高島雄哉×AI連載小説『失われた青を求めて』第2話【新訳】

小説家+SF考証・高島雄哉氏と、日本語最大規模の自然言語処理AI「AIのべりすと」による、人間とAIのふたつの知の共作による人類初の小説実験。
前回より、一話から【新訳】として再スタートしました。

【第2話】 小説家のほうへ(二)

 本連載の原稿は前月二十日までに全話まとめてメールで送り、直しの指示をもらって、末日までに戻す。原稿料は毎月一万二千円で翌月払い。書籍化は目指しつつも、まずはオンラインで毎週木曜に公開していく。
 初回にタイトルは決めたものの、どこに向かうのかはAIもわたしも知らない。
 まずここまでがAIの文章だ。金額以外──もう少しもらえるから──は完璧と言っていい。メールなどもAIに見せておけば、精度はもっと上がるに違いない。
「執筆快調ですか」
 担当編集との半月ぶりの打ち合わせはVR会議室だった。ふたりともVRに慣れていて、自分に似た専用アバターを持っている。
「AIが続きを書くのは楽しいですけど、これだと二人で書く〈リレー小説〉と同じかも」
 担当は自分のアバターをうんうんとうなずかせる。
「いただいた分は、交互に書いたままなんですね」
「そうですよ」
 わたしの何気ない返事に、担当アバターの表情が目の笑っていない笑顔に切り替わった。
「では、普通に小説を書いてください」
「は?」でもすぐ納得した。「……ああ、なるほど」
 AIは、わたしの文を入力に、続きの文を出力する。わたしの文が少し変わるだけで、AIの文は大きく変わる。この入出力の連なりは、AIと小説家のやりとりの記録ではある。しかし小説と言えるかどうか。
 正直な話、やりとりを楽しみすぎて、読み直しての修正もほとんどしていなかった。誤字脱字をわたしがしてもAIがしてもやり過ごしていただろう。
「ではいったん『なるべくAIの出力は残す』方針で、全文に手を入れます」
「それでいきましょう。ところでタイトルの青に意味はあるんでしょうか」
「あります。あると思います」
「執筆が進むに連れて見えてくるときれいですね」
 わたしは同意しつつ、きれいに書ききれなかったいくつもの自作を思い出してしまう。
*  *  *
 小説家を目指したのは学生時代だ。ようやくここまで辿り着いたわたしは「十年か」と一人つぶやいてしまった。
「先生」
「あ、はい!」
 寝ぼけていたわたしがあわてて顔を上げると、生徒の顔が視界に広がった。
 授業は、良かった、もう終わっている。黒板脇の講師用スツールに座り、メガネで小説を書こうとしたまま、うとうとしていたようだ。
 執筆に集中したくて、執筆日には何も予定を入れないように、打ち合わせと塾を同日にまとめているのだけれど、むしろそのせいで早めに起きなければならないし、それよりなにより、一日に色々な人と話すから疲れてしまって、それでこうして生徒の前で醜態をさらしてしまうことになる。さっさと帰れば良かった!
「先生?」
「ごめんなさい。メガネの調整をします」
 これは本当。メガネ搭載AIに小説執筆AIを統合していて、モードを変えないと、会話がそのまま小説に書き込まれてしまう。
 これまでAIと三百字ずつくらいで書いてきたけれど、もっと早く交代したほうが、文章にも展開にもスピード感が出そうな気がする。
 長編でずっと同じところにいては面白くない。タイトルの意味はもう少し先にして、今はそこに向かうための〈ストーリー〉を考えるべきだ。AIが展開してくれればいいのだけれど、わたしが話を動かすのをAIも待っているのかもしれない。
 わたしとAIは話し合えず──だから実は人間同士のリレー小説とはまったく異なっていて──双方が自分のタイミングで語り出すほかない。
 確かに担当編集が言うように、わたしが調整して小説にしていく必要がある。それはきっとわたし自身が小説家のほうへ近づくことにもなるのだろう。
「お待たせしました。今日の授業の質問?」
「いえ……」
 わたしはこの塾で国語全般を担当している。現代文と古文と漢文。リクエストがあれば小論文対策もする。
 高校時代、わたしの国語の成績は普通だったけれど、今はあの頃よりもずっと正しく読み書きできるようにはなった。それはたぶんわたしが適度な距離感で誰かの言葉に接しているから。
 このあたりのことを伝えられれば、塾講師として、時給分の仕事はしていることにはなるはずだ。
 では小説家としてのわたしはきちんと機能しているのか。
 この連載小説はどこがAIの文でどこがわたしの文なのかを想像させるものになるだろう。このメタ構造を広義のストーリーと呼ぶことはできるかもしれない。しかし「失われた青を求め」るストーリーはもっと鮮烈であるべきだ。まさに今わたしの前に立つ子のように。
 この塾は席を自由に選んでいいのだけれど、この子はいつも一番前に座る。
 わたしはと言えば、大学でも映画館でも一番後ろが定位置で、この子と同じ大学に通っていても友達にはなれない気がする。こうして先生と生徒だから出会える関係性というのも悪くない。
「授業とは関係ない質問なんです」
 そう言いつつこの子が自分のバッグから取り出した文庫を見て、わたしは声を出してしまった。
「それ……!」
 しかしわたしの驚きは無視されて、淡々と話が進む。
「この本に出てくる〈失われた子〉とはいったい何でしょうか? 先生が授業中に話していた内容と関係するのかなと思ったのですが」
 この本というのは、わたしの唯一の単著、その文庫化だ。この子の話しぶりからしても、わたしが作者だと知っているに違いない。
 いや、知らなくて、たまたまわたしに質問している?
 わたしはその望み薄の可能性に賭けて、すっとぼけながら、しかし質問には真摯に答えてみることにした。〈失われた子〉は、主人公が空想する架空の街に住むという人物だ。
「どうして主人公はそういう人や街を作り出したのか、考えてみると面白いでしょう」
「先生はどう思ったんですか」
 ぐいぐい来る子だ。これがストーリーか?
「わたしは……少なくない人がああいう空想をすると思っています」
 生徒に対しては丁寧語で話す。友達ではないことを互いに確認するためだ。
 目の前の子はゆっくり言葉を探す。
「二度と会えない、ううん、原理的に会うことができない人を想像する……。したことないけどわかるかも」
「何かの手がかりになったなら、良かったです」
学級委員をやっているというその子は、一瞬、訪れつつある冬の冷気みたいな笑みをわたしに見せた。
「先生、小説家さんなんですね」
 バレてた。
 この塾は地域密着の小規模校で、講師の名前入りのパンフレットなんてないし、この子は高校二年生だから、自動的にわたしが受け持つ「受験国語2」を受講しているだけで、わたしの名前すら知らないはずなのに。初回の授業で名字くらい言っただろうか。
 なぜ小説家のことまでバレてしまったのだろう。まさか無関心極まる塾長が噂話をするはずもない。もしかしていつかの打ち合わせの電話を聞かれた?
 わたしの「〆切、来週にしてもらえますか」なんて発言から推測したのかもしれない。
 ともかくバレてしまったのなら仕方がない。真面目でいい子だというのはわかっている。別にネットに書かれても構わないけど──などと考えているうちに先回りされてしまった。
「私SNSしてないので、そういう心配はしなくて大丈夫です」
「そう……」
 つまり、別の心配はしたほうがいい? わたしは身構えつつ、
「質問がそれだけならまた来週ということで、気をつけて帰ってください」
「本題はこれからです」
 自分の顔がこわばるのがわかる。
「……どうぞ」
 またしてもわたしの緊張などはまったく気にせず、この子は一気に話し始めた。
「私は文芸部に所属していて、文化祭の時に『図書室で何か面白い企画をしなさい』と校長に言われていて、去年から『小説家になっちゃおう』の企画を始めたんです。で、一年目で三冊出したから『今年は何にするの?』という話になって。──先生、助けてください!」
 訊いてみれば、いつもの質問と大差のない、学校関係の相談だった。
 困っている生徒を助ける気持ちはないではないし、今の高校の話はこの連載のネタにもなりそうだ。
 この子は塾講師のわたしではなく、小説家のわたしに依頼している。わたしも口調をやや砕けたものにして──勝手に不安になって一転して安心しているわたしとは裏腹に──文化祭が心配なのか、今や泣きそうな子に話しかける。
「わかったから安心して。企画書あれば見せて。来週までにアイデア考えておく」
「企画書って何ですか? 行きたかったカフェがあるのでそこで教えてもらえませんか。もちろん私のおごりです!」
「おごらなくていいから。企画書って言うと硬いね。どういう企画なのか知りたいってこと。場所は高校の図書室だから何となくわかるけど、準備期間とか予算とかスタッフの人数とか」
 ようやく目の前の子の顔から憂いが消えて、明るく輝き出す。
「ありがとうございます! それじゃあ詳しいことは放課後、図書室で説明します!」
 と言ってその子は小走りで教室から駆け出していく。
「待って待って」
 わたしはあの子が去り際に押し付けてきた名刺を眺めた。放課後って明日?
 一定時間が過ぎたせいで、ARメガネが読み取りモードになって、名刺のアドレスから勝手に挨拶メールを送ってしまった。すぐに返事が来る。
 ──明日よろしくお願いします。高校に着いたら電話してください! あ、放課後は十五時からです!
 次回予告のように──AIに共有するため──書いておくと、翌日あの子に会うことはできなかった。あの子は高校の中で行方不明になったのだ。わたしに渡した青い名刺一枚を残して。

〔第2話:全3,786字=高島執筆2,154字+AI執筆1,632字/第3話に続く〕

▶これまでの『失われた青を求めて』

高島雄哉(たかしま・ゆうや)

小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと

Twitter:@_bit192

次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。

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