高島雄哉×AI連載小説『失われた青を求めて』第3話

▶これまでの『失われた青を求めて』
小説家+SF考証・高島雄哉氏と、日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」による、人間とAIのふたつの知の共作による人類初の小説実験。

【第3話】 小説家のほうへ(三)

◆十年後のわたしが言った「そう、そういうことだ」の意味がやっと理解できた。そうかそうか。そういうことだったのか。わたしは自分の浅はかさが可笑しくて思わず一人で笑い出す。そんなことをすれば周りから怪しまれるのは当然だ。ここは学校なのだから。でも今のわたしにはそんなことは関係なかった。
 どうやらAIは〈十年後のわたし〉を登場させたいらしい。しかし今は荻窪警察署の取調室だ。事情聴取に集中したほうがいいだろう。
「先生のご自宅から、あの子の高校の図書室まで、監視カメラに一度も映らずに行くルートが三つありまして」
 と刑事が言う。表情からはわたしを疑っているかどうか全然わからない。疑われてもいいのだけれど、面倒なことに巻き込まれたくないので、黙って聞いている。
「そのうちのひとつがあなたが通っている駅前の予備校のすぐ近くを通り抜ける道だった。あなたの通っている教室は三階で、図書室のある二階とはかなりの高さ差があるが、その窓から下を見てみたら人影があって。しかも窓のそばにある木に登ろうとしているところだったので声をかけようとしたところ消えました」
「ちょっと待ってください。わたしはあの子が通っている塾の講師であって、あの子の高校とは何の関係もないんです」
「おっと、失礼しました。次に聴取する方とファイルが混ざっていたようです」
 こういうのも取り調べのテクニックだったりするのだろうか。本人確認?
 あの子は──率直に言ってうれしいことに──わたしと会うことを楽しみにしていて、文芸部の友達にも言っていた。
 約束の日、わたしには全然めずらしくないこととして、寝過ごしてしまった。携帯電話にはあの子からの着信履歴が五十件はあった。高校に本当に入ってもいいのか確認するために、あの子の青い名刺のアドレスにメールを送って、これもわたしにはよくあることとして、署名から電話番号も住所もあの子にバレてしまったのだ。
 だから今更「やっぱり無理」とは言いづらい。でもあの子はまだ教室にいなかった。
 わたしは机の上で充電中のAIに尋ねた。
『あの子と会ったのは昨日が初めてではないのね?』『初めてですよ』
 ではこれはいったいなんなのだろう。教室にいると先生に呼ばれてしまいそうな気がしたので廊下に出ると、そこにはこの刑事さんが立っていた。文芸部の友達が、学校内であの子が行方不明になったと職員室で大騒ぎをして、あの子の親にも電話をかけ、警察が呼ばれる事態となったのだ。
 そしてわたしは現場にいた唯一の部外者というわけで、刑事さんとしては取り調べをしないわけにはいかなかった。
「学校でも言いましたけど、わたしは何も知らないんです。刑事さんもあの子を探しに行ったほうがいいですよ」
「ほう? どうしてです」
 え? 言い方ミスった?
 いやそんなことはない。あの子はこの学校にいて、わたしはその手がかりを持っている。
「わたしが知っている限り、あの子の名前は、『失われた子』ではありません」
「じゃあなんて呼んでいたのですか」
「わたしも最初は、あの子のお母さんに聞きながら呼んでたんですけど、『失われ子ちゃんって呼べばわかるから』って言われたんですよ」
「それはつまりあなたがあの子のお母さんとも以前から知り合いだったということですね?」
「いやいやいや、わたしがお母さんと話していたの、刑事さんも見てましたよね! さっき! 学校で! あれが初対面なんです! お母さんに聞いてみてください!」
「それはのちほど確認しますが、お母さんはあなたのことを以前から知っていたと言っていましたよ」
「あのお母さんは混乱してるし、ある意味でそれはそうでしょう。あの子と今日学校で会うって約束したのは先週のことですから、それまでにわたしのことを話したとすれば辻褄は合います!」
「なるほど、なるほど。つまりこうおっしゃりたいのですね。自分は何もしていない、と」
「…………」
 わたしは無言のままうなずく。あの子が『失われ子』と呼ばれていることについて、わたしにはなんの責任もないということを示すためだ。でもこの方法は逆効果でしかなかった。刑事さんの目にはわたしが開き直っているように見えたらしい。
 あの子のお母さんはドイツかどこか出身らしく、いなくなった子のことを『失われ子』なんて呼ぶから、わたしはますます混乱してしまう。
「弁護士……」
「はい?」
「当番弁護士を呼んでください……」
「さすが小説家の先生、よくご存じだ。塾の国語の先生でしたっけ?」
 ……もういいか。わたしはこの世界がどんなふうになっても構わないと思っている。だってこの十年間何も変わっていないから。ただ、わたしの小説がベストセラーになり、アニメ化され、映画化されるくらいの夢だけは見ている。
 それはさておき、わたしをこんな目にあわせたAIと文芸部の部長に、一言物申さなければならないだろう。
 次回予告:AIと先輩の登場、というわけだ。
 はたして一時間後、現れた弁護士はわたしの先輩──あの人──ではなかった。
「先輩、何してんすか」
 スーツ姿の弁護士はわたしとあの人の後輩だった。
「何もしてない」
「高校に勝手に入っちゃダメでしょ」
「それは……! どうせきみのことだから全部知ってんでしょ?」
 そつのない後輩はあちこちにコネがある。
「わかってます。話はついたので行きましょう。忘れ物のないように」
「……費用は?」
「要らないです。書類提出するほうがめんどくさいんで」
 と歩き始めたところで携帯が鳴る。
「もしもし」
『先輩! 今どこ?!』
「あー、取調室。なんか事情聴取されたから」
『はあ!? 大丈夫?』
『わたしは平気だよ。それでこれから出かけることになって』
『それって文芸部関連? ……だったら一緒に行かない?! ほらわたし、文芸──』
 わたしは電話を切った。AIには悪いけど、いきなり新キャラを出しすぎだ。後輩はすでに目の前にひとりいるし。あの人はわたしの先輩で、後輩が二人いる。四人は大学の学生寮で部屋が近くて、卒業後も腐れ縁が続いている。先輩と目の前の後輩は弁護士になり、わたしは書いてきた通りの人生を送り、電話の後輩についてはまた今度書くこともあるだろう。
「先輩、ごはん食べに行きましょう」
「……いいけど、まさか食事が目的?」
「まさか。これでも飛んできたんです」
 わたしなんかに構わず、悪徳弁護士らしく銀座にでも行けばいいのに、みたいなことは言ってやらない。
「店知らないし、今日はうちに来ちゃダメ」
「そんなぁ」
 結局、近くの喫茶店に入った。あの人はもちろん珈琲党だけど、わたしはクリームコーヒーとかが大好きなのだ。
「きみにひとつ、教えてあげなくもない」
 突然先輩が言い出す。
「え、なんのことです? それよりこのカフェラテにガムシロ入れてもいいですか」
「いや、わたしのカフェラテだよ、それ」
 これはもう十年以上前の会話だ。覚えている自分にも思い出す自分にもムカつく。後輩がカフェラテなんて頼むからだ。
「ちょっと先輩、なんでひとのカフェラテにガムシロ入れるんすか」
「うるさい」
 とはいえ、あのとき先輩が何かを教えてくれたのかどうか、わたしは忘れてしまったのだけれど。
 次回(最終回):AIの誤算 あの子はいったいどこにいるんだろう。あの子の母親は『娘と待ち合わせ』と言っていたらしいから、おそらくまだ学校内だと思うんだけど……ああいうタイプの親に限って自分の子を見つけられないまま学校を飛び出したりする可能性があるから厄介なところだ。まあそっちは警察の皆さんに任せようっと!
 そういうオチにAIは持っていこうとしているのか? わたしはめまいがしてきた。
 後輩のワインとわたしのぶどうジュースが運ばれてきて、形ばかりの乾杯をする。本当はこういうことも良くないのだろう。わたしはこのかわいい後輩にまったく気がないのだから。
「ねえ、さっきの話だけど、教えてくれるつもりになった?」
「いや、あの、わたしはもう答え出てますから」
「へぇ」
 わたしたちは互いの顔を眺め合ったまましばらく黙っている。
 やがて後輩が先に口を開いた。
「……『失われた子』の居場所、知りたくないですか」
 わたしはゆっくりとうなずいた。

〔第3話:全3,303字=高島執筆1,832字+AI執筆1,471字/第4話に続く〕

高島雄哉(たかしま・ゆうや)

小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと

Twitter:@_bit192

次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。

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