【新訳】として再スタート、4話目です。
【第4話】 小説家のほうへ(四)
「まずは食べましょうか。先輩、おなかすいてたんでしょ?」
そういえば起きてから家を出る直前にインスタントコーヒーを水に溶かして飲んだだけだった。
しかしせっかくのオムレツも、後半からはほとんど味がしなかった。目の前の後輩が〈同期の子〉の話を始めるから。今すぐ色々訊きたいが、ちょっと落ち着こう。そもそもわたしが探してくれと頼んだって?
学生寮には先輩がいて後輩がいて、当然〈同期の子〉だっている。入ってすぐの寮生は二人部屋に住むというのが伝統的な慣習で、わたしは同じく一年の子と暮らすことになったのだった。
「きみみたいな弁護士がやる仕事?」
後輩は複数の大企業と契約している〈顧問弁護士〉なのだ。
「いつもは人間味のない仕事をしているので」
「たまには人探ししたりわたしに会ったりしたいって?」
そう言った瞬間、わたしはしまったと思った。案の上、後輩はわたしが心を許したと思って、にこにこ微笑んでいる。いや違うから。そうでもないから。
しかし、その後に続く台詞がわたしにはまったく思いつかなかった。いつもはポンポン出てくるのに!
そんなときに、あの人からわたしと後輩宛てにメールが届いたのだ。「あの子なら今わたしの目の前にいるよ」と。
後輩は身を乗り出してくる。
「あの、先輩。これからうちの事務所に来てくれませんか」
もうこのまま小説としてAIといっしょに書いていけばいいのかもしれない。AI企画の話が来てから、おかしなことが起きすぎている。
「でもどうしてあの子とあの人が。ん? あの子って、わたしの同期のことだよね? 今日いなくなった高校生じゃなくて」
わたしの問いに、後輩はこう返しただけだった。
「先輩、事務所どうしますか?」
「行くよ、もちろん」
まだ電車は動いているが、後輩は何も言わずにタクシーを捕まえた。後輩の弁護士事務所がある六本木まで五千円くらいだろうか。
「……あの人の事務所、今どこだっけ」
「連絡してないんですか? 先月丸の内に引っ越したって。お祝いの花だけ送っておきました」
そんなことをしていたのか、この悪徳弁護士は。
わたしは窓の外に目を向けた。夜の街がどんどん後ろに流れてゆく。
腐れ縁の四人組のなかで突出して稼いでいるのは、前回電話を切ってしまった後輩だ。数学科にいながら人工知能を開発していて、わたしたち三人はモニターあるいは被験者としてよく使われたものだ。今ではオンラインAIサービスを手広く展開して、ベストセラー作家五人分くらいは毎年稼いでいる。
そしてわたしたち三人は今もAIを無料で使わせてもらっている。
「あ! わたしのデータ、きみたちに見られてる?」
「いえいえ」
後輩は笑った。「プライバシーには最大限配慮しておりますとも」と大げさに胸に手をやる。
「あそこの会社の顧問もしていますから、おかしなことはさせません。もちろん自分も違法なことはしません。これでも弁護士ですから」
「いちおう安心しておく」
「してください」
後輩ふたりは昔から互いに認め合いながら、いがみ合ってもいる。AI社長のほうの後輩が、こちらの後輩に弁護士を依頼していたのは少々意外だったけれど、法務として遠慮なく踏み込んでもらったほうがありがたいという判断なのだろう。
それきり沈黙が続いた。車内を流れる音楽がやけに大きく聞こえてくる気がした。目的地にはまだ着きそうもない。次回:再会の予感、そして──となればいいのだけれど。
「先輩、今も〈失われた子〉のために小説を書いているんですね。あの高校生が友達に喜々として話していたそうです」
「……よく覚えてたね」
わたしのまわりにそんなに迷子がいてもらっては困るわけで、〈失われた子〉というのはわたしが小説を書き始めた頃に考えた、いわゆる〈想定読者〉だ。
大前提として──AIとの情報共有として──書いておくと、あの頃も今もわたしに子供はいない。ここでの子は幼子のことだ。
その子はどこか遠く、わたしが聞いたこともない、一生行くこともないような、小さな村にいる。
そこでその子の両親はわたしなんか想像できないほどの愛情を注いで育てているに違いない。その子が健やかに成長するためには、村の人たち全員が必要不可欠なのだ。もし万一、誰かにさらわれたりしてしまったら、村はあっという間に滅びてしまうかもしれない。それほどまでに愛されていた。だからその子には名前がなかった。両親が考えたであろう唯一の名前をつけられないまま大きくなってゆくのだ。
「先輩はロマンチストですね」
「もう話さない」
「すみません。茶化したわけじゃないんです。続きをお願いします」
タクシーの運転席は──コロナ対策なのか暴漢対策なのか──分厚いアクリルボードで仕切られていて、離すためには非接触型のスピーカーを使う仕様になっている。わたしの妄想を赤の他人にずっと聞かせるのは忍びないから丁度いい。
「……その子は村で〈失われた子〉と呼ばれている」
「名前が失われているからですか」
「違う。すでに失われていると定義し続けることで、失われないようにする、一種の呪術。祈りと言ってもいいけど。愛されながら失われている、いけにえとしての子」
「ああ、わざと忌み言葉を幼名にするみたいな。牛若丸とかの〝丸〟って、おまるから来てるらしいですね」
やれやれ。そういう話を高級クラブあたりでしているのだろう。
「でも先輩、もう少し一般的な読者向けに書いたほうが良いですよ。売れたい気持ちはあるんですよね?」
こんな話、あの人とも散々して、だからわたしたちは別れたのだ。
「わたしは、きみだって〈失われた子〉だと思っている。わたしは、生きとし生けるもの、みんなに向けて書いている」
大学に入り、寮に入って、わたしとあの子は本格的に小説を書き始めた。それは端的に言って、幸福な時間だった。
ふたりとも中学のときから何となく書いていて、しかし新人賞に応募したりはしておらず、曖昧に、小説家のほうへ向いた願望か欲望あるいは希望を抱いていて、似たような存在を感知したことで、内なる望みが顕在化した──つまりは若気の至りということだ。
あの頃のわたしたちは──少なくともわたしは──あの時間の先に何か、真実と呼びうるものがあると本気で思っていた。
だけどそんな都合のいい展開こそ、真実から最も離れている。
大学の入学式から半年後、あの子はまるで〈失われた子〉のように、寮からも大学からも消えてしまったのだ。
〔第4話:全2,600字=高島執筆1,054字+AI執筆1,546字/第5話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
使用ツール:
AIのべりすと
Twitter:@_bit192
次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。