消していく。
 わたしは小説家。
 その事実が、わたしのこころを軽くしていた。
◆授業が終わり、西友で買い物をしながら、担当さんが言ったことを考える。
「いろいろ試してみてください。今月末くらいに、だいたいの内容とタイトル案を送っていただけると助かります」
 内容は打ち合わせ中にほとんどできていた。行く前あんなに悩んでいたのがウソみたいだ。
 AI執筆と訊いて、わたしはすぐにマルセル・プルースト『失われた時を求めて』を思い浮かべた。あの大作の主人公は小説家志望で──今のわたしみたいに──何を書くべきかを迷いながら彷徨し、最後に──
「いけそうだ」
 タイトルもほとんど決まっている。『失われた(何か)を求めて』という形式以外には考えられない。問題は(何か)にどんな言葉を入れるかだ。しかし一体わたしは何を失ったのか。
 今回の連載で使うAIは基本的には文章の続きを書いてくれるものだが、箇条書きでアイデアを出すこともできるという。わたしは自分の案を三つ書いて、AIの「続きの文を書く」を実行した。
1.『失われた星を求めて』
2.『失われた重力を求めて』
3.『失われた世界線を求めて』
4.『失われた愛を求めて』5.『失われし(略)を求めて』6.『失われし(略)を求めて』7.『失われた(略)を求めて』8.『失われた(略)を求めて』9.『失われた(略)を求めて』10.『失われた(略)を求めて』11.『失われた(略
 なるほど。こういう感じなのか。意味があるのは4だけだけど、ちょっとこれは恥ずかしい。もう一度、今度は4まで入れて、(略)は出ないようにしてAIのモードも調整して再び実行する。
5.『薔薇の泉を求めて』
6.『若水を追って』
7.『花の行方を探して』
8.『朝が来て昼が訪れ夜が訪れた後で』(未完)
9.『猫は知っていた?』
10.『空が綺麗な青だから、私は泣いた』
11.『海の底に沈む夕陽の塔と霧の家』『風葬の少女』『影を慕いて』
12.1314(欠番含む)+15+16 15 + 16
「……なんだこれは?」
第十八回角川小説賞受賞作 第一章 失われた時を求めて 第二章 失われた星を求めて 第三章 失われた重力を求めて 第四章 失われたささやきを求めて 第五
 なんだこれはと言いたいのはわたしだけど、特に後半はどんどんずれていって面白い。(何か)に入る単語を提案してくれたと考えれば、『失われた夜を求めて』なんていいのではないだろうか。
 いつかはAIが、タイトルはこれだ、という文章を生成してくれるのかもしれない。でもそれはいつになるのかわからない。わたしは決断する。この小説のタイトルは『失われた青を求めて』。

〔第1話:全4,005字=高島執筆2,651字+AI執筆1,354字/第2話に続く〕
 
 

高島雄哉(たかしま・ゆうや)

小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと

Twitter:@_bit192

次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。

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