高島雄哉×AI連載小説『失われた青を求めて』第1話【新訳】

小説家+SF考証・高島雄哉氏と、日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」による、人間とAIのふたつの知の共作による人類初の小説実験。
今回より、一話から【新訳】として再スタートします。

【第1話】 小説家のほうへ(一)

 何が失われたのかわからなくなるくらいの時が失われて、わたしはひとり、荻窪駅のホームに立っていた。東京駅から電車で三十分のこの街に引っ越してきて、もう十年になる。
 新居の片付けがようやく終わった日の夕暮れ前、東日本大震災が発生した。わたしは東京も大きく揺れたあの瞬間にもこのホームにいた。もちろん直後に電車がすべて止まり、買い占めの始まっていないスーパーマーケットで小さなお弁当をふたつ買って帰ったのだった。
 あれから世界は日常を取り戻す間もなく、今度はウイルスによって新しく書き換えられてしまった。そんなことを考えながら──今は他に考えるべきことがあるのだけれど──わたしは定刻通り来た電車に乗り込む。
ドアが閉まり、ゆっくりと景色が流れていく。
 AR(拡張現実)メガネが目的地と予想到着時刻を映し出した。視線で操作することもできるのだけれど、もう目を動かすのもめんどうだ。はいはいと返事をして表示を消す。口を動かすほうがまだ気楽なのだ。車内の人はまばらで、わたしのつぶやきが聞かれることもない。
 十年前いっしょに住んでいたあの人によれば、わたしは独り言が多いらしい。幼い頃にも親から似たようなことを言われた気がする。
「違う」
 過去にとらわれている場合ではない。三十分後には、新宿から数個となりの駅近くの出版社で打ち合わせがある。そして一年か、あるいはもっと長い年月があったはずなのに、新しい小説の企画をまったく、何も思いついていない。編集者との打ち合わせの約束があるなんて、小説家志望だった頃を思い出せば、夢みたいな話なのに。
 漫画家になりたいのか、漫画を描きたいのか、という言い方がある。
 この二択はうまく切り分けられていない。一回でも商業誌に乗れば漫画家なのか、描かなくても漫画家なのか──漫画家にしろ小説家にしろ、別に免許制でもないのだし、勝手に名乗りたい人は名乗ればいい。
 そしてわたしは小説を書き続ける小説家でありたい。新人賞をもらったのが地震の三年後すなわち七年前、五年前に初の単著が出たときはうれしくて沿線の書店を巡ったものだ。三年前にはそれが文庫化して、ちょうど去年の今ごろ文芸誌に掲載された短いエッセイがわたしの直近の仕事ということになる。
 しかしこれらは本当に仕事と呼んで良いものだろうか。わたしは本当に小説家なのだろうか。ここしばらく原稿の依頼が来ていなかったという事実が、わたしに多くのことを告げている気がする。
 出版社に行くのだって久しぶりすぎで、駅から迷わずに行けるとは思えない。わたしは買ったばかりのARメガネを操作して地図アプリを開いた。メガネ搭載のAIが気を利かせて──わたしのメール履歴や位置情報をくみとって──行くべき方向を矢印で示してくれる。
 素直にナビに従いながら、自分の小説について検索した。発売から数年もたてば、感想はほとんど書き込まれないから、同じコメントを何度も読むことになる。『感傷だけ』『主題も物語もない』『文章そっけなさすぎ』
「わかってる」
 言われなくても。
 でも問題は──本質的な問題は──かつてわたしが発表したものはすべて、かなり無理をして小説になるように書いたもので、わたしの本当の言葉はもっともっと個人的な──つまりは独り言なのだ。
 しかもARメガネのおかげで、わたしの言葉はたちまち拡張現実に浮かぶ原稿用紙に書き込まれて、おかげでますますひとりで世界につぶやいている。
 とはいえ、二年に一度の原稿収入では、ARメガネを買うことはもちろん、生きていくことだって難しい。東京の家賃は高いのだ。
 それでわたしは震災直後から荻窪駅前の塾で高校生に国語を教えている。今日も編集者との打ち合わせのあと、夕方には戻って、いつもの黒板のまえで授業をすることになっている。塾長には面接のときに小説家志望だとは言ったものの、そういう人は多いのか、「ふうん」とだけ言われて採用になった。新人賞のことも、話す機会もなくて、言っていない。同僚と挨拶することもほとんどない。
 ARの矢印が出版社のまえで弾けて消えた。
 結局、新作企画について何も思いついていないまま、わたしは受付のカメラに話しかける。
「すみません、今日打ち合わせで」
「ごくろうさまです。」
 わたしはリモートで解錠されたドアをくぐり、あきらめるようにため息をついてから編集部に入った。
十年前のわたしが今のわたしを見たら、どう思うだろうか。きっと怒ったりはしない。予想どおりだねと大笑いする気がする。
「聞いてます?」
「え? もちろんです」
 担当編集さんは、きっとわたしがぼんやりしていたのを知りながらも、笑顔で二人の共有ARにひとつのサイトを表示した。
「これ、小説を書くAIなんですって」
「はあ……」
 わたしに合わせてくれているわけでもないのだろうけど、この担当さんもテック系というか、新しいツールがだいすきで、そういえば初めて会ったときに二人とも電卓付き腕時計をしていて爆笑したのだった。昔のことばかり思い出す。
「すごいですね、このAI。わたしも色々試したことありますけど、こんなに自然な文章を出力してくれるAIは初めてです」
「でしょう。でもこの会社、もうすぐ倒産するんですよ」
「は? そうなんですか」
「倒産といっても形だけで、また別の会社に買収してもらう予定らしいんですけどね。とにかく急成長中なのは間違いありません」
「はあ」
「でもってですね、今回ご依頼したいのは、このAIを使っての長編小説の連載なんです」
「面白そう」
「でしょ?」
 そもそも──何も考えてこなかったくせに──断るなんて選択肢はなかったのだけれど、わたしは即答で依頼を受けてしまった。
 ウェブ連載で、毎週木曜更新。一話2500字前後で、原稿料は規定通り。
「AIが書いてくれるのに、原稿料は全部わたしのものですか」
「あはは。ツールだと思えばいいんですよ。ちなみにこのAIサービスが商用利用自由なのは確認しています。で、連載を一年続けるとちょうど単行本一冊になりますね」
「本、出ますか?」
「面白ければ出ます。出しましょう」
 これはわたしにとって初の連載だし、久しぶりの単著にもつながっている。もちろん面白くしたい。問題はひとつだけ──
「どういう小説でもいいんですか?」
「はい。もうお考えの企画があれば、それをAIと書いていただいてもいいですし、AIとの共同執筆というのを踏まえて、新しく考えていただいても結構です」
 何のことはない。事態は何も変わってはいないのだ。
 結局、書きたいことがなければ、何も始まらない。AIは小説を書くことを手伝ってくれるだろう。そしてわたしは小説家、それだけだ。
 夕方、わたしは塾でチョークを走らせていた。
 塾講師は率直に言って楽しい仕事だ。熱心な生徒もいて、時々は質問に来て、ついでに雑談することもある。やりがいはあるし、時給も悪くない。それでも──お前は何者だと問われれば、わたしは小説家だと答える。
 そういう気持ちがわたしに残っていると気づいて、わたしの心は軽くなった。
「じゃあまた来週。気をつけて帰って」
 授業が終わり、黒板をふきながら、担当さんが言ったことを考える。
「連載スタートは春を想定しています。年内にだいたいの内容とタイトル案を送っていただけると助かります」
 打ち合わせが終わるまでに、わたしの脳内でアイデアはほとんどまとまっていた。行く前あんなに悩んでいたのがウソみたいだ。
 AI執筆と訊いて、すぐに思い浮かんだのはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』だった。あの大作の主人公は小説家志望で──今のわたしみたいに──何を書くべきかを迷いながら彷徨する。
「いけそうだ」
 タイトルもほとんど決まっている。『失われた(何か)を求めて』という形式以外に考えられない。しかし主人公は──あるいはわたしは──何を失い、何を求めているのか。
 今回の連載で使うAIは基本的には文章の続きを書いてくれるものだが、箇条書きでアイデアを出すこともできる。わたしは自分の案を三つ書き、AIの「続きの文を書く」を実行した。
1.『失われた星を求めて』
2.『失われた重力を求めて』
3.『失われた世界線を求めて』
4.『失われた愛を求めて』5.『失われし(略)を求めて』6.『失われし(略)を求めて』7.『失われた(略)を求めて』8.『失われた(略)を求めて』9.『失われた(略)を求めて』10.『失われた(略)を求めて』11.『失われた(略
 なるほど、こういう感じなのか。4はちゃんと当てはめてくれているのだが、ちょっと恥ずかしい。
 案4まで入力して、(略)は出ないように調整後、AIのモードも変えて再実行した。
5.『薔薇の泉を求めて』
6.『若水を追って』
7.『花の行方を探して』
8.『朝が来て昼が訪れ夜が訪れた後で』(未完)
9.『猫は知っていた?』
10.『空が綺麗な青だから、私は泣いた』
11.『海の底に沈む夕陽の塔と霧の家』『風葬の少女』『影を慕いて』
12.1314(欠番含む)+15+16 15 + 16
「……なんだこれは?」
 第十八回角川小説賞受賞作 第一章 失われた時を求めて 第二章 失われた星を求めて 第三章 失われた重力を求めて 第四章 失われたささやきを求めて 第五
 どれも面白そうではある。AIが(何か)に入る単語を提案したと考えれば、『失われた夜を求めて』なんて素敵ではないか。
 もう少し出力を見てみたいけれど、そろそろこちらが考える番だろう。
 わたしは決断する。この小説のタイトルは『失われた青を求めて』。

〔第1話:全3,824字=高島執筆2,598字+AI執筆1,226字/第2話に続く〕

▶これまでの『失われた青を求めて』

高島雄哉(たかしま・ゆうや)

小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと

Twitter:@_bit192

次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。

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