【第9話】 花咲く乙女たちの中心に(一)
プルースト『失われた時を求めて』の第二編は「花咲く乙女たちのかげに」。
確かその乙女たちは三人だった。寮であの子と読み切ったのだけれど、もう乙女の名前もおぼえていない。
ところが今のわたしは花畑の中、二十人くらいの幼稚園児に囲まれていた。園児たちは笑ったり歌ったり、生きたいように生きていて、天国とはきっとこういうところなのだろう。
「あ! め、あいてる!」
園児のひとりがわたしに向かって叫んだ。
うるさくて心地いい。
もう一度眠ろうとしたら、園児たちがどむどむとぶつかってきた。
「──きみたち……すっごい……ほやほやしてるね」
どうも声が出しにくい。一ヶ月ぶりに話すみたいだ。
今度は別の園児が耳元で騒いだ。
「なんかしゃべった!」
それからしばらく、花咲く幼児たちの中心にわたしはいて、不意に思い出す。
寮からいなくなったあの子と、高校からいなくなったあの子。
寮のあの子には屋上で十年以上ぶりに再開したと思ったら──そのそばには同じ寮生だった先輩と後輩が倒れていて──そう、みんな吹き飛んでしまったのだった。高校生のあの子があそこにいなかったのはせめてもの救いなのか。
──ユーザー登録お願いします。
わたしは驚いてメガネを外した。見たことないものだ。同じく寮生だった、弁護士ではなくAIベンチャーの社長になったほうの後輩が見舞いに来てくれたらしい。
とたんに着信があって、操作がわからないまま通話になってしまった。
「先輩! 気がついたんですね!」
「一分前にね」
なんだ。電話はこのメガネを作った社長──寮時代の後輩からだった。
わたしがユーザー登録を始めたらAIが後輩に通知するようにしていたのだろう。
「ねえ、ここどこ? 今っていつ?」
「先輩んちの近くの病院、厳密に言うと院内幼稚園の中庭ですね。今は爆発の六十一時間後っす」
えっと、丸二日と半日寝ていたことになるのか。
この子たちのほとんどは病院スタッフの子供で、中には小児科の患者もいるという。
「みんな超元気そうだけど。──あ、あの子と弁護士二人は?」
「……もう意識はっきりしてますか?」
「してる。どうして一人で車椅子で中庭に放置されているのか理解できないくらいには。この車椅子、自動運転?」
「世界はまだ二〇二二年になったばっかで、そんな車椅子は存在しません。きっと看護師さんがそこまで連れてきてくれたんですよ」
見ると近くの水場で看護師さんが園児の一人のひざを洗ってあげている。転んだ園児の世話をしていたのだろう。あちこちで園児たちは走ったり転んだりして、すべてがかわいいぞ。
「弁護士二人って先輩たちのことすか?」
「そうだよ! しかもわたしが一年のときに同室だった子と屋上にいたんだよ、なぜか! きみが見舞いに来てくれたのも謎だけど!」
「あたしのほうは全然ふつうですよ。爆発の瞬間に先輩のメガネのGPSの反応が消えて、あたしにアラートが来て、警察とか消防とかに慌てて連絡したんす」
「なるほど。きみのメガネのモニターやってて良かったよ。ていうかありがとう」
「いやあ、先輩が素直だとこっちが照れますね」
「バカ。──で、わたし以外の三人は? こういうときは同じ病院?」
花咲く園児たちはわたしのまわりに座り込んで歌い始めた。
もう弁護士たちなんてどうでもよくなってしまう。
「先輩、意識は戻ってるんですよね?」
「さっきからなに。戻ってるでしょ」
「あのですね、おとといの夜、運び出されたのは先輩一人なんです」
後輩社長によれば、爆発はガス漏れのせいで、なぜかわたしが巻き込まれただけで、他に死傷者は発見されていないという。
「死体とか瓦礫の中から見つかるかもしれないじゃん!」
「先輩のことを疑ってるわけじゃないですよ。ただ基本、ガスが爆発しただけなんで瓦礫なんてないっす。もう二日以上たってるし、何か見つかったって報道もないし。……でも、そういえば先輩の入院は二人のAIに伝えたのに、返事がないっすね」
「! 電話して! あの二人探して!」
本人たちの携帯はつながらず、しかし二人の弁護士事務所に確認をとって事態は判明した。もちろんわたしは合気道四弾の秘書に何か言われそうだったから、あの人──先輩のほうの事務所に電話をしたのだけれど。
車椅子のわたしは園児たちに院内に押してもらって、病室から再び後輩社長に電話をかけた。
「さいあこ」
「先輩のそれ、久しぶりに聞くっす。でもマジ最悪です」
弁護士二人はあの爆発前後から連絡が取れず、様子を見ていたものの、そろそろ警察に届けようと、双方の事務所で話しているという。どちらの事務所も、わたしと後輩社長のことは知っていて、ある程度は事情を教えてくれた。
「先輩の話だと、行方不明なのは四人ですね。弁護士二人、先輩の元同室者、先輩の教え子の高校生」
「わたしとしては高校生が突出して心配だけど」
そのときメガネに着信があった。相手は非通知だ。
『私のこと、おぼえてる?』
わたしの知っている声ではない、と思う。たぶんあの子の声ではない。
──先輩。
後輩社長がテキストで話しかけてくる。
──これ、弁護士先輩のスマホから!
後輩社長は優秀だ。
わたしは声を発する。自然に。さりげなく。
「もちろん」ウソは得意だ。
しばらくの沈黙ののち、返事があった。
『あいかわらずウソが下手』
わたしは小説家で、小説家はウソをつく、いつもではないにしても。
しかしここは職業規範よりも語るべきことがある。
「……誰なの?」
『勝負をしましょう』
「勝負はすき」
『それはホントだね。ずっと本当のことだけ話せない?』
「絶対ムリ」
『──私はこれからあなたを殺す。そして私は自由になる。それが勝負』
……え?
そして後輩社長は優秀だ。
──これ病院のそばからの電話です! ひきのばしてください! あたし行きますから! ていうか逃げて! 殺されちゃう!
〔第9話:全2,351字=高島執筆1,182字+AI執筆1,169字/第10話に続く〕
高島雄哉(たかしま・ゆうや)
小説家+SF考証。1977年山口県宇部市生まれ。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、ハードSF「ランドスケープと夏の定理」で創元SF短編賞受賞。同年、数学短編「わたしをかぞえる」で星新一賞入選。著書は『21.5世紀僕たちはどう生きるか』『青い砂漠のエチカ』他多数。2016年からSF考証として『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やVRゲーム『アルトデウスBC』『ディスクロニアCA』など多くの作品を担当。
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次回をお楽しみに。毎週木曜日更新です。